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寛容  作者: 中岡 真竹
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三、突然の電話が・・・・

三、突然の電話が・・・・


森彦と紀代子が若き日に、映画館で見た映画がプライベートルームのTVのハードディスクに収められているのを、令和元年の八月末日近くの昼下がりにエアコンの涼しさを受けながら楽しんでいる。

映画と言えば、二人は若き日から洋画をよく見ていた。老いたいまでも趣味が一致して、コーヒーカップを片手に、昔を思い浮かべ乍ら見ているのか。

二人は頷きと()みを漂わせ乍ら見ている。

時計が二時の刻を知らせた。紀代子がちらっと時計に眼を遣った。

プライベートルームでの映画鑑賞を一旦中止して、二人がリビングに足を運び食卓の椅子に森彦が腰を下ろした。紀代子は台所の戸棚に納めている駄菓子でも取りに行こうかと目線をその方に向けた時に、リビングの隅に置いてある固定電話が鳴り響いた。固定電話に掛かって来る事は(まれ)にしかなかったので、紀代子と森彦が電話の方に眼を遣った。

―セールスの電話では無いのかしらー

と紀代子が(つぶや)きながら電話口へと向かった。

受話器の処に立ち止まった紀代子が、電話機に表示されている相手の番号に眼を()わせている。

「貴方、知らない方からのお電話ですよ」

 と紀代子が言ったのは、星子家の固定電話には森彦と紀代子が知り得た人だけを登録してあったので、紀代子がこの様に言って森彦に眼を遣った。

「出て見なさい。物売りだったら断りなさい」

 紀代子の眼に森彦が応えた。

「はい。星子ですが・・・・・」

 と言って電話に出た紀代子が、相手が尋ねる事に確認するかの様に何度か「はい」と言う言葉を流し乍ら聞いていたが、電話の相手は紀代子に用件があっての電話では無く。森彦への電話だった。

紀代子が電話機の送話口を片手で塞いで、先程から紀代子を見ている森彦へ声を掛けた。

「貴方、外務省の方から・・・・」

 と紀代子が言って言葉を止めた。

紀代子の呼び掛けに、不思議な顔を見せ乍らリビングの席から森彦が腰を浮かせた。

電話に出た森彦は、相手が尋ねる事に何度か返事を戻して、最後には「分かりました」と言う言葉を流して電話を切った。

紀代子がリビングの席から森彦の電話をじっと聞いていたが、電話が終わると、今度は紀代子が不思議な表情で森彦に視線を向けた。

「外務省の方から、何のお話でしたの・・・・・・」

「僕がスペインに滞在していた頃の事を伺いたいとの話であった」

 そう言ったきり、森彦は先の言葉を続けない。

此の森彦の態度に嫌気を感じたのか。紀代子が森彦に視線を定めて次の言葉を求めている。此の紀代子の心の中を察したのか。

森彦が紀代子に応えた。

「あぁー、明日、外務省に行って、何の事か聞いて来るよ」

 と言って、今の電話は僕がスペインに滞在していた時期や、僕が星子森彦である事などを確認されて、詳しい事は、明日、外務省にお出でになられた時に話をさせて頂くと言う事であった。と紀代子に森彦が先程の電話の内容を話した。

此の森彦の言葉でも、紀代子は納得が出来ず不機嫌な様子を見せた。此の紀代子の表情に、森彦が至って明るい表情で言葉を投げた。

「明日、外務省に伺うと何か分かるよ。そう気にする事はないよ」

 と言う森彦の笑顔を見た紀代子は、先程の不機嫌の表情を消すと共に、電話が入った処で止めていた映画の事を思い出して、再生して見ようと言う眼を森彦に流した。

紀代子の目線に頷きを見せて、プライベートルームに戻るとリモコンに指を動かした。TVの画面に止めた映画の一コマが再び流れて来ると、二人が口を噤んで画面に眼を這わせている。

昼過ぎから見ていた映画が終了した。二人は五十年前のあの頃を思い出したのか。長い溜息の中に満足感の様な表情を見せていた。

其れは、二人の青春が大きな夢に向かって動き出していた頃を思い出したのだろう。

二人がプライベートルームから出て来て、紀代子がリビングの時計に眼を遣った。針は四時を三十分程を過ぎた頃を指している。

「こんな時間になっているわ。今日の夕食、何がよろしいですか」

「この暑さだから、ビールにサラダとウィンーナーでどうかなぁ」

「そんな簡単な物でよろしいのですか」

「老いて、夜間に胃袋を膨らませる事は如何(いかが)なものかなぁ」

「体の事を思えば、貴方が言われる事は(もっともだわ」

 こんな会話を交わした二人がそれぞれの処に身を置いた。

と言う事は、紀代子は台所で、森彦は書斎で夕食までの一時を過ごしていた。


昨日に引き続き今日も、厳しい日差しが東側の窓を通してリビングに射し込んでいる。森彦は昨日約束した外務省の人に会う為に、昨日よりも早めに(とこ)を抜け出してリビングの椅子に腰を下ろしていた。

星子家の定番である。ふんわりとした食パン一枚がパン皿に乗せられた横には、ブルーベリージャムとソーサーに乗せられたコーヒーの香りがコーヒーカップから立ち上る仄かな湯気と共に食卓を被っている。コーヒーカップの横に置いてある円形の皿には温められたハムエッグが盛られている。

此れが、森彦と紀代子の毎日の朝食のスタイルであった。

このスタイルは森彦が現役から身を引いた時に、紀代子と相談して老いの食事は質素な食事にしょうと言って、この様な朝食にしていた。此の食事を始めた頃は、何か物足りなさを感じていたが、老いての健康を維持するには、と森彦は自分に言い聞かせて此の食事に馴れ親しんでいた。

今では、満足な食事であった。

油気のバターも使用しなければ、砂糖をコーヒーに落とす事もなかった。しかし、週の内三日は、ハムエッグの皿の横に野菜サラダの皿が付いていた。其れは月・水・金のみであった。今日は木曜日であるから野菜のサラダはなくハムエッグが置かれていた。

このハムエッグの味付けとして少々の塩コショウが掛けられている。

満足の笑顔を森彦が紀代子に見せて、飲み干したコーヒーカップを紀代子の方に突き出した。

此の仕草は、森彦の毎朝の仕草であった。此の事を(わきま)えている紀代子が、森彦のコーヒーカップにコーヒーポットから半分ほど満たした。

この量加減も何時もの事であった。

朝食が終わった。リビングの時計に森彦が目を遣った。針は七時を十分程廻った処であった。外務省の方とは十一時の約束時間であったので、今から出掛け用の服装に着替えて、新浦安の駅から有楽町迄行って、十一時の時間に着くだろうと思って、寝室のクローゼットから久しく着ていないスーツを取り出してネクタイを掛けると、紀代子が居るリビングに戻って来た。

「昨日約束した外務省の方の処に行って来る」

「貴方、お時間は大丈夫ですか」

「うん、十一時の約束だ。まだ、二時間半あるので大丈夫だ」

 と言って森彦は約束の場所へと向かった。

三十分あまり外務省の職員と話を交わした森彦が、外務省の職員から渡されたメモ紙を、外務省を出た処でポケットから取り出して、渋い顔でそのメモ紙に目を走らせた。そのメモ紙を丁寧に折り畳んで森彦の財布の小袋に仕舞い込んだ。

