新たな世界を背負う宿命を持つ者
新たな神名者登場そしてあの男がまた登場する
マーロス大陸の海に面した、魔獣を交通に使う事で発展した国、ローロスの貿易都市マラトラン
「ここで仕事見つけないとあちき飢える事になる」
食堂でお金を数えていた、毎度の事の様に金欠なヤオ。
『お前程、意志薄弱な神名者もそーいないぞ。あの場合、素直に受け取っておく方が正しかったんじゃないのか?』
白牙の言葉にヤオは少ないお金を弄りながら呟く。
「でも、あの場面であの指輪受け取ったら凄く悪い事してるみたいじゃない」
その言葉に大きく溜め息を吐く白牙。
そんなヤオのテーブルに、少ないお金で頼んだ小魚の煮込みセットが届く。
「卵食べたかった」
隣の子供が食べる高いオムレツセットをうらやましそうに見ながら、小魚の煮込みを食べ始めるヤオ。
「お前はどうして何時も金欠なんだ?」
その言葉に振り返ると、バードス王国で分かれた冒険者ローダが居た。
「あれー、ローダさんがどうしてこっちの大陸に居るんですか?」
首を傾げるヤオにローダはヤオの向かいに座って言う。
「俺は冒険者だから他所の大陸にも行くさ。それより、お金無いって事は仕事してないんだろ?」
頷くヤオにローダが言う。
「少し厄介な仕事を請けたんだ、手伝ってくれないか?」
『お前確か八百刃の信望者じゃなかったか?』
白牙の言葉にローダは頷く。
「今でもそうだぞ。バードスを救い、その後も数々の戦いに携わった偉大なる正しき戦いの守り手、八百刃様を信望しているぞ」
『その割には、タメ口な気がするぞ』
ローダは遠くを見て言う。
「俺は、八百刃様とヤオを別の存在と認識してるからな」
『現実逃避はいけないぞ』
二人がそんな話をしている間に、ヤオは小魚の煮込みを食べ終える。
「この間みたいにどんどん報酬が減るとか無いですよね」
小動物を思わせる態度でヤオが聞き返した。
「お前が相当のドジをしない限り大丈夫だ」
ローダが保障するが、白牙が諦めた口調で言う。
『それじゃあ駄目だな。今回も儲からないな』
「それで仕事の内容って何なんです?」
食堂を出たヤオとローダ。
「護衛の仕事なんだが、多分そっち関係の話しだ。ヤオだったら俺が感じている違和感の正体もわかると思う」
そしてローダは一つの宿に入る。
その奥の部屋に一人の聖母の様な女性が居た。
その女性を見て、白牙が何か言おうとしたのをヤオは視線だけで止める。
「ニーナさん、以前俺と一緒に冒険した事がある少女だ。護衛の足しになるかと思って連れてきた」
ヤオは頭を下げる。
「ヤオって言いますよろしくお願いします」
ニーナと呼ばれた女性は微笑み言う。
「私は今、とても恐ろしい者達に狙われています。一人でも護衛が多い方が助かります」
その時、一人の男が入って来て言う。
「ローダ、勝手な事をするな! ニーナ様の護衛は本当に信じられる者にしかさせられないのだ!」
その言葉に対してローダが断言する。
「この少女は絶対信用出来る。俺が信望する八百刃様の名にかけて間違いは無い!」
その言葉にニーナが頷く。
「そこまで強く信じていらっしゃるのでしたら問題ありません。雇いましょう」
そしてヤオは何故かローダにあてがわれた部屋に案内された。
「何故にレディーなあちきがローダさんと同じ部屋に入れられるんでしょうか?」
ヤオの素朴な疑問にローダはあっさりと答える。
「俺は、金海波の信徒でも、ロリコンでもないからだろ」
ベッドの上で指をいじいじししながらヤオが呟く。
「あちきの方が年上なのになー」
「安心しろ、八十以上年上に反応する程、特殊でも無いぞ」
ローダが淡々と答えた後、ヤオの隣に座って言う。
「それであれは何者だ?」
「新名、多分一番新しい神名者で且つ、時空神候補だよ」
ローダの顔が鋭い物になる。
「成る程な、それで何で蒼貫槍の使徒に狙われるんだ?」
