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ミルヴァートン邸の亡霊

王宮の宴から二日後、ミルヴァートンの名が再び貴族の間で囁かれ、不穏な空気が漂う。そんな中、旧友であるヒューゴはミルヴァートン邸を訪ね、扉の先でかつての「友」の変わり果てた姿と対面する。赤く光る瞳、悪魔の印が刻まれた舌、そして静かに立つ不気味なメイド・ヴェスペラ。死んだはずのチャールズが語るのは、誘拐、奴隷、そして悪魔との契約の真実――。すべてを知ったヒューゴは、戸惑いと恐怖に満ちた中で問われる。「味方になるか、敵になるか」。選択を迫られたヒューゴは、かつての親友と共に地獄への道を歩む決意を固める……。

 二日後、王宮での夜会の後——。


「ミルヴァートン家の名が蘇った」との噂が貴族たちの間で走り抜け、不安と猜疑の影がロンドンの空に広がっていた。


 そんな中、ある男が重厚な馬車から降り立ち、急ぎ足でミルヴァートン邸の正門へと向かう。

 ——フーゴ・レイヴンズワード。


 怒りと戸惑いを胸に秘め、彼は扉を強く押し開けた。


「チャールズ!!」


 だが出迎えたのは、背を向けたまま静かに佇む男の姿だった。

 フーゴが歩み寄り、その肩に手を置いた瞬間——。


 チャールズがゆっくりと振り返る。

 その瞳は、血のように赤く染まり、冷たい光を湛えていた。


 彼は口元を歪め、挑発するように舌を突き出す。

 そこには、禍々しい悪魔の印が刻まれていた。


「……ひっ!」


 フーゴは咄嗟に手を離し、一歩後ずさった。

 背筋に氷のような悪寒が走る。


「来ると思ってたよ、フーゴ。」


 チャールズの声は低く、まるで深淵から響くようだった。


「それで? 俺に何の用だ?」


 その瞬間——。


「……お茶はいかがですか? フーゴ様」


 背後から静かに、しかし不気味なまでに自然な声が響いた。


 振り返ると、そこには銀のトレイを持った一人のメイドが立っていた。

 ——ヴェスペラ。


 フーゴの顔から血の気が引く。


「い、いつからそこに……!?」


 ヴェスペラは微笑みながら、静かに答える。


「最初から、ずっとここに立っていましたよ。」


 恐怖に膝を抜かれ、フーゴはその場に尻餅をつく。


 チャールズはソファへと向かい、手で「座れ」と示した。

 ヴェスペラはチャールズの傍らに立ち、どこか人ならぬ優雅さで紅茶を注ぐ。


 ようやく腰を落ち着けたフーゴは、堰を切ったように問いをぶつけた。


「……一体、どこにいたんだ? どうして生きてる!? お前は……もう葬られたはずだろう!」


 チャールズは紅茶に口をつけながら、静かに呟く。


「俺は埋葬なんかされてないよ、フーゴ。

 あの夜——俺は連れ去られ、売られたんだ。」


 フーゴは息を呑む。


「じゃあ……なぜ今、戻ってきた? どうやって……?」


 チャールズは微笑み、言った。


「話したところで……君は信じないだろうね。」


 その瞬間、ヴェスペラの姿がかき消える。


 ——そして次の瞬間、彼女はフーゴの隣に座る“もう一人のフーゴ”として現れた。


「なっ……!?」


 フーゴは飛びのき、戦慄した表情でその“自分”を見つめた。


「な、何なんだお前たちは……!」


「俺はもう、あの頃のチャールズじゃない。

 ——悪魔と契約した人間だ。」


 チャールズの言葉に、室内の空気が冷たく揺れた。


「フーゴ。俺は復讐を果たすつもりだ。

 この腐った王政を、叩き潰し、作り直す。

 君が味方になるか敵になるかは、自由だ。」


 しばし沈黙が落ちる。


 ——そしてフーゴは、ゆっくりと目を閉じた。


「……ああ。分かった。」


 目を開けた彼の瞳には、覚悟の光が灯っていた。


「なら、俺はお前の味方になる。

 チャールズ。俺もこの国を……変えたいんだ。」


 その瞬間、ヴェスペラが再び姿を変え、元の姿でチャールズの隣に戻る。


 彼女の微笑みは、まるで祝福のようでもあり、死の宣告のようでもあった——。

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