森彦が以前通った事がある。霞が関にあるビル地下のコーヒーショプに向かっていた。

高校時代の友人が経済産業省の役人になっていたので、向かっている店で彼と会ってよく話をしていた。

あの当時は、マスターと呼ばれていた五十絡みの男性と三十絡みの若い男性二人でこの店を賄っていたのを覚えている。

その店で会っていた生田と言う役人は五十八の歳に退官して、民間会社の役員に身を置いていたが、癌を患って六十八の歳に他界した。其の事もあって、その後はこの店に足を運ぶ事はなかったが、近くまで来たので、その店に行ってみようと心が騒いだ。

其の店があった処に行くと、その店は、今でもあった。中に入ると、官庁街の昼の刻には未だ少し早い様で、薄暗い店内には四、五人の客が幾つかの席に腰を下ろしていた。

森彦は、あの当時から変わらぬ店のカウンターに腰を下ろして店の人に眼を施すと、店の人はあの当時の人とは変わっていた。

五十の声を聞きそうな男性に、四十の半ば頃と思える。少し大柄で感じの良さそうな女性がカウンター内を右に左にてきぱきと動いていた。

森彦は目が合った男性に、好みのコーヒーを注文した。

コーヒーが手元に運ばれて来る間の手持ち無沙汰に、森彦は先程仕舞い込んだメモ紙を取り出して、そのメモ紙にじっと眼を据えていた。

女性が()()てて呉れたコーヒーが、男性から森彦の前に差し出された。森彦は少し慌てた様子で眼を落していたメモ紙を畳んでスーツの内側のポケットに忍び込ませると、コーヒーを出してくれた男性に目線で会釈を送った。そしてコーヒーカップに唇を掛ける前に男性の斜め後ろに居る女性に眼を配ると、カップを持った仕草で少しの頷きを見せた。

此の森彦の仕草に此の女性が、少しの()みを浮かべた顔を僅かに下げた姿に、森彦は先程のメモ紙の事は忘れたかのように、何処やら嬉しさを心に宿し乍ら唇にカップを付けた。

コーヒーを飲み乍ら考えていた。亡くなった生田なら、この様な事をどの様に言って呉れるかなぁ。と思って、カップを下げた時に、その生田もいないのか。と思って、生田とよく座っていた席の方にちらっと眼を向けた森彦は、思い直したかの様に片手に持っているカップを再び唇に付けた。

「何処かのお役所にお勤めなされていたのですか」

 とコーヒーを差し出してくれた男性が声を掛けて来た。

「いや、経済産業省に居た友人とよくこの店に来ていたから」

「そうでございますか。あの時のマスターと代わりましてねぇ」

 と言った男性が、あの時のマスターは隠居なさいまして、今はシンガポールで生活なされていると教えてくれた。其のマスターがこの店を手放される時に、知り合いであった私達にお話がありまして、この店を引き受けて、家内と二人で遣っていますと話してくれた時に、出入り口から音が聞こえて三人程のお客が席へ向かっている処で、この男性の話は止んだ。森彦が腕時計に眼を遣ると針は十二時を既に越した処を示していた。

そろそろ混んで来る時間かと思って、森彦はカウンターの中の夫婦に目線を送り清算を終わらせると、二人にまた寄らせて頂くと小声を掛けてカウンター席から腰を上げた。


地下の喫茶店から出た森彦が真夏の太陽を(まぶ)しく受けると、少し目を細めて大きな通りの前にあるビルの出入口に眼を添えた。

昼の休憩時間を見計らって、多くのビジネスマンやオフィスレディがそこから出て来ていた。

森彦は思った。此の時間に何処かのレストランに入った処で席はないだろう。仮にあっても相席になるだろう。彼等と歳違いの者が相席となると場違いにも程があるだろう。少し遅くなるが、家に戻った処で昼食を取るかと思って、有楽町の駅の方へと足を向けた。

家に帰り着いた森彦は、普段着の衣装を持って浴室へと向かった。

有楽町近辺と自宅から駅までの往復を、この暑さの中で歩き廻って来たからそれ相当の汗を()いていた。

頭からシャワーのお湯を被った森彦が、手拭いで頭の濡れを拭い乍らリビングの席へ腰を落とした。

紀代子は森彦の喉が渇き切っていると悟っていたのだろう。

ビールとウィンナーソーセージをリビングの食卓に運んで来た。

紀代子が森彦の前に置いているグラスに無言でビールを注いだ。

グラスに注がれたビールに眼を施した森彦が紀代子に微笑みを見せて、グラスを手に取ると一気に琥珀色(こはくいろ)の液体を美味そうに喉元に流し落とすと、皿に盛られているウィンナーソーセージに手を伸ばした。

その時、紀代子が声を掛けて来た。

「貴方、お昼は未だでしょう・・・・・・」

「うん、そうだが、よく分かるなぁ」

「多分、貴方の性格から、一人で食事は・・・・」

「うん、現役の時は平気であったが、此の歳になると・・」

「そうでしょう。冷やし麦でいいですかぁ」

「あぁ、其れで結構」

「じゃあ、私も、其れを頂くわ」

「何、紀代子も済ませていなかったのか」

「貴方と同じ、一人での食事は味気ないですからねぇ」

 二人がこの様な話をしている間にも、森彦の手は休まずに卓のビール瓶に手を掛けていた。其のビール瓶にちらっと眼を掛けた紀代子が腰を上げて玄関から出て行く音を森彦が聞き乍ら、ビール瓶に残っているビールをコップに注いだ。

紀代子は庭のプランターに植えている小葱(こねぎ)を取りに行ったのだ。と森彦は思い乍ら、最後のビールを美味そうにした処に紀代子が戻って来た。紀代子の片手には丈が二十センチ近くに伸びている小葱を十本近く持って台所へと向かったのを、森彦がリビングの席から目で追っていた。

二十分位経って、紀代子が冷やし麦を入れた大きな茶碗二つと、竹筒の器に入れられた(つゆ)二つと山葵(わさび)に、先程、紀代子が片手に持っていた小葱が小刻みに切られて小皿に盛られている。

これ等の物と二人の竹のお(はし)を食卓に並べた。

一夏を過ごすにあたり、二人はこの様な麺をお昼の食事によく取り入れていた。と言う事は、二人に取って麺は好物の食べ物であった.し、また手軽な調理で胃袋を満たしていたので、夏の昼食に取り入れる事は多かった。

スルスルと二人が麺を食べる音を立てていると、紀代子が森彦に問うて来た。

「外務省からのお話って、何でしたの・・・・・・」

 此の紀代子の問いかけに、一瞬、森彦は顔を()()った様な様子を見せたが、問い掛けた紀代子は冷やし麦の茶碗に目線を落していた処であったので、森彦の表情を窺がう事は出来なかった。

「あぁー、其の事」

 と森彦が言って、話が長くなるのか。箸を箸置きに置いて紀代子に眼を向けて言い出した事は、森彦が若き日にスペインに駐在員として勤務していた頃の話であった。

あのスペインから帰国して、四十三年前の話になる話だ。

其の滞在していたスペインで、日本企業の駐在員の人達で日本会と言う会を作って、月に一度集まって親睦を高めていた。

当時の日本会なる会に入会していた人達は、森彦と同年配の三十の(なか)(ころ)から四十に掛けての人が多かった。此の人達は全て単身赴任で来ていたので、日本酒を酌み交わし乍ら、日本語を遠慮なく話せる事で、会は何時も盛り上がっていた。