ヤオが少し困った顔をして言う。
「神々の事に関わる話し、知ると大変だよ?」
ローダは変わらない強い意志を込めた表情で言う。
「俺はあいつを助けた。一度助けた奴は例え相手が神様だろうが関係ない、最後まで責任を持つものだ」
白牙が器用に木炭を掴んで床に『身の程知らず』と書くとローダが平然と答える。
「かもしれない。でも相手が八百刃様だって変えなかったぞ」
そう言ってヤオの頭を弄くる。
「神の中には代替わりを嫌がる神様も居て、時空神は主神だけに常に代替わりを拒んで来たの。そして新名は、神々の戦争の引き金になる存在。現、時空神、真名側の神にとっては一番排除したい存在だよ」
少し驚いた顔をするローダ。
「意外だな、神々にもそんなもんがあるのか?」
嫌そうに頷くヤオ。
「はっきり言って、苛烈だよ。現神に嫌われた神名者は、八割がた消滅する定めにあるんだから」
ローダは少し考えてから問いを続けた。
「俺が信望する八百刃様はどうするつもりなんだ?」
ヤオは普通に言う。
「八百刃の意味は、何が相手にも変わらない。正しき戦いを貫く存在それが八百刃だよ」
ローダが嬉しそうな顔をする。
「俺はやっぱり八百刃様の信望者でよかったよ。俺は神相手だからって自分の考えを変えるつもりは無い。だから暫くニーナの護衛をする」
白牙が再び床に木炭で『変わり者』と書く。
「ところで、さっきからこいつはなんで心の会話しないんだ?」
ローダが床の字を見て言うと、手近にあったパンで床の字を消しながらヤオが答える。
「あちきが八百刃だってばらすつもりないから、テレパシーで会話したら直ぐばれちゃうよ」
「そーか、所でそのパンな、俺達の夕食だぞ」
ローダの言葉に文字を消す手が固まるヤオであった。
「ニーナ様これからどうしますか?」
次の日の朝、食堂で新名の信望者である、昨日の男、リースがまだ正体がばれている事を知らない為、出来るだけ普通の態度を取っていた。
そんな中、ヤオが何気ない感じで言う。
「ところでリースさん、神名者、新名って知ってます?」
その言葉にリースはあからさまに動揺する。
「いきなり何を言うんだね、君は!」
ヤオは平然と続ける。
「噂で聞いたの。新名って新しい神名者が生まれたって。ローダにも聞いたんだけど知らないって言うからリースさんに聞いたんだけど」
リースは視線を泳がせて、ニーナの方を向くと、ニーナが答える。
「私も噂は聞いたことがあります。しかし神名者と言ってもまだ若輩で、大した力を持っていないとも聞いてますけど」
それを聞いてローダが続ける。
「しかし、神名者だ、それなりに力を持ってると思うぞ」
それにニーナは少し困った顔をする。
「本当に大した力は無いんですよ」
その時、宿に数人の青いマントを羽織った男たちが入ってきた。
ローダは視線でヤオに確認を取ると、ヤオは頷いたので、剣を取り立ち上がる。
「お前達、蒼貫槍の信徒だな?」
その言葉に、男達とニーナとリースが反応する。
「俺は八百刃様の信望者でね、お前達みたいに無意味に戦いを広げる神様を信じる奴等はほっとけないんだよ」
蒼貫槍の信徒達は、複雑な印が刻まれた腕輪を見せる。
「未熟なりし八百刃を信望する愚か者に、我が神の裁きを!」
次の瞬間、青い雷がローダに襲い掛かろうとした。
『新名の神名の元に、空間に新たな理を与えん、空間遮断』
ニーナの右胸が光り、蒼貫槍の信徒が放った青い雷が不自然に遮断される。
そして蒼貫槍の信徒達がニーナに向く。
「やはりお前が、新たなる時空神の候補、神名者、新名だな。我が神、蒼貫槍様の神託の元、撃ち滅ぼさん!」
リースも慌てて槍を構えて、対抗しようとした時、ヤオがローダに言う。
「あちきは、この戦いに干渉するつもりは無いよ」
その言葉にニーナが頷く。
