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『Me and the Devil』 神に見放された少年は、悪魔と共に自由を探す  作者: Gabimaruu
血潮の聖戦

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七つの大罪の魔

ロンドンの静寂を裂くように、ひとりの剣士が大聖堂へ足を踏み入れた。

彼が携える東洋の刀は、七つの大罪のひとつを宿す“罪の刃”。

チャールズの足音が、古い大聖堂の階段を静かに下りていく。

音は小さく、屋根に並ぶ小鳥たちのさえずりの中へ溶けていった。


ロンドンの朝は冷たく、湿り気を帯び、肌にまとわりつく薄霧のようだった。

教会の重い扉が背後で閉じた瞬間――

左手の中庭から、ひとりの男が姿を現す。


歩みは何気ない。だが、その一歩一歩があまりにも精密だった。

まるで「規律」という言葉で作られた人間。

長い金髪が肩で揺れ、淡い光を受けて柔らかく輝く。

緑の瞳は静まり返り、感情の波を一切映さない。


腰には長い刀。

黒ずんだ柄、光を吸い込むような鞘。

西洋の景色に似つかわしくない、東洋の血と鋼の匂い。


すれ違った瞬間――

世界が息を止めた。


チャールズは立ち止まった。

いや、足ではない。

鼓動が止まりかけた。


男は振り返らない。

鋼の匂いと、どこか懐かしい血の気配だけを残して通り過ぎた。


チャールズはその背中を一瞬だけ見つめた。

ほんの一秒。

だが、首筋に冷たい感覚が走るには十分だった。


(……ん? どこかで見たことがあるような……)

胸に刺さった細い針のような違和感――

だがチャールズは首を振り、そのまま歩き出した。


ほどなくして、ヴェスペラの軽い足音が近づく。

彼女の気配は、紫がかった黒い霧のように滑り込み、木々の隙間を這って来る。


「チャールズ」

息は静か。だが、微かに急いだ様子。


しかし、金髪の男を見た瞬間――

ヴェスペラの身体が凍りついた。


紫の瞳が細くなり、刃物のように鋭く光る。


見ているのは男ではない。

男の腰に下がる“刀”だった。


それは古き飢えを宿し、凡庸な武器にはありえない深い闇を漂わせていた。


――あれは「罪」だ。

七つの大罪の一つ。


「どうした、ヴェスペラ?」

振り返りもせずにチャールズが問う。


ヴェスペラは、愉悦を隠したように微笑む。

その笑みは、悪魔が新しい玩具を見つけたときのもの。


「いえ……なんでもありませんわ」

声は穏やかだが、静かすぎた。


心の内では、とっくに確信していた。

七つの罪が動き始めている。

そして――この小さなロンドンが舞台になる。



---


■ ■ ■


その頃、ロンドン郊外のひび割れた冬道を、一人の男が走っていた。


グレゴル・ギャラガー。

乱れた髪、赤く腫れた目。

恐怖と喪失の狭間で眠り、絶望とともに目覚めた顔。


「コナー……待ってくれ……」

その声は囁きのようでいて、叫びを押し殺した音だった。


ロンドンの石造りの大門をくぐった瞬間――

彼の身体が強張った。


空気が変わった。

決定的に。


重圧が空から落ちてきたようだった。

黒い網が街全体を覆い尽くすように。

息を吸うたびに、海水を肺に流し込まれるような感覚。


「……これは、何だ……?」


空は晴れている。

しかしロンドンだけが、目に見えない闇で塗りつぶされていた。


「どうして……こんなに暗い……?」


胸に手を当てても、脈は乱れたまま。

街角、路地裏、古い建物の隙間……

どこからでも“罪”が滲み出ている。


ロンドンに、邪悪なものが集まっている。


グレゴルは息を整え、クラウンレス家の屋敷へ向かった。

頼れるのは――ローズマリーしかいない。



---


■ ■ ■


狭い路地。

グレゴルが角を曲がった瞬間、彼の足が止まった。


二人の人影。

悪夢を彫刻にしたような姿。


チャールズ。

黒髪が冷たい光を受けて揺れ、儚い美と、人ならざる罪を同時に抱えた顔。


ヴェスペラ。

女の形をした影。甘美で、冷酷で、静かに世界を見透かす瞳。


三人の視線が絡み合う。

空気が即座に硬化した。


背中に冷たい汗が流れる。

恐怖ではない。

本能が告げている――“勝てない”。


「……お前……なんでここに……?」

声が震えた。


チャールズはほんの少しだけ顔を向ける。

黒い瞳は、壊れた月を映す湖のようだった。


「理由か?」

声は優しいほどだが、温度がなかった。

「ロンドンは――俺の家だ」


ヴェスペラは一歩後ろで、腕を組み、グレゴルを観察する。

まるで、この男があと何秒で折れるかを測っているように。


(あのメイド……ローズマリー様が言っていた“謎の侍女”……)

その瞬間、グレゴルは悟った。

目の前の二人は人間ではない。


「兄は……どこだ……?」

声が崩れた。

「コナーは……どこなんだ……!?」


チャールズはしばらく何も言わず――

ゆっくりと歩み寄った。


近づけば近づくほど、グレゴルの身体が後ずさる。

死より古いものに触れたような、嫌な寒気。


チャールズは耳元へ口を寄せ、囁く。


「……ああ。あれが兄か。確かによく似ていた」

その声は棺に落ちる花びらのように静か。


そして――


「残念だが、もう生きちゃいない」


グレゴルの表情が変わった。

瞳が赤く滲み、熱した血があふれそうになる。


左手が震え、皮膚が裂け、

腐った花が強引に開くように、掌から巨大な“口”が現れる。


「この……っ……クソッタレがァァァ!!」


顎が鳴り、鋭い牙がチャールズの顔へ襲いかかる。


「グラアッ――!!」


だがチャールズは、風が逃げるような一瞬で後方へ跳んだ。


ヴェスペラは冷たく微笑み、

チャールズは表情を変えない。


「よくも……兄を……っ!!」

グレゴルの叫びは悲鳴と怒号が混ざり合い、世界を引き裂く。


その濁った怒気はロンドンの空気を伝い――

クラウンレス家の屋敷にまで届いた。


読書室にいたローズマリーは手を止め、ペンを置いた。

肌に触れた冷たい風。

その感覚に、彼女は軽く目を細める。


「……あら。暴れているのね?」

微笑みは甘く、けれど鋭い。


まるで嵐の始まりを歓迎するかのように。

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