其の日本会なる会に、何処の会社の人か忘れたが、技術者と言って二十代の後半の人が参加していた。あれから四十年近く経っているので、其の彼も六十の半ば頃を過ぎているだろう。

この人の事を知らないか。と外務省の担当者の話であったと森彦は紀代子に話した。

「その方がどうかなさったの・・・・・」

 紀代子が冷やし麦を食べる事から身を放して、森彦に眼を定めた。

「帰国後、其の人との交際がありますか。と尋ねられたので・・・・・」

 と話した処で、森彦は少しの()をおいて紀代子に言葉を繋いだ。

「帰国してからは、交際は一切ないと言ったら・・・・・」

 外務省の担当者は、そうですか。と言って、少し困ったような様子を見せたので、僕はその担当者に尋ねたの。

「その人が何か・・・・」

 すると、担当者はあの時の日本会と言う会に参加なされていた人の全員に聞かせて頂いているのです。と言って、僕の質問には応えてくれなかった。

この様な話なら、外務省の担当者は電話で聞き質せばよいのでないかと森彦は思ったが、担当者が言うには、星子さんがその人物とその後も交際があれば突き詰めてお話を聞く事になるので、御足労をお掛けさせて頂いた。

此の様な話であったので、僕も、深く聞き質す事ではないと思って口を噤んでいたら、今日はわざわざご足労頂き申し訳ありませんでした。と丁重に言葉を呉れた。僕も、お役に立てずに申し訳ない様な言葉を交わして帰って来た。

「そんな事なの・・・・・・」

「うん、そんな話しだ」

「何かその人にあるのですかねぇ・・・・・・・」

 紀代子が尋ねて来た事に、森彦の表情が少し曇ったのを紀代子は捉えていたが、其の事を追及する事もなく。

森彦の次の会話を待っていた。

「担当者にも言ったが、その後、交際がないから・・・・」

紀代子が言葉を止めた森彦の顔を窺いながら問い掛けて来た。

「それでよいの・・・・・」

「知らない事は知らないから、どうしょうもないよ」

 森彦は話が終わった積りで、箸置きに置いている箸に手を戻した。冷やし麦の中に(まぶ)されていた氷が僅かな形を残していた。

此の森彦の動作を見た紀代子も、森彦と同じ様に残りの冷やし麦に箸を絡ませた。

残りの冷やし麦を食べ終えた二人に、此の話の続きが持ち上がる事はなかった。

「処で、大学時代の仲間に会いに行ってみるか」

 森彦が突然大学時代の仲間の事を言い出したので、紀代子は不思議な顔を見せ乍ら森彦に問うた。

「大学時代と言われますと、あの川越さん達ですか・・・」

「うん、紀代子と出逢った時に居たあの四人だよ」

「会うって、何かお話があるの・・・・」

「うん、紫苑の事を聞いて見たい・・・・・」

「紫苑の事・・・・・」

「先日、紀代子と紫苑の亡骸をどうするか話し合っただろう」

「えぇ、それを、川越さん達にお話するって・・・・・」

 紀代子が言って、不可解な顔を森彦に見せた。

紀代子とすれば紫苑の事は森彦との話であって、他人に話す事でもないだろうとの思いがあって、その様な表情を見せていた。

此の紀代子の表情を見た森彦が、紀代子の不審さを拭う為に語り出した事は川越、木田、遠城寺、柿本は僕の結婚相手を見た最初の友達だ。其の彼等は紀代子の事を常に気に掛けてくれた。

また、紀代子との間に出来た紫苑の事を彼等の子供と同じ様に可愛がってくれたし、紫苑が亡くなった時には身内の様に涙を流して悔やんでくれた。この様な彼等に僕達が考えている事を話して、彼等が僕等と同じ考えで賛成をしてくれたならば、僕の心と紀代子の心を大いに押してくれるだろう。そうなれば、紫苑にも喜びが増える事になるだろうと思っている。

「僕の身勝手の考えだが、紀代子はどう思う・・・・・」

「行き成り言われても、応え様がないわ・・・・・」

「そうかも知れぬなぁ・・・・・・」

 そう言った森彦が、庭の枝垂れ桜の影が庭に短く描かれているのを暫し見詰めていると、紀代子が口を開いた。

「今まで、紫苑の事は二人で決めて来ましたが・・・・・」

 と言って紀代子の言葉が止まった。止めた言葉の先で森彦を見詰めている紀代子が、徐に言い出した事は紫苑がお世話になった人や紫苑を知っている人達に聞いて見る事も、紫苑が喜ぶかもしれないわねぇ。と言って、紀代子は永い息を吐いた。

「そうだ、紀代子の友達にも聞いて見たら・・・・・・」

「そうですねぇ」

 こんな話を友達に話しをすると、意見が入り乱れて話さなければ良かったと後悔する事になるかも知れないから、この様な話はひとりひとりと話し合ってみようと思っている。と森彦が言った。

「皆さんと一緒でなくて、一人一人に話すの・・・・・」

 紀代子が問い質すと、その紀代子に森彦が応えた。

「一人一人がどの様に言って呉れるか、じっくり聞いて見よう」

 夏の昼下がりにこの様な会話を紀代子と交わした森彦は、秋口にかけて森彦の友達と連絡を取って話してみる事にした。森彦は十月から十一月の暮れに掛けてゼミ仲間の四人に合って、森彦夫婦が考えている紫苑の遺骨の扱い方から森彦の悩み事などを話して見た。誰からも森彦と紀代子の考えに異存を唱える事はなかった。森彦は仲間が賛成してくれた事や、森彦の悩みに明るく応えてくれた事で森彦は心に安堵感を置いていた。

紀代子も森彦と同じ様に、紀代子が森彦と奇妙な出逢いをした場に居た四人の仲間達に紫苑の事を相談してみた。

四人の仲間である大学の研究主任をしていた池浦智香子にしろ、大企業の秘書課に勤めていた待鳥万里子にしろ、洋品店を手広く遣っていた千々和絹江にしろ、永年、医療従事者として看護師をした後、看護界の組織の役員をしていた嘉村三千代も反対をする事はなかった。


 今年の初冬は、冬の走りを見る事もなく十二月の初旬を迎えていた。午後七時のニュースがスペインで行われている。CPO25の事を取り上げている。そのニュースの一環として、いま、話題になっているスェーデンの活動家グレタトゥンベリさんが映し出されている。

