1話 猫の名前はニオハ、君に決めた!!
ラルの意識が覚醒する。
目覚める前の世界は真っ暗だったが、目が覚めても空が暗く、あまり気分のいい天気ではなかった。
曇天の下、ラルはそこに転移された。
ラルはきょろきょろと、自分の衣服を確認する。
一言でいうなればゴシックファッションだった。身体のラインがくっきり見えてしまうほどぴっちりとした衣装に、ラルは顔を赤らめてしまう。
髪はいつもの赤い長髪。ただし、ストレートにされていたのではなく、ツインテールに勝手に結われていた。
「ゴシックファッションツインテール……」
現実離れした格好だが、ラル自身が着たいと思う衣服ではない。しかし、最初に着ている服をおいそれといきなり脱ぐことはできない。
「仕方ないわよね」
ラルは自身の衣服をこれ以上確かめるのは諦め、周囲を見渡す。
いつもいる彼の姿が見当たらなかった。
「え?」
この前の『町』が、短パン小僧だった。その前は巨漢な男。その前は女装された男。
とにかく、隣を見たら見つかっていたのに、今はいなかった。
ラルは焦りだす。彼と旅ができないことは前代未聞。
「別の場所に転移されたってこと!?」
ラルはその結論にたどり着く。途端、どっと脂汗が垂れる。
「どうしよう! ある程度安全な『町』でも、私はポカして面倒くさい厄介ごとに巻き込まれるのに……。貴方がいないと次の『町』でも厄介ごとに巻き込まれちゃうわよ……!」
自身のふがいなさを言葉にする。
「にゃー」
「んぅ?」
ラルは鳴き声のほうを向く。短パン小僧を見ていた視線のときよりもさらに下。なんならほぼ地面を見ているといってもいい。そこに黒猫がいた。翡翠の宝石のような瞳。それ以外は漆黒で埋められており、尻尾は途中から2つに枝分かれしている。
ラルの焦りはとっくに消えて、黒猫に目が奪われていた。
「何この子~~。かわいいわ~~」
瞳がハートになっているほどの、猫なで声を奏でた。
あまりの可愛さに、ラルは猫を抱っこし始める。
「にゃーん。かわいすぎー。このまま飼い猫として飼ってあげるわ~~」
ふんにゃり声が全開になっているラル。
いきなり人が現れても気づかないだろうといえるほど、猫に癒されている。
猫は暴れもせず、まんざらでもないように、抱っこされたままだった。そのはずだったのだが、猫は口を開く。
「すまん、ラル。俺だ……」
「……ん? ……んぬぅ!?」
ラルは気づいた。彼は別の場所に転移されたのではない。
彼は猫に化けていた。
ラルはその事実に気づくと、今までの行動を反芻。徐々に自身の出来事を客観的に見ることができ、顔を赤らめていく。汗もだらだら。手に汗がついてしまい、猫の毛を湿らせる勢いだ。
「ごめんなさい!!!!」
高速の動作で、しかし猫を傷つけないように地面に置き、謝罪の意味を込めて一礼する。
猫は何かを喋っているようだった。だがしかし、ラルの聴覚では拾えないくらいの声だった。ラルはしゃがむと、その声が聞こえる。
「ああ、猫だから、いつもの声量でも小さいのか。それでラルはしゃがんでくれたと。ありがとな、ラル。これからは大きく声を出すことにする」
その純粋な感謝に、ラルはいろいろ心が揺らぐ。
目の前にいるのは彼だ。日記空間の彼のことはおいといて、それ以外は『町』での様々なサポートはありがたく、さらには優しいし、ときには諭してくれる。ラルにとっては頼もしいパートナーだ。そのパートナーが、人語を喋っている愛くるしい猫になっている。
「ええ」
彼をめちゃくちゃにした欲を抑えるので精いっぱいで、それ以上、ラルは何も答えられなかった。
「とりあえず、名前だな。ペットの愛称になると……ポチとかになるのか?」
「……いえ、名前はニオハでいいかしら?」
「ん? まあ、そのくらいの名前であればそこまで変でないからいