1章 魔法使いにならないかい?
街路樹の木漏れ日が少し眩しい朝。何気ない、平穏な毎日。
「いやー、中2になってからもう一ヶ月ぐらい経ったのか。だいぶ慣れてきたよなー」
「まぁーなー、クラスのみんなとも仲良くなれてきたし。だけどオレ馬鹿だから勉強ついていけるかわっかんね。いいなー、マモルは頭良くて」
「言うほど良くないよ。僕だってテストノー勉だと70点ぐらいだよ?」
「全然高えじゃん!オレなんて勉強してもギリ60ぐらいだぜ?まぁオレ基本勉強しねぇからいつももっと低いけどな、ハハハ!」
「マモル、てっちゃん、おはよー!」
「おはよう」
背後から聞こえる聞き慣れた声。
「お、ナナとサエ。おはよう」
「よっおはよ!」
テツシとナナとサエは同じ滝沢中学校に通う幼馴染。4人で登校するのが僕らの習慣となっている。
「なんか来週さ、英語のテストあるっぽくてさー。あたし単語全然覚えてないんだけど、どうしよ」
「げぇーマジかよ、オレヤベェよ助けてよ」
「私の単語帳使う?」
「マジ?助かるわー、流石サエ!」
「とか言って、どうせ勉強しないだろ?」テツシがテスト前に慌てる姿が容易に想像できる。
「そうだそうだ!てっちゃんよりあたしに貸してよサエ!お願い!」
「んー、じゃあじゃんけんで勝った方で」
「よしナナ!勝負だ!」
「望むところよ!」
「「じゃーんけーん…」」
いつものように愉快な友達と過ごす毎日が、こんなにも楽しい。僕ってきっと、幸せだ。
「「ポン!」」
「だぁー!負けた!」
「やった!単語帳は私のものよ!」
「あはは…ちゃんと返してね」
ああ、あいつもこんな日常を望んでいたのかもな…
―放課後―
僕は部活をやっていない。部活自体に興味がないわけではないが、時間を取られるのが僕にとって不都合だ。僕には用事がある。
「ようマモル、これから帰宅か?」
「いや、今日もこれから病院に行くんだ。テツシは部活?」
「ああ、全国で優勝するために、日々の練習は欠かせないのだ!!」腰に手を当て、胸を張り、高々と宣言した。
「相変わらず目標が高いなぁ。まぁ頑張ってね」
「おう、いつかオレのホームラン、見せてやるよ」
バイバーイ、と手を振り学校を後にする。
放課後はたいてい一人で帰る。みんな部活があるからだ。でもそれ以外に、僕が病院に向かうことが多いからというのもあるだろう。
電車で十数分、隣の市にある神山総合病院、一ヶ月ぐらい前からは、ほとんど毎日足を運んでいる。ここに僕の妹が、入院している。
まだ夕方と呼ぶほどではない空の色、白色が明るめの日差しを反射する。
「よう、エマ」
「あっお兄ちゃん、来てくれたの…?」笑う顔に、少しの苦しみが見える。
「当たり前だろ、それとも毎日来るのは迷惑だった?」
「ううん、そんなことない。嬉しい…」
エマは半年ほど前、小学4年生の時から入院している。病気のことに関しては僕もエマも深く考えないようにしているが、エマの病気は発見がだいぶ遅かったらしく、今ではもうどうしようもないと医師から言われた。もちろんエマには言っていない。僕はまだ奇跡を信じている。…が、ここ一ヶ月、だんだん弱っているのが察せてしまうほどの容態となっている。呼吸器をつけていても苦しそうだ。
僕はつくづく、自分が幸せだと感じる。何不自由なく、日々が楽しい。でもそんな毎日が続くたびに、エマが脳裏に浮かぶ。
「ねぇ、お兄ちゃん…」
「っ!どうした?」不意を突かれ、少し大きな声が出た。
「わたしね…もうすぐ死ぬんじゃないかなって思うの…」
「…は?」
「なんとなくわかるの。もう限界かなって…」
「そんなこと言うなよ!エマは…エマは…!」必死に反論の言葉を探したが、痩せこけた身体と物静かな笑顔が事実を語っていた。
「だからさ…お願いだから、できるだけそばにいて…。わたし、今日を頑張って生き抜くから…」
僕はつくづく、無力だと感じる。妹が死を悟っているのに、何もしてやれない。そばにいることしかできない。
「…わかった。そのかわり、約束な。明日も必ず生きる、ほら」
差し出した小指に、約束が交わされる。
「うん、約束ね…」
まだ夜と呼ぶほどではない紫と朱の空。白が橙に染まる。また明日と手を振りながらかける言葉、ほんとは嘘かもしれない。なんだか空が近く見える。
「はぁ…」ため息をつきながら外へ出る。そろそろ帰らないと。
俯きながら歩く道。影が何か喋っているように見える…僕ってなんにもできない。僕だけ幸せ者。僕は役立たず。僕は…僕は…
(((縺ゅ↑縺溘b豁サ繧薙〒縺ソ縺ェ縺?シ)))
「…え?」
影が…喋った?
