戦いの神様
その者は、正しき戦いを守るもの神に等しきもの
ローランス大陸の大国ロートナ王国の侵略価値の低い片田舎町、トロ
「ヤオちゃんこの料理お願い!」
「はーい、女将さん」
元気良く返事をしたポニーテールのウェイトレス少女が料理を運んでいく。
お客様の目の前でこけて、お盆の上の料理を空中に飛ばす。
「わー」
空中でじたばたする少女を、がたい良い男が片手で支える。
空いた方の手には料理が受け止められている。
「大丈夫かい?」
男の言葉に、少女は慌てて自分で立ち上がり頭を下げる。
「どうもすいません」
男は微笑んで答える。
「怪我が無くて良かったよ」
「いつまでもお客様に迷惑かけてない! 次あるよ」
「はーい、女将さん」
その少女がパタパタと走っていく。
「あんな小さい子も働いてるんですねー」
少女を支えた男、この町の警備隊の隊長ハイセンは、部下の言葉に悲しそうな目をする。
「仕方あるまい、この町は、比較的平和だが、大陸では幾つもの戦争が起っている。小さい子も働かないと生きてはいけないんだろう」
「そーいえば娘さんが同じ年位でしたね?」
部下が質問に頷くハイセン。
「ああ、だからほっと置けなくてな」
「ふー、今日も大変でした」
そう言って、肩を叩くウェイトレスの少女、ヤオ。
その足元では白い子猫が、自分のご飯にゆっくり味わいながら食べている。
「白牙、あんたは働いてないのにご飯食べれて良いよね」
嫌味っぽく言うが、白い猫、白牙は一向に気にした様子も無く食事を続ける。
「にしてもここら辺は平和で良いよね」
すっかりだらけきった表情をするヤオを白牙が睨む。
「別に急ぐ事じゃないから良いの。あちきは、このままずーとウェイトレスでも良いかも」
「だったらドジを直して欲しいね」
そう言って入ってきたのは女将さんであった。
「あんた今日何回こけたんだい?」
「四回です。一回は助けて貰いましたから」
ヤオの言葉に、女将さんは溜め息を吐く。
「真面目な事は認めるけど、ドジは直してもらわないと、まともな給料は出せないよ」
「……はい、女将さん」
ヤオが申し訳なさそうを見ながら、女将が質問する。
「それでいつまで居るつもりだい?」
実はヤオは、旅人で、腹を空かせて店の中を覗いていたのを、女将さんに拾われたのだ。
「えーと特に予定は無いんですけど、一ヶ月位雇って貰えれば凄く助かります」
「元のウェイトレスが出産で休んでいるから良いけど、何で一人旅してるんだい?」
ヤオはその言葉に困った顔をする。
「あちき戦争孤児で、孤児院に居たんですけど、引き取られた先で、もう一人前だからって、修行の旅にでろと言って追い出されたんです」
その言葉に白牙が何か文句ありげに鳴くが、溜め息を吐く女将さん。
「このご時世だ、仕方ないねー。まー頑張って働きな」
そして部屋を出て行く女将さん。
「帰ったぞ」
そういってハイセンは自分の家に入ると、
「お父さん!」
一人の少女、リーナが抱きついてくる。
年頃なら十歳くらいの可愛い少女である。
「いい子にしてたか?」
「うんリーナいい子にしてた」
ハイセンは、頭を撫でながら、ポケットから一つの首飾りを出す。
「これはご褒美だ」
リーナの首にペンダントを着ける。
「わーい」
嬉しそうに走り回るリーナ。
そしてハイセンの奥さんがやってくる。
「……高価そうですけど?」
少し眉を顰める奥さんの言葉に、ハイセンは少し厳しい顔をして答える。
「ああ、いざとなればあれを売って暫く食べることは出来るだろう」
その言葉に奥さんは悲しそうな顔をする。
「そんな事を言わないで下さい」
「いざって時だ。俺はお前達を残して死んだりしない」
抱き合う二人の周りをリーナがただ嬉しそうに回っている。
比較的平和な日々が何日か続いたあと、それはやって来た。
