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寛容  作者: 中岡 真竹
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四、恐ろしき病(やまい)の為に・・・・

四、恐ろしき(やまい)の為に・・・・


昨年の夏以来、森彦の胸を痛めていた事を紀代子に告白すれば、必ずや二人の先では、老いた身で暗闇をさ迷う事になるだろう。と思って胸の中で此の事を殺して来たが、森彦は告白をした。

と言う事は、森彦の友達の一人一人に此の事を話した処、彼等が言うには、森彦が胸の中で此の事を殺しながら残り少ない人生を何とか終わらせようと思っていても、人間と言う動物は、この様な心の臭みには臭覚が俄然として働くだろう。紀代子さん自身が暗闇への扉を無理に()()けてしまい。二人の間は此れを以って終わるだろう。

終わるか終わらないかは紀代子さん次第だ。

お前の連れ合いは、俺達は始めから知っている。あの人の性格なら告白すべきだ。と誰一人と反対する事もなく。

この様に森彦に言った。

此の事があって、森彦は紀代子に告白をしたが、その後の日々の流れは身を削る様な日々であったが、森彦の友達や紀代子の友達が暗闇へ通じる扉の前に立ち塞がって、紀代子や森彦がこの扉に手を掛けない様にしてくれたのだろう。と森彦は思っていた。

だから、森彦が紀代子に告白してから、日々を然程重ねない内に以前の様な紀代子が森彦の前にいた。


年の瀬に決めた三社詣いりを明日に迎えた一月二十八日の午後三時を過ぎた頃だった。森彦が三時のコーヒータイムに合わせて書斎から一枚のペーパーを片手に持ってリビングに現れた。

リビングの椅子に腰を下ろした処から、外の景色に眼を遣っている森彦は、既に夕暮れ時かと思った。それはリビングの電灯の明るさが其の事を思い知らせている様だった。

紀代子が台所からコーヒーポットとコーヒーカップそれにソーサーを盆に乗せて運んで来た。

その時も、森彦は暗くなりつつある外の様子から眼を外さず見ている。紀代子がポットからソーサーの上に置かれている森彦と紀代子のコーヒーカップにコーヒーを注ぐと、香ばしい香りが森彦の鼻腔(びこう)()いて来た。森彦が外に向けていた眼をコーヒーカップに落した。

其のコーヒーカップを片手に持った森彦が言葉を放した。

「紀代子、明日の三社詣いりの事だが・・・・・・・」

と言って再び薄暮(はくぼ)の庭先に眼を遣った。

此の森彦の動作に合わせて紀代子も、コーヒーカップを片手に暗くなりつつある庭先に眼を遣った。

薄暗い中で佇んでいる枝垂れ桜に暫し眼を置いていた二人であったが、森彦が外を見ていた眼を紀代子に向けた。紀代子が森彦を見ると、森彦が成りやら言いたげな様子を見せているのを見て、紀代子が言った。

「明日も寒い一日になるでしょうねぇ」

「寒いのは構わないが、一寸、行きたくなくなった」

何故(なぜ)、行きたくないのですか」

此の紀代子の問いに、森彦は書斎から持ち出して来た一枚のペーパーを紀代子に見せた。其のペーパーにはパソコンの情報がプリントアウトされていた。旧暦で言えば既に旧正月だ。

中国では春節と言って長い休みに入っている。この中国で得体のしれない(やまい)が発生している。と言う情報である。

「この情報から見れば大変な(やまい)らしい」

  と言った森彦は、先日, 弟の憲治から聞いていた事を紀代子に教えた。

「どうだろう、寒さもある事だし、今年の宮参りは止めにするか」

「そうしましょうよ・・・・・・」

 と言った紀代子も、中国武漢で発生している(やまい)如何(いか)に恐ろしい(やまい)であるかと言う事を、紀代子も認識していたからであった。

其の認識とは、新聞やテレビのニュースで報道されている様に、世界各国が中国武漢にチャーター機を飛ばして自国民を引き上げさせている。此の日本も、政府のチャーター機で第一便の帰国者が一月十九日に戻って来られた事を知っていたからであった。

「そうか。天気が良くなった時に行くとしょうか」

「いや、今年は行かない方がいいでしょう」

 この二人の話で、今年の三社詣(さんしゃもうではめる事にした。

二人が暗くなった外の様子に眼を遣ると、紀代子がリビングのカーテンを閉める為に腰を浮かした。

椅子に戻った紀代子に森彦が話を始めた。

どうやら、暗くなった庭に佇んでいる枝垂れ桜に肥料を施してやらなければならない話が弾んでいる。肥料を与えなければ心ときめく様な咲き振りを見せてくれない。

だから、肥料を施して遣る。と電灯の明るさに包まれて二人の話が続いている。

時計が六時を知らせた。


 正月の月である一月が終わり、季節は二月に入っていた。

二月の初旬、庭に(ゆる)()が射し込んでいる此の日を選んで、森彦が庭の枝垂れ桜に肥料を施している。

此の作業は、庭に枝垂れ桜を植えてから毎年の行事の一環として遣って来た。

その作業とは、枝垂れ桜の根元から東西南北に一メートル位離れた処に、深さ三十センチ位の小穴を掘り、其の穴にたっぷり水を施した中に油粕を充分に入れ込む作業である。

作業自体は簡単な作業であるが、四か所に穴を掘る事が年々、森彦に取って億劫(おっくう)になっていた。一年、二年そして三年目辺りまでは息づかいが激しくなる様な事はなかったが、昨年辺りから穴を掘る動作は休み休みにしなければならなくなっていた。