夕食を口に頬張り乍ら、この画面を森彦と紀代子が注視している。

夕食を終わらせた二人がニュースの余韻に浸かり乍ら、徐に森彦が言った。

「今年は、我が家でも異常季節があったなぁ・・・・・」

「異常季節・・・・・・」

 と紀代子が()(ただ)した。

「そうだ・・・・」

 と言った森彦が口を噤んで、リビングのカーテン越しに外の様子を気にする態度を見せた。其のカーテンの先には、暗い闇に包まれた庭に枝垂れ桜の木がある。

此の森彦の仕草で、森彦が言った意味が紀代子にも分かった。

今年の秋口は暖かい日に恵まれて、晩秋と言う季節感に接する事もなく師走を迎えていた。

此の秋口の陽気に(まど)わされたのか。我が家の枝垂れ桜がこの時期に四分咲きの光景を見せていたのを、紀代子と森彦が異常気象の現象かと言って話した事があった。

森彦が此の事を言ったのだと紀代子は思った。

暗闇に佇む桜からの思いを先程のテレビに戻すと、森彦と紀代子の眼には若きグレタトゥンベリさんが熱弁を振るっているのが思い起こされた。

厳しい表情でスピーチをしていた彼女の画面を思い出すと、森彦がぽつりと言った。

「僕が遣って来た仕事はどうだったのかなぁ・・・・・」

 二人から、この話題が尾を引く事はなかった。


二人は令和元年の年末から、其処迄来ている令和二年の正月料理をどの様な物にしょうかとか。三社参りを何時(いつ)するかの話になっていた。

森彦も紀代子も互いに歳を重ねて来ているので、互いの兄弟の処に伺って年始の挨拶に出向くのも令和二年の正月が最後かなぁ。と二人が話し合うと、何時(いつ)もの年と同じ様に手造りのお節料理を作り、後は北海道の知り合いから、毎年の様に蟹を多く送って貰う事に決めていた。

元旦には星子家の兄弟や従兄弟に甥御そして姪御達が森彦の処に集まる事が星子家の慣わしであったが、森彦が星子家の先祖祭りを弟の憲治に願ってからは、鎌倉に家を構えている憲治の家に出向いていた。

正月二日となれば紀代子の兄の処に伺って、角田家の従兄弟や甥御そして姪御達に合う事になっていた。

今年は双方の家で不幸などが起こっていなかったので、例年通りの正月を迎える話をしている。

正月の一日と二日で双方の家に伺うと三日目は賑やかな日を迎える。

それと言うのは、紀代子が開いた店を引き継いだ店主や其の弟子達が紀代子の許に集まって来る。女ばかりの集まりである。

それも四十代から二十代に掛けての姦しい集まりである。

何時の年でも、老いた森彦が若返る楽しき日である。

この様な三箇日(さんがにち)を送るので、世間様で行われている三社詣でと言う物は星子家では三箇日にした事はない。

其処で、森彦が令和二年のカレンダーで六曜(ろくよう)が記されているのを持ち出して来た。

お茶を入れる為に席を外している紀代子に声を掛けた。

「紀代子、来年の三社参りは二十九日にしよう」

「えっ、そんなに遅く・・・・・」

「三箇日明けの大安は四日だ」

「其の日でいいでしょう・・・・・」

「いや、この日は、仕事始め日であるからねぇ」

 森彦が言って、仕事始めの日はどの会社でも、仕事始めの仕来(しきた)りを終わらせると、その足で近くの神社に参りに行く事が多い為に、旧正月に入って最初の大安日を指定していた。

森彦と紀代子の三社詣は森彦が七十になった時、此れからの夫婦円満と健康を願って、明治神宮と明治通りと靖国通りが交わる処にある花園神社そして新妻恋坂から清水坂に入った処にある妻恋神社詣でに行ってから六年が過ぎていた。

此処まで話を進めると、後は、大晦日(おおみそか)の年越しそばを頂き乍ら新しき年を迎えるだけであった。

令和元年の大晦日の午後八時を迎えていた。

以前の二人なら、大晦日の歌番組をみ乍ら去り行く年を(しの)んでいたが、此処、七、八年前位から、テレビの番組は自分達に馴染まないと言って、撮り終えている懐かしい映画で、去り行く年を偲ぶのが二人の大晦日の過ごし方であった。

「そろそろ、年越し蕎麦(そば)の用意をしましょうか・・」

「うん、食べようかなぁ・・・・」

 森彦が言って紀代子に笑顔を見せた。


 令和二年の正月三箇日の行事を楽しく終わらせた翌日、森彦と紀代子が昼食後の一時(ひととき)を、リビングのテーブルを挟んで向き合っていた。

この日は、昨日に続いて(ゆる)()がリビングのガラス窓を通して(ゆか)に陽だまりを作っていた。

其の陽だまりに眼を落していた森彦が、紀代子が差し出したお茶を一口喉に通して口を開いた。

「今年は良かった。初日の出も拝めたし、賑やかく正月も過ごせた」

 森彦が紀代子に話し掛けた様に、令和二年の関東地方の元旦の天気は青空に恵まれた。其の元旦の午前七時前に森彦が紀代子に声を掛けて、隣の家の間から昇り行く真っ赤な陽に我が家の庭から手を合わせた。


令和二年の正月三箇日から四日に掛けて天気は上々であったが、開けて五日は曇り空で迎えると午後には冷たい雨がしとしとと降り始めていた。

書斎の窓から外に眼を向けている森彦は、何やら物思いの様子を見せている。

其の胸の内を紀代子に打ち明けるべきなのか。それとも森彦に知らされた事を紀代子にも話さず人生を終わらせるべきなのか。と思い巡らせていた。

冬の昼下がりの雨が森彦の心を冷たく被っていた。

軒先からしとしとと落ちる雨脚に眼を据えていた森彦の心が動いたのか。外に向けていた眼を書斎のデスクに戻して、左手首に掛けている時計に眼を遣った。針は午後三時近くに掛かっていた。

何時もの通り、紀代子がコーヒーを()れてくれる時間だ。森彦は大きく頷いて書斎の椅子から腰を上げた。

リビングの先にある和室との区繰りである戸が今日は開いている。其の和室の床の間の横にある紫苑の仏壇に森彦がじっと眼を遣って、浮かぬ表情の森彦がリビングのテーブルに座っている紀代子に其の眼を向けた。

そして腰を下ろした。

紫苑の遺骨を太平洋で散骨をして、太平洋の潮路に乗せて紫苑の行きたかった処に行かせる様に話は決めているが、森彦と紀代子の心の中にいる紫苑は終わらせたくないと思って、紫苑の仏壇は紫苑の散骨後も、暫くこの家で守り続けて行く事を二人で決めていたので、其の仏壇に眼を遣っていたのだ。

心の整理がついた暁には、紫苑の葬儀の時のお坊さんにお願いして、仏壇閉じの念仏を上げて貰うようにする。

だから、その様な浮かぬ顔を見せる事もないだろうに、しかし森彦は不機嫌な顔で椅子に腰を下ろしていた。

「貴方、何処か、体が悪いの・・・・・・」

「いや、別に。何か、悪い様に見えるのか・・・・・」

 と今度は森彦が問い質して来た。

「いや、そうではないのですが、貴方の表情が・・・・」

「表情・・・・・・」

「そう。暗いのよ」

「暗い・・・・・」

 此の森彦の言葉に、紀代子が言うには、私達二人の考えで遣ろうとする散骨の話も、親戚一同や親しい友達の賛同を受けている事だから、何の心配はないのに、森彦は暗い表情を見せている。

だから紀代子が問い質したのだった。

此の紀代子の話に、森彦は紀代子に嫌な思いをさせてすまなかったと言って、其の後の会話は何時もの通りに明るく笑い声も入っていたので、紀代子は安堵の思いで森彦に()みを見せていた。


