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『Me and the Devil』 神に見放された少年は、悪魔と共に自由を探す  作者: Gabimaruu
血潮の聖戦

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死の十秒前

死を二度越えてなお立ち上がるチャールズ。

彼が振るう血の刃は、肉体だけでなく、罪と記憶をも切り裂く。


グレゴールは殺されてもなお、わずかな意識の中で弟コナーとの記憶を見る。

それは血も暴力もない、彼にとって最も美しい時間だった。


死は身体を奪う。

だが、記憶までは喰らえない。


そしてチャールズは――

何度死んでも、前へ進む。

二度目の死を、チャールズは味わった。


そして、彼が学んだとおり――

死は決して美しいものではない。

たとえ、死を望む者にとってでさえ。


身体は一瞬、空になった。

世界がすべてを引き抜き、胸に虚ろな穴だけを残したかのように。


静寂。


遅れて痛みが襲ってくる。

意識を叩き割る鉄槌のように。

最初の呼吸は重く、途切れ、

指先が強張り――やがて、彼は立ち上がった。


グレゴールは、立ち尽くしていた。


確信していた――いや、知っていた。

数分前、チャールズは確かに死んだ。

血は尽き、呼吸は止まり、身体は抵抗もなく倒れた。


それなのに。


今、彼は立っている。

目の前に。

無傷のまま。


「……お前は、一体何者だ……?」


声が震える。

笑おうとしたが、その音は薄く、今にも砕けそうだった。


「俺は、チャールズ・オーガスト・ミルヴァートンだ」


平坦な声。

冷え切った視線。


それは、生者のものではなかった。

生と死のどちらにも、もはや希望を置いていない者の目。


グレゴールは歯を食いしばり、咆哮する。

そして、鞭を無差別に振るった。


空気が唸る。

鞭は空間を裂き、壁を、柱を、天井を打ち砕く。

建物が崩れ、石と鉄が砕け、轟音がすべてを飲み込む。

舞い上がる粉塵が視界を覆い、世界そのものが崩壊するようだった。


やがて、鞭の動きが止まる。


グレゴールは、息を殺した。


霧が、ゆっくりと薄れていく――


その中から、無音で血の剣が現れた。

一直線に。

同時に、グレゴールの身体を貫く。


身体が跳ねる。

膝が崩れかけ、血の刃に縫い止められる。

痛みはあまりにも現実的だった。

鋭く、熱く、破壊的に。


だが――

チャールズは一つ、忘れていた。


グラトニーは、ただの罪ではない。

それは、飢えだ。


突き刺さった箇所から、肉が震える。

体内から口が開く。

濡れた、生きた肉の口。

それらが一つずつ、血の剣を喰らい、引きずり込んでいく。


傷が塞がる。

肉が繋がる。

最初から、何もなかったかのように。


グレゴールは、低く笑った。

肩が震える。


「……これで……」

深く息を吸い、

「……俺を殺せるとでも思ったか?」


向かい側で、チャールズは息を荒げる。

胸に手を当て、あの感覚を思い出していた。

血を使うたび、次の死が近づく――

彼は、それを理解していた。


「身を差し出せ」

グレゴールの頬を、涙が伝う。

「俺に、お前を殺させろ……チャールズ」


彼は黙り込み、

自分の頬に触れた。


「……あれ……?」

か細く笑う。

「……心が……本当に、傷ついてるみたいだ……」


声が割れる。


「どうして……涙が止まらない……」

「どうして……コナーが死んでから……こんなにも……」


チャールズは歩み寄る。

ゆっくりと。確実に。


「……辛いだろう」

低い声で言った。

「大切な人を、失うのは」


彼は、目の前で立ち止まる。

その瞳には、裁きも憎しみもなかった。

ただ、空虚。


「それが――」

「お前たちに殺された者たちの家族が、味わった痛みだ」


グレゴールは、歪んだ笑みを浮かべる。

赤く腫れた目。濡れた顔。


