砂漠の道
砂漠の争い、恩人と仁義どちらも取る力技
ローランス大陸の大国ロートナ王国の南部にある、サハラン砂漠
「あちきこのまま、人々に忘れ去られて消えていくのかなー?」
砂漠の上で倒れるヤオ。
『見栄をはって、ウェイトレスの給料しか貰って来ないから、こんな所で飢えるはめになるんだ』
いつもヤオの側に居る魔獣にて、神名者、八百刃の使徒、八百刃獣の一刃、全てを切り裂く武器に変化する、白い子猫の姿をした白牙がテレパシーで突っ込むと拗ねた顔でヤオが答える。
「だってー、大見得切ったのに、ウェイトレスの給料以上貰えないじゃん」
『そして世にも珍しい、神名者のミイラがここに生まれるんだろうな。これが本当の生きミイラだ』
白牙の容赦ない言葉に言葉を無くすヤオ。
その時、ラクダの群れが視界に入る。
「助けてくれるかな?」
『人々を救い、人々の崇拝を受けて神になろうとする神名者が、逆に人に救いを求めるなんて世も末だな』
ヤオはそんな白牙の嫌味を無視して最後の力を振り絞り、手を振る。
「本当に助かりました」
ラクダの背に乗り、貴重な水を分けて貰ったヤオが頭を下げる。
「なーにこの広大な砂漠で偶然めぐり合うなど神の思し召しだ。気にしないで欲しい」
『先に神になった誰が助けてくれたのかな』
そんな白牙の自分以外には聞こえない嫌味を無視してヤオが言う。
「あのーあまりお金ないんで、働いてお礼したいんですか?」
それに対して、その男は首を横に振る。
「止めときなさい。俺達がこれから行く先は戦場だよ。君みたいなお嬢さんが働く場所では無い」
それを聞いて困った顔をするヤオ。
『偶には戦場で戦うのも良いんじゃないか? ここ数年、ろくに戦争に参加してないだろう?』
白牙の提案にヤオは小声で言う。
「でもでも、この人達があちきの信望者じゃないかもしれないじゃん」
『まーな、でも戦場に行けば、正しき戦いに護り手、八百刃の信望者は居るんじゃないか?』
「そーだと良いけど」
猫と何か話すヤオは、周りの人間から奇妙な物の様に見られた。
「ここが、俺達の砦だ、次の町に行く一行に同行できる様にしてやるよ」
そんな言葉を聞きながらヤオは戦場を見回す、自分の信望者が居たら、感覚的にわかるのだが、そんな雰囲気はしなかった。
『外れっぽいな。信望者が居ないんじゃ、大した力使えないぞ』
白牙の言葉に頷くヤオ。
神名者の力は、主に自分を崇拝する心を元に成っている。
崇拝するものが多く居れば居る程、大きな力が使えるのだ。
「でも、なんか強く崇拝されてる気もするんだよね」
ヤオが悩んでいると、魔獣に乗った敵兵が突っ込んで来て、中央の男が宣言する。
「貴様等の様な侵略者は、きっと八百刃様に滅ぼされる運命にある。大人しく撤退するんだな!」
そのまま交戦が始まった。
その中、ヤオは頬を掻き言う。
「まさか敵側にあちきの信望者がいるなんてねー」
『で、どうするんだ?』
夜の帳が下りる中の白牙の言葉に、ヤオは戦場になる砂漠が見渡せる見張り塔の上で呟く。
「助けて貰った相手側につく気はどうもしないから次って事で」
『お前なー、本気で神様になる気あるのか?』
白牙の突っ込みにヤオはあっさりという。
「何事も急いでたら駄目だよ」
『そういってもう百年だよな』
「白牙はあちきが最初に使徒にした魔獣だもんね、長い付き合いになったね」
しみじみ言うヤオに白牙は投げやりな口調で答える。
『俺はもっと短い付き合いになると思ってたよ』
「神名者が神になる平均って確か二百年から三百年だよ。別に長くはなってないよ」
『まだな! お前の場合、千年かけても神になれない気がするぞ』
そんな言葉をヤオは全く気にしない。
