正義と正義の戦い
国と国との争いは正義と正義の争い、八百刃はどの正義を選ぶのか
マーロス大陸のホードス大平原
「我が国はラードスを滅ぼさないといけないそれが正義だ」
ホーラスの王の言葉に歓声があがり、
「我々は長きにわたり戦い続け、多くの家族の命がラードスによって失われた。その犠牲に答える為にも、我々は勝たねばならないのだ!」
雄叫びが上がる。
「我等の国を幾度と無く攻め入るホーラスを打ち滅ぼす事こそ、正義です」
ラードスの女王の言葉に無言に頷く兵士達。
「ラードスの侵略によって失われた多くの命の答える為にも、我々は必ず勝つのです」
兵士達が一斉に武器を鳴らす。
「お金が無いだと!」
食事屋の亭主の言葉に、小さくなるヤオ。
「えーと正確言うと、銅貨一枚分足らないんです」
そーいって財布ごと亭主に差し出す。
財布の中身を確認してから亭主が言う。
「旅の人間だな、ここの税金が高いのを知らなかったんだな?」
思いっきり頷くヤオ。
大きな溜息を吐き、亭主が言う。
「もういい。ここの税金は異常なんだよ」
何とか無事店を出るヤオ。
『まさか神名者が無銭飲食で捕まるとはな……』
遠い目をする白牙にヤオが言う。
「だって、税金が料金の二十五%もするなんて思わなかったんだもん」
毎度の事、お金が無いヤオが溜息を吐く。
『異常な税率って事はこの国戦争してるな』
白牙の言葉に頷くヤオ。
「間違いないね、兵士が異常な程目立つしね」
そう言っている間にも兵士とすれ違う。
『そんな場所にお前が居ると言うことはこの戦争のどちらかに正義があるって事か?』
悩むヤオ。
「正直そうは思えない。この雰囲気は長く戦争してる雰囲気だよ。もしどちらかに正義があったら、もっと早くあちきが介入しているよ」
そう呟きながら、森で捕まえた動物の毛皮を売れる店を探すヤオ。
その時、一人の青年が兵士と喧嘩しているのがヤオの視界に入る。
「非国民め!」
「戦うことが偉いことだと言うのか! 話し合うべきなんだ!」
そんな言い合いを聞きながら、白牙が言う。
『どこにでも居る現実を見れない平和主義者だな』
白牙の言葉にヤオは首を傾げる。
「どうかなー、長い戦争をしていると、感覚がおかしくなるからね。普通だったら戦争してる状態じゃ無いのに気付いてない可能性があるよ」
そのヤオの呟きが答える様に青年が言う。
「もうホーラスには戦いを維持するだけの国力は無い。それどころか現状を維持することすら困難だ」
そういってその青年は直ぐ側でやっている市場を示す。
「税金が高くなりすぎて思うように商品が売れない市場。市場の商人に金が行かない為、商人に品物を売る人間にもお金が行かない。そして最終的には市場で商品を買う庶民のお金が更に減少する。負のスパイラル現象が今ここで起こっているのがわからないのか!」
その言葉に、兵士達は一瞬詰まる。
だが騎士の男が前に出て宣言する。
「勝てば全ての負債をラードスに払わせることが出来、一気に経済なんぞ復活するわ」
その言葉に兵士達も活気つく。
「相手にそんな余力がある訳ないだろう!」
青年のまっとうな反論も、騎士には通用しない。
「搾り出せば言いだけの事だ」
騎士が今にも切り捨てようとした時、ヤオが間に入る。
「はいはい、落ち着いて落ち着いて。こんな往来で戦闘するつもり?」
その言葉に騎士は、周りを見ると見事に人垣が出来ている。
「ここは見逃してやるしかし、次、今みたいな敗戦主義的発言をするならば、牢屋に入れるぞ!」
そういい残して去っていく騎士と兵士達。
ヤオは青年の方を向く。
「大丈夫?」
青年は頷く。
「ありがとう。そうだ、お礼がしたいんだけど食事でもどうだ?」
目を輝かせるヤオ。
「へーここの経済状況ってそんなに悪いんだー」