「我々は、偉大なる戦神八百刃様の配下の者だ。八百刃様はここに自分の神殿を構える事をお決めになされた、その為の労働と貢物を出して貰おう」
百名以上の兵士の先頭に立つ男の言葉に町長は慌てて言う。
「そんな、我が町はこんな田舎町、とても戦神様の神殿が建てられるほどの人手や物資はありません」
それに対して、八百刃の配下は一太刀で、町長の腕を切り落す。
のたうつ町長に八百刃の配下の男が言う。
「神の御意思に逆らうものには、天罰が下ると思え」
剣を収めて、男が去りながら答える。
「明日改めて参る。その時までに用意を済ませておけ」
その夜、酒場では激しい話し合いがされていた。
「騙りに決まっている。戦神八百刃様なんてもんは、伝説にしか過ぎない!」
みんな頷く。
「でも、あの百名もの兵士はどうする?」
そして視線は自然と警備隊の隊長ハイセンに集まる。
「残念だが、この町に居る警備隊では到底対応出来ない」
「そうでもないですよ」
皆が声の元、一人の少女、ヤオを見る。
「あいつ等多分、まともに戦えるのはあの男だけ、後はこけおどし。あの男だけ倒せば、ここの警備隊の人達の力量だったら十分対応出来るよ」
ハイセンの部下が怒鳴る。
「何を根拠にそんな事を言うんだ!」
「簡単だよ、本当の戦士百人以上が歩き回ったら、町の入り口がぐちゃぐちゃになるんだよ。鎧や剣の重さで」
その言葉にハイセンは町の入り口の様子を思い出す。
確かにヤオが言う通りだった。
ハイセンが決断する。
「戦おう、すまないが男衆は力を貸してくれ」
「当然だ、ハッタリ野郎何てぶっ飛ばせ!」
そんな中、ヤオが頬をかきながら呟く。
「問題は相手が何で戦神八百刃の名を使ったかだよね」
次の日そいつ等はやって来た、ただし一台の大きな戦車(ローマ時代の馬で引く戦車)乗る、一人の男を連れて。
「拝謁させてやろう、このお方こそ、偉大なる戦神八百刃様だ」
その言葉に答えるように戦車に乗った男が立ち上がる。
ハイセンは一目で理解した、自分より格段上に居る人間だと。
他の人間にもそれが理解出来たのか、昨日の勢いは全く無い。
そして戦神八百刃が言う。
「我に捧げる貢物はどうした?」
町の人間に動揺が走る中、ハイセンの反応は早かった。
「俺が、余計な事を言った為、準備が出来ていない。全ては俺の所為だ。だから天罰は俺一人で受ける」
その言葉にハイセンの部下が言う。
「隊長!」
そんな隊員達をハイセンは一睨みで黙らせる。
「いい心がけだ、その身で神の偉大さを知れ!」
その言葉と共に、戦神八百刃はその腕に刻まれた八百刃の刺青を見せてから、呪文を唱える。
『雷撃』
ハイセンは電撃を受けて倒れる。
「お父さん!」
リーナが駆け寄ろうとするが周りの人間が押し留める。
「一発で終ると思うな、その魂の穢れの全てを、我が雷で清め終るまで続く」
そして再び呪文を唱えはじめる戦神八百刃。
「誰かお父さんを助けて!」
その時、ヤオがリーナに近づき言う。
「あちきが助けてあげる。覚悟を見せて、例えば、そのペンダントをあちきに譲るみたいな?」
その言葉にリーナが即座に答える。
「こんなペンダントなんて幾らでも挙げる。だからお父さんを助けて!」
ヤオはリーナの首からペンダントを引き抜くとポケットに入れてから、戦神八百刃の方を向く。
「一つ聞いて良い?」
「なんだ」
戦神八百刃は、悠然と答える。
「なんで八百刃の名を騙ったの?」
それに対して戦神八百刃が大声で宣言する。
「何を言う、我は本物の戦神八百刃なり」
ヤオは溜め息を吐く。
「あのねー、八百刃は神名者の名前で、神の名前じゃないの。因みに神名者って言うのは、神になる資格を持つ者の事で、神ではないの。そして神名者が神になった時、あんたが見せたような神名は体から消えるんだよ。完全な神としてその力を自分自身の物にするからね」
