メイドと消防士が玄関で――
文芸部の三題噺で書きました。よろしければ感想をお願いします!
これは僕らと彼女たちによる愛と希望の物語であるとか言ったら大袈裟に聞こえるけど、決して大袈裟ではない。マジで。そう、あれはいつもの放課後、いつもの様に三人で集まって、いつものように紅姫ちゃんから「ばか?」と冷たい目を向けられた時のことだった。その日の議題は、うん、確かネオ・シューティングスター計画についてだったね。
「コーラお待たせしましたご主人さまぁー……って今度は何の話をしてんの?」
トンットンッとリズミカルにコーラを三つ並べる彼女が纏うはなんとメイド服。その通り、僕らは毎度メイド喫茶で秘密会議を開く、イタイ連中だった! なぜにメイド喫茶なのかと問われても、この辺りに喫茶店はここだけだからとしか答えられないんだけれど、とか言ったら嘘になるけど、でもこれを言うのは個人の尊厳に関わるからあやふやにして誤魔化してしまおうはっはっは。
「ネオ・シューティングスター計画についてだ」
コーラをズコズコすすりながら、仙樹君は言った。
「ねお……はぁ? アンタたちっていつまでもガキねぇ。そんなバカみたいなことばかりして悲しくないの? もう高校生なのにさぁ」
「ふっはっ! 紅姫、お前は大きな勘違いをしている!」
君直君は既に空になったグラスをテーブルに叩き付け、呆れ顔の紅姫ちゃんへ喝! と厳しい顔をした。
「高校生だからこそ、全身全力全霊を込めてバカをするのだよ! おまえ、アレだぞ? これ、最後のバカが許される時期だぞ? 今の内にやっとかないでいつするというのかね?」
「ん、最後? ああ、あんた大学は行かないんだっけ? へえぇ、案外いろいろ考えてバカやってたんだねぇ。そっかそっか。でもさぁ、あんまりデカい声で騒ぐと他のお客さん、もといご主人様に迷惑だから自粛してよ?」
「うむ、わかった」
仙樹君はうむうむと頷いた。
「いや、あんたじゃなくてコイツ」
紅姫ちゃんは君直君を指さした。君直君はゲハハと下品な顔をした。そして仙樹君は、一瞬寂しそうな顔をした。……うふ、ふはははは! あえては言うまい。
んじゃ、と紅姫ちゃんが去っていったその直後、君直君はゴスンと顔面ダイブをテーブルに繰り広げた。
「ど、どうしたんだい?」
「いや、なんかムダに真面目をした自分にムカついてだなぁー」
あー。わかる。何となくわかるよ、その気持ち。と、その時、あれ? 今、仙樹君が微弱ながらも何かに反応をしたような。
「んあ? アイツ、戻ってきたぞ?」
君直君がむくりと起きて、言った。あ、ほんとだ。紅姫ちゃんがこちらへリターンしてきた。しかもなぜか、こそこそと。
「なにか、用か?」
仙樹君が尋ねると、紅姫ちゃんは頭をカリカリ掻きながら口を開き、かと思えばまた閉じて、と見せかけてもう一度開け、しかしまたまた閉じて、むう、ともどかしい顔をした。
「あ、やっぱりいいや」
「うぉい! そりゃねぇだろ! 気になるじゃねぇか!」
「そうだよ。言ってみなよ。君と僕らの仲じゃないか」
「うむ」
「そ、そっか。じゃあね、ちょっと相談なんだけどさー」
きょろきょろ周りを見渡した後、紅姫ちゃんは、声を潜めて、言った。
「あのね、ある女の子とね、ある男性をくっつけるためには、どうしたらいいかなぁって……」
ゴォッ! 何かが僕の隣で唸りをあげた。なんてこった。これは予想を遙かに超えた展開だ。聞いてはいけないような気がしながらも、僕は我慢できずに、紅姫ちゃんに尋ねた。
「……ちなみにある女の子って、誰だい?」
「えーっと」
紅姫ちゃんはもう一度辺りを確かめて、小さな声で、言った。
「瑠璃子ちゃんなんだけどさぁ……」
ブォッ! 今度は目の前で異変が。なんてこった。そうきたか。隣の彼が胸をなで下ろす代わりに、目の前の彼は鼻血が吹き出るんじゃないかと思われるほどエネルギッシュな顔になっていた。瑠璃子ちゃん、とは、紅姫ちゃんと同じくここの店員であり、すなわちメイドさんである。そして君直君は瑠璃子ちゃんのことが、いや、言うまい。
