第11話 女騎士を寝取ったならば
ベリアスを完全に俺のモノにした、あの情熱的な夜から数日。
俺は「警備隊長の新しい制服の採寸」と称して、ベリアスを王都の目抜き通りに連れ出していた。
彼女は俺の半歩後ろを誇らしげな、それでいてどこか初々しい表情でついてくる 。
すっかり忠犬、いや忠騎士モードだ。
「愉しそうだな、ベリアス」
「も、申しわけございません! こうして貴方様と街を歩くのは初めてで……その、少し、浮かれておりました……」
「そうか。まあ今日は任務ではない。リラックスするといい」
(完全に堕ちたな。あの誇り高き騎士が、今や俺とのデートに浮かれている。これを最高だと言わずになんと言うのだろう)
そんな会話をしていると、前方から騒がしい足音が聞こえてきた。
一人の青年が、息を切らして衛兵たちに何かを尋ねている。
(来たな。あれが勇者か)
金髪碧眼、いかにも主人公といった感じの、整った顔立ちの少年 。 腰には古びた剣を差している。あれが聖剣だろう 。
ゲーム通りなら、彼は今朝、ランバート伯爵の屋敷に乗り込んだはずだ 。 もちろん、屋敷はもぬけの殻だっただろうが。
俺がわざわざ重い腰を上げてダンジョンを出た理由。
それは勇者の存在をこの目でしっかりと確かめてやろうと思ったからだ。
どこまでゲーム通りにこの世界が進行しているのか確認したかったというのも確かにある。
だがそれ以上に、勇者という本来この俺を殺す運命の存在を、直にこの目に収めてやろうと思い立ったのだ。
勇者は衛兵から何かを聞き出すと、血相を変えてこちらに走ってくる。
そして俺の隣に立つベリアスの姿を認めると、歓喜の表情と共に目を見開いた。
「ベリアスさん! ご無事でしたか! 悪徳貴族ランバートに囚われていると聞いて、あなたを助けに来ました!」
高らかに宣言する勇者レオンハルトことレオンくん。
だがベリアスは俺の前にスッと移動し、俺を守るように立ちふさがると怪訝な顔で勇者を見た。
「……あなたは? 私が囚われて? それを助けに? あの、人違いでは……。ランバート伯爵なら、数日前に悪事が暴かれて逮捕されましたが」
「えっ」
勇者の顔が見事に「?」で埋め尽くされる 。
やがて勇者は「そ、そんな……遅かったのか!」と膝から崩れ落ちそうになる 。
だが彼はすぐに気を取り直すと、俺の存在に気づき鋭い目つきで睨みつけてきた。
「……アンタは誰だ? なぜベリアスさんと一緒に?」
「俺か? 俺はヴァエル。彼女の新しい主君だが」
俺が富豪スマイルで答えた、その瞬間。
勇者の腰にあった聖剣が甲高い音を立てて鞘走り、まばゆい光を放ち始めた 。
「なっ……! この反応は……! 間違いない……この邪悪な気配……! 貴様、人間じゃないな!?」
(おっと。さすがは聖剣。俺の変身を見破るとは)
「――魔王!?」
勇者の叫びと同時に、俺の身体を覆っていた変身魔術が聖剣の光によって強制的に解除させられた。
金髪は雪のような白髪に、碧眼は深紅に。額からは二本の黒い角が突き出す。
俺の本来の姿――魔王ヴァエルが王都の白日の下に晒された 。
「……ま、魔王…………?」
俺の姿を見たベリアスの瞳が、驚愕と混乱に激しく揺れる 。
そりゃそうだ。自分の新しい主君が、人類の敵である魔王だったのだから。
「やはりか! ベリアスさんを洗脳したな! この卑劣な魔王め!」
勇者が聖剣を抜き、俺に斬りかかってくる 。
そこらの兵士とは比べ物にならない速度の剣技。ゲーム序盤とはいえ、さすがは勇者といったところか。
だが――遅い。
俺は勇者の聖剣を指二本で挟み止め、その勢いを完璧に殺してみせた 。
「なっ!?」
「……少し、真面目な話をしようじゃないか、勇者よ」
俺が勇者を睨みつけ、魔王らしい威厳を込めて語りかけようとした、その時だった。
――カキィン!