 森彦が紀代子に昨日は嫌な思いをさせたと言って詫びた割には、あの暗い顔が明るさにはなってはいなかった。

何かがある・・・・・・・・・。

紫苑の事も二人で話し合って決めたではないか。

まして、親戚から親しい友達まで、誰一人として反対する人は居なかった。

昨日も話し合ったのに、森彦の憂慮(ゆうりょ)した表情。

紀代子は森彦と話す事が段々と嫌になり出していた。

二人の間に深淵(しんえん)が刻まれつつあった。

紀代子は此処二日程、すっきりしない思いの日を重ねて一月の七日を迎えていた。

その日の十四時過ぎ、森彦は紫苑の仏壇に向かって、日頃と違う長い時間をかけて(こうべ)を垂れていた。

仏壇前からリビングの席に腰を下ろした森彦の表情は、何時もの顔とは違って、何処やら引き攣った様な表情を見せていた。

紀代子は昼過ぎのテレビを何気なく見ていた。その画面に森彦がちらっと眼を遣ったが、目の遣り処が無い様な恰好で体を少し曲げた。紀代子は此の森彦の様子に嫌気を覚えて、テレビのスイッチを切って席を立とうとした。

その時、森彦が紀代子に声を掛けた。

「紀代子、僕は君に謝らなくては・・・・・・・」

 と言って言葉を止めた。

紀代子は森彦が言い出した言葉に、不可解な表情を見せ乍ら森彦の言葉を復唱した。

「私に謝る・・・・・・。何の事ですか」

「いや、大変な事をしでかした」

「大変な事・・・・・」

 森彦が多少俯き加減で話していた顔を紀代子に向けて言い出した。

「昨年の夏頃、私が外務省に呼ばれた事を覚えているか」

「はぁ・・・・」

 暫く()を置いて、紀代子が言った。

「外務省ですか・・・・・」

 昨年の夏頃の記憶を辿るかの様な表情を見せていた紀代子に、森彦が言葉を繋げた。

「僕がスペインに赴任している時の話だよ」

「あぁー、日本会に参加なされていた若い方のお話・・」

「うん、そうだ」

「それがどうしたの・・・・・」

「君に話したあの話は、嘘の話だ」

「嘘の話・・・・」

 言った紀代子が何かに懸念する様な表情を見せたが、森彦の次の言葉を促せる様な眼差しを見せた。

森彦が言うには、確かに外務省からの呼び出しは、僕のスペイン赴任時代の事であった。

あの時、外務省から戻って紀代子に話した事は、紀代子が先ほど言った様に、日本会の話であった。確かに、当時、スペインのマドリードに駐在事務所を置いている日本の会社が日本会を作って親睦を重ねていた事は嘘ではない。当時、この会に参加している若い人の事を外務省から尋ねられたと紀代子に話した事が嘘の話であった。と言った森彦は、暫し言葉を止めて、次の言葉を探している様な様子を見せた。

「実は・・・・・」

 と言った森彦の言葉が止まって、俯いた顔を紀代子に見せようとはしなかった。暫し俯いていたが覚悟を決めたのか。森彦が俯いていた顔を紀代子に向けた。

今度は躊躇(ためら)う事もなく、言葉を繋げた。

「紀代子に謝らなければならない事を僕は仕出かした」

「謝る・・・・・・」

 紀代子が小声で口遊んだ。

其の紀代子に少し(あたま)を下げる様な仕草を見せた森彦が言うには、一九八二年の四月八日にスペインのマドリードのバラハス空港から帰国の時に、出国ゲート前に見送りに来てくれた同僚達の背後から一人のスペイン女性が見送ってくれた。

森彦が話しを止めた。

紀代子の眼が鋭く森彦を捉えた。

「スペインの女性の方、現地採用の方なの・・・・・」

「いや・・・・・」

 と言って森彦の言葉は止まったままである。

「では、貴方のお知り合いの方なの・・・・・」

「うん・・・・・」

 森彦はこの言葉だけを返しただけであった。

「紀代子、申し訳ない。此の女性と一夜を共にした」

 此の森彦の言葉に紀代子は只黙って、森彦の顔を見ていたが、暫くして森彦に言葉を返した。

「貴方が隔意(かくい)の表情を此処暫く見せられたのは此の事なのねぇ」

「うん」

 と言った森彦が(こうべ)を垂れた姿勢を崩さないので、互いの会話が途切れた状態であった。

その時、紀代子が(こうべ)を垂れている森彦に問い質した。

「その女性の方が日本の外務省に貴方の事を聞かれたの」

 紀代子の問いに、森彦が(ゆる)(あたま)を持ち上げて言った。

「いや、其の女性ではなく。其の女性の娘さんが・・・・」

 と言った処で、森彦の言葉が止まって、再び森彦は(こうべ)を垂れた。

垂れた森彦の(あたま)に紀代子の声がおおった。

「その娘さんと言われる方は、貴方の子なの・・・・・・」

「多分、僕の子供と思う」

 此の言葉を言った森彦は紀代子の顔を見る事が出来ずに再び俯いた。

俯いている森彦に紀代子の言葉が降り掛かって来た。

「其の貴方の子供と思える方が何と言われて来たの・・・」

 此の紀代子の問いに、()()ずとした森彦の顔がゆっくりと紀代子に向けられた。

何処やら引き攣った様な表情で、森彦が話し出した事は、

「其のスペインの娘さんの事は自分はよく知らないが、この人が母から受け取ったと言う私の名刺を以て、自分の父親の事を探し求めているとの話であった。そのような話であるから森彦は、その娘さんの母親になる人の事を紀代子に話さなければと思って話し出した事は、森彦のスペイン赴任は三年と言う辞令で現地に赴いたが、三年後、交代する駐在責任者の人選が出来ず。

会社は森彦を昇格させると共に、駐在所の責任者として後三年スペインに滞在せよと言って来た。断れば後々の自分の行く末に支障が来ると思って森彦は此の事を紀代子に話して、紀代子にスペインに来る様に促したが、紀代子には紀代子の仕事と紫苑が小学一年生で多くの友達と毎日を楽しく迎えているからと言って、紀代子と紫苑が森彦の許へ行く事はなかった。

だから、森彦は延長の三年を含んで六年間スペインで単身赴任をしていた。最初の三年間は責任者でなく同僚のチーフ格であったので、飲み事も常に同僚と共にしていたが、後の三年間は責任者と言う孤独な立場から、一人で居酒屋へ行く数も増えていた。

その様な環境の中で、森彦三十七歳の時、マドリードの下町にある牢獄風の居酒屋に入った。

その店のカウンターで、僕が一人で飲んでいたら、カウンターの端の方に座っていた女性が僕の隣に席を移して声を掛けて来た。

貴方は、日本の方ですか。と英語で問われたので、そうですと応えると、次には流暢な日本語で語り掛けて来られた。現地の女性から流暢な日本語を聞かされて、僕はびっくりしながら日本語で話をして見たら、スペイン政府の外務省で、アジア太平洋総局の部門で日本課に勤務している。Soriano Carreras Leide(ソリァーノ カレーラス レイデ)と名乗られた。日本の事が詳しい事と日本語が話せる事で、此の女性と何度となくその店で会う事になった。