今日も、一つの穴を掘り始めると、途中でスコップを投げ出して、庭の一郭に置いている椅子に座り、激しい息づかいを鎮めていた。

椅子に腰を下ろした姿勢で、途中まで掘り下げた穴に眼を施しながら思いに()せていた。

―来年はシルバーセンターの人に頼む事になるのかなぁー

これぐらいの事で、シルバーセンターの人は来てくれないだろう。と思い直した処で、静まった胸の動悸を気にしながら、途中で止めた穴堀を始めた。

例年になく。四つの穴に肥料を施す事に時間が掛かった。

汚れた作業着から普段着に着替えてリビングの椅子に腰を下ろしている森彦は、如何(いか)にもしんどそうな表情を見せている。

紀代子が森彦の好みのコーヒーをポットに入れて持って来た。

紀代子が森彦のコーヒーカップに香ばしい匂いがするコーヒーを注ぐと、目元に()みを携えながらに言った。

「貴方、もう無理でしょう。来年からは業者の方に頼みましょう」

「一日で四か所を掘り起こす事ではなく、徐々に遣って見ようか」

「徐々に遣るって・・・・」

「一日に一か所ずつ掘って、四日で終わらせる遣り方だよ」

「その方法なら遣れるかも知れないわねぇ」

 二人の話は、体の事を案じる話に移っていた。

森彦は、一年に一回、以前からの掛かり付けの病院で全ての検査を行っている。この結果からは何処も悪い処は出てはいないが、多少の狭心症の疑いがある事は以前から聞かされていた。

だから、体の事には人一倍気を使っていたので、紀代子にも年一度の体の検査を受ける事を勧めた。紀代子としては何処も自覚症状がないので病院には行かないと言い張ったが、森彦が掛かり付けの病院に出掛ける時に、紀代子を無理に誘って行ってみた事があった。その結果。紀代子が言う様に、何処にも異常を見る事はなかったが、紀代子は長年の立ち仕事から腰と膝に少しの変形が見られると言う整形外科医からの指示で、その病院のリハビリに月に三回ほど通っている他には、心配する処はなかった。

こんな老後の二人であったので、森彦は好きだったアルコールも古希(こき)を迎えてから、お正月のお神酒(みき)と少々のビール以外のアルコールとの縁を除いていた。

いま、森彦は思い浮かべていた。医師が言った様な状態だから、心臓が喘ぎ、途中途中休み乍ら作業をしなければならないのか。

先程、紀代子に思い付くままに言った様に四日で遣り遂げる話を、来年からその様にしょうと心に決めた。

そうしなければ、紀代子も自分も楽しみにしている春の知らせを味合う事には出来ぬからと思った。穴掘りの事を、紀代子が言う様に業者の人に頼むと楽だろうけれども、春の知らせを味合う事が半減されると森彦は思って、来年は四日で遣り遂げようと改めて心に刻むと、言葉を放した。

「これで、来月末頃には、我が家の桜を見る事が出来るよ」

 と桜の木を見ながら、紀代子に目線を移して森彦が言葉を繋いだ。

「来月と言えば、紫苑の墓仕舞いがあるなぁ」

「そうですねぇ」

 と紀代子が何処やら沈んだ声で応えた。

森彦と紀代子が昨年の盆を終わらせた後で、太平洋が見える鎌倉の霊園に葬られている紫苑の墓仕舞いを令和二年の春のお彼岸日にさせて欲しいと願い出ていたが、お寺の住職の返事ではお彼岸日はお寺としては忙しさに追われるので、お彼岸の前の十八日にさせて欲しいとの返事を貰っていた。

此の話が落ち着いたのは、昨年の師走に入ってすぐであった。

鎌倉の霊園から毎日海を見下ろしているかもしれない紫苑だが、真っ暗な暗闇の土中に入れられて自由がない処に居る事は確か。

其れでは紫苑が可哀そう。夢を追う事も出来やしない。

散骨してやれば、潮の流れに沿って、紫苑は夢のアメリカを目指す事が出来るだろう。と森彦と紀代子が言い出した事を親戚や二人の友達が森彦と紀代子の考えに賛同してくれた。

此の皆の賛同があって、住職に墓仕舞いのお願いを三月十八日の水曜日の午前中に頼んでいた。


 枝垂れ桜に肥料を施した翌日の昼下がり、何時もの様にコーヒーを片手に肥料を施した枝垂れ桜に森彦が眼を注いでいる。

食卓の隅には今日の朝刊が丁寧に折り畳まれて置かれている。朝刊に大きく印刷された文字が見える。文字はカタカナでダイヤモンド・プリンセス号と書かれている。

森彦が枝垂れ桜に眼を遣っていたのを戻して、紀代子に眼を注いだ。

「紀代子、此れで、今年の桜の見事さを見る事が出来るぞ」

「そうですねぇ・・・・・」

「此の見事さを紫苑に見せる事にしているが・・・・」

 と森彦が言葉を切って、和室の奥にある紫苑の仏壇に眼を遣った。此の森彦の仕草を見ていた紀代子が、何やら言いたそうな表情を森彦に見せた。

「紀代子、何かあるのか・・・・」

「貴方、紫苑の墓仕舞いをするお話ですが・・・・」

「うん、それがどうした」

「いや、今朝話した事などで・・・・・」

 紀代子は言葉を止めた。止めた言葉の先をどの様に話すべきかと迷い乍ら紀代子が話し出した事は・・・・・・、

「昨年の暮れに決めた紫苑の墓仕舞いは今年の三月十八日として、散骨する四月の四日まで紫苑の遺骨はこの家に置いて遣って、此処から枝垂れ桜を見物させる事にしていたわねぇ」