「あの、差し支えなければ、ある男性というのも……」
「あ、うーん……、話せば長くなるんだけどね……」
紅姫ちゃんは語り出した。つい一昨日のボヤ騒ぎ、紅姫ちゃんがケーキをしくじって煙をモクモクさせ、それにたまげた瑠璃子ちゃんが思わず119番をしてしまったという、何とも微笑ましいというか馬鹿らしい事件のことを。しかし本当の事件はその後だったということを。
「……瑠璃子ちゃんがね、なんと、その時駆けつけた消防士さんに恋をしたみたいなのよ!」
「根拠は!」
間髪入れずに君直君は言った。
「昨日今日と連続で『あの消防士さんは誰か』って私に聞いてきてさぁ」
これはぁ……。
「まさに淡いピンク色」
「だよね」
僕と紅姫ちゃんは二人でうははと悪い顔をした。
「それにねぇ、瑠璃子ちゃんって純情だし、出会いが火事ってとこがまた心配でね」
「……まさか、八百屋お七か?」
「そう! それ! ひのえうま!」
仙樹君と紅姫ちゃんが何を言っているのかは分からなかった。
「まぁ、つまりね、さっさとくっつくなり撃沈するなり決めた方がいいと考えたわけっ! 世界の平和のためにも!」
紅姫ちゃんは盆踊りの太鼓の如くバシバシテーブルを叩きながら語る。おい、さっき静かにしろとか言ったのはどこの誰? っていうかそんな大騒ぎしたら、そこでオーダーとってる瑠璃子ちゃんに聞こえるじゃないか。
ふぅーむ、紅姫ちゃんの理屈は今ひとつだけど、何をして欲しいかは十分に分かった。
「しかしですねぇ」
これはいろいろと問題がありますよ。紅姫ちゃんが知ってるのか知らないのかは分からないけれど、まぁ、あの調子じゃ多分知らないだろうけどさ、目の前の友が何と言うかによって僕らのこのミッションへの態度は大きく変わりますぜ。
と、思って君直君の様子をちらっと伺おうとしたその時「あ、」とか細く、しかし透き通るような声が、少し離れたところで聞こえた。瑠璃子ちゃんである。瑠璃子ちゃんがお盆を両手で抱え、メイド喫茶の窓の向こう、丁度大通りが見える方を、大きな目をさらに大きく見開いて見つめているではないか。
「あっ」
身を乗り出して瑠璃子ちゃんの視線の先を確認した紅姫ちゃんも、言った。
「まさか!」「ヤツか?」「なにィ!」
三人同時に首を伸ばす絵面はなかなか間抜けだっただろう。
「そう! 彼よ!」
マジか! よりによってこのタイミングで!
そして驚いた。消防士さんって言うから真面目な爽やか青年みたいなのを想像していたけど、あの後光の差すような金髪、威風堂々とぶっ刺したピアス、どこからどう見てもヤンキーじゃないか! あんなのが瑠璃子ちゃんの好みなのか!
しかしおぉ、見てみなよ。今の瑠璃子ちゃん、まるでセンパイに話しかけたいけど勇気が持てない後輩じゃないか! それだけではない。ヤンキー消防士さんを見よ! あの挙動、まるで中の様子を確認しているようだ。けれど入るのを恥じらっているようだァ! つまりこれは、まさかの両・思・い! か?
「なぁ木曽、いや、木曽天蓋」
君直君は僕を呼び、フッと笑った。とても寂しそう、けれど覚悟に満ちた笑みだった。
……わかったよ、君直敦。
「ただ今より、トラジック・キューピッド計画を始動する」
ギン! 一瞬にして張り詰める空気。さらに僕は、瑠璃子ちゃんにバナナパフェを注文した。瑠璃子ちゃんは一瞬あたふたしたけど、すぐに奥へ下がっていった。さて、
「よし、紅姫ちゃん。君はあの消防士さんを店に連れ込むんだ」
「え? あ、うんっ。オッケー、がんばる! ちょ、でもどんな作戦か教えて?」
いや、作戦じゃなくて計画なんだけど、まぁ、いいや。
「消防士を転ばして、瑠璃子ちゃんを押し倒させる」
これぞラノベより学んだアクシデントでくっつけ戦法! 押し倒させることによりお互いをますます意識させ、しかも気まずさゆえに一言は確実に交わさなければならず、あれよあれよとさらなる段階へ進ませるいとも恐ろしきウブ殺しの技よ!
