呪槍の第二形態
戦いは最終局面へと突き進む。剣と槍がぶつかり合うその瞬間、禁忌の筆が現れ、世界は震撼する。
灰、血、そして黒煙がベオグラードの空を覆っていた。
鉄の匂いが充満し、呼吸さえも重く、地面は血に濡れて裂け、崩れた瓦礫が世界の終わりを語っている。
その地獄の中心に、ヴェルザレスは立っていた。
身体はぼろぼろ、衣は焼け焦げ、全身に深い傷が刻まれている。
呼吸は荒く、一息ごとに胸を裂く刃のような痛みが走る。
それでも――燃えるような赤い瞳だけは、消えることを拒んでいた。
アマンティスの短剣が彼の手の中で震える。
黒い光が刃の内で蠢き、逃げ出そうとするかのように暴れた。
次の瞬間、刃は伸び、膨れ上がり、巨大な黒剣へと変貌する。
それはただの輝きではなく――生きた炎のように、飢えた獣のように、空気を舐め尽くした。
ヴェルザレスは咆哮した。
喉の底から迸る、荒々しく、濁った獣の叫び。
それは天を震わせる、瀕死の獣の断末魔。
だが、眼前のラムシュタインは嘲笑を浮かべた。
血に塗れ、顔色は蒼白、身体は切り裂かれてもなお、眼差しは侮蔑を失わない。
唇に血を滲ませながら、薄く笑った。
「それだけか? そんな安物の刃では、俺の宿命は断ち切れん。」
そのとき、不気味な音が響いた。
――ミシ…ミシ…骨の砕ける音とともに、血が溢れる。
ラムシュタインは激しく咳き込み、喉から異様なものを吐き出した。
血に濡れた黄金白の槍。
長く、美しく、そして禍々しい呪気を放ちながら姿を現した。
呪いだ。
ヴェルザレスは直感する。
一度刺されば――二度、同じ場所を貫かれれば――死は絶対。逃げ場はない。
二人は視線を交わし、同時に駆け出した。
最初の衝突で世界が震える。
アマンティスの黒剣とラムシュタインの槍がぶつかり、黒と黄金の衝撃が大地を割った。
瓦礫は吹き飛び、衝撃波はあたりを飲み込む。
ヴェルザレスは猛攻を仕掛け、黒剣が空を裂き、肉を切り裂く。
血が迸り、地面を濡らし、裂け目を赤黒く染める。
ラムシュタインも槍を突き立てる。
素早く、鋭く――だが、致命を外す。
五度の突きはヴェルザレスを貫いたが、同じ場所を穿つことはなかった。
ヴェルザレスの身体はすでに限界だった。
左腕は皮一枚で繋がり、胸は穿たれ、血に溺れながら呼吸を繋ぐ。
それでも――止まらない。
遠く、瓦礫の岩に腰掛ける影が一つ。
ヴェスペラ。
黒髪を血風に揺らし、足を組み、頬杖をつく。
暗い瞳は退屈そうに戦場を見下ろし、灰と血の中でただ優雅に座していた。
「……下等な悪魔ほど、最期の舞台は騒がしいものね。」
唇に浮かぶのは、戯れを眺めるかのような微笑。
戦いは続く。
アマンティスの刃がラムシュタインの胸を裂き、血が大地を噴き染めた。
槍も応じるが――五度。致命はなし。
その瞬間、力が途絶える。呪いの代償が発動した。
槍の輝きは半減し、ラムシュタインの力は崩れ落ちる。
初めて、その瞳が揺らいだ。
呼吸は荒れ、身体は震え、血が止まらない。
ヴェルザレスの口元に、獣のような嗤いが浮かぶ。
「終わりだ、ラムシュタイン――」
黒剣が天を裂くように掲げられ、炎のように唸りを上げる。
地が震え、空気が裂ける。
だがラムシュタインは嗤った。
血に濡れ、掠れた声で、それでも嘲ることを忘れず。
「……愚か者が。」
震える腕で槍を掲げ、そして――空へと投げ放った。
ヴェルザレスは目を細める。
「無駄な足掻きだ……!」
だが違った。
槍は空で変貌する。
黄金の刃は溶け、柄は伸び、回転しながら巨大な筆へと姿を変えた。
――建物ほどの大きさを持つ筆。
先端には黒金の墨が滴り、血のように輝いて落ちる。
筆は空に舞い、独りでに地を走る。
禁忌の文字を描く。古きルーンを――誰も理解できぬ符を。
ヴェルザレスの呼吸が止まる。
【何を書いている……?】
そして、世界が再び震えた。