 此の紀代子の話に森彦が頷いて見せた。

だが、今朝、貴方が話してくれた様に、世間の様子は大きく変わりつつある。この様な中で、紫苑の墓仕舞いから散骨の行事が出来るのかしらと。紀代子は沈んだ表情で森彦を見詰めた。

見詰められた森彦が言った。

「其処迄、気を回す事が出来ていなかった。紀代子が思う通りだ」

 此の紀代子の問い質しに二人が話し合った事は、弟憲治が言う様に、今年の世界は、また日本も大変な状態に落ち込むだろう。此の専門家の弟の話からすると、今年はこの様な行事は避けねばならないだろうとの話になった。

二人の話から、結論はすぐに出た。

この様な大変な時期に、多くの人達に集まって頂く事は、多くの人達に危なさを与える事になる。

紫苑は望まないだろう。

墓仕舞いのお断りの話が付いた処で、紫苑の墓仕舞いや散骨に参加される人達に事情を記した中止のお手紙を差し上げたのは二月の半ば頃に掛かっていた。

二月の半ば迄の新聞の見出しは、三日に横浜港の大黒ふ頭に接岸したダイヤモンドプリンセス号の船内で発生した新型コロナウィルスの感染者の記事の事が、連日大きく報道されていた。

此の先も、此の事が毎日報道されるだろう。紀代子や森彦は此の新型コロナウィルスの事が身近な問題になって来たと思った。

弟憲治より聞かされていたが、流行しているのは中国であり日本ではないと思っていた。

それが、身近な横浜で感染の広がりを止めようとしていられる医療従事者の日夜の努力が、テレビや新聞で取り上げられる事で、紀代子や森彦だけではなく日本中の全ての人の関心が、此の事に集中して行くのではないか。と紀代子と森彦は新聞の記事を参考に話している。

話しているが、日本中に感染者が広まって人々がおそ(おのの)いているまでにはなってはいないが、その先の様子が、弟憲治達の専門家では見えるのであろう。

二月の末日近くを迎えていた。

夕刻のテレビニュースで、えっ、と思わざる事が流された。

全国の小中高校に対して三月二日から春休みに入るまで臨時休校の通知が政府から流された。

此のニュースを見た二人があまりにも唐突な事だと言葉を交わした。

確かに、憲治から聞かされた話では、此の感染症は外国で流行しているが、外国だけで止まるウィルスではなく全世界に広がる。

日本に於いても例外にはならないと聞かされていた。

(まさ)に、巷では中国武漢から戻って来られた人達の中に何人かの感染者が居られたし、横浜港のクルーズ船からも多くの感染者が出ている。それにタクシードライバーや観光船を(あやつ)っていられる人達の中にも感染者が居られる事が報道されているが・・・・・・、

全国の小中高校を休校にせねばならぬと言う切迫感は二人にはなかったので驚いている。


 暦は三月に入っている。

日に日に飛び込んで来る新型コロナウィルスの情報で先がどうなるのかと案じられる。

此の三月の初旬の新聞の記事から紀代子と森彦が話し合った事は、イベント自粛で大相撲の春場所が無観客で開催される事になった。と話をした後で森彦が言った。

後一月(あとひとつき)近くで満開を迎える桜見はどうなるのかなぁ」

「政府が言っている。人が密集する事を禁じる処から見ると・・・」

 紀代子が言葉を切って森彦の顔を窺った。

「では、今年の桜見は出来ないのか・・・・・」

 そう言った森彦がリビングの窓越しに、綻びを見せかけている枝垂れ桜に眼を遣った。森彦と同じ様に紀代子も枝垂れ桜に眼を施した。

桜から眼を卓上の新聞に戻した森彦の眼には、政府が中国や韓国からの入国制限を強化するとの見出しが目に留まった。

森彦がこの記事を指で指しながら紀代子に眼を遣った。

「この記事から見れば、観光客が来なくなるなぁ」

「でも仕方ないでしょう」

「うん、人から人へと感染する事だからなぁ」

 外国からの観光客が来ないとなれば、観光業者を始めとして日本経済への影響が大きく左右するであろうが、紀代子が言っている様に人の命を守らなければならないからなぁ。と森彦は思いを馳せていた。

そんな思いで五日の朝刊に眼を走らせると、紀代子も森彦も何十年前かに経験した事が市場で再現されている。と言う記事が目に付く。トイレットペーパーが品不足で店頭に出ていない。

変な噂が巷に流れて、買い溜めが横行した為に品不足になっているとの事で、政府も業界も在庫は多くあるので落ち着いた行動を取る様な記事が、何度となく眼に触れて来る。

大相撲の春場所が無観客で始まった放映を見ている森彦が、なんだか楽しさが半減された気になるなぁ。と思い乍ら見ている。

「土俵に上がっている力士は無観客の土俵であるが、一つも気を抜く様な取り組みをしない処に、相撲の醍醐味(だいごみ)を改めて感じた」

 と森彦が紀代子に話した。

其の翌日の朝刊に眼を定めている森彦が曇った表情を見せている。その表情の眼はニューヨーク株が一時(いちじ)二千ドル安、東京証券では二万円を割れ込んだ記事に目を走らせている。その眼は以前の経済人の眼に戻っていた。

