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2章 約束、守れたよ

「僕が…魔法使いに?」

「ああ、だがもちろんタダでなってくれなんて言わない。君にはなんでも一つだけ、願い事を叶えてあげるよ」

 長い尻尾を振りながら、ルーラは説明を続ける。

「正確にはボクが願いを叶えるのではなくて、ボクが君を魔法使いにする時に敵と戦うための力に加え、願いを叶えるための"固有魔法"を与える、といったかんじだね」

「えっと、それって…魔法使いにもなれるし、願いも叶うってことだよね?」

 本当に、なんでも願いが叶うのか?もし、本当に願いが叶うのなら…。

「そうだよ。まぁ敵と戦うための力を与えると言ったが、別にノロイと戦うことは強制ではないよ。ミレイは人々をノロイから守りたいという自分の意思で戦っているけど」

「当たり前じゃない。何も知らない人たちが襲われているのを黙って見てるなんて、私できないわ」

「…その、さっきからルーラの言っている"ノロイ"って、なんのこと…?」

「"ノロイ"っていうのは、人間が死ぬ前に抱えた後悔や恨みの感情が具現化した存在だね。いわゆる幽霊みたいなものさ。ただノロイには記憶や思考がない、だからただ人間を襲うだけの存在となっている」

「ノロイは基本、結界の中に身を潜めていて普通の人には見えないのよ。だから原因のわからない死亡事件は、ノロイが関わっていることが多いの。マモル君が迷い込んだ場所、あれが結界ね。ああやって、人を連れ攫うの」

 なるほど、だんだん魔法使いのことがわかってきた。願いをひとつ叶え、人知れずみんなを守る影のヒーローのような存在。僕はそう考えている。そして、こんな僕にも誰かの役に立てるチャンスが来た、ということも。

「さぁマモル、答えを聞こうか。君も、魔法使いにならないかい?」

 ルーラが僕に迫る。

「…ほんとに、本当になんでも願いが叶うの?」

 縋るように、僕は尋ねる。

「もちろん、僕は嘘なんてつかないよ」

 たったひとつ、それだけで十分。たったひとつだけの願いが、僕にはある。

「僕は…魔法使いになります!」

 決意がみなぎる。

「その答えを、待っていたよ」

 突然、目の前が明るくなる。いや、僕が光っているんだ。身体に何かが流れ込む。温かくて、力強い。

「僕の…僕の願いは…!」

 心の底から大きく叫ぶ。これが僕の、願いだ。


「妹の病気を治すこと!」


 光は徐々に収まり、やがて僕とひとつになった。

 ルーラとミレイさんがこちらに近づいている。よく見ると、ミレイさんは複雑な表情をしている。

「おめでとう、マモル。君は今日から魔法少年だ。見たところ、君の固有魔法は"治癒"だね。」

「この力で…妹の病気は治る?」

「治るさ。君の固有魔法は、触れた相手の怪我や病気を治す、というもの。ただし、君は他者への治癒を祈って得た魔法だから、自分にその魔法は使えないみたいだね」

 僕なんかはどうでもいい、と言おうとする前に、何か言いたげな顔のミレイさんが横目に見えた。

「ミレイさん、どうかしました?」

「いや…その、マモル君は妹さんの病気を治すって願ったのよね?」

「はい、そうです」

「それってつまり、他者に対する願いってことよね?」

「まぁ、そうなりますね」

「…今更言うのは遅いかもしれないけど、私達魔法使いは命懸けでノロイから戦うわけじゃない?だからその…もしよ?もしもあなたの願いが良くない結末を辿っても、あなたは戦い続けなくてはいけないの」

「…はい」…何が言いたいんだ?

「あなたの願いが悪いなんて決して言わない。だけど昔、誰かのために願いを叶えた子が、心に深い傷を負ったことがあったの」

ミレイさんは僕に問いかける。

「その願いに、後悔はないのよね?」

 少し心配そうな瞳に、僕が映る。自分自身を、見つめる。

「…僕はずっと、苦しむ妹を前に何もできないことが悔しかった。自分の無力さが何より嫌だった。そんな僕の、唯一の願いです」

 いつ何度聞かれたって、決心は揺るがない。

「後悔なんて、ありません」

「…そう、それならよかったわ」少しの沈黙の後、ミレイさんは微笑みながらそう言った。

 

 プルルルルルル、プルルルルルル


 突然僕のスマホが鳴った。…母さんからだ。

「もしもし、どうしたの?」

「あんた今までどこ行ってたの!さっき電話繋がんなかったわよ!」甲高く、荒々しい声が耳をつんざく。

「え、ああ、まぁちょっと…」

ノロイの結界って電波繋がんないんだ…。

「そんなことより、早く病院来なさい!エマの容態が急に悪化したの!」

「え…」スマホを落としそうになり、慌てて力を込める。呼吸と鼓動が乱れているのが自分でも分かる。

「あんたどこにいるか知らないけど、なるべくはや」

 考えるより先に手が動いた。

「すみませんミレイさん、僕行かないと!」

返事を待たずに走り出す。ミレイさんは察してくれたのか、声を掛けたりはしなかった。

 こんな状況だが、僕が病院の目の前で結界に迷い込んだことと、ルーラに出会えたことはせめてもの幸運かもしれない。

 僕が間に合えば、エマは助かる。その一心で、がむしゃらに走る。後悔を残さないために。


 ガシャン!


 邪魔なドアをどける。ベッドの側にしゃがむ両親も、近くに立つ医者も、僕に気づき、後ろへ下がった。エマが細い瞳でこちらを見つめる。ベッドに身を委ねるエマは、呼吸できているのかわからないほど小さく息をしている。心電図はゆっくり、まだ動いている。間に合った…。

「おにい…ちゃん…」

途切れかけた言葉で、弱々しく話す。何かを諦めている表情が浮かぶ。

「ごめんね…やくそく、まもれそうにないや…」

自分が死にかけているのに、約束のことを気にするのか。きっと、本気で今日を生き抜こうとしたんだな。

「大丈夫、約束を一緒に果たそう」

か弱い手を優しく握りしめる。大丈夫、その思いを無駄にしない。

「おにいちゃん…?」

 身体を流れる魔力を、手に集中させる。やり方なんて教わっていない。でもわかる、だって僕は今、願いを叶えるんだから。

 もう役立たずは、ごめんだ。

 ありったけの想いをエマに託す。身体が少し光りゆく。


 「もう辛い思いはさせない」


 生きるものには死が待ち受ける、というのが自然の摂理で、そうやって世界は廻っていた。だから、死の運命を捻じ曲げるのはもしかしたら悪いことなのかもしれない。少なくとも、死神は良く思わないかな。でも、たったひとりを助けるぐらいなら、きっと許してくれるよね。


 薄い目が、ゆっくり開く。ついさっきまで病人だったとは思えない顔色で、エマはポカンと口を開けている。

「あれ…わたし…」

 エマは呼吸器を外し、不思議そうに周りを眺める。心電図は健康そのもの。医者も父さんも母さんも、目を大きく開き、目の前で起きた奇跡に全員思考が固まった。

「約束、守れたね」

ニコッと笑って見せる。

「…うん、うん!」

エマも笑い返す。


 「わたし、約束まもれたよ…。生きてるよ…!」


 月明かりの下、ミレイは問いかける。

「ねぇルーラ。マモル君、大丈夫かしら…?」

 上を見上げながら、ルーラは答える。

「ボクの思う限り、マモルは願いを叶えたよ」

 ミレイはホッと胸を撫で下ろす。

 よかった、と呟きながら。

3章をお待ちください。

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