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戦神神話  作者: 鈴神楽
八百刃の回想
21/68

ユアという名の少女

主神すら倒した八百刃、その誕生には一人の少女の存在があった

「元気か?」

 一人の冒険者らしき男が、酒場の壁際に丸まっている白い猫モドキに話しかける。

『これは、これは、主神様の第一使徒の狼打ロウダ様ではありませぬか。この様な下賎な場所に何のようですか?』

 人には聞こえぬ心の声で返す、白い猫もどき、白牙の言葉に苦笑する元冒険者、今は、主神になったばかりの時空神、新名の第一使徒狼打。

 そこにウエイトレスの少女が注文をとりに来る。

「ご注文は何でしょうか?」

 その言葉に、狼打は目の前の現実から目を逸らす様に、決してウエイトレスを見ないように言う。

「地酒をくれ」

「解りました。地酒を一つ入ります」

 ウエイトレスの少女が大声で注文する。

「「よろこんで」」

 ウエイトレスの少女は次のテーブルに向かう。

 その後ろ姿を見ながら狼打が言う。

「どうして、前の主神を倒した高位の神名者が、ウエイトレスやっているんだ? それも随分長そうに思えるぞ?」

 狼打に指差された、信望力の大半を渡したが、基本的な能力はそのままの戦神候補の八百刃を一瞥し、白牙は大して気にする様子も無く答える。

「旅に必要な物を地覆葉に捨てられたから、地道にお金を貯めてるんだが、相変わらずのドジであまりたまらないんだ。もう一年になるな」

 遠い目をする白牙。

 それを聞いて狼打が言う。

「それじゃあそろそろ限界だな?」

 頷く白牙。

『ヤオの外見では、一年も成長しない現在でも不審に思ってる人間が居る』

「だろーな。それより新名に聞いたんだが、神名者は、自分の意思で神名者になるかどうか決めるそうだが、ヤオの場合は、どうだったんだ。とてもまともに判断つく年齢じゃ無かっただろう?」