「それでも良いかも、あちきは人間である事が好き。人間として生活するのは楽しいよ」
大きく溜め息を吐く白牙。
そんな時、ヤオの神名者としての超身体能力が、砂漠で動く物を見つける。
『人だぞ。それもあの格好からして敵兵だな』
ヤオは頷き、気配を殺して、近づく事にした。
「ヨロいるか?」
小声の呟きに一人の少女が出て来る。
「カイ、待った?」
「いや今着たところだ」
そして二人が抱き合う。
「今日の襲撃で怪我しなかったかい?」
男、カイの言葉に少女、ヨロが首を横に振る。
「カイこそ、ここまで兵士に見つからなかった?」
「大丈夫だ、きっと八百刃様のご加護があったんだ」
不審げな顔をするヨロ。
「八百刃ってそんな偉いの?」
流石に不快感を表すカイ。
「当然だ、間違った考えを持った者達を打ち滅ぼす、正しき戦の守り手だぞ」
「それがおかしいのよ、八百刃なんて神様は存在しない。なのにまるで神様の様に扱われる。第一ここ数年、八百刃が戦場に現れたという話は聞いていないわ」
「それでも必ず居る。我々の戦いが正しければその大いなる力で我々を救ってくれる」
絶対の自信を持ってカイが言うが、ヨロはいまだ疑っていた。
「所で、二人は何処で出会ったの?」
ヤオが聞いた。
二人は慌てて声の方を向く。
「どうしてこんな子供がこんな所に?」
「確か、砂漠で行き倒れになってた所を偵察の兵士さんが助けたって話しよ」
カイは剣を抜く。
「見られた以上ほっては置けない!」
「止めて!」
カイが切り込みヨロが止める中、ヤオは右手を構える。
『八百刃の神名の元に、我が使徒に力を我が力与えん、白牙』
刀になった白牙でカイの剣をあっさり切り落す。
「まさか貴女が伝説の八百刃様ですか?」
ヤオは頷き言う。
「そー言うこと、だから事情を説明してくれる。事と次第じゃ二人が付き合えるように手伝ってあげる」
『お前は何時から恋愛の神様へ方向転換した』
手の中の白牙が突っ込みは例の如く無視する。
カイは片膝を着け言う。
「我々、砂漠の民は、このサハラン砂漠で己が生活をしていました。しかし、ロートナ王国の人間はこの砂漠は自国の領土と主張し、我々にもその下につけと言って来たのです。そんな話しは飲めません。ですから我々は我々の自由を守る正しき戦いの為に、剣を取りました。どうか八百刃様のお力をお貸し下さい」
『神でなく、上位者として片膝をつき、自分達の正しさを説明し、助力を望む完璧な頼み方だと思うぞ』
白牙の意見にヤオも同意する。
ヤオは少し考えた後、ヨロの方を向き言う。
「貴方達の主張を聞かせてくれる」
その言葉にカイは何か言おうとしたが、ヤオは視線のみで黙らせる。
どんなに飢え死にしそうになろうが、ヤオは百年も戦場に立ち続けた正しき戦の護り手である。一介の兵士を視線のみで黙らせるなど朝飯前である。
その姿を見て、ヨロも頭を下げる。
「我々ロートナの民はここに道を作ろうと考えていました。しかし、サハランの砂漠の民がそれを拒み、その為に争いになったと聞いています」
ヤオは経験から二人の主張がどちらも正しい事を知っている。
『多分最初はサハランの砂漠の民等無視して道を作ろうとしたが、サハランの砂漠の民は自分の領域に侵入したロートナ王国の人間と敵対し、ロートナ王国は生意気な砂漠の民を統治してやろうと言っているんだ。良くある話だ』
白牙の予想が正しい事は、ヤオにも解った。
どちらが悪いって言えば、王国側なんだろうが、最初に襲撃を受けた手前、王国側も引くわけにはいかなくなり、全面戦争になった。
そしてこの場合、王国を諌めるのが正しい行動であるが、正直ヤオは乗り気がしなった。
多分王国にとって最初に作ろうとした道は大切な物である事が解かったからだ。