この記事の二日後の記事に眼を配らせている森彦の心が悲しくなる様な記事が目に入る。森彦の小学校から中学の頃のスポーツと言えば野球であった。今のようなクラブチームがあった時代ではなかったので、小学校時代には友達と草野球で楽しんでいた。中学校に入って野球部と言うのがあったので、此の野球部で三年活躍して進学した高校でも野球部に入って六年間、野球に取り組む中で楽しさと苦しさを身に浸み込ませて来たが、進学した高校は甲子園に行ける程の野球部ではなかったので、森彦の甲子園への憧れは他の球児達と比べれば、熱烈さに劣っていたと言えるだろう。

しかし、青春時代を野球に取り込んだ者には甲子園と言う物がどれほど重い物か。森彦は今でも思っていたので、蔓延(まんえん)しつつあるコロナウィルスで夏の高校野球が中止になると言う記事に愕然(がくぜん)とした思いで記事を()(ふけ)っている。読んでいる記事がぼやけて見えぬ。読んでいる目にうっすらと涙が(にじ)んでいるのだろう。

其れから何日が過ぎただろうか。


 この新型コロナウィルスが中国からヨーロッパへ飛び火して、イタリアでは医師・看護師の三千三百名近くが此のコロナウィルスに感染している記事が目に入った。人工呼吸器不足。医療崩壊が其処まで来ている様な事だ。

「紀代子、こんな記事だが、日本はどんな物かなぁ」

「貴方、憲治さんに尋ねて見たら・・・・・」

「そうだなぁ。しかし、あいつも忙しさで大変だろう」

 森彦はイタリアの医師が感染した事を思い乍ら・・・・、

―憲治、お前、感染はするなよ。死んではいかんぞー

 と心の中で呟いた。


 三月も末日近くになっていた。

しかし、毎日の新聞の記事からコロナの記事が消える事はなかった。

東京都が週末の外出自粛を要請した記事が目に付く。

要するに不要不急の外出は控えてくれとの願いだ。

東京都がこの様な要望を出せば、政府が全世界への渡航自粛を要請する記事も記載されている。

国は他国に行くな。都は街に出掛けるな。

感染の危険性が、日本も此処まで来たのか。

海の向こうのアメリカではヨーロッパからのウィルスの流れか。ニューヨークが医療崩壊の瀬戸際だ。との記事が目に付く。

若い時にアメリカにいた紀代子としては信じられない記事であった。

「あのアメリカが医療崩壊する。日本より近代的であったあのアメリカが、其のアメリカの中でも、経済の中心都市であるニューヨークの医療が崩壊する」

 考えられない事だと紀代子が森彦に話している。


 この頃、星子家の庭に咲いている枝垂れ桜に東からの朝日が眩しく()()んでいる。朝日を浴びて(あわ)(いろ)()ゆい紅色(べにいろ)に変わろうかとしている時期に移っていた。

此の枝垂れ桜から眼を戻した森彦が多少大きな声で言った。

「紀代子オリンピックが延期になったぞ」

「そう。何時(いつ)になったの」

 と聞いて来た紀代子に森彦は朝刊の記事を指した。

其処には東京五輪の開催日が来年の七月二十三日で、閉会式が八月八日、東京パラリンピックの開会式が八月二十四日で閉会式が九月五日と言う記事が記載されている。

延期される事は前々から言われていたので何時(いつ)になるかと案じていた。決まった事は良いが、此のコロナが今年の内に収束して貰わなければ、と紀代子は記事に眼を這わせながら思っていた。

この日の朝刊では、昨日のニュースで知っていたが、あの志村けんさんと言う芸能人が新型コロナに感染して帰らぬ人となられたとの記事を見て、思わず。此のウィルスの(おそ)ろしさを犇々と紀代子と森彦は感じていた。

此の暗いニュースに接した二人は暫く無言でいたが、森彦が早く亡くした一人娘の紫苑の仏壇に眼を遣って声を上げた。

「紫苑、見てくれ、お前の為に、奇麗に咲いてくれたぞ」

 朝食を終わらせると、時計が十時の時を告げた。

暫らく経って、森彦がリビングの飾り棚に置かれている紫苑の写真に語り掛けた。

紫苑に森彦が語り掛けている時、紀代子は森彦の傍から森彦の横顔を見て何度か頷きの様子を見せると、庭の枝垂れ桜に眼を遣って、紫苑を誘って桜の傍に行く様な眼を見せた。

そして、紀代子が紫苑に声を掛けた。

「紫苑ちゃん、今年の桜も奇麗に咲いたわよ」

 と写真に語り掛けると、暫し下を向いて、片手で鼻から口を押さえた。嗚咽の様な物が紀代子の口から少し洩れて来た。

紀代子が思った事は、紫苑の墓仕舞いをして、この満開の桜を紫苑に見せると大海原の潮路に乗って憧れのアメリカを目指させる事であったが、此のコロナ騒動で出来なくなった事で、紀代子に悔しさが被さって来て少しの嗚咽を漏らさせたのであろう。


 紀代子が朝食後に自分のプライベートルームに引き籠った。何時もなら朝食後、森彦と多少の会話を弾ませた後に、自分のしたい事に動いていたが、この日は違った。

時計の針が十二時で重なる一寸前に紀代子はリビングに現れた。森彦は紀代子より少し先にリビングに現れて、朝読んだ新聞の読み残しの処に眼を這わせていた。

紀代子が森彦の傍を通って所定の席に腰を下ろした時、森彦は新聞から眼を離して紀代子を見た。

見たと言うのは、紀代子が何時もと違う行動を取った為である。

多分、紀代子が、何か思い込む事があって、その思いを色紙に描く事でプライベートルームに引き籠っていたのだろうと思っていた。

色紙に描くと言う事は、紀代子が青山通りに店を張っている時分、店のお客様に水彩画の先生が居られた。紀代子が六十で店を弟子に譲って西日暮里のマンションに移った時、紫苑の悲しさを紛らわす事で水彩画の先生に教えを()うた。