彼女と出逢った時は、彼女は三十歳と言っていた。

 その彼女と何度かあっている内に、彼女の話によれば彼女の十九歳から二十一歳の時に、スペインの専門学校で日本語を勉強した。其の後は、二十二歳から二十六歳まで日本に留学をしたのは日本文化を会得したい事と、当時のスペインはフランコ独裁政治の世であったので、此処から逃避したい思いもあって、日本の文化が色濃ゆく残っている処として京都の大学で日本文化を学んだ。と言っていた。

二十七歳の時にスペインに帰国すると、フランコ独裁政治から新しきスペインが出来ていたので、国の為にお仕事をしたいと思って、早速、外務省に入省して日本課にいると言っていた。

僕が帰国通知を受けたのは三十九歳の春が未だ浅い頃だったと思う。此の時に、彼女に僕は日本に帰る事になった事を告げた。

すると、三月の下旬頃の土曜日であったと思う。別れのパーティーに彼女の家に誘われた。

其処で、彼女と夜を共に過ごした。

 此の後の事は、空港で同僚の背越しに彼女を見ただけで音信不通であったので、彼女の事もすっかり忘れていた。

それが、彼女の娘と言われる方がスペインの外務省に問い合わせをなされた。其の事が六本木の駐日スペイン大使館に流れて来て、大使館から日本の外務省に問い合わせが入った。と昨年の外務省の担当者から聞かされた。

それは、その娘さんと言われる方が、自分の父親を捜したいとの話であった。

外務省の担当者の方に、その娘さんと私がなぜ結びつくのかを尋ねた処。外務省の方が言われるには、その娘さんと言われる方は、貴方の名刺を持っていられる。

その時、その担当者の方に僕は言った。

名刺・・・・・

 すると、僕がスペインに赴任していた時の名刺がFAXで届いているのを見せられた。

正に、自分の名刺であった。

スペインの大使館からこの様なFAXが届いての問い合わせであり、人道上の事でもあり、貴方が所属なされていた会社の人事部に問い合わせたら、確かに、問い合わせの人物は、当時、当社の社員でスペインに赴任していた事を聞き出しましたので、貴方の自宅に電話を入れて、電話では話せない事であるので外務省迄御足労をお願いしたと言われた。

此処迄の事は、外務省としても立ち入りましたが、此れから先の事は個人の事でございますから、ご自分でご判断をなされて下さいと言われた」

 と森彦は紀代子に話した。

この間、紀代子は森彦の話を遮る事もなく。問い質す事もなく。

只、黙って聞き及んでいた。

すると、言葉を放した。

「自分で判断して下さいとは・・・・・・」

「先方の娘さんに連絡を取る事だ」

「連絡先は分かるのですか」

「うん、娘さんの名前と住所に電話番号を教えられた」

 と森彦が言って、少しの間を置いて言葉を繋げた。

「今年の五月三十一日まで返事を待つと書かれている」

森彦の話を聞き終えた紀代子が、其の後は一言の言葉も森彦に返す事もなくリビングの椅子から重い腰を浮かせて、紀代子のプライベートルームへと足を運んだ。

森彦は暫し其の場に腰を落として俯いていたが、(あたま)を上げるとリビングの窓越しに見える枝垂れ桜に眼を遣った。

そして、腰を浮かして、リビングの窓際に佇んで其の枝垂れ桜に暫し眼を留めている。

幹から伸びている一枚の葉もない枝が冷たい北西の風で小刻みに揺れている。森彦はその枝をじっと見つめて何事かを呟いた。


 この様な話を森彦から打ち明けられてからの食事の支度は紀代子がするが、全くの無言であった。二人が食卓を挟んでの食事の合間も、以前の様な声が飛び交わされる事もなく。静まり返ったリビングに茶碗の音だけが無性に響いていた。

森彦としては遣り切れない気持であったが、自分で()いた不始末であったので、紀代子の心が緩んで来るのを待つしかないと思っていた。森彦の告白を紀代子が聞いて三日目を迎えていた。

其の日の朝食で紀代子が突然口を開いた。

「貴方、私十一時から出掛けますから」

「そうか」

 森彦は気のない返事を返した。

「お昼は、ご自分で出来るでしょう」

「うん、好きな物を作ってみるよ」

「お願いしますね。四時頃までには戻って来ますから」

 この様な会話を二人が交わしてから、紀代子は一月十五日まで毎日と出掛けた。


 紀代子に告白してから、紀代子が森彦の許を留守にする日には、森彦は書斎に閉じ籠もりパソコンに眼を流していた。其の森彦の眼に写ったのは、中国の武漢と言う都市で発生している恐ろしきやまいの動画が毎日と流れて来る。

道端で、建物の中で人が倒れている映像が映し出されている。この人達を治療する病院の様子が見える。

其の病院で多くの医療従事者と思える人達が忙しく動き回っている姿は、今までに見た事もない治療服を着ていた。頭にはビニールの帽子を被り、目にはゴーグルの様な物を当てて、鼻から口には大きめなマスクを宛がっている。首にはビニールの様な物が巻き付けてある。其の首から下は白衣や治療着の上にビニールで作られた物を着込んでいる。靴もビニールで被われている。

この様な恰好をした医療従事者が、次々に運び込まれて来る患者と思える人達に付き添って治療を施している動画が流れて来る。

何かの映画で見た様な、野戦病院の様な緊張感が短い動画から感じ取られた。

空恐ろしさと、対岸の火事を見る様な気持ちでこの動画に眼を遣っている森彦に、動画が伝える事は、この恐ろしき病は昨年の暮れ頃に発生した様に言っている。

既に多くの人が亡くなり、また、多くの患者を収容し治療する病院が不足している為、突貫工事で何百名の患者を収容する施設が出来たと言って、其の動画が流れて来る。

正に戦場である。

(やまい)の事には造詣(ぞうけい)のない森彦であったので、此の事は弟憲治に聞いてみようと思って、何度か憲治に電話をするが繋がる事はない。

電話して二日目の深夜に憲治から森彦に電話が入った。

弟の憲治が言うには、森彦が動画で見た中国の(やまい)の事で、弟は昼夜の隔たりもなく研究室と政府の要人の処に日参していたので、電話を掛ける事が出来なかったと詫びて来た。

この時の憲治は、五十の歳に厚生労働省を退官して母校の研究室で感染症の研究に没頭していて、日本の感染症研究者の代表的な人物になっていた。

憲治が専門的な見地から兄に教えてくれた。

今、中国では大変な状態であるが、このやまいは全世界に広がり、多くの人がこの(やまい)に罹るだろう。致死率は二〇〇二~〇三年に掛けて流行したSARS程酷くはないと言えるが、兄貴の様に基礎疾患を持っている高齢者は亡くなる率が高いから、徹底して予防に徹する事だよ。

予防とは如何すべきか。と森彦が問うと、憲治は、この(やまい)は人から人へと移る(やまい)と言えるから、人が多い処に出向かない事。仮に出向いたら、家に戻って来た時は徹底した手洗いに(うがい)をすること。

この新型肺炎と言われる(やまい)は人の眼や鼻そして喉の粘膜からウィルスが体内に入り込むから、此処からのウィルスの侵入を防止する手当としてマスクを常に掛けて行動する事だよ。

