Vespera Alliera
地下室に響くのは、耳を劈くような笑い声だった。
チャールズの目は見開かれ、全身が硬直する。恐怖のあまり、喉が詰まり、呼吸すらままならない。音は、どこからともなく、だが確かにこの空間を支配していた。
「誰だ……?」
彼の声は震え、空虚に広がる闇に飲まれた。周囲にいた者たちも、どこか怯えたように彼から距離を取る。まるで、チャールズという存在そのものが、目に見えぬ何かを呼び込んでしまったかのように。
そして──彼の身体は、ふっと空間から掻き消えた。
目の前に広がったのは、無数の墓標が立ち並ぶ、荒れ果てた草原。曇天の下、風ひとつ吹かぬ不気味な静けさが支配していた。
「ここは……どこだ? 誰か、返事をしてくれ……!」
チャールズは叫んだ。だが返事はない。ただ──再びあの声が響く。
「ようこそ、哀れな小さきご主人様。」
ぞわりと、背筋を這う寒気。
チャールズは恐怖に突き動かされるように立ち上がり、声の主を探す。しかし視界には、ただ墓と闇だけ。
「誰だ……? お前は誰だ!? 俺に何がしたいんだ……もう俺には、何も残っていないんだ……!」
その訴えに、声はくすりと笑った。
「ふふふ……いいえ、あなたにはまだ残っているものがある。復讐と……黒き魂がね。」
チャールズは息を呑んだ。胸の奥を突くようなその言葉に、彼は無言になった。
「……どういう意味だ?」
彼が問い返すと、声は静かに告げた。
「どういう意味? あなたが呼んだのよ、わたしを。絶望の叫びが、世界の裏側まで届いたのだから。」
その瞬間、チャールズの足元から黒い煙が立ち上る。
地面の裂け目から這い出るように、煙は形を変え──やがて人の姿を取った。
長い黒髪。優しげでどこか懐かしい面差し。──それは、かつてミルヴァートン家でチャールズに仕えていた、あの使用人の姿だった。
「……君……なぜここに……君は、死んだはずじゃ……?」
彼の声は震え、涙すら滲んでいた。
女の姿の煙は微笑み、静かに答える。
「あなたが知っている者の姿を借りているだけ。わたしの名は──ヴェスペラ・アリエラ。あなたが呼び出した悪魔よ。」
「悪魔……?」
チャールズは混乱し、後ずさった。
「じゃあ……俺に何を求めて来た? なぜ……?」
「あなたのその魂が欲しいの。美しいほどに歪んだ、憎しみに満ちた魂を。契約をしましょう。あなたの復讐を、わたしが叶えてあげる。その代わり……魂を、いただくわ。」
「魂……」
チャールズは目を伏せ、長い沈黙の末に──首を縦に振った。
「……いいよ。もし、それであいつらを殺せるなら……俺を傷つける全てを、遠ざけてくれるなら……魂なんてくれてやるよ。」
その瞬間、ヴェスペラは優しく微笑み、チャールズの唇にそっと口づけた。
契約は、静かに、しかし確かに成立した──。
不気味な笑みを浮かべた男に連れられ、チャールズは重厚な門をくぐった。そこはまるで貴族の邸宅のような豪奢な屋敷だった。だが、彼が連れて来られた理由は、決して「働くため」などではなかった。
男は何も語らぬまま、チャールズの手を引いて邸内を進み、やがて地下への階段を降りていく。かすかな湿気と血のような匂いが鼻をついた。チャールズの不安は次第に恐怖へと変わっていく。
「ここは……どこだ?」
勇気を振り絞って問いかけるも、男は振り返ってただにやりと笑っただけだった。
燭台に火が灯されていく。ひとつ、またひとつと……。光が増すたび、周囲の光景が明らかになっていく。
血まみれの床。積み上げられた骨。壁にへばりついた人間の皮膚。
「っ――」
チャールズの目が大きく見開かれ、次の瞬間、彼は口を押さえて吐き気を堪えた。
「な……何だよ、これ……っ」
恐怖に震える体を抑える間もなく、男はチャールズの手首をつかみ、力任せに祭壇へと投げつけた。
「っ……!」
衝撃で意識が遠のく。彼が再び目を覚ましたとき、身体は冷たい石の祭壇に拘束されていた。手足には皮の帯が巻かれ、動くことすらできない。