その道の才能があったのか。七十三のこの歳で見事な作品を色紙に収めている。もう、何十枚かが溜まっている。

色紙に水彩画を描き始める前から、短歌や俳句を教える先生の許に月に二回ほど通っていた。其の(かい)があって、昨年には世間様で此の事が認められて表彰された事があった。

そんな道も会得していたので、その作品を作り上げる為に午前中は此の事に没頭していたのだろう。と森彦は思い乍ら紀代子を見た。

だが、紀代子の心は森彦が描いた様な事ではなかった。

「貴方、今日は四月の五日ですね」

「そうだね。何か・・・・・・」

「今日は日曜日でしょう」

「毎日が休みとなると、曜日に(うと)くなるなぁ」

 と言った森彦が、先程まで見ていた新聞が机の端に置いてあるのに眼を遣って、曜日をちらっと見て確認をした。

紀代子はリビングのガラス戸の先に見える枝垂れ桜に眼を遣っている。桜は満開の薄紅色の花弁が滝の如く垂れ下がっているが、其の先に広がる空は青空とは言えなかった。

俗に言われる花曇りの様な空模様が、満開の枝垂れ桜を引き立たせているとは言えなかった。

今朝起きた時には、東からの朝日が紀代子の部屋にも射し込んで来ているのを見て、紀代子は思った通りであったわと思ったが、其の広がっていた青空が、何時(いつ)しか灰色の空へと代わって来たのを見て紀代子は思った。

コロナの悪辣(あくらつ)が私の心まで踏み潰して行く。

元々この日は、紫苑の散骨をする日であったが、コロナ騒動でこの散骨を取り止めていた。

我が家の庭の桜も、眼にする公園の桜も、よそ様の庭に咲いている桜も、花見場所の桜も満開である。

この日の朝、桜の淡い紅色と青く晴れ渡った空を見上げた紀代子が、心の中で紫苑に語り掛けたいと思っていた事を思い起こした。

―紫苑、お前の夢を追う為に、永い旅に出ようねぇー

この言葉を、この日、この家を出る時に、語る積りでいたが、このご時世で延期せざるを得なかった。


 紀代子は、延期する事が無ければと思い、散骨の手順を紀代子のプライベートルームで思い浮かべていた。

お台場パレットタウン桟橋を午前十時過ぎに離れたクルーザーには紫苑の友達を始めとして、紀代子と森彦の親戚及び友達の総勢二十名近くが乗船して穏やかな海へと滑り出して行く。

今日のこの日は、悲しみの日ではない。

紫苑が願っていた夢を叶える為に皆が応援する日だ。

だから、喪服姿で参加するのではなく、明るい服装で参加される事を願っていたので、(はな)やいだ(いろどり)に包まれた女性の明るい声が船内に響き渡って、紫苑を喜ばせている。

白いクルーザーは、いま三浦半島沖を通って伊豆半島の突端にある石廊崎の灯台を遠くにみ乍ら、波静かな相模湾へと入って来ていた。

遥か彼方に見える富士山の山巓(さんてん)近くには白い物が見える。多分雪がまだ残っているのだろう。正に、紫苑が好きだった大海原から富士の高嶺が百八十度から三百六十度に開けて見える。クルーザーのエンジンの音が小さくなりコバルトブルーの海に錨が下ろされて、船は碇泊(ていはく)した。辺りからは何の音も聞こえない。聞こえると言えば寄せて来た波が船縁(ふなべり)に当たった僅かな音が皆を包んでいる。

船長から散骨の順序立てが、船縁に当たる波の音の合間に聞こえる。

皆が富士山の見える舳先(へさき)に集まる。

紫苑が大学時代に取り込んだ唯一のCDを森彦と紀代子が用意して来た。此れを掛けさせて欲しいと願った。皆が森彦と紀代子の顔を見て頷きを返した。

紫苑が演奏するサックスの音色が大海原へと流れて行く。

船長が鐘を静かに打つ。

紫苑の遺骨は粉骨(ふんこつ)されて袋に入れられていた。その袋を各人が手にすると切り花と共に静かに海に流して行く。

波の音と紫苑が好きだったジャズの音色が重なって後を追って行く。

「紫苑、夢を追っかけるのだよ」

誰かが言った声につられて、皆の声が重なって太平洋の青い海原の上を沖へと向かって行く。


深い緑が被う海原での仕来りは終わった。

いまは、紫苑の遺影を真ん中に置いて、お台場の桟橋近くにあるレストランで軽食を頂き乍ら、ある人は紫苑の遺影から目を外さず、ある人は先程の仕来りの事を思い浮かべ乍ら、

紫苑の夢を追う日は終わった。

今日のこの日を忘れない為に、此処に集まった人達は、一年後また集まる事にした。幹事は紀代子の兄剛一郎とその息子慎吾が連絡する様になって、この日の午後三時過ぎに此のレストランで解散をする。

紀代子は今日のこの日がこの様になって行くのだろうと紀代子の部屋で思い忍んでいた事を森彦に心で伝えていた。

紀代子が徐に言葉を放した。

「今日のこのお天気では紫苑は喜ばないでしょうよ」

 今日のこの日が、満開の桜が咲き誇る中で、岸辺を離れた船が錨を下ろした処は、青い空の彼方に、青い海の遥か先に頂きを見せる富士の高嶺をみ乍ら、紫苑の奏でる音色に包まれ乍ら行く紫苑を紀代子は描いていた。