此の事が近い内に政府から発表されるだろう。すると、世間が多少のパニックになるので、其の事を含んで今の内に予防準備をしておく事だよ。

いま兄貴に話した事は、私から兄貴に個人的に話した話だから、人様には吹聴しないでくれよ。頼むよ。

こんな話を、疲れている深夜にも、嫌な言葉を投げ掛ける事もなく憲治は話をしてくれた。


日毎(ひごと)の出掛から帰って来た紀代子が、森彦に弾んだ声を掛けて来る事もなく。

戻って来ると、何時もの様に口数も殆どなく家事の取り繕いを遣っている。殆どない会話の中で、何か、森彦に声を掛けなければいけない時の声は冷たいとは言わないが、何処やら硬さがある声が森彦に投げ掛けられていた。

この令和二年の正月に味わったあの楽しさは何処に行ったのだろうか。寒々しい、刺々(とげとげ)しい週を二人は過ごしていた。


紀代子はこの日、連休明けの一月十六日は出掛ける積りはないのだろう。着飾った様子でもなく普段の衣装に身を包んでリビングの椅子に腰を下ろした。

二人は既に朝食を取り終えて、好きなコーヒーで朝の一時を過ごしていた。

その二人に、庭の南側にある小道から学校に行く子供達の弾んだ声が、窓を少し開けている処から、リビングの二人に聞こえて来た。

子供達の声に何処やら()みを浮かべて、その方に眼を遣った紀代子が手元に持っていたコーヒーカップをソーサーに戻して、子供達の声を聞いた時に見せたあの()みを目元に漂わせて口を開いた。

紀代子が()みを見せ乍ら森彦に語り出すのは何日振りか。と森彦は思い乍ら紀代子に眼を定めた。

「貴方、昨年の秋頃、お出掛けが多かったですねぇ」

 此の紀代子の投げ掛けに、森彦は昨年の秋口に訪ねた友の事を思い浮かべていた。

「あのお出掛けは、貴方のお友達にお会いに行かれたのでしょう」

 森彦が頷く様な様子を見せると、紀代子が言葉を繋げた。

「私も、友達に会って来たわ」

 と紀代子が言って言葉を止めた。止めた後で、手持ち無沙汰の右手をソーサーの上に乗っているコーヒーカップの把手(とって)に掛けると共に目線をカップに施し、軽くコーヒーカップを回した。軽い音が森彦を捉えた。

音に誘われた森彦が紀代子の指先に眼を遣ると、紀代子が飲み干した空のカップを(もてあそ)び乍ら口を開いた。

「昨年の秋口に、何度となく貴方が出掛けられたのを、あの時、私は、貴方が何かのお仕事を遣り出したい気持ちがあって、お友達に相談しに行かれたのだろうと思っていましたが、年を越しても、貴方がその様な事を言われる訳でもない。

しかし、年を越すと共に、貴方が何処やら苦しそうな表情を見せられるので、何度か体の事を心配して尋ねたわねぇ。

だが、貴方は、体に不都合はないと言われたが、昨年から続いているあの(うれ)な表情は消える事はなかった。

それは、先日、貴方が話してくれた。あのお話があったから、あの様な表情が消えなかったのだ。とあのお話を聞かせて頂いた時に思ったわ。

あの暗い心の重荷をどうするべきかと思った時に、貴方は思われたのでしょう。貴方のお友達が何と言われるか。尋ねて見たいと思ってお出掛けになられたのでしょう。

私も、貴方からあのお話を聞かされて、どうしょうかと思ったわ。

この気持ちを聞いてくれるのは身内より友達と思って、私も先週から友達に会っていたの」

 此処迄話した紀代子は、軽く回していたコーヒーカップを止めて、森彦に目線を移した。森彦は、頷く様な様子で紀代子の先の言葉を待つ様な眼の色を見せた。

此の森彦の眼の色に応えるかの様に、紀代子がコーヒーカップから手を外して、食卓の椅子の背凭せもた)れに身を任せる様にして口を開いた。

「智香子が言うには、森彦さんが三年の約束でスペインに赴任なされたが、会社の都合で後三年滞在しなければならなくなった時、森彦さんから紀代子にスペインに来る様な話があったでしょう。

あの時、紀代子は娘の紫苑に多くの友達が居るので海外に行くよりいま通っている学校から離れさせたくないと言う思いと、紀代子が店を張っているのを畳んでまでして夫の許へ行くべきかの迷いがあって、森彦さんからの誘いを断った事があったでしょう。

その時、森彦さんは寂しい気持ちに陥っていたと思えるの。

其の森彦さんの気持ちを悟って、スペインの女性が森彦さんの気持ちを癒してくれていたと思えるの。

森彦さんとしても、紀代子と言う貴女がいる以上、交際はしているが夜を共にする事だけは、この一線を越してはならないと思っていられたから逢って楽しいお話で過ごされていたのが、別れの日が来た。此の事を森彦さんがその女性に話された。男と女の間だから、(じょう)が流れたのね。

此処で、此の情の流れをとやかく言っても始まらない。

貴女が森彦さんのお誘いをどんな都合があるにしても断った。断られた人の寂しい心を癒してくれた現地妻に感謝しなさいよ。

まして、紫苑の妹になるかも知れない人までを作ってくれた。感謝する事だよ」

 と言ってくれたわ。

 紀代子の友達である池浦智香子さんと言う方を森彦は思い浮かべ乍ら言葉は出さずに、深い頷きで紀代子に応えていた。

森彦が智香子さんと言う方を思い浮かべ乍ら、深い頷きを見せていたのは、紀代子の友達は森彦が紀代子と一緒になる切っ掛けの時から知り得ていた人達であり、何度となく我が家にも足を運んで来てくれた人達であったので、紀代子の友達と言うより森彦にとっては従姉妹同士の様な存在感を持っていた。

こんな森彦の気持ちを紀代子は察しているのか。

椅子の背凭れから背を僅かに外すと、少し、目線を天井に向けて、此れから口に乗せる言葉を見つけている様な様子を見せた。其の視線を森彦に落として口を開いた。

「智香子は、いま言った様に話してくれたが、万里子が言うには紀代子は森彦さんから言われた話を、いま流行(はや)りの不倫と言って、紀代子のその歳で(わめ)()らす積りなの。そんな事を仕出かしたら、紀代子のこの先は暗闇しか訪れて来ないだろうね。

つまり、許せないと言ってその歳で離婚をした処で、僅かしかない紀代子の暗い人生が森彦さんと一緒になって楽しかった永い人生までを打ち消す事になってしまうでしょう。

其れでいいの。いいならおやりなさいよ。貴女の残り少ない暗い人生とは私は付き合いたくないから。そう思ってねぇ。

生きていたならば、夢を求めて永い旅に出る紫苑ちゃんだった。この紫苑ちゃんも私と同じ様な思いを言ったと思うよ。そうでなければ、異国の空の下で、異国の人を前にしての存在感は出せないわ」

 と紀代子は待鳥万里子から聞いた話を森彦に聞かせた。

この様に紀代子に言われた待鳥万里子さんと言う女性を森彦は思い浮かべていた。

此の待鳥万里子の話をした紀代子は、喋り続けて喉が渇いたのか。コーヒーカップの横に置いてあるコーヒーポットに眼を遣って右手を掛けた。中身があるのを確認するかの様に少し傾けた。

