海と戦いの僕
海賊船の下働きをするヤオそして、世界の闇がその影を表す
ルーフェイス聖王国の側にある港町、レールドの南方の大海原
「お前さんには雑用全般をやって貰う」
そうヤオに、言ったのは海賊船トップン号の船長で、ルーミの父親である、ルードである。
「はい」
素直に下働きするヤオ。
そんなヤオを見てルーミが自分の腕の中に居る白牙に問いかける。
「ねえねえ白牙、あの人が白牙の御主人様なんでしょ?」
白牙は大きく溜め息を吐いて言う。
『あまり認めたくないが、そうだ』
少し首を傾げてルーミが言う。
「でも白牙の御主人様って偉いんでしょ?」
白牙は深い深い躊躇の後に答える。
『偉ぶらない様にしているんだ。だが強い事だけは間違いない』
「お前は何で、何もない所でこける!」
「ごめんなさい」
ヤオの情け無い声の方から顔を逸らす白牙にルーミが言う。
「ふーん、凄いんだ。お父さん達にも教えてあげないと」
『それは止めてくれ、あまり正体がばれるのは宜しくない』
「どうして?」
首を傾げるルーミに白牙はあさっての方向を見ながら言う。
『正体を知られれば、たいていの人間は恐れ崇めるからだ。ヤオは、八百刃の考え自体を信じて貰うのは良いが、自分自身を崇拝されるのは、あまり好かないのだ』
ルーミに聞こえない心の奥底では別の本音を持っていた。
『間違ってもあれが八百刃だと認知されたら信望者が減るからな』
航海は順調に進んでいた。
眠るルーミの腕から脱出して来た白牙が、お皿を割った罰、ジャガイモの皮むきをするヤオの所に来て言う。
『あの娘、何者だ。側に居ると不思議な力を感じるぞ?』
真剣に悩む白牙に上手にジャガイモの皮むきをしながらヤオが答える。
「ルーミちゃんって昔、大海原で行方不明になったそうだよ」
広い海で行方不明、それは海に飲み込まれ、そして二度と会えないことを意味している。
『しかし、ここにルーミが居ると言うことは……』
白牙の言葉にヤオが頷き続ける。
「海の女神、金海波の御加護だと言われてるけどビンゴだと思う」
その言葉に白牙が頷く。
『なるほど金海波の御加護の力を持っているからテレパシーも聞こえるのだな』
大きく溜め息を吐き、ヤオが言う。
「エッチな事されて無かったらいいけど」
大きく頷く白牙。
『ロリレズの金海波は、五歳の娘でも手を出しかけてたからな』
「この頃の海賊のロリ化は絶対金海波の影響だよ」
『そこさえなければ本当に良い神なのだがな』
強く頷くヤオ。
実際ロリ外見のヤオは、三十年前に金海波が神になるまでは、付き纏われて、エッチな事されそうになった事が数え切れないほどあるのだ。
「神様になって少しは落ち着いたかなーと思ったんだけど、ルーミちゃんを助けて、あんなに強い御加護を与えてあるって事は、そっちの趣味は全然直ってない気がするよ」
『海に出るときは気をつけなければいけないな』
その時、ヤオが太ももに乗せていた皮むき済みのジャガイモを零す。
「あー泥がついちゃう!」
慌てて拾おうとヤオが動くと、剥く前のジャガイモの器が空を飛ぶ。
「そっち行っちゃ駄目!」
大騒ぎするヤオを他人事の様に出て行く白牙であった。
そんなある日、ヤオが下働きしていると、数人の海賊が何気なく誘う。
「おいお前もこっちで賭け事しないか?」
「いえあちきは、賭け事はしない事にしているんです」
「賭け事に付き合うのも、下働きの仕事の一つだよ」
「安心しろ、お金が払えなくてもお前みたいなガキの体は要求しないからな」
爆笑する海賊達。
そして勝負が始まった。
そして勝負は終った。
「嘘だ、どうしたら連続して四カードが出るんだ!」
「どうやったらサイコロ振ってゾロ目しか出ないなんてあるんだ!」
そこに白牙を抱き抱えたルーミが来る。
「皆ゲームやってるルーミも入れて!」
即座に海賊達は視線をずらす。
『珍しいなヤオ、負けようが無いからギャンブルはしないんじゃないのか?』
白牙の言葉にヤオが頷き、ルーミを見る。
「ルーミちゃんも賭け事負けたこと無いよね?」
「うん。ルーミ、ゲーム強いんだよ」
ルーミの答えに海賊達は溜め息を吐く。
「近頃のガキは何でこんなに強いんだ」
「だいたいルーミとは何百回とやってるが一度も勝てないぞ」
白牙が諦めきった口調で言う。
『金海波は海の神と同時にギャンブルの神様だ。その金海波に好かれているルーミやヤオにギャンブルで勝つのは無理な話だな』
そうしてヤオはようやく下働きから開放される事になった。
「俺達は海賊と言っても、海賊を襲う海賊だ。それも海王国ムーツ公認のな」
ルードがそう言って胸を張る。
こういった海賊はかなり居た。
