第21話 魔法使いを寝取ったならば
ロシエルが俺の力をその身に刻んでから数週間後。
「陛下、こちらが今日の報告書でございます」
「うむ」
俺は玉座の間でアザゼルから定時報告を受けていた。
ダンジョン内の防衛機構は劇的に改善している。
しかし彼女のマッドな研究熱はとどまるところを知らず、完全に引きこもりと化していた。
「ロシエル、少し心配ですね」
「ヴァエル様、どうでしょう、ロシエル殿を外出に誘ってみては?」
「うむ……」
意外にもアザゼルやベリアスたちは女同士上手くやっているようで、互いを気遣いながら日々の業務にあたっている。
残念なことに女心に疎い俺は、ここは彼女たちの助言に従うことにした。
◇
俺は気分転換とロシエルの研究に必要な希少素材の買い出しという名目を兼ねて、彼女を伴いとある商業都市の市場へと転移していた。
人間に変身した俺の隣で、ロシエルは早速俺が買い与えた真新しいローブを身にまとい、物珍しそうに周囲を見回している。
「すごい……! これが人間の市場……! 色々な素材が溢れていますね! あの衛兵さん、死霊術の触媒に良さそう……」
「おいこら、心の声が漏れてるぞ」
俺が苦笑いしながら彼女の頭を軽く小突いた、その時だった。
市場の一角が急に騒がしくなった。
平和な日常に似つかわしくない人々の悲鳴と、金属がぶつかり合う甲高い音が鳴り響く。
「――そこまでだ! 悪党め!」
聞き覚えのある、若く、しかし妙に独善的な声。
俺たちが人混みをかき分けて見に行くと、そこには案の定金髪碧眼の勇者レオンハルトが一人のみすぼらしい男に聖剣を突きつけていた。
男の手には、盗まれたのであろう一つのパンが握られている。
(勇者がここにいるってことは、ロシエルと出会うはずの修行の旅にもう出ているのか。……ベリアスがいない分イベントが早く進んでいるな)
俺が冷静に状況を分析しているうちにも、目の前の事件は刻一刻と進んでいく。
「ま、待ってくれ! これは……娘が病気で……!」
「黙れ! どんな理由があろうと盗みは悪だ! 聖剣の名において、お前を断罪する!」
レオンハルトは男の懇願に耳を貸すことなく、聖剣を振りかぶった。
(……あーあ。やっちまったか)
俺は内心でため息をついた。
これは『バビロンズ・ゲート』における序盤の胸糞イベントの一つだ。
この盗賊の男は本当に重い病気の娘の薬代を捻出するために、やむにやまれずパンを盗んだだけ。
本来ならプレイヤーは彼の事情を聞き、改心させて助けるべき相手だった。
だがこの世界のレオンハルトは――ベリアスがいないためか、それとも元来の彼の気性なのか――後味の悪い胸糞エンドを選んでしまったらしい。
――ザシュッ!
聖剣が無慈悲に振り下ろされ、男の首が宙を舞った。
周囲の民衆が悲鳴を上げる。
レオンハルトは返り血を浴びた聖剣を振り払い、満足げに言い放った。
「これでまた一つ、悪が滅びた……」
その光景に俺の隣でロシエルが息を呑んだ。
「……レオン……。なんて、ことを……」
「知り合いか?」
「はい……。彼は私と同じ村の出身で……」
「ああ……」
(そういえばそんな設定もあったか)
確かに勇者とロシエルは同じ村の幼馴染で、戦火をきっかけに離れ離れになったという前日譚があった。
敵とはいえ、勇者が好き放題各地で偽善を振りまき、世界をめちゃくちゃにすることは俺の望むところではない。
……それに、ロシエルの悲しい顔を見てこの惨状を見過ごせるほど、俺の心は魔王に染まっていなかった。
俺は彼女の小さな肩を抱き寄せると、レオンハルトに向かって静かに、しかしはっきりと語りかけた。
「……勇者よ。ただ悪を断罪し殺せば、それで問題が解決するとでも思っているのか?」
「なっ……!? 誰だ貴様は!」
レオンハルトが忌々しげにこちらを睨みつける。
俺は学者としての穏やかな笑みを崩さない。
「その男には病気の娘がいた。彼が悪事に手を染めたのは、本当にその娘のためかもしれん。……貴様のその正義は、もしかしたらか弱い少女の命をも奪ったのかもしれないぞ?」
「……っ! そ、それは……! だが、悪は悪だ!」
「一面的な正義ほど危険なものはない。お前は本当に勇者なのか? ただの独善的な人殺しにしか見えんがな」
俺の言葉は彼の痛い所を的確に突いたらしい。
レオンハルトの顔が怒りに歪む。
そして俺の隣に立つロシエルの姿を認め、さらにその表情を険しくさせた。
「……ロシエル!? 生きていたんだな! ――いや、まて、その男……! あの時の……!」
どうやら俺の変身を見破ったらしい。