「……半分変態ね」
「え? ちょ、それどういう意味?」
「ま、いいや。それで? 私はあの消防士さんを連れ込むだけでいいの?」
「うん。あ、後さ、消防士さんを席へ案内するときは瑠璃子ちゃんの近くを通らせてね」
「りょーかい。ってさ、消防士さん、うまく転ばせられるの?」
「そんな時の、バナナパフェだ!」
君直君が言った。さすが、分かってるね。それでこそ同志。
「あ、そっか。アレ、ちょっと皮がついてるもんね。ってはぁ? あれで転ばすの? むりむり! うまくいくわけないって!」
「たわけめ! お前は仙樹神音という男を知らない!」
そう、彼はいくつもの悲劇を生んだイレイサー・ダストウォーズにて無傷で勝利し続けた猛者、百発百中の千手観音と恐れられ、そして畏れられた男なのだ!
「よ、よく分からないけどスゴイんだね」
紅姫ちゃんが言うと仙樹君はほんのりと頬を染めた。
おっと、そんなことをしている内に奥から瑠璃姫ちゃんがバナナパフェをお盆に乗せて出てくるではないか。
GO!
僕は紅姫ちゃんに目配せをする。紅姫ちゃんは店を飛び出し、未だうろちょろしている消防士さんへアタック! その間に僕らは瑠璃子ちゃんの持ってきてくれたバナナパフェをがっつりいただき、皮をゲット! さぁ、どうなるか!
紅姫ちゃんは案外すんなりファーストステージをクリア、したかと思えばアクシデント発生! 瑠璃子ちゃんが、玄関へ、そさくさと駆け寄って「お帰りなさいませご主人様」の準備をしているではないかァ! なんてこった! そんなに積極的な子だとは知らなかった! あれじゃ消防士さんの足下が死角でさすがの仙樹君も狙えない!
「出るぞ!」
君直君は立ち上がった。よしきた! 僕と仙樹君も立ちあがる。僕は即座にレジへ行って向かって三人分のお勘定を、後の二人は悠々とそ知らぬ顔で瑠璃子ちゃんの脇を通り過ぎた。
そして運命の瞬間。入り口をくぐった消防士さんと瑠璃子ちゃんが近づいた時、仙樹君の右手は、光った。
「そういえばさ、」
紅姫ちゃんは去りゆく二人に、言った。
「ネオシューティング何とか計画って、なんだったの?」
君直君はフフッと晴れやかな笑顔で、答えた。
「もう説明するだけのページがねぇよ」
こうして消防士さんは転び、瑠璃子ちゃんは、押し倒された。
やったな、みんな。そして僕は、仲間たちの背中を追う。
メイドと消防士が玄関で滑って転ぶ話は、これで終わり。
その後のことである。
「やっと、会えたな」
「……っはい」
「お前のせいで、家へ帰れなかったんだぜ?」
「……はい」
「ここへ来るのが、どれだけ恥ずかしいかわかるかよ?」
「……はい、……すみません」
瑠璃子ちゃんは消防士さんの手をそっと握った。
「……あの、」
「……あぁ」
「……あの時、鍵を落としましたよ?」
消防士さんに握らされたのは、鍵。………………は?
「まったく、交番に持って行っておいて何で預けねぇんだよ」
「……ご、ごめんなさい。あの、お名前がなかったから、もしいかしたら警察の方は分からないかもしれないから……その、犯人は必ず現場に現れるとも言いますし……こちらでお預かりしたほうが出会う可能性が大きいかなっと……」
「勝手に暴走してんじゃねぇよ。あの日あの時この場所に来た消防士なんて調べりゃわかるんだよ。現にこうしてお巡りさんからお前のこと聞いた俺がいるだろうがあア!」
「ご、ご、ご、ごめんなさい!」
はあぁ? 何それ! 意味わかんない!
呆然と立ち尽くす僕らの目の前で、扉は音を立てて閉まった。