「今日の薄曇りの空模様では、富士の高嶺も瞼に捉える事は出来ぬし、鉛色の空から照り付ける太陽もなく。

何処となく青黒い海に紫苑の曲を流した処で紫苑は喜ぶ事はないだろう。喜ばない紫苑を送り出す事には出来ぬ」

 と思ってプライベートルームから出て来た事を森彦に話した。二人は納得の頷きを見せると、森彦の背越しに見える紫苑の仏壇に紀代子は視線を定めた。

そして呟いた。

―来年には憎きコロナも終わっているわねぇ。紫苑―

此の紀代子の呟きに、森彦が背を返して紫苑の仏壇に眼を遣った。


 散骨をする予定だった日から二週間が過ぎて、四月の二十日頃になっていた。庭の枝垂れ桜はすっかり散り終えて葉桜の様子を見せている。其の葉桜は淡い緑色で、何処からとなく吹いて来る風にゆらゆらと揺れている。

揺れている枝に目を留めている森彦の顔は何処やら浮かぬ表情を見せている。

三月の半ば頃から出始めている自粛と言う言葉が、四月の七日になると政府が緊急事態宣言と言う指令を都道府県に出した為、此の自粛と言う言葉が一段と厳しく捉えられる事になった。

要するに感染を防ぐ為に、宣言は不要不急の外出を控えて下さいと言うお願いだ。その為には学校が休校となり行楽地の施設などが自粛で営業休止になる。

と言う事は、人は出来る限り自宅で巣籠に徹して人との接触を拒む事になる。

森彦は既にリタイアした人間だから、毎日会社に出勤する事もないからそう悔やむ事ではないが、退職後の森彦はそれなりの人達と会話を交わしたり、それなりの人達と行動を共にして来て老いの進行を緩めて来ていたと思っていた。

其れなりの人との会話と言えば、学生時代の友達との三月(みつき)に一度ほど出会っての語らいがあり、紀代子のお弟子さん達が月に一度ほど我が家のリビングに集まって来る。此の若い人達との語らいがある事や、また、紫苑が大学時代に仲間とバンドを組んでいた。その仲間達が四十五の歳を迎える頃になって、子育てにも手が掛からない様になっていたので、二十五年程前に遣っていたバンドを復活しようとの話から、二〇一六年にHow nice of the Group(素晴らしき仲間達)と言う名を以て、ピアノ・ドラム・サックス・トランペット・ギターのバンドグループを組んでいた。この五人の内の四人は紫苑と共に大学時代にバンドに明け暮れていた四人であった。

この四人から紫苑なき後も、年賀の便りが(とどこお)る事はなかった。

二〇一七年の年賀状に紀代子と森彦を演奏会に招待する事が書かれていた。

演奏会に招待された席で、森彦が紫苑のアルトサックスを奏でている事を話した処、半年に一度、病院でボランティア演奏をしているから、ゲスト演奏者として誘われたが、以前ほどの肺活量には乏しくなっているので断りを掛けたが、紫苑の生まれ変わりと言って無理に誘われて半年に一度、此の演奏会で二曲程奏でている。

此の事が、また森彦の老いのスピードを緩めているのに疑う余地はなかった。

この様な行動や交際をしているのを制限せざるを得ない。

此の事から森彦は緊急事態宣言が出された事で浮かぬ顔を見せたのだ。


 令和二年のゴールデンウィークとは、五月二日の土曜日から五月六日の水曜日迄続く五連休を言うのかなぁ。と森彦はリビングの壁に下げられているカレンダーに眼を遣り乍ら思っている。

退職して毎日が休日の森彦には、今日、四月二十五日の土曜日から五月十日まで休めば、十六日間の思わぬバカンスが舞い込んで来ると思ったが、それは、昨年までの糠喜(ぬかよろこ)びの話だ。

今年はコロナと言うウィルスが世界に蔓延している為、空恐ろしい世相であるのでゴールデン・ウィークと言う楽しい標語は死語ではないかなぁと思った時に、紀代子がリビングに顔を出した。

緊急事態宣言と言うのが政府から出されて、東京の都心であろうと、地方の繁華街であろうと、昼夜の隔たり無く人の動きが止まっている。止まると言う事は、物が動かない。物が動かなければ金銭の受け渡しがない。金銭が手に入らなければ食料調達が出来ない。食料を買う事が出来なければ明日を生きる事が出来ぬ。

生活の崩壊が始まるのではないかと、人々に不安が覆い被さって来る。

この事を、連日新聞やテレビが取り上げる。

紀代子と森彦が此の事に話を弾ませている。

「子供が居る家庭では親は働きに行けないらしいねぇ」

 と紀代子は自分が働いている時は、紫苑の面倒を母親由紀子が見てくれていたが、いまの時代は親元から独立して賃貸の住居から職場に通っている人が多い。其の人達が巡り合って結婚へと進むのが今の世であろう。結婚した人達に快適な新婚生活を営ませる事で、マイホームの夢が現実になると言って商い人が売り込みを掛ける。

商い人がその様な商魂で世にうたえば、誰だって、その様になりたい思いが募る。

しかし、マイホームを買うと言いう事は人生最大の買い物になるだろう。其の最大の買い物を手にするには、手元に多額の金額を有しておかねば成り立たない。

しかし、此の事を成り立てさせる手段が紀代子や森彦達の一回(ひとまわ)り近い先輩達の間から世に出て来たのが、住宅ローンと言う物だ。

此の制度を利用すれば、新婚早々から快適な生活に親しむ事が出来るが、報酬を担保にして住宅購入費用を立て替えてくれた金融機関に決められたその都度の支払いをして行かなければならない。

