第36話 伝統のぶつかり合い
マグナガルドの中心部に聳え立つ反射炉の塔。
そこは単なる巨大な鍛冶施設ではない。
ドワーフたちの信仰の中心であり、里の掟が定められ、そして新たな『技』の価値が問われる神聖な試練の場でもあった。
炉から吹き上げる灼熱の炎が、炉の前に広がる広場に集まったドワーフたちの厳しい顔を照らし出す。
その中央には、里で最も尊敬を集める現長老であり歴代ドワーフ最高の鍛冶師でもあるドグラが、巨大な戦鎚を肩に担ぎ静かに立っていた。
「……来たか、ラーシュ。そして異邦の者どもよ」
(よそ者の動向は監視済みってところか……)
ドグラ長老の岩が擦れるような低い声が響く。
侮蔑とほんのわずかな好奇が混じった視線がそして俺たち一行に向けられている。
「長老! アタシはひい爺さんの名誉を回復するために来た! アタシの、アタシたちの『技』が、ドワーフの伝統を超えるものだと証明するために!」
ラーシュは戦斧片手に自己修復鎧を纏い、新型ゴーレムを従え、長老に向かって堂々と宣言した。
「ふん……。異端者の末裔が、異種族の力を借りて何を成したというのか。見せてみよ。――我が『業』の前には、小手先の『技』など通用せぬと知るがいい!」
ドグラ長老は戦鎚を構える。
その身体を覆うのは、一見すると古めかしいが幾重にも鍛え上げられた金属板が寸分の隙間なく組み合わされた、ドワーフ伝統技術の結晶ともいえる重厚な鎧。
派手さはないが、その防御力は文字通り伝説級だろう。
「いくぞ、長老!」
「いつでも来い、小娘!」
――試練が始まった。
先陣を切ったのは内部に宿る魂によって自律稼働するゴーレムだ。
ラーシュが組み上げた機械仕掛けの巨体が唸りを上げ、ボルガン長老に突進する。
「ふん!」
長老はその突進を微動だにせず受け止めた。
ゴーレムの渾身の拳が長老の鎧に叩きつけられるが、ガキィン……と甲高い音を立てるのみで傷一つついていない。
「ありゃ……!?」
俺の横でロシエルが驚愕の声を上げる。
「今ので岩くらい砕けるはずなのに……!」
「これが『業』よ! 数百年ただひたすらに鉄を打ち続け、極め続けた我らドワーフの硬さの極致! 見た目だけの張りぼてとは違うわ!」
長老はゴーレムの腕を掴むと軽々と持ち上げ、そのまま地面に叩きつけた。
ゴシャン! と、凄まじい音を立ててゴーレムが地に沈む。
「チッ! そんならこれでどうだ!」
ラーシュが巨大な魔力加速機構付き戦斧を構え、長老に斬りかかる。
「遅い!」
長老はその身体からは想像もつかない俊敏さでラーシュの斬撃を躱し、逆に戦鎚を横薙ぎに振るった。
ラーシュは咄嗟に斧の柄で受け止めるが、その衝撃は凄まじく鎧ごと数メートル吹き飛ばされた。
「ぐっ……! 重てえ……!」
「どうした小娘! その程度か! 魔術だの自然だの、余計なものを混ぜるから肝心の一撃が軽くなるのだ!」
長老の言葉通りラーシュの戦斧は多機能な分、純粋な質量や硬度では長老が振るう伝統的な戦鎚に劣るのかもしれない。
(……やはり一筋縄ではいかないか)
俺は戦況を見守る。
伝統を極めた者の『業』は確かに強大だ。
だが、ラーシュたちの『技』――テクノロジーは、単純な力比べだけで終わるものではない。
「まだだ!」
吹き飛ばされたラーシュが立ち上がる。
彼女が纏う銀緑色の自己修復鎧が淡い光を放ち、先ほどの衝撃でわずかに凹んだ部分がみるみるうちに修復されていく。
「ほう……? 鎧が自ら治るとはな。小賢しい真似を」
「これだけじゃねえ!」
ラーシュは斧を構え直し、柄に組み込まれた機構に魔力を注ぎ込む。
斧全体が禍々しい光を帯び、内部で何かが高速回転するような駆動音が響き始めた。
「喰らいやがれ! 『魔力加速斬』‼」
ラーシュが再び長老に斬りかかる。速度は先ほどと変わらない。
長老は、また同じように戦鎚で受け止めようとした。だが――
――ゴォンッ‼
斧の刃が戦鎚に触れる寸前、凄まじい轟音と共に刃が爆発的な速度で加速した。
長老はその予想外の衝撃を受け止めきれず、戦鎚ごと数歩後ずさった。
「なっ……!? 今のは……!?」
「へへん! どうだ! これがアタシの『技』だ! ただ硬いだけじゃ、この速度にはついてこれねえだろ!」
ラーシュが鍛え上げた斧の硬さに、俺の魔力を存分に宿した加速が加わった一撃。
それは、長老の『業』に初めて有効打を与えた瞬間だった。
「小癪な!」
長老が怒りに顔を歪ませ、ラーシュに猛攻を仕掛ける。
ラーシュは自己修復鎧の防御力と再生能力を頼りに必死に攻撃を受け流すが、徐々に押され始める。
「ロシエル! ゴーレムはまだか!」
「今、再起動を……! 行きます!」
ロシエルの遠隔操作で、倒れていたゴーレムが再び立ち上がる。
だが、長老はそれを見逃さない。
「同じ手が通用すると――」
長老がゴーレムに向き直った、その瞬間。
――ブシュウウウッ!
ゴーレムの背中から、突如として高圧の蒸気が噴射された。
それはロシエルが組み込んだ、緊急回避と目くらましを兼ねた推進機構だった。
「なっ!? 蒸気だと!?」
不意を突かれた長老が一瞬怯んだ隙にゴーレムはラーシュの前に回り込み、巨大な盾となって長老の次の攻撃を受け止めた。
「ウェリネ! 今だ!」
「はいっ!」
ラーシュの叫びに後方で見守っていたウェリネが応える。
彼女は自己修復鎧に向かって魔力を送り込み、鎧の再生能力を一時的にブーストさせた。
鎧が眩い光を放ち、ラーシュの消耗した体力が回復していく。さらには身体能力を底上げする加護魔法付きだ。
「異種族の連携……! これがお前の言う『技』か……!」
長老は忌々しげに呟いた。
硬さだけではこの連携は崩せない。
「そうだ! これがアタシたちの力だ! ひい爺さんが夢見た、融合の力だ!」
ラーシュは再び斧を構え、ゴーレムの盾の陰から飛び出す。
ロシエルがゴーレムを操作して長老の動きを牽制し、ウェリネがラーシュの鎧を支援する。
そして、ラーシュが渾身の『魔力加速斬』を叩き込む。
「ウオォォォッ!」
「ぬぅぅぅぅん!」
伝統の『業』と、革新の『技』。
ドワーフの硬さと、異種族の連携。
神聖なる反射炉前の広場で、二つの力が激しくぶつかり合う。