海は広く、普通の取締りでは海賊を捉えられないと判断した海王国ムーツは、信用を持てる海賊に、海賊だけならば好きに襲う許可を与えたのだ。
ルードはそんな海賊の一つと言うことになる。
「それは良いんですけど、どうして囲まれてるんですか?」
ヤオは平然と言うが、ルードの船は大量の海賊船に囲まれていた。
「まー海賊を襲えば恨みを買う。ついこないだ、ここら辺の海賊のボスの弟の船を襲ったから、その仕返しだろう」
ルードもまた、こんな状況にも落ち着いている。
『ルードこの前の借りは兄貴がかえしてやるぜ!』
敵船からの拡張された声に、ルードが呆れた口調で呟く。
「借り位自分で返せないでよく海賊やってるな」
「きっとブラコンなんだぜ」
「そうだそうだ、寝る時もお兄ちゃんと一緒じゃないと眠れないなんて言ってるんだろうぜ」
爆笑が起こる中、白牙がヤオの隣に来る。
『どうするつもりだ?』
ヤオはテレパシーで答える。
『大丈夫海の上でこの船を落すことは多分出来ないよ』
いきなり居なくなった白牙を探しにデッキに出てきたルーミを指差す。
『成る程なー』
その時、海が割れた。
誰の目にも異常なそれの足が一気にルードの船を襲う。
「なんだと魔獣だと!」
そして、海賊のボスが馬鹿笑いをする。
『見たか、これが戦いの神蒼貫槍様より頂いた、大海蛸だ。恐れ戦け!』
ルード達の表情が一変する。
「あいつら、海に生きる者の癖に蒼貫槍なんぞを崇めるだと。そんなふざけた事しやがって!」
「同じ海の仲間だと思ったから殺さなかったのによー。蒼貫槍なんぞを崇拝する奴等は皆殺しだ」
志気が一気にあがるが、残念な事に志気が幾ら上がろうと、神の使徒に勝てる訳が無い。
モリや矛を突き立てるがあっさり弾かれてしまう。
『やるか?』
白牙の言葉にヤオは首を横に振る。
「ここは金海波のテリトリーだよ、自然に来るよあいつが」
その言葉に嫌そうな顔をする白牙。
『面倒な奴に会う事になるな』
二人の会話に答えるように、海面から金色の光が現れて、大海蛸の足を切り裂いていった。
そしてそれは、ルードの船のマストに立った。
それは、金色の鱗を持った美形の半魚人、金鱗人である。
「あれは、金海波様の使徒ではないか!」
「そうだ金海波様が助けを送って下さったのだ」
その時、ルーミがコケた。
金鱗人が顔をぶつける前に助ける。
その姿を見て白牙が言う。
『お前まさかとおもうがルーミだけを助けに来たのか?』
金鱗人は少しの沈黙の後、答えた。
『他の人間も助ける』
白牙は大きく溜め息を吐いてから言う。
『お前も大変だな』
『お前に同情されたくないわ!』
そして大海蛸の方を向き、矛を構える。
『邪心の手先め! 海は我が主の領域なり、ここで滅べ!』
矛から雷が放たれるが、大海蛸は平然としている。
『馬鹿な、海の上での金鱗人の攻撃は、使徒でもダメージがある筈だ!』
白牙が驚いている間にそれに変化があった、更に巨大化しているのだ。
無差別に人を喰らい始める。
『何なんだ』
金鱗人も白牙も言葉を無くして居た。
普通の人間は、ただ呆然とするしか無かった。
しかし、ヤオは違った。
「蒼貫槍、まさか終末の獣を作り出すつもり……」
すこし考えた後、ヤオは金鱗人に告げる。
「金海波の代行とし、同意をお願い」
その言葉に金鱗人が慌てて頷く。
『了解しました。八百刃様』
「あちきと金海波で育む、白海鯨の具現の許可を」
金鱗人が頷く。
『金海波様に成り代わり、同意します』
そして八百刃の神名が激しく光る。
『金海波と八百刃の神名の元に、我等が使徒を具現せん、白海鯨』
信じられない量の光が海中に集まっていきそれは一匹の巨大な白い鯨と変化する。
白海鯨の雄叫びは海を割り、海底に大海蛸を叩き落す。
海底に落ちた大海蛸に一斉に膨大な質量の水が襲い掛かり一瞬でその存在を消去した。
『二人の神名を持って始めて存在する事を許される天変地異を起す使徒、白海鯨、実際見るのはこれで三回目だな』
白牙の言葉にヤオが頷く。
「そうそう出せる物じゃないしね。でも相手が終末の獣だったから使ったの。これ以外の手では確実に倒せ無いと思ったから」
本当に珍しく、ヤオに余裕が無かった。
『終末の獣、無限に力を使い続け、世界を滅ぼす物。存在するただそれだけで世界を歪めるそれを何故邪神と言え、神が創る!』
金鱗人が憤り込めて呟いた。
全てが終った後、ヤオは簡単な事情説明をするとルーダが一言。
「ギャンブルの女神の御加護のお陰なら、賭けの結果は、無効だな。また暫く下働き頼むぞ」
ヤオは自分の信望者じゃないので、普通に扱われるのにも良いが、また下働きをするはめになったのは何か釈然としない物を感じた。