其のポットに掛けている右手で、紀代子のコーヒーカップに注いだ。

仄かの湯気が微かに立ち昇っている。

紀代子はポットにまだコーヒーが残っている事を、森彦に教える様な視線を見せて、其の視線を先程注ぎ足したコーヒーカップに戻した。

森彦が紀代子の視線を受けて、ポットから森彦のコーヒーカップに香ばしい匂いを漂わせているコーヒーを注いだ。

二人は注いだコーヒーを口に運ぶ前に一呼吸置いて、互いの視線を合わせると、静かに口へと運んで行った。

飲み終えたコーヒーカップを食卓に戻した紀代子が、椅子の背凭れに背を付けて姿勢を正すと、徐に話し出した。

「千々和絹江はこの様に言ったわ。

 森彦さんと紀代子は紫苑の夢を叶えさせたいと思って、先日、散骨する様にされたのでしょう。

紫苑ちゃんは、遠いアメリカと言う国に永い旅路に出て、憧れのニューヨークでミュージシャンとして成功するまで、二人から離れて頑張る積りだろう。

紫苑ちゃんが、その夢に向かって頑張って行く過程に於いては、多くの友達が出来る事だろうから寂しさなどは感じないだろう。

だが、老いて行く二人には紫苑ちゃんとは違って、友も一人二人とあなた達から遠ざかって行く。此のやり切れない寂しさを紛らわせる為に、紫苑ちゃんが神様に妹を授けて貰う願いをされたのだろう。

その願いを神様が聞き及んで、二人の前に二人目の子供と思える人を授けて下さったと思うわ。

此の紫苑ちゃんの願いと、神様のお救いを無駄にする事は出来ない相談よ。

無駄にするなら、二人の前からこの私も遠ざかって行く友の一人になるからねぇ。と言って絹江は厳しい目を私に向けたわよ」

 と紀代子は絹江さんの話を終わらせた。

森彦が紀代子の顔を見て、大きな頷きを見せた。

此の森彦の頷きに紀代子が小さな頷きを何度となく見せていた。そして、紀代子がリビングの天井を仰ぐ様な様子を少し見せると、眼を伏せる様な仕草で話し出した。

それは、嘉村三千代が紀代子に話してくれた話であった。

「三千代が言うには、いまの世の中は、夫婦別姓で所帯を持とうかと言われる様な世の中かが始まろうかと言う時代だ。

血の繋がりがどうだとか言って、嫌な事だと思わないで、森彦さんと紀代子がバツイチの仲ではない限り、森彦さんを探し求めてある娘さんを、森彦さんと紀代子の二人目の子として暖かく取り込んで遣りなさいよ。

そうする事が、相手の娘さんにも嬉しさが宿る事になるだろうし、老いた二人に取っては、紫苑ちゃんの生まれ変わりが飛び込んで来た。これはお目出度い事だと思って、其の娘さんと出会って気心が打ち解けたならば、思い切り両手を広げてハグをしてやる事だよ。

此れが、ニューヨークの空の下にいる紫苑ちゃんも、妹が出来たと喜んでくれるわよ。

元気な姿で紫苑ちゃんがニューヨークに行っていたとしたならば、向こうの素晴らしい男性と恋に(おちい)り、眼の色が違う可愛いい孫が出来ていたのと思えば、何も、異国人と言って毛嫌いする事はないと思うよ。血が通わなくても、心が通う紫苑ちゃんの妹だと思いなさいよ。

もっと言わせてもらうならば、森彦さんだけを責める事は出来ないわ。私達だって若き日には浮いた話が幾つかあった事よ。紀代子にもロサンゼルスであったのではないの」

 と三千代の話を終えた紀代子が、少し背を伸ばして深い息を吐いた。

紀代子の話を聞き終えた森彦は、(から)のコーヒーカップを両手で包む様に持った姿で、紀代子を暫く見詰めていたが、空のカップを食卓に戻すと、背筋を伸ばして紀代子に眼を定めた。

「紀代子、謝る。申し訳ない」

「何を謝るのですか・・・・・」

 と紀代子は(いぶか)った表情を見せた。

「先日話した。外務省から呼ばれたあの話の事だよ」

「それは、貴方の若き日の事、私も若き日の事」

「若き日の事・・・・・・」

「そうですわ。もう、既に、何十年前の事ですよ」

「うん・・・・・」

「それを、此の歳になって、(いが)()ってどうなります」

「では、紀代子は許すと言って呉れるのか」

「許す許さないと言う問題ではないわ」

「・・・・・・・」

 森彦は紀代子の考えが分からず。暫し口を噤んだ。

其の森彦の顔を見て紀代子が言うには・・・・・・、

「いま、貴方に話した様に、私の友達はこの様に言って呉れたわ。私が貴方から、あの話を聞いた時に、此の歳で喚き散らして騒ぎ立てようかと思ったが、智恵子が言った様に、貴方が赴任先で駐在が延長になった時、貴方は私を誘ったわ。しかし、私は、貴方の気持ちを計る事なく。自分の気持ちだけで断ったわ。そんな事を反省もせずに喚き散らした先には、万里子が言う様に、此の歳になって暗闇と暮らすしかない。自分の事ばかりを思わないで、美里が言う様に夢を追い掛けてアメリカに渡った紫苑には、此れから先多くの友達が支援してくれて、紫苑の夢を叶えてくれるだろうが、私達二人は老い行く歳と共に、楽しげな友を一人失くしまた一人失くして行く身である。

だから、紫苑が神に願って妹を与えて下さい。と願った妹がいま私達の前に現れようかとしている。

それが外国人であろうと、私と血が繋がってなかろうと、森彦と紀代子が(れっき)とした夫婦である以上。

私達の子になる人かも知れないよ」

「紀代子・・・・・」

 絶句した森彦は片手を口元に置いて、潤んだ眼をじっと紀代子に定めていた。

一時(ひととき)の静寂が流れて、森彦が口を開いた。

「僕も昨年、僕の仲間達に紀代子と同じ様に相談に行った。

皆が言うには、お前はあの女性仲間達の中から(よめ)を貰った。其の嫁は俺達の仲間と一緒になった。素直(すなお)に話せば、必ず分かって呉れると思うぞ。と言われた」

「その言葉から、私に話して下さったの」

「そうだ」

「良いお友達を、貴方は持っていられるわ」

「そう言う。紀代子の友達も素晴らしい友だ」

 二人が眼を合わせて頷きを見せている。

「で、その娘さんと言える方の連絡先は分かるの」

「うん、電話番号と名前を教えて貰っている」

「で、なんていうお名前なの・・・・」

「ソリアーノ・ホシコ・アナンと聞いている」

「ホシコ・・・・・・」

「うん。その様に聞いている」

「それで、この先どうするの・・・・・」

「外務省の人から五月の末までに連絡を、と言われている」

「そう・・・・・」

 と紀代子は言って口を噤んだ。

そして、紀代子が席を立って、リビングの戸を半分近く開けて庭の枝垂れ桜に眼を遣っていた。

先日森彦が取った様子と同じ様な姿を紀代子が見せていた。

眼の先にある枝垂れ桜は、冬の薄日に身を任せている様だった。

紀代子が何やら呟いたが、その言葉を捉える事は出来なかった。


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