住宅の外にも高額な品をローンと言う制度で購入すると、支払いが付きまとう。経済のサイクルであるから仕方がない。

新婚生活を快適な生活で迎えている人達にも子供が誕生すると、子供の養育費から夫婦の生活費を見ると、主人だけの報酬では賄いきれない。ならば、奥さんも仕事を見つけて一家に掛かる生活費の一端でもと思った時代から、世は激しく進化して、女性が各界で活躍する事から子供を保育園か預かって呉れる所にお願いして、夫婦共々職場に出向いている時代である。

だから、学校が休校させられたり、保育園が休業させられたりすると、子供は家に置いておくしかない。

家に居る事になる幼子から小学生の低学年の子供達の毎日を誰が面倒見るの。母親が勤め先を休んで子供の面倒を見るしかないだろう。

すると、仕事を休んでいる人に報酬は出す事は出来ぬと事業主は言って来る。

毎月の生活費が滞る。

此の事で世間が騒々しくなる。

政府が休校を、休業を余儀なくさせているのだから、私達の報酬の保証をして欲しい。

「こんな話だねぇ」

 森彦は新聞から得た情報で話したのであったが、この様な事態が起こり得るとは役所の役人も政治家達も分かり切っていた事ではないのかと思っていた。なぜなら、現代の様な社会は政治が作り上げて来た世であるから、騒ぎが起こる前に手を打って、人々の不安を取り除く事が政治家の遣る事ではないのかなぁ。と思って紀代子に眼を向けた。

「紀代子、今の政治家の遣る事はどう思う」

「どう思うと言っても・・・・・」

 と言って暫く口を閉ざしていた紀代子が口を開いた。

「政治家の人達も分からない事が多いのではないの」

 此の紀代子の話に、事は森彦にしろ、此の紀代子にしろ、政治家にしろ、今回のコロナ騒動は初めて経験する出来事であるから何を如何(いか)にすべきか。その時の状況次第で対応されているのではなかろうか。

「そうか。それにしても・・・・」

 と言った森彦は納得出来ない様な表情を消す事はなかった。

「何か楽しい事で気を(まぎ)らわせなければなぁ」

「そうですねぇ。何かありますか・・・・・」

「久し振りに、昔の洋画でも見て見るか」

「それもいいでしょうねぇ」

 二人が会話を終えると共同のプライベートルームへと向かった。

其処には、A4の大きさに縮小された映画のポスターが所狭(ところせま)しと飾られている。これらのポスターは紀代子と森彦が若き日に見た映画のポスターであった。

どうしてこの様に多くのポスターが飾られているのかと言うと、森彦が大阪赴任をしている時の大学時代のゼミ仲間との飲み会を、森彦が紀代子の処に戻る月1回の日に合わせて開こうと言う事になった。

その時、星子は中学から高校の時には洋画に()っていたなぁ。と青梅出身の遠城寺英夫が言うには、今年から青梅の住江町商店街の活性化の為に、此の青梅にあった三っの映画館のポスターを制作をしていた人の作品を街に飾る事になった。

だから、其の作品を見に行くとお前の青春を取り戻す事に成るかもしれぬぞ。

此の遠城寺の話を紀代子に話したら、一緒に青梅迄行って見ようと言う話で、森彦が一九九四年の五十一歳の年から六十五歳になった二〇〇八年迄の十四年間、紀代子と共に秋口で日和のいい日を選んで、フィルムカメラからデジカメを肩に掛けて足を運んでいた。

七十で会社勤めから身を引くと、近所に同じ退職者でパソコンに精通した人と親しくなり、此の方の指導で撮り溜めていた此の映画のポスターを編集して、A4の飾りポスターを作っていたのであった。

それに、五十年代から六十年代の洋画のサントラをDVDに取り込んでいた。

だから、映画のポスターを見て、映画の主題曲を聴いて、懐かしき映画の一コマ一コマをみ乍ら、遥かに過ぎ去った紀代子と森彦の青春時代を謳歌していた。

「貴方、何時(いつ)だったかしら・・・・」

 と言って、紀代子は遠い昔を思い出す様な素振りを見せて言った。

「何の映画だったか。誰だったか。綺麗な女優さんだったわ」

 紀代子が断片的に思い出した事を口に乗せた。

森彦は書斎に掲げているポスターに指をさした。

「此のポスターを見て、紀代子、思い出せないかなぁ」

「あぁー、思い出した。この映画よ」

 紀代子が大きな声で応えた。

「貴方、この映画を流して・・・・・」

 サントラをバックに流れて来るシーン。紀代子は自分が映画のヒロインになった様な積りで、うっとりした様子で画面に釘付けになっている。

「貴方、此の女優さん何て言う方だったかしら・・・・・」

「イングリット・バーグマンと言う方だよ」

「あぁ。そぅそぅ。思い出した。奇麗な方だわぁ・・・・」

「相手の男優さんは・・・」

「ハンフリー・ボガードだよ」

「渋い。男らしい。惚れ惚れするマスクだわねぇ」

「そらそうだよ。ハリウッドのスターだからねぇ」

―ハリウッドねぇ・・・・―

と紀代子が呟いた

一コマ一コマの俳優さん達の動きを見ては、その当時の事を思い出して、二人の話は弾んでいる。


 令和二年のゴールデンウィーク真っ只中。

例年ならば、全国各地の観光地には人が溢れんばかりの人込みになるのであるが、今日、四日の浅草雷門前を映しているテレビの映像は、まるで嘘の様な門前が映し出されている。