「はい、これは神の名に関わる問題、普通の人が関わる話しではありません」
その時、ローダが宣言する。
「関係ないな、俺は一度お前を助けた。だから、俺はお前が安全になるまで守る。それが、お前を助けた事に対するけじめだ!」
「馬鹿なお前は解っているのか? 神名者を助けるなど、考え違いだ。今とて、新名様が防いでくれなければ、神の業で作られたアイテムの攻撃は防げなかったぞ!」
そのリースの言葉にローダが傲慢とも思えるような真っ直ぐな態度で答える。
「それこそ関係ないんだよ。力が足りてなかろうと、俺は正しいと思う戦いをする。それこそが八百刃という神名の意味だ!」
「愚か過ぎる、人の身で神々の戦いに関わろうとは。その思い違いのままここで死ね!」
再び青い雷が放たれる。
新名が再び力を使おうとするが、よろめく。
「貴方の力は応用が利きやすい分、力の消費が高いんだよ。無闇に力を使っていては駄目だよ。特に今みたいにろくに信望者が居ない間わね」
そう言って支えるヤオ。
そしてローダに向っていた青い雷は、白牙の爪の一振りで切り裂かれる。
『もう少し自分の身の丈を考えるべきだな』
白牙のテレパシーを聞き、ニーナが驚く。
「魔獣? それも蒼貫槍の業を打ち破る程の力を持った者がどうして?」
ヤオはローダに両掌を向けて宣言する。
「あちきは正しき戦いの守り手。ローダが正しい戦いをし、力が足りないなら力を貸してあげる」
『八百刃の神名の元に、我が使徒を召喚せん、闘甲虫』
ヤオの右掌に『八』、左掌に『百』が浮かび上がり、ローダの体を八百刃獣、闘甲虫が覆う。
二回目で慣れたローダは、蒼貫槍の信徒を放つ青い雷を闘甲虫で弾きながら、一気に間合いを詰め、剣で蒼貫槍の信徒を切り倒した。
騒ぎになったので場所を変えたヤオ達。
「まさか正しい戦いの守り手、八百刃だったとは思いもしませんでした」
ニーナの言葉にヤオは大して気にした様子も無く言う。
「あちきは神格化が低いからねー。それよりローダ。闘甲虫は貴方が正しき戦いを続ける限り、貴方と共に在るよ」
「ご助力感謝致します八百刃様」
ローダが手甲に転じた闘甲虫を掲げ、頭を下げる。
ヤオはニーナの方を向く。
「神名者同士が側に居るのはあまり良くないから離れるよ」
そして掌を差し出す。
「お仕事の報酬だけど少しでもいいからもらえると嬉しいなー」
その言葉にリースが唖然とする。
「仕事の報酬って、お金を取るつもりなんですか?」
ヤオは大きく頷く。
「当然だよ、護衛として雇われてたんだから。たった一日でも報酬を要求します!」
珍しく力強く宣言すると、ローダが言う。
「でも肝心の所で戦わなかったよな」
ヤオが固まる。
「でもでも、敵の存在を確認したり、闘甲虫出したりしたじゃん。それは報酬に値すべきだと思うよ!」
本気でお金が無いヤオは食い下がる。
それにはローダも頷いた後、三枚の金貨を出す。
「確かに俺は助けて貰ったし、八百刃様にはお礼をお支払いします。しかし、護衛役に関わらず、依頼主を守らなかったのは契約違反だから罰金だ。差し引きでそんなところだと思うぞ」
ヤオが涙目になる。
「でもでも倒れそうになったニーナも支えたよ?」
必死に同情を誘いに入るヤオに、ローダが止めの一撃を放つ。
「それでは八百刃様、信望者としてお布施をお渡しした方が良いですか?」
泣きながら金貨三枚を握り締めて逃げていくヤオ。
『同じ手に何度も掛るとは、成長が無い奴だ』
溜め息を吐いて白牙がその後を追っていく。
「いいんですか?」
ニーナはかなり疑問気に聞くとローダが自信たっぷり言う。
「本人が望んだ事ですから」
「お前本当に八百刃の信望者か?」
リースの言葉にローダは胸を張って断言する。
「勿論だ。八百刃様の考えを守る為に、命を懸ける覚悟は何時でもある」
何か激しく違うと思いながらも、突っ込めないニーナとリースであった。