安いが腹に溜まる、ポテトボンボンを食べながらヤオが聞くと、貿易商人の青年、フェレトが頷く。
「勝てば、大丈夫なんて夢物語を信じて、戦い続けている。このままでは双方の国が潰れる。どうにかして戦争を止めなければいけない」
ヤオは少し考えた後言う。
「こーゆー戦争は決着が付くまで終らないよ」
「決着が付く訳無い!」
フェレトが怒鳴るとヤオがあっさり言う。
「それが付くんだな、簡単に」
その言葉に驚くフェレト。
「第三勢力を作れば良いんだよ。今は均衡しているから、後一歩だと誤解してるから決着が付かないだけ、ここで第三勢力が出てくればバランスが崩れて決着が付くよ」
「その第三勢力って何処にあるんだ?」
少し呆れた口調でフェレトが言うと、ヤオはフェレトを指差す。
「貴方だよ。だって、ホーラス軍のやり方もラードス軍のやり方にも属してない別の考え方してるんでしょ。そしてこの国の為に何かしたいんでしょだったら、戦えば良いんだよ」
その言葉にフェレトが驚く。
「俺に戦えって言うのか?」
大きく頷くヤオ。
「国をより良くする為にね」
その言葉にフェレトが否定の言葉をあげようとしたとき、ヤオが続ける。
「でも無理にとは言わない、だって戦争が嫌いなんでしょ? そんな人間が戦うのは良くない。戦争は、戦いはそれが正しいと思える人間が行ってこそ意味があるんだよ。自分の戦いが間違ってると思う人間が戦っても無駄に命を無くすだけだよ」
そしてヤオは頭を下げて家を出て行く。
フェレトは一人、呟く。
「第三勢力として戦うか……」
『どうするんだ?』
白牙の問い掛けに悩むヤオ。
「お金ないから野宿だよー」
白牙が溜息を吐いてから続ける。
『この国の事だ。正しき戦いの守り手としては、ほっておけないのでは?』
ヤオは首を横に振る。
「ここの人たちは正義の為と言う復讐心で戦っている限り、あちきが関わる戦いではないよ」
白牙が自分たちの出てきた家を見る。
『あいつが第三勢力を作ると思っているのか?』
ヤオは普通に首を横に振る。
「多分あの人は戦わないことを選ぶ筈だよ」
『お前の出番は無しか?』
ヤオは困った顔のまま言う。
「だから暫く野宿になりそうなんだよ」
大きな溜息を吐くヤオであった。
ホードス大平原では、ホーラス軍とラードス軍がにらみ合っていた。
『『今日こそ決着を付ける!』』
両者の思いは一つであったが、残念の事に思いだけが先行し、双方共に決めては無かった。
そんな両軍の真ん中に一人の青年が現れる。
あの時の騎士が驚く。
「あの時の男じゃないか。なんでこんな所に?」
そして両軍の注文を浴びる中、フェレトが言う。
「無駄な戦いは止めろ!」
その一言に両軍の弓矢がフェレトを襲う。
しかし矢はフェレトにあたる事は無かった。
「随分大胆な事するねー」
刀と化した白牙で全ての矢を切り落したヤオが尋ねる。
「君はあの時の……。ところで何でメイドの服を着ているんだい?」
ヤオは難しそうな顔をして言う。
「この国って税金が高いせいで、普通のお店では住み込みで働けなかったから、大きなお屋敷のメイドとして働いてたの」
その場に居た全員の思いを代表して、フェレトが言う。
「まーメイドをしてるのは良いとして、どうしてここに居るんだ」
それに対してヤオがフェレトを指差す。
「貴方が正しい戦いをしているからだよ」
その言葉にフェレトが驚く。
「戦いって、俺は戦争を止める為に来たんだ。前みたいに片方に言っても仕方ないから、両方に同時に説得する為にここに居る」
ヤオが頷く。
「それが貴方の戦い。あちきは正しい戦いの守り手。貴方が戦い続ける限り、あちきは、貴方を守る」
そして両軍の緊張が高まり今にも進軍を開始しそうになった時、ヤオが両手を天に向ける。
