第一章
八月の末、夏のじっとりとした暑さもいよいよ佳境に入ったと思う頃、ひどく晴れた陽が未だ私を照りつける。
房総のささやかな高等学校に通う私は、今年で十六になる。中学時代にはあれほど憧れていた背広や襟締も今では鬱陶しい。
今は夏休暇の最中であるが、補習授業のために生徒の殆どは学校へ来ている今日の午前だ。県内では進学校として扱われることの多いこの学校だが、実際の進学実績はそこまでよいものではなく、生徒間での評判も決してよいものとは言えない。
それでも私はこの学校が嫌いではない。公立にしては設備の整った校舎であり、生徒も教員も人がよい。ほかの生徒も普段はよく悪口を口にするが、本当に悪く思っている人はそう多くはないであろう。
「おはよう。」
一人の生徒が私に声をかける。
私にはあまり級友と呼べるような人は少ないが、かねてより仲のよい友人が一人いる。彼女とは中学二年からの付き合いで、名を柚月葉という。
根暗な私とは対照的な性格の彼女が未だ私と交誼を結んでくれていることはとてもありがたい。
そんな彼女は私の席の一つ前に座っている。彼女はよく振り向き、私を揶揄う。彼女の悪戯な笑顔に私も満更ではない表情を浮かべる。
授業は退屈である。殆ど何を言っているか分からない。それでも眼前の彼女から匂う澄んだ太陽のような香りは私の調子を狂わせる。
何かの呪文を唱えているかのようにも聞こえる数学の補習授業を終え、帰路につく支度をする。補習授業は午前中に終わるのでそれほど長くは感じない。柚月葉も荷物をまとめ終えたようだ。
基本的に私は柚月葉と一緒にいることが多い。家の方向はそれぞれ別なので、どこかへ遊びにでも行かない限り、学校を出たら離れ離れになることが殆どだ。
ほかの生徒とは疎遠なので、今日は部活に向かう柚月葉を見送り、私は一人帰路につく。ふと見上げた雄大な空にはあまりにも大きな太陽が、八月の終わりを知らないふうで、今まさに昇り始めたかのようにぎらぎらと燃えていた。