 白牙は少し間を置いて語り始める。

『私も伝聞を聞いただけだが、教えてやろう。あれは、百二十年位前の事だ』



 一人の十一歳位の少女が、ベッドの上に居た。

 彼女は生まれたときから体が弱く、今度の冬を乗り越えることは出来ないと言われていた。

 彼女の名はユアと言った。

「ユア、今日は何をする」

 そう話しかけたのは少女の親友とも言える同じ年の少女、名前はヤオと言った。

「ヤオちゃん。今日は遊んでいたら駄目だよ。皆、忙しいだから」

 そのユアの言葉にヤオは、頬を膨らませる。

「もーユアって良い子ちゃんなんだから。あちき一人位居なくたって大丈夫だよ」

 そう突っぱねるが、ユアはずっとヤオを見続ける。

 沈黙に耐えられなくなって、ヤオは、溜息を吐くという。

「わーたよ」

 そして階段に向かって歩き始める。

「でも、明日は遊んでね」

 振り返り笑顔で言うヤオにユアも頷く。

 そして誰も居なくなった所でユアは咳き込むと、大量の血を吐く。

「もう何時死んでもおかしくないですね。でも約束したから明日まではがんばって生きないといけません」

 ユアの生きる心を繋ぎ止めていたのは、ヤオと言う少女だった。



「ヤオ! 何処に遊びに行ってたんだい!」

 母親の言葉にヤオは顔を背ける。

「何処だって良いだろう」

「まさかまたユアに会いに行ってたんじゃないだろーね?」

 その言葉にヤオは反発する。

「どうしてユアと遊んじゃ行けないんだよ!」

 ヤオの母親は言う。

「あの子はもう長くないんだよ。下手に生きる気を持った所で何にもなりはしないさ」

 貧乏なその街では、それほど大きな病でなくても人が死ぬ。

 そして、生まれながら体が弱いユアが長く生きられないことはヤオにも理解出来た。

 しかし納得はしていなかった。

「最後まで一緒に居てやるくらい良いだろ」

 そう言って、自分の仕事道具を持って、畑に向かった。



 ある雪の日、仕事が出来ないのでユアと一緒に遊んでいたヤオの元にそれは降臨した。

「私は先見鏡サキミキョウ。ヤオ、貴方には神名者としての素質があります。神名者になりますか?」

 その言葉をヤオは理解できなかった。

 しかし、その隣に居たユアには理解出来た。

「ヤオちゃんその人は、神名者って神様の次に偉い人で、ヤオにもその神名者になりませんかって聞いてるの」

 その言葉にヤオは少し迷った後言う。

「その神名者になればユアの命助けられるか?」

 先見鏡は頷くとヤオが言う。

「だったらあちきは神名者になる!」

「駄目!」

 即座にユアが大声を上げる。

「そんな事で決めちゃ駄目」

「でもそれでユアを助けられるんだったら」

 そう言う、ヤオにユアが首を横に振る。

「神名者に成るって事は、家族と会えなくなるって事だよ。独りでずっと生き続けるって事だよ」

 それを聞いてヤオは戸惑う。

「私はヤオに会えなくなるのは嫌だよ」

 その一言に、ヤオが固まる。

 そしてユアが言う。

「私の為に神名者に成るって言うんだったら止めて。だって私は死ぬまでヤオと一緒に居たいんだから」

 そのヤオは何も言えなくなった。

「答えは直ぐでなくても構いません」

 そして消えていく先見鏡。



 ヤオはあの出会いの後、悩んでいた。

 ユアの体調はどんどん悪くなり、冬に来る前に死ぬかもしれない状態になっていたからだ。

 上半身すら起こせない状態でもユアは笑顔で言う。

「私は幸せだよ、ヤオと死ぬまで一緒に居られるんだもん」

 その笑顔を失う。その事をヤオは認められなくなった。



 そして運命の夜、ヤオは人気が無い所に行き叫んだ。

「サキミキョウって奴出てきて!」

 その声に答え、先見鏡はヤオの前に現れる。

「決心がついたのですね?」

 ヤオが頷こうとした時、ヤオの視線に炎が見えた。

 ヤオの町の方から火の手が上がっていたのだ。

「まさか!」

 ヤオ駆け出していた。

 そしてそんなヤオは見送りながら、先見鏡が呟く。

「どうして未来は、残酷な方向に動くのでしょう」

 悲しげな顔をする先見鏡であった。



 ヤオが街に戻った時、町は山賊に襲われて居た。

 そしてヤオは見てしまった自分の母親が死ぬ所を。

「ゲハハハハ。この女も馬鹿だなー、大人しく隠れていればもう少し長生き出来たかもしれないって言うのに、夜遊びをする馬鹿な娘の為に外に出て死ぬんだからな!」

 その言葉にヤオは知ってしまった、自分の為に母親が死んだ事を。

 そして次の死神の手は弱った体で必死にヤオを探しに来て居たユアに伸びようとしていた。

「こんなガキじゃ楽しめもしねえぜ!」

 ユアの服を脱がす山賊達。

「無理やりやっちまうか?」

「いやだね、ロリコンは」

 爆笑をする山賊達に向かって走り出すヤオ。

「ユアを放せ!」

 しかし、それは全くの無駄だった。

「ふん。また乳臭え小娘かよ」

 腕をあっさりとられるヤオ。

「放せ放せ!」

 叫ぶヤオ。

「誰が放すかよ。こんなガキでも人買いに売ればそこそこの……」

 そこで言葉が途切れる。

 男の腕に男が腰に差していたナイフが突き立てられていた。

 その柄にはユアがしがみついていた。

「くそガキが!」

 ユアを思いっきり蹴りつける山賊の男。

 しかし、ユアは蹴られる反動をそのままナイフに込めて山賊のヤオを掴んでいた腕を切り落とす。

 地面に落ちる二人。

「ユア大丈夫」

 すぐ近づくヤオ。

 そしてその時気付いた、ユアの後ろに山賊達の死体がある事を。返り血を浴びるユアに。

 硬直するヤオ。残った山賊が斬られた方と逆の腕でヤオ達にきりかかる。

「よくもやってくれたな!」

 目をつぶるヤオ。

 しかしヤオ達に山賊の刀が到達する事は無かった。

 ユアが最後の力を振り絞って、その山賊の首を噛み切ったのだ。

 目を開けたヤオの前には、全身血まみれなユアの姿が映った。

「キャー」

 そしてヤオはユアを突き飛ばし逃げていく。



 ユアは力が入らない体を引きずって人気が無い所に移動する。

「先見鏡さん。やっぱり私は神名者になります」

 その言葉に答えるように先見鏡が現れる。

「本当に良いの? あんなに戦うことを嫌がっていたのに。例え病気で死ぬ定めであっても、神名者になって戦う事なんか出来ないって言ったじゃない?」

 実はユアは、ヤオより先に神名者の候補に挙がっていた。

 しかし、ユアはそれを断った。

 最後まで人間として生き、そして死にたいと言って。

「私が神名者に成れば、私が人間だった時の記憶はヤオの中から無くなるんですよね?」

 その言葉に頷く先見鏡。

「ヤオは優しいから、私を拒絶した事を一生悔やむと思うんです。だから」

 そして先見鏡が言う。

「本当におかしな話ね、貴方の様な優しい子に戦神としての才能、例え殆ど力が無い状態でも山賊を殺せる戦闘センスがあるのですもの」

 そしてユアは新たな神名者候補として修行をする事になった。


「それでそのヤオって少女はどうなったんだ?」

 狼打の言葉に白牙が答える。

『記憶の補正で、ユアって少女の事も、どうして自分が夜中外にいたのかも忘れて、幸せに天寿を全うした』

「断言するって事は、八百刃は見届けたんだな?」

 狼打は確認の為だけに聞くが、白牙は何も答えない。

 狼打は、一つのリュックサックを床に置く。

「これは俺が冒険者時代に使っていた道具だ。今はもう要らないからお前等にやるよ」

 そして酒場を出て行く。



「さー旅立ちだよ!」

 ヤオの愛称を持つ神名者、八百刃が声を張り上げる。

『これが、病弱な少女だったなんて言うんだから時の流れは残酷だな』

 白牙の言葉に首を傾げるヤオ。

「にしても、ローダの奴もろくな装備持ってないねー。サイズが大きいのを売って合ったサイズの物買おうとしたのに、二束三文になっちゃうんだもん」

 それでも旅立つだけのお金を手にしたヤオは、長く居た町から旅立つことにした。

 町外れにある墓地の小さな墓に花を置いて。

『偶然だと思うか?』

 白牙の言葉にヤオは首を横に振る。

「多分違う。このまま消えても良いかなと思ったあちきを進ませる為に、ヤオが呼んだんだよ」

 歩き始めるヤオ。

 そして彼女が花を供えた墓の最初の所には『ヤオ』と彫られていた。

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