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なぜ、私は生まれてきたのか――

チャールズは今、奴隷として汚れた檻に投げ込まれた。共に閉じ込められたのは、同じように見捨てられた人々。傷は癒えていないが、痛みさえもどうでもよかった。希望はもう、とっくに死んでいたからだ。


血と鉄の匂い、冷たい床、侮蔑の目線と笑い声。そんな地獄の中で、チャールズは心の中で問いかける――神は、本当に存在するのか?


だが、地獄の底にも“救い”のようなものは訪れる。ただし、それは更なる地獄の始まりだった。名も名乗らぬ男が現れ、チャールズを買っていく。その笑顔は毒のようで、優しさではなかった。

彼は悪魔ではない。ただの人間だ――そして、それこそが一番恐ろしいのかもしれない。

 汚れた壁、腐臭の満ちた空気、濁った水たまり。

 そこは、生きる者の尊厳すら踏みにじられる場所だった。


 鉄格子の向こうには、やせ細った子供たちがうずくまり、呻き声を漏らしていた。

 チャールズもその中にいた。かつて貴族の温もりを知ったはずの彼が、今はその希望すら思い出せないほどに打ちひしがれていた。


 《どうして僕の人生は、こんなにも呪われているのだろう……》


 汚れた床に背を預け、チャールズは心の中でつぶやいた。

 《どうして、僕だけがこんな目に遭うんだ……? どうして、すべてがこんなにも無惨に終わるんだ?》


 彼は天を見上げた。天井の隙間から、わずかな陽の光が差し込んでいた。

 その光はまるで、彼を嘲笑うかのように淡く、儚く、冷たい。


 《神様……あなたは、僕をもう見捨てたのか……?》


 そんな時だった。


「坊や……あんた、貧しい者には見えないね」


 低く、かすれた声。

 チャールズが顔を向けると、別の檻の中に座る老婆がいた。骨ばった手で鉄格子を掴み、潤んだ目でこちらを見ていた。


 彼女の顔は深い皺に覆われ、頬はこけ、皮膚は灰色に近かった。

 だが、その瞳だけが妙に生きていた。苦しみを乗り越え、それでもまだ生きている者の、鈍く燃えるような光があった。


 チャールズは何も返せなかった。ただ、黙って老婆を見つめ返した。


「ふふ……あんた、きっと何かを失ったんだね。……でもね、坊や……この世界ってのは、失った者に冷たすぎるんだよ」


 その瞬間、檻の鍵が開いた音が響いた。

 老婆の方へ向かって、汚れた靴音が近づいてくる。


「立て、ババア!」


 粗暴な男が檻の中へ入り、老婆の腕を乱暴に掴んだ。

 抵抗する間もなく、彼女は地面に引きずり出され、無慈悲に蹴り飛ばされた。


「あははっ!見ろよ!こんなクズ誰が買うんだ!」


「もう死にかけてるじゃねぇか!」


 笑い声が、冷たく響く。


 チャールズは固く唇を噛んだ。血が滲んでも、それでも声を出すことはなかった。


 《……この世界は、弱い者にあまりに残酷すぎる》


 《力のない者は踏みにじられ、金のない者は獣として扱われる。……それが、この国の現実なんだ》


 彼の目から、ゆっくりと涙がこぼれた。


 やがて、一人の男が足音を立ててやってきた。

 革靴の音が他とは違っていた。静かに、しかし確かな威圧感を持っていた。


「これだな……この子を買おう」


「へっ?こいつですかい?値段は高くつきますぜ?」


「構わない。……現金で払おう」


 男は懐から分厚い袋を出し、床に音を立てて落とした。銀貨の音が響き渡る。


「よし、坊や。今日からお前は“商品”じゃない。……私の“おもちゃ”だ」


 男の笑みは、蛇のように細く歪んでいた。

 チャールズの腕を掴むその手は、冷たく、そして異様に滑らかだった。


 チャールズは抵抗することもなく、ただ引きずられるように立ち上がった。

 その目に、希望の色はもう残っていなかった。

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