『八百刃の神名の元に、我が使徒を召喚せん、九尾鳥』
ヤオの右掌に『八』、左掌に『百』の文字が浮かび上がり、九つの異なる色の尾を持つ鳥、九尾鳥が召喚される。
九尾鳥に右掌を向ける。
『八百刃の神名の元に、我が使徒に力を我が力与えん、九尾鳥』
ヤオの右掌の『八』が輝き、九尾鳥は一張り弓と化す。
九尾鳥が変化した弓から伸びる尾は九本の矢と転じていた。
ヤオはその中でも水色の矢を弓につがい、撃ち放つ。
それは空中でおびただしい氷の塊と転じて、両軍の進軍を停止させる。
そしてヤオがフェレトに言う。
「貴方の戦いを続けて」
その言葉に少し躊躇したが、今が最後のチャンスだと割り切り、フェレトが叫ぶ。
「お前たちは自分が何故戦っているのか解っているのか!」
兵士達はざわめくが、ヤオの存在が怖く何も言えない。
「お互いの兵士を見ろ、痩せているだろう。軍隊ですらろくに食料を供給出来ていない。そんな国同士が争いあって何になる。疲労した国が疲労した国を手に入れた所で何にも変わらない。今必要な事はお互いの国力を回復させることだ!」
兵士達が相手の兵士を見る。
確かに、だれもが痩せ、貧相な武装しかしていない。
「黙れ黙れ、ここで引いては死んでいった英兵になんと言い訳できよう!」
ホーラスの王のプライドで叫ぶとラードスの女王も続く。
「そうです。ホーラスの侵略によって殺された命はどうなると言うのです!」
それに対してフェレトが断言する。
「死者は何も思わない。死んだ者の意地など無い。それは、生きている人間が死者の事を思う心だ!」
敵意の視線がフェレトを襲い、実際矢も飛んでくるが、ヤオがあっさり防ぐ。
「それを否定はしない。しかし生きてる者が真に望むのは豊かな暮らしだ。死者の為に無理に苦しむ必要は無い」
兵士達に問いかける。
「ここで戦っている者に家族が居る者は居るか?」
兵士達の大半が反応する。
「家族に腹いっぱいご飯を食べさせたくないのか? ここで勝ったとしても疲労した国には十分な物資は無いぞ」
兵士達がざわめく。
兵士達も気付いてしまったのだ、勝ったとしてもその先には貧困しかない事を。
「休戦し、お互いが国力を上げれば貧困から抜け出せる。それでも戦うのか?」
兵士達から戦意が抜ける。
しかし、十分な食事が出来る王や騎士達は誇り故にその提案に怒りすら覚えた。
その時、ヤオが言う。
「言いたい事は全て言った?」
その言葉にフェレトが頷くとヤオは九尾鳥を帰し、白牙を元の猫の姿に戻す。
「それじゃあ、あちきは帰るよ」
その言葉にフェレトは驚かない。逆に当然だとさえ思った。
そんなフェレトにヤオが言う。
「自分の言葉に自信がないなら、あちきについてきなよ、守ってあげるから」
そういってさっさと歩き出す。
しかしフェイトは両軍の真ん中から動かない。
誰もが驚いた。
この青年、フェレトの大言は八百刃が居てでの事だと、誰もが思っていたからだ。
しかし、フェレトにとって八百刃は感謝するが、縋りつく存在ではない。
自分の言葉に真実がある以上、自分が信じるのは、両軍の兵士の心でしかないのだから。
「いけー! いけー行くのだ!」
ホーラスの国王が叫び、
「今こそチャンスです、戦いなさい!」
ラードスの女王が命令するが、両軍の兵隊達は動かない。
そして長き戦いは幕を閉じる事になった。
この後、フェレトが勧める、交易により両国は栄え、時の英雄としてフェレトの名は長く語り継がれることになる。
ヤオは手の中の銀貨を数える。
「一ヶ月働いてどうして銀貨十八枚にしかならないの?」
何度数えても銀貨の枚数は増えない。
『理由は簡単だろ、お前がドジして割った花瓶や皿の弁償金が差し引かれたからに決まってるだろ』
繁栄に向う両国から、貧乏路線まっしぐらのヤオが旅立つのであった。