俺と勇者の間に銀色の閃光が割って入った。
ベリアスだ。
彼女は俺の前に立ちふさがり、その剣を勇者レオンハルトに向けていた 。
「ベリアスさん!? 何を! そいつは魔王だぞ! 人類の敵だ! 目を覚ませ!」
「……ッ!」
ベリアスの肩は、小刻みに震えている 。
魔王だと知った恐怖。勇者に剣を向ける葛藤。そのすべてが彼女を苛んでいるのがわかった。
(さあ、どうするベリアス?)
だが彼女は一歩も引かなかった。
彼女は震えを抑え込み、勇者を真っ直ぐに睨みつけた。
「……黙りなさい」
「え……?」
「たとえ、この御方が魔王であったとしても……! 私の誇りを救い、私に新たな道を示してくださった、唯一無二の主君であることに変わりはありません!」
「洗脳されているんだ! そうでなければ、人間が魔王に味方するはずが……!」
「洗脳などされていません!」
ベリアスが叫ぶ 。
「貴方が救おうとした悲劇のヒロインは、もうどこにもいません!」
彼女はさらに一歩踏み出し、その剣先を勇者の喉元に突きつける。
「私がランバートの下で泥水を啜っていた時、貴方はどこにいたのですか! 私が手駒として使い潰されそうになった時、貴方は私を助けましたか!?」
「そ、それは……。数日前までは王都に向かう旅の途中で……」
「私を救い、私を人間として扱い、私を命懸けで守ってくださったのは……ただお一人、ヴァエル様だけだ! 貴方が今更正義を振りかざして現れても、もう遅い!」
彼女の決意の言葉が、勇者の心を打ち砕く 。
勇者レオンハルトは「くっ……!」と唇を噛み締め、聖剣を握りしめた 。
「必ず……必ずあなたの目を覚まさせてみせる! 待っていろ、魔王! 次こそお前を倒す!」
勇者は捨て台詞を残すと、光の速さでその場から離脱していった 。
彼が救うはずだった最初の仲間が、彼に剣を向けたという事実を噛み締めながら 。
◇
ダンジョンに戻った俺たちは、もはや隠すことをやめた玉座の間で向かい合っていた。
ベリアスはまだ心の整理がついていないのか俯いたままだ 。
「……彼を、殺さなくて良かったのですか? 魔王様」
彼女は絞り出すような声でそう問う。
「ああ。あの勇者を殺したところで、人類は第二、第三の勇者を見つけ出すだけだろう 。……それならば、あの勇者に人類の希望を全て背負わせ、来るべき時にその全てをへし折った方が効率が良いではないか」
(まあ、アザゼルの受け売りなんだが)
そのアザゼルもサキュバスの姿をさらし、俺の横に控えている。
「なるほど。さすが魔王様。御慧眼です」
ベリアスは再度俺たちを見据え感心したように頷いたが、その表情はまだ硬い 。
(さて、ここが最後の仕上げだ)
「それに、人間のお前にとって、勇者に刃を向けるというのは想像もつかないほどの後ろめたさや躊躇いがあるだろう 。私としてもこれから共に道を歩む大切な剣に、そのようなことで心を曇らせてほしくはないからな」
俺がそう言うと、ベリアスはハッと顔を上げた 。
その碧い瞳がみるみるうちに潤んでいく 。
「魔王様……!」
彼女は駆け寄り、玉座に座る俺の胸に、今度はためらいなく顔をうずめてきた 。 俺は(計画通り、と内心ほくそ笑みながら)彼女の金色の髪を優しく撫でてやる。
「――ですが魔王様。私はもう迷いません」
俺の胸に顔をうずめたまま、ベリアスは震える声で、しかし確かな決意を持って誓った 。
「私は今や貴方の剣。貴方が私を救いに来てくださったように、私も貴方の障害となるすべてを斬り捨てます。……たとえ相手が、勇者であろうとも」
「感謝する、ベリアス。我が隠し事をしていたこと、謝ろう」
俺は優しく彼女の頭を撫でる。
「滅相もございません!」
こうして女騎士ベリアスは、俺が魔王であると知った上でその心まで完全に俺のものとなった。
勇者の英雄譚の出鼻を挫き、無事にハーレムの拡大を成し遂げた。
俺の「全ヒロイン寝取りハーレム計画」幸先の良いスタートを切ったのだった。
―――――― 第二章 完 ――――――
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