周りの人間は驚いた様子である。
「つまりどういうことだ?」
「簡単に言えば、戦神と名乗っておきながら、体の神名がある、矛盾してるの」
ヤオの答えに町民に動揺が奔る。
その動揺は、戦神八百刃の配下にも起った。
「出鱈目を言うな!」
戦神八百刃はそう怒鳴ると、ヤオが右掌を見せて言う。
「それに神名は普段は見えないんだよ、力を使う時だけ見えるの、こんな風に」
『八百刃の神名の元に、我が使徒に力を我が力与えん、白牙』
そしてヤオの右掌に『八』の文字が浮かび、そして白牙がその姿を一本の刀に変化し、ヤオの手の中に納まる。
「偽者が!」
昨日町長の腕を斬った男がヤオに迫る。
ヤオはその手の中の白牙の刀をその剣に合わせて振るう。
次の瞬間男の両腕が切り落されて居た。
ヤオは戦神八百刃と名乗った男に言う。
「あちきの神名を名乗る以上、打ち勝って、その名を奪う覚悟があるんだよね? 来なよ」
そして男は連続して呪文を唱えるが、全てが、ヤオの白牙によって斬リ捨てられる。
「魔法を斬るなんて、出鱈目な事があるなんて」
「白牙は全てを斬るよ」
悠然と歩み寄るヤオにそいつは、戦車から飛び降り、土下座をする。
「お許しよ。貴女様に憧れるあまり、その名を騙りました。全ては貴女を崇拝する故の事です」
ヤオは、男の刺青が入った腕を切り落し言う。
「今回だけは見逃してあげる。消えて」
男と、騙りを知っていた奴等は消えていった。
そして残った奴等は、ヤオを拝み言う。
「偉大なる戦神八百刃様。どうか我々を貴女様のお膝元に置いて下さい」
それに対してヤオは一言。
「嫌。さっきも言ったでしょ、あちきは神様では無いの。神名者だから信徒は要らないの」
「しかし……」
さらに言い募ろうとした奴等にヤオは白牙を突きつけて言う。
「あちき、結構短気だよ」
一斉に逃げ出す信徒達であった。
「まさか、八百刃様だったとは知らぬこととはいえ、失礼をしました」
町の人間は頭を下げるが、ヤオは慣れた様子で言う。
「良いの良いの。所詮は神名者だから、それに今回はリーナちゃんの覚悟に答えただけだからね」
そう言ってペンダントを見せる。
「ヤオちゃんありがとう」
リーナのその言葉に、周りの人間は慌てて言い直させようとするが、ヤオは止める。
「はいこれは返すよ。これはリーナちゃんのじゃないからね」
ヤオはペンダントを返して、町を出て行った。
意識を取り戻したハイセンが言う。
「お礼を言わせてくれても良かったのにな」
その時、ハイセンを治療していた酒屋の二階から物音がした。
そして皆がそこに行くとヤオが荷物を纏めていた。
「どうして戻って着たの?」
女将さんの言葉にヤオがあらぬ方向を見て答える。
「……荷物取りに来たの」
その手にはヤオの荷物が確かに握られていた。
女将さんが眉を寄せて言う。
「神様だったら、呪文一つで取り寄せるなり、新しく作り出したり出来ないの?」
「あちき、神様じゃないし、あちきの能力って使徒にした魔獣を呼び出したり、強化したりするだけなの」
ヤオは少し拗ねた様子で答えると呆れた様子で女将が言う。
「だったら最初から、出て行かなければ良かっただろ」
「その場の勢いって奴があるんだよー」
大きく溜め息を吐く女将さん。
「何年生きてるか知らないけど、もう少し落ち着き持った方が良いよ」
「十四歳の時に神名者として、不老不死になってから百年だから百十四年だよ」
ヤオの答えに、ハイセンの部下が呟く。
「おれ十歳だと思ってたぞ」
囁きあうギャラリーを出来るだけ無視してヤオが言う。
「それじゃあ改めて、さようなら」
ヤオが出て行こうとした時、女将さんが止めを刺す。
「所で旅費あるの?」
ヤオは結局、酒場で一ヶ月ウェイトレスをやっていた。