(((騾昴%縺?h騾昴%縺?h)))
「違う…影じゃない…!」
勢いよく顔を上げると、辺りは薄暗く、闇に包まれた空間にいた。等間隔に置かれた点滴や地面にはたくさんのチーズ?が落ちている。よく見ると、奥に何かいる…?
「なんだこれ…ここどこだよ…」
自分の記憶を辿る。病院を出て、歩いて…ただそれだけ。
(((縺昴≧?∝菅縺ッ縺薙%縺ァ豁サ縺ャ縺ョ??シ)))
一際大きな叫び声が響き渡ると同時に、奥から何かが近づいてくる。
「なに…あれ…」
巨大な黒い蛇のような、細長い化け物がゆっくりと近づいてくる。歯は鋭く、いくつもの三角形が綺麗に並んでいる。
こんなの…現実の生き物じゃない!これは幻覚か?と思い腕に爪を立てる。痛い。…現実だ、夢じゃない。
化け物は一瞬動きを止めた後、目をゆっくり閉じ、力強く開眼した。目は赤く光っている。
(((豁サ縺ュ)))
化け物は素早く動き、口を大きく開けながら僕に近づく。明らかに友好的じゃない…!喰われる!
「いやだ…助けて!!」
バン!バン! (((繧ャ繧。繝!!!)))
銃声らしき音が響き、化け物が悲鳴を上げる。
「…え?」
「危なかったわね、大丈夫?」
後ろを向くと、リボン付きのベレー帽と袖のない上着、
短めのスカートを履いた女の子がいた。髪は後ろで一本に結び、両手には拳銃が握られている。
「あなたは…」
「説明はあと!早く私の後ろに下がって!」
化け物が叫びながら再び向かってくる。彼女を喰わんとばかりに歯を立てるが、身軽な動きに全て躱される。
「なかなかっ!しつこいわね!」化け物は何発も銃撃を受けるが、その都度脱皮し襲いかかる。
「ならっ!これはどうだ!」
彼女は喰われる寸前、身を翻しつつ、化物の口に何かを放り込む。
ボン! 爆発音とともに火炎と煙が化け物の口から上がる。
「効果はあったみたいね。なら、これでトドメよ!」
大量の手榴弾が化け物に投げ込まれる。
ボン!ボン!ボボボボーン! 化け物が塵となって消える。
周りが歪み、元の景色に戻る。
「怪我はない?」
さっきの女の子が心配そうに言う。いつの間にか服装が変わっている。よく見るとうちの学校の制服だ。
「え、ええ…おかげさまで。あの、助けてくれて、ありがとうございました」
「あら、あなた滝沢中の子?何年生?」
「えっと、2年生です」
「へぇー、私は3年生の鈴音ミレイ。あなた名前は?」
「僕は皆川マモル、です」
いい名前ね、とミレイさんは微笑む。
「あの…ミレイさんは、その…何者なんですか…?さっきの化け物のことも、僕ずっと混乱してて…」
「ああ、確かに、私なんも説明してなかったわね。えっとね…簡単に言うと、私、魔法少女なの」
「まほうしょうじょ…?」
あのアニメとかに出てくるやつ?
「ここからは、ボクが説明するよ」
横を向くと、そこには白い身体に紺色の模様が入った、猫のような狐のような何かがいた。
「やあ、マモル、ボクの名前はルーラ。君にお願いがあるんだ」
「お願い…?」
「マモル、魔法使いにならないかい?」