あるいは、また聖剣が感知したか。
「――魔王ヴァエル‼」
レオンハルトが憎悪を剥き出しにして聖剣を構え俺に突進してくる。
周囲の民衆が再び悲鳴を上げて逃げ惑った。
「ヴァエル様に近づかないで!」
俺が迎撃するより早く、ロシエルが俺の前に飛び出した。
彼女は小さな杖を構え、俺のネタバレ知識を基に彼女が完成させたばかりの魔法を淀みなく詠唱する。
「――『事象変換・位相歪曲』!」
レオンハルトが振り下ろした聖剣の切先が、ロシエルの目前でありえない角度にねじ曲がった。
「なっ……!?」
陽炎のように空間そのものが歪み、勇者の渾身の一撃は虚空へと受け流される。
体勢を崩したレオンハルトにロシエルは追撃を加える。
「――『事象固定・衝撃波』!」
ズドンッ! と不可視の衝撃波がレオンハルトの腹部を打ち据えた。
物理的な攻撃ではない。
ロシエルの理論に基づき、衝撃という事象そのものが彼の体内で直接発生させられたのだ。
「ぐ……はっ……!?」
レオンハルトはまるで巨大なハンマーで殴られたかのようにくの字に折れ曲がり、市場の石畳に叩きつけられた。
「……レオン。私たちの邪魔をしないで」
ロシエルは倒れ伏す幼馴染に冷たい視線を向け、冷ややかに言い放つ。
「次にヴァエル様に逆らったら……今度こそ、殺します」
「……ロシエル……。君は……本当に……」
レオンハルトは悔し涙を流し、俺を鋭く睨みつける。
「まあ落ち着け勇者よ。私は君を殺したくはないんだ。君はその旅路の中で多くの人々を救うことになる。そのことを否定はしたくない」
俺が精いっぱいの慰みを送るが、それが彼の耳に届くことはない。
「……何を言っているんだ! ……魔王は人類の敵! それは神話の時代から変わることのないこの世の真理だ! ――人類が、それも勇者が魔王と手を組むなどありえない!」
「……フン。偏狭な正義だ……。その正義は、いつかお前自身を狂わせるだろう。――行け、勇者レオンハルト。旅路の中で本当の正しさを見つけてみせろ。……だが、お前の旅路の果てに、私の死があるなら、その時は全力で抗おう。それが、私がこの世に生を受けた理由であろうからな」
俺がまっすぐレオンハルトの目を見てそう言い放つと、彼はよろめきながらその場を後にした。
後に残されたのは、無残に殺された盗賊の死体とそれを呆然と見つめる民衆。
そして、俺を守るためにかつての幼馴染に刃を向けた小さな天才魔術師。
正直、ロシエルが俺の味方をしてくれるか、不安がなかったかと言えば嘘になる。
幼馴染という絆は、俺が与えた智や快楽よりも強いのではないかと、心のどこかで懸念していた。
だが、結果はどうだ。
彼女は迷いなく俺を選び、勇者を退けた。
俺は込み上げる満足感を隠すことなく、微笑みとともにロシエルの頭を優しく撫でた。
「よくやったロシエル。見事な魔法だった。これで奴もしばらくは大人しくしているだろう」
「は、はい……! これもヴァエル様のご指導の賜物です……!」
ロシエルは頬を真っ赤に染め、潤んだ瞳で俺を見上げてくる。
その表情には、もはや幼馴染への躊躇いや罪悪感の色は微塵もなかった。
あるのはただ、俺という絶対的な存在への完全なる心酔と信頼だけだ。
「それに……わかりました。レオンはやっぱり何もわかっていません。私のことも、ヴァエル様の本当の凄さも……!」
(よし。これで『智』も、心身ともに完全に俺のもの、というわけだ)
二人目のヒロインの完全掌握。
その達成感に浸りかけた俺の視界の端に、先ほど殺された盗賊の死体が映った。
そして、その傍ら――人混みの陰で、小さな女の子が一人声を殺して泣いているのが見えた。
おそらく、あの男の娘だろう。年は十歳にも満たないように見える。
(……さて)
俺はロシエルの頭を撫でていた手を止め、やれやれとため息をついた。
(面倒事が一つ片付いたと思ったら、また一つ増えたか。……魔王としては見捨てるのが正解なんだろうが……)
泣きじゃくる少女の姿に、かつての日本人としての記憶がちくりと胸を刺す。
俺の安寧なハーレム生活は、どうにも一筋縄ではいかないらしい。
―――――― 第二章 完 ――――――
ここまでお読みくださり誠にありがとうございます!
第二章ロシエル編はいかがでしたでしょうか?
ぜひ評価やレビューからお報せいただけると幸いです!
率直な感想もお待ちしております!
さて、第二のヒロインをハーレムに加え、その心まで確かなものにした主人公。
彼が次に目を向ける先とは……。
最後までお見逃しなく! ブックマークしてお待ちください!
第三章もお楽しみに!




