関わらぬことを選んだ者
チャールズは自分の名で起きた騒動の真相を確かめるため、カトリック教会を訪れる。しかし、彼は戦いへの関与を冷たく拒み、ただ静かに事態を見守る道を選ぶ。一方、オーシア島では、グレゴルが兄の死を感じ取り、ルシアン・ブラッドフォーレンの冷酷な言葉に打ち砕かれる。
二つの場所で、静かな不安だけが動き始めていた。
(教会の影に落ちる足音)
古びた木の扉が、きしむ音を立てて揺れた。
チャールズがためらいもなく押し開けたその瞬間、夕暮れの光が背後から流れ込み、彼の影を長く引き伸ばす。
その顔は無表情だった。
まるで感情というものがとうの昔に剥ぎ取られたかのように、空っぽだった。
扉の音に反応して、教会の人々が一斉に振り返る。
息を呑む音、祈祷書が床に落ちる音。
修道女のひとりがロザリオを握りしめ、震える。
チャールズは指先で扉の縁を軽くなぞり、まるで自分の家に入るかのように歩みを進めた。
「こんばんは……」
低く、平坦で、善意も悪意も持たない声だった。
ただの挨拶——境界線というものを知らない者の挨拶。
「チャールズ……?」
席から立ち上がったヒューゴが眉をひそめる。
「無礼だぞ。何をしに来たんだ?」
チャールズはゆっくりとヒューゴに目を向けた。
黒い瞳が、赤色のステンドグラスの光を反射して血のように染まる。
「ヒューゴか……」
ひとつ長い息を吐き出し、肩を落とす。
「老人に会いに来たんだ」
「ろ、老人? まさか……ハバート神父のことか?」
騒ぎを聞きつけた重い足音が祭壇横から近づいてくる。
ハバート神父が現れ、周囲を見回し、そしてチャールズを見つけた。
「どうしたんだ……?」
その表情が困惑に染まる。
「チャールズ……ここに?」
チャールズは微かに笑った。
しかしその笑みには温度がなかった。ただ張りついた影のようなものだ。
「こんばんは。 ここで何が起きたのか——教えてくれ」
ヒューゴが驚きに目を見開く。
「チャールズ、どういう意味だ? 騒ぎを起こしたのは君だろ?」
チャールズはまばたきを一度だけし、首を傾けた。
まるでヒューゴの言葉そのものが理解できないかのように。
「どういう意味だ、ヒューゴ?」
声は穏やかで、しかし底冷えするほど空っぽだった。
「俺は神も宗教も信じていない。だが、手出ししたことなど一度もない」
教会の空気が一瞬で張りつめる。
ヒューゴと神父は視線を交わし、ただ戸惑い続ける。
だが——
数時間前、確かにチャールズはここに来ていた。
首を刎ねられたテンプル騎士の頭を掲げて。
そして血塗れの戦争宣言を残していったのだ。
---
ハバート神父はチャールズを自室へ招いた。
蝋燭の匂いと古い紙の湿った香りが満ちている。
「チャールズ、君は……本当に知りたいのだな?」
神父の声は沈んでいた。
チャールズは椅子に深く座り、脚を組む。
「単刀直入に頼む。あまり時間がない」
神父は震える声で語り始める。
チャールズがやって来たこと。
手にしていたテンプル騎士の頭部。
そしてブラッドフォールンの名を掲げた戦争宣言。
全てを聞き終えたチャールズは、眉をわずかに上げた。
「……は? 俺がブラッドフォールンに関係? そんな縁はどこにもない」
「そのうえ、教会の内紛に関わる理由なんて一つもない」
扉際に立つヒューゴが気まずそうに唾を飲み込む。
「で、でも……君は確かに……」
チャールズは目を閉じ、一秒だけ静止した。
その指先がわずかに震えた。
そして——
「それは俺じゃない」
目を開くと同時に言った。
「覚えているだろ、ヒューゴ。キャンタベリー行きの列車で……俺と同じ顔の奴がいた」
ヒューゴは息を呑む。
神父は口元を手で覆う。
「じゃあ……」
ヒューゴの声が震える。
「そういうことだ」
チャールズは椅子から立ち上がり、襟を軽く整える。
「だが心配はいらない。もう……始末した」
そして出口へ向かう。
「用は済んだ」
背中に神父の声が飛ぶ。
「チャールズ、待ちなさい!」
彼はゆっくりと振り返らずに首だけ動かし、片目だけを向けた。
「……何だ?」
神父はロザリオを強く握りしめる。
「どうか……この戦争を止めてくれ。これは無意味だ。
私はもう、騎士たちを死なせたくない……」
チャールズの黒い瞳には、蝋燭の火さえ映らなかった。
「断る」
冷たい声が落ちる。
「カトリックとブラッドフォールンは常に争う運命だ。
俺は……ただ見届けるだけだ」
一切の情を見せず、チャールズは歩き去る。
彼らが知っているチャールズは、もうどこにもいなかった。
---
(潮騒が不吉を運ぶ)
ロンドンから遠く離れたオーシア島。
断崖絶壁の上に立つ黒い城の中——
グレゴル・ギャラガーはふと足を止めた。
胸の奥が……空白になっていた。
まるで、生きた糸が突然ぷつりと千切れたような感覚。
「……あ……?」
震える手が心臓に触れる。
「コナー……死んだ……?
どうして……なぜ……?」
狼狽する彼を、玉座から鋭い声が切り裂く。
「どうした……異邦人?」
玉座に優雅に腰かけるのは——
ルシアン・ブラッドフォールン。
赤い髪が炎のように揺れ、紫がかった瞳が刃のように光る。
「何か……気に食わないことでも?」
グレゴルは慌てて背筋を伸ばす。
「い、いえ……ルシアン様。ただ……少し、不安が……」
ルシアンは足を組みなおし、横目で彼を見る。
その瞳は、価値のない石ころを踏んだときのように冷たい。
「そうか……ならば向き合え」
氷のような声が落ちた。
「不安だろうと何だろうと、醜い顔でここに立つな」
容赦のない侮蔑。
空気がひび割れるほどの冷淡さ。
「は、はい……ルシアン様……」
深々と頭を下げ、グレゴルは城を出る。
重い扉が閉じる音が、彼の弱さを嘲笑う。
外では、オーシア島の冷たい風が皮膚を刺し、荒れた海の匂いが満ちていた。
彼は曇った空を見上げ、唇を震わせた。
「……コナー……」
——その声は、波に消されていった。
彼は分かっていた。
逃げようのない真実を。
兄は……死んだ。
そして自分は、その理由を探しに行かなければならない。
どれほど残酷な場所へ辿り着くことになろうとも。