大きく溜め息を吐き、ヤオが言った。
「カイさんとヨロさん、お互いの人間に言って、明日の朝、サハラン砂漠の中央に来るように言って」
カイは何だか解からないが頭を下げて、自分の民の所に戻る。
ヨロもそのことを告げに砦に戻る。
『どうするつもりだ?』
「すこし力技で解決させるつもりだよ」
白牙の質問にヤオが簡単に答える。
朝の太陽が砂漠を照らす中、双方が睨み合う真ん中にヤオは平然と進み両手を上げる。
『八百刃の神名の元に、我が使徒を召喚せん、天道龍』
右掌に『八』、左掌に『百』の文字が浮かび上がり、天を覆うような龍が現れる。
「天道龍よ、その吐息で道無き砂漠に道を作れ!」
天道龍の炎のブレスは砂を硬質化し、広大な砂漠に一本の道を作り出す。
その光景を見て、もはや双方からは争う気は消えうせた。
「あちきは神名者八百刃。あちきの名の元にこの砂漠に一本の道を作った。ロートナ王国の人間にこの道を授ける」
その言葉に砂漠の民は驚きの声を上げる。
「ただし、この砂漠の先住民である者達を無視した行いは無視する訳にはいかない。謝罪の意思を示す為に、この道を通る際、砂漠の民に代価を払うこと」
今度は王国の人間から呻き声があがる。
「もう一つ、この道を外れ、砂漠の民を傷つけたなら、その時は、あちきが王国を侵略の徒とし裁きを与える」
ヤオが王国側を睨むと砂漠に道を作った天道龍もまた、王国側を睨む。
反論が出るわけは無かった。
砂漠の民の長の住居にヤオは居た。
「この度のご助力感謝致します」
片膝ついた状態でヤオに感謝の意を表す長にヤオが言う。
「今回は相手に負がある事がはっきりしていたから、有利な形になるようにした。しかし忘れないで、あちきは正しき戦いのみ助ける者だと言うことを」
「了解しています」
そして長はヤオに一袋の金貨を差し出す。
『多大な金銀財宝でなく、一袋の金貨なんて、ヤオの性格を良く知ってるな』
白牙の言葉にヤオも不思議に思いたずねる。
「あちきとの対し方は何処で知ったの?」
「我等の祖は、違う大陸の者でした。その大陸では酷い飢饉に襲われ、国を捨てざる得ない状況になった時、支配者の兵が出国を許しませんでした。そこに八百刃様が現れて、その兵達を蹴散らしてくれました。そして我等はこの砂漠の民と共に暮す様に成ったのです」
『そーいえばそんな事もしてたな』
そして金貨を受け取り、ヤオは砦に戻った。
「これは、あの時のお礼です」
そういって数枚の金貨を差し出すヤオにその男は頬を掻いて言う。
「まさか返しに来るとは思わなかったよ」
「借りた恩は返さないといけないから」
ヤオの言葉に苦笑してその男が言う。
「恩だったら返してもらったよ。俺達は好きで戦ってた訳じゃないんだ。早く元の家に帰りたかったからな。本当に助かったよ」
そして、ヤオは砦を出た。
ヤオは、自分が作った道を通り、砂漠を抜けようとした。
「おいそこのお前」
そう砂漠の民がヤオに声をかける。
「なんですか?」
「ここを通るには通行料が掛るのは知っているな」
自分が考えた事だから当然知っている。
「王国との取り決めで、一組毎に料金を払う事に成っている。金貨三十枚払って貰おう」
言葉を無くすヤオ。
「それって暴利じゃない?」
砂漠の民の男が言う。
「一組で金貨三十枚だ。いちいち人数を数えなくても良い統一金額にした。百人でも、一人でも金貨三十枚これに変わりは無い」
「確かにその方が簡単だけど……」
『運が無かったな、お前の顔を知らない砂漠の民が番の時だなんてな。どうする、名乗るか?』
白牙がさも楽しそうに言った。
ヤオは袋の中の金貨を数え、本当にそうしようかと悩んだ。




