二十一人のテンプル騎士
二十一人のテンプル騎士は、曖昧な命令とともにオセア島へ送り込まれた。
潜伏せよ。目立つな。ただ、それだけ。
だが、この島は半端な覚悟を許さない。
荒々しい笑い声、傷だらけの肉体、聖書を持たない掟。
ここでは信仰は力にならず、十字架は罪となる。
その夜、彼らは思い知る。
オセア島では、弱者は殺されない。
折られ、奪われ、何者かに決められる。
そして、その決定権を持つのは――
彼ら自身ではない。
かつて、フーベルト司祭は
二十一人のテンプル騎士を
オセア・アイランドへと送り込んだ。
命令は曖昧だった。
トライアドの数を減らすためなのか、
それとも、ただ状況を探るためなのか。
指揮官でさえ、詳しい説明は受けていない。
与えられた言葉は、たった一つ。
「行け。そして、目立つな」
今もなお、
二十一人のテンプル騎士は島にいる。
溶け込み、
頭を下げ、
トライアドの一部であるかのように振る舞いながら。
その夜、
トライアドの兵士たちは巨大な食堂に集まっていた。
低い天井。
無秩序に吊るされた油灯。
焼けた肉の匂い、汗、鉄の臭いが混ざり合う。
筋肉に覆われた大きな体の列の中で、
二十一人のテンプル騎士は硬直したまま座っていた。
無言で食事をする。
背筋は伸び、
手は剣から離れない。
空気は――重い。
静寂のせいではない。
むしろ逆だ。
皿を叩く音、
荒い笑い声、
金属のぶつかる音。
それらすべてが、胸を押し潰してくる。
「隊長……」
一人の騎士が囁いた。
騒音に紛れ、ほとんど聞こえない声で。
「ここで、どうすれば……?」
隊長はすぐに答えなかった。
視線を巡らせる。
――何百人ものトライアド。
弱そうな者は、一人もいない。
「……正直に言おう」
低く、顔も向けずに言った。
「俺にも分からない。
数日、耐えるしかないだろう。
時間は多くない」
隣の騎士が唾を飲み込む。
スプーンを握る手が、わずかに震えた。
その時――
ドン。
大きな手が、彼らの机を叩いた。
「おい」
全員が、びくりと肩を跳ねさせる。
一人のトライアドが立っていた。
巨体。
血管の浮いた首。
古い傷だらけの顔。
見下ろす視線は、
二十一人を――迷い込んだ子供のように扱っていた。
「何をしてる?」
隊長は顔を上げ、表情を崩さない。
「食事中だ。
何か問題でも?」
トライアドは薄く笑った。
「……なんで、そんなに弱そうなんだ?」
首を傾げる。
「どんな訓練をしてきた?
それとも、最初から本気じゃないのか?」
残酷なほどの対比。
トライアド――
荒く、大きく、力そのもの。
テンプル騎士――
訓練され、冷静。
だが、この場所には静かすぎた。
「立て」
唐突に言い放つ。
手が伸び、
隊長の襟を掴み、乱暴に引き上げた。
椅子が後ろに倒れる。
「俺と戦え」
食堂が一気に沸いた。
笑い声。
口笛。
机を叩く音。
退屈な夜に、ようやく娯楽が訪れた。
訓練場は松明に照らされていた。
固い地面。
無数の足跡。
乾いた血の痕。
トライアドと隊長が向かい合う。
「素手だ」
トライアドが言う。
「先に倒れた方が負けだ」
二十人の騎士が、周囲で立ち尽くす。
顔色は青白い。
――隊長の体は、
こんな戦いのために作られていない。
「始めろ」
隊長が先に駆け出した。
右拳が、
全力でトライアドの顔を打ち抜く。
バン。
――当たった。
だが、トライアドは動かない。
下がらない。
揺らぎもしない。
隊長は、一瞬、動きを止めた。
……間違っている。
技術でもない。
力でもない。
この島そのものが、
俺たちを拒絶している。
次の瞬間、
拳から腕へ、激痛が走った。
……何だ?
なぜ、俺の方が――
「これだけか?」
トライアドが唸る。
「お前は何者だ?
トライアドは、こんなに弱くないぞ」
手首を掴まれ――
ドン。
左拳が、隊長の顔を打ち抜いた。
体が吹き飛ぶ。
頭が鳴り、世界が揺れる。
膝が崩れかけた。
それでも――立っている。
……ほんの、わずかだが。
荒い息の中、
拳を握り、再び打とうとする。
遅い。
弱い。
トライアドは両腕を掴み、
持ち上げ――地面に叩きつけた。
バキッ。
骨の砕ける音が、はっきりと響く。
一人の騎士が、思わず顔を背けた。
――隊長ですら、
これほど簡単に折られるのなら。
――俺たちは、
ここでは……何者でもない。
歓声が爆発する。
荒々しい笑い声が、夜に響いた。
隊長は、動かない。
「やめろ!」
一人の騎士が駆け寄る。
「待ってくれ!
殺すつもりじゃないだろう!?」
トライアドは冷たく見下ろす。
「その弱者を、俺から遠ざけろ」
震える手で、
騎士たちは隊長の体を抱え、運び去ろうとする。
その時――
チン。
何かが、地面に落ちた。
ネックレス。
十字架。
トライアドの動きが止まった。
目が見開かれる。
オセア・アイランドでは、
十字架は――禁忌だ。
形の問題ではない。
それが象徴するもの――
素手では折れない“何か”への服従。
「……待て」
足が止まる。
「お前たち、何者だ?」
声が変わった。
「……カトリック教会の人間か?」
空気が一変する。
ざわめき。
怒号。
憎悪の視線。
この島で、弱者は異物だ。
ここでは、誰もが鍛えられ、
砕かれ、
作り直される。
騎士たちは冷や汗を流す。
――いつ、死が降ってきてもおかしくない。
「黙っているつもりか?」
選択肢はない。
黙っても、
戦っても、
結末は同じ。
隊長を支える騎士が、剣を抜いた。
手は激しく震えている。
他の者も続く。
二十本の剣が、
何百もの肉体に向けられた。
「……いいだろう」
トライアドが、薄く笑う。
「来い」
彼らは突撃した。
剣と素手。
だが、力の差はあまりにも大きい。
一人、また一人と倒れていく。
砕かれる体。
途切れる呼吸。
「殺すな」
トライアドが言った。
「ルシアン様のもとへ連れて行け」
二十一人のテンプル騎士は――
まだ、息をしている。
慈悲があるからではない。
ルシアンが、
彼らを何にするか、
まだ決めていないだけだ。
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