周囲には死体。生温かい空気と腐臭。
――ここで、終わるんだ。
チャールズの喉が震える。逃げられない。助けも来ない。ただ、死ぬのを待つしかない。
「お願い……助けて……お願いだから……!」
嗚咽混じりに懇願するチャールズに、男は鋭いナイフを手に近づいた。
「ふふ……君は、久々のご馳走になるよ。柔らかそうな肉だ」
「――え?」
理解が追いつかない。だがその言葉が意味するものに気づいた瞬間、全身の血が凍りついた。
「……人を、食べるの……?」
男は無言で笑った。口元から覗く舌が、いやらしく唇をなぞる。
ナイフの先がチャールズの腹部に触れた。
絶望が、魂の奥底から噴き出す。
「……神様、ぼくは……ぼくはあなたを憎んでる……! ぼくを生まなければよかったのに! あなたは、残酷だ! 悪魔でさえ……あなたほど冷酷じゃない!」
その叫びを聞いた男は、まるで楽しむかのように微笑んだ。
だが――。
次の瞬間、祭壇の下から、黒く濃密な煙が立ち昇った。
それは冷たい闇のようであり、地獄から這い出た意思のようでもあった。
地下室に響くのは、耳を劈くような笑い声だった。
チャールズの目は見開かれ、全身が硬直する。恐怖のあまり、喉が詰まり、呼吸すらままならない。音は、どこからともなく、だが確かにこの空間を支配していた。
「誰だ……?」
彼の声は震え、空虚に広がる闇に飲まれた。周囲にいた者たちも、どこか怯えたように彼から距離を取る。まるで、チャールズという存在そのものが、目に見えぬ何かを呼び込んでしまったかのように。
そして──彼の身体は、ふっと空間から掻き消えた。
目の前に広がったのは、無数の墓標が立ち並ぶ、荒れ果てた草原。曇天の下、風ひとつ吹かぬ不気味な静けさが支配していた。
「ここは……どこだ? 誰か、返事をしてくれ……!」
チャールズは叫んだ。だが返事はない。ただ──再びあの声が響く。
「ようこそ、哀れな小さきご主人様。」
ぞわりと、背筋を這う寒気。
チャールズは恐怖に突き動かされるように立ち上がり、声の主を探す。しかし視界には、ただ墓と闇だけ。
「誰だ……? お前は誰だ!? 俺に何がしたいんだ……もう俺には、何も残っていないんだ……!」
その訴えに、声はくすりと笑った。
「ふふふ……いいえ、あなたにはまだ残っているものがある。復讐と……黒き魂がね。」
チャールズは息を呑んだ。胸の奥を突くようなその言葉に、彼は無言になった。
「……どういう意味だ?」
彼が問い返すと、声は静かに告げた。
「どういう意味? あなたが呼んだのよ、わたしを。絶望の叫びが、世界の裏側まで届いたのだから。」
その瞬間、チャールズの足元から黒い煙が立ち上る。
地面の裂け目から這い出るように、煙は形を変え──やがて人の姿を取った。
長い黒髪。優しげでどこか懐かしい面差し。──それは、かつてミルヴァートン家でチャールズに仕えていた、あの使用人の姿だった。
「……君……なぜここに……君は、死んだはずじゃ……?」
彼の声は震え、涙すら滲んでいた。
女の姿の煙は微笑み、静かに答える。
「あなたが知っている者の姿を借りているだけ。わたしの名は──ヴェスペラ・アリエラ。あなたが呼び出した悪魔よ。」
「悪魔……?」
チャールズは混乱し、後ずさった。
「じゃあ……俺に何を求めて来た? なぜ……?」
「あなたのその魂が欲しいの。美しいほどに歪んだ、憎しみに満ちた魂を。契約をしましょう。あなたの復讐を、わたしが叶えてあげる。その代わり……魂を、いただくわ。」
「魂……」
チャールズは目を伏せ、長い沈黙の末に──首を縦に振った。
「……いいよ。もし、それであいつらを殺せるなら……俺を傷つける全てを、遠ざけてくれるなら……魂なんてくれてやるよ。」
その瞬間、ヴェスペラは優しく微笑み、チャールズの唇にそっと口づけた。
契約は、静かに、しかし確かに成立した──。