「……これが……」

「……心の傷、というやつか……」


顔を上げ、チャールズを真っ直ぐ見る。


「……俺は、本当に……罪深いな……チャールズ」


――バン。


速すぎた。

反応する間もない。


グレゴールの手が振るわれ――

チャールズの頭が、消えた。


身体が、ゆっくりと倒れる。

血が流れる。

動かない。


グレゴールは、しばらくそれを見つめていた。

肩が落ち、重い息を吐く。


「……悪いな」

小さく呟く。

「……だが、まだ……お前を憎んでいる」


彼は背を向けた。


そして――

チャールズが学んできたとおり。


彼は、再び立ち上がる。


最初の呼吸。

冷たく、重い。

あの虚無が、再び胸を掴む。


グレゴールが振り向いた、その瞬間――


人の身ほどもある、血の鋏が既に存在していた。

刃は開かれ、

沈黙のまま、待っている。


合図はない。

叫びもない。

劇的な終わりもない。


鋏が、閉じた。


グレゴールの身体は、肉片へと刻まれた。


それだけだった。


その夜、

チャールズ・オーガスト・ミルヴァートンは

アルカトラズ刑務所の囚人――

コナー・ギャラガーの弟、二人の兄弟を殺した。


そして世界は、

彼がそこへ至るまでに

何度死んだのかを

知ることはない。


肉片が、床へと落ちていく。


痛みは、もうない。

あるのは、奇妙な重さだけ。

深い海の底へ沈んでいくような感覚。


それでも――

意識は、消えていなかった。


まだ、見える。


切り離された頭部が転がり、

前方を向いて止まる。


視界は滲んでいたが、

一つの姿を捉えるには十分だった。


チャールズが、そこに立っている。


わずかに前屈みで。

頭を垂れ。

血の鋏を握った手から、雫が床へ落ちていく。


それはもう武器ではない。

ただの残滓だ。


チャールズは、こちらを見ない。

すべてが、終わったかのように。


……ああ。

……なるほどな。


笑いたかったが、肺はもうない。

話したかったが、口は繋がっていない。


それでも――

思考だけは、残っていた。


その瞬間、

時間が前へ進むのをやめた。


――


温かな光が、視界を満たす。


冷たい床も、血の匂いもない。


隣に、コナーが座っていた。


小さな窓から差す夕陽が、

何かを食べながら微笑む彼の顔を照らしている。


「ゆっくり食えよ」

コナーは笑った。

「俺たち、ちゃんと終わらせるんだから」


声が聞こえる。

はっきりと。現実のように。


存在しないはずの手が、

自分の太腿の布を握り締める。


温かい。


コナーがこちらを見る。

昔と同じ目。

恐れも、憎しみもない。


「この刑務所、必ず出られる」

「大丈夫だ。兄ちゃんが守る」


荒れ果てたアルカトラズの中で、

彼は笑っていた。


胸が、締め付けられる。


……これが……

……死ぬ前に流れるものか……


最も美しい記憶。

最も血に塗れたものではなく、

最も罪深いものでもない。


涙が落ちる――

どこからか、分からないまま。


……コナー……


その名は、思考の中で響くだけ。


……もし、地獄があるなら……

……そこで、また……

……お前の笑顔を、見てもいいのか……


コナーは、微笑み、

やがて、夕闇に溶けるように消えていった。


――


音が戻る。


血の滴る音。

冷たい石の床。


視界は、再び現実へ。


チャールズは、まだそこにいる。

まだ俯き、

まだ血の鋏を握っている。


……これが、終わりか……


意識が、ひび割れていく。

ゆっくりと闇に引きずられるガラスのように。


……グラトニーでさえ……

……喰らえたのは、俺の身体だけ……

……記憶までは、届かなかった……


闇が、すべてを覆う。


そして、初めて――

グレゴールは、完全に死んだ。

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