多くの東洋人や西洋からの観光客が必ず映っている場所であるが、人はだれ一人と映ってはいない。仲見世通りは全て戸が下ろされて、ゴーストタウンの様子だ。

映像の画面が変わった。高い処から映し出されている渋谷のスクランブル交差点の映像だ。

此れが渋谷のスクランブル交差点かと疑いたくなる映像だ。

日頃ならば、黒山の人達が右に左に縦に横に移動している。此の人達を数え上げる事は不可能。だが、今日の此の交差点は数えれば数えられる人の動きだ。

口が酸っぱくなるほど言われて来た。

今年のゴールデンウィークの出掛は自粛する様に言われた事が見事に守られている。政府が言う様に、皆が守って家にじっと閉じ籠もっているのだろう。

そうか、コロナが感染拡大しない為に、この日本も他の国も既に発行した入国ビザの無効を表明して、外国からの観光客の入国を止めているから、街にも観光地にも賑やかさは全くないのか。

この映像をみ乍ら森彦は思っていた。

例年の五月であれば、この五月の気候に誘われて、外国人であろうとも日本人であろうとも、身も心も広げて財布の中身を其処に投げ出す事になるはずだ。

今年は違うから、その財布の中身を受けるべき人達はどうするのかなぁ。と心配の表情を見せている傍では、紀代子がこの日の朝刊に目を走らせている。

「貴方、イギリスのジョンソン首相が快復なされた記事が」

 イギリスのジョンソン首相がコロナに感染されて、不測の事態があり得るかもしれないと報道されていた事を紀代子も森彦も知っていたから、紀代子がこの記事の事を言ったのだ。

ジョンソン首相と婚約者のキャリー・サイモンズさんとの間で四月二十九日に誕生した男の子の名前に、ウィルフレッド・ローリー・ニコラス・ジョンソンと命名された名のミドルネームのニコラスと言う名は、ジョンソン首相がコロナで入院されている時に懸命な処置をなされた医師にちなんで付けられた名であると、紀代子は新聞の記事を見て森彦に教えた。

紀代子がこの記事の事を森彦に言ったのは、コロナ騒動の中で取り上げられる感動の出来事だ。と言った。


この新型コロナの感染地が中国からヨーロッパに広がり、一月(ひとつき)前の四月上旬には世界の死者が四万人を超す程の勢いである。と言われている。

その様な世界情勢の中で、森彦が今年の正月明けに、紀代子に外務省の方から昨年呼ばれた話を打ち明けてくれた。あの話を聞いた紀代子は友達の処に走り込んでいたが、此の森彦の不倫話を打ち消す様なコロナ騒動が世に起こって、紀代子は此の不倫話から気持ちが遠のいていたが、コロナウィルスの感染がヨーロッパ一円に広がり、中でもイタリアとスペインの感染者数は危惧する数字である。

との報道の記事で、紀代子はこの頃から森彦の不倫話の国先であるスペインの女性の事を気にしていた。

ヨーロッパに感染が広がって、スペインが大変な事だと言う事は森彦が知らない(はず)はない。

其れなのに、森彦はスペインの女性の事を一度だって話して来た事はない。何の話もして来ない。

森彦の心では心配しているのだろうが、此の紀代子の事を未だに気にして心を殺しているのだろうか・・・・・・・・。

それならば、此の紀代子が話の切り口を、と思って森彦を見ると、先程紀代子が言ったジョンソン首相の事で、森彦が目元に多少の()みを浮かべて応えて来た。

「ほぉー、此の殺伐(さつばつ)とした世に嬉しい話だ」

 と言って、森彦が紀代子に何度か頷いて見せた。

森彦の頷きに紀代子が笑顔で応えて、再び紙面に眼を這わせた。暫く紙面に眼を這わせていた紀代子が突然森彦に言葉を投げた。

「貴方、去年の夏、外務省の方から聞かされたあのお話」

 と言って紀代子は言葉を止めて、森彦を凝視した。

紀代子が止めた言葉を繋いだ。

「あのお話は、スペインの方のお話であったのでしょう」

 森彦が紀代子に大きな頷きを返した。

「アメリカに次いでスペインは感染者が多いってよ」

 森彦とすれば、此の事は毎日の新聞で知ってはいたが、此のコロナ騒動で日本中が緊張している中、また此の星子家も自粛を守っている最中に、紀代子には言い出せなかった。

そんな思いを描き乍ら紀代子に眼を注いでいると、紀代子が口を開いた。

「貴方、連絡をしなければならない人、大丈夫かしら・・」

 無言で、森彦が紀代子を見ている。

「貴方、連絡をしなければ・・・・・」

「紀代子、連絡を取っていいのか・・・・・」

 紀代子は暫し凝視していた森彦に言葉を与えた。

「今年のお正月明け、此の紀代子が何と言った」

 と森彦に問うて来た。森彦は正月明けに思いを巡らせた。

しかし、紀代子の言葉は思い出せなかった。

其の森彦を見て紀代子が言った。

「私達の子になるかもしれない人でしょう」

 森彦は溢れそうな涙を(こら)えて、紀代子に二度ほど大きな頷きを返した。

「何時までの約束だったの・・・・」

「五月の末まで連絡をする様になっている」

 森彦が震える様な声で応えた。

「そぉ。間に合ってよかった。すぐ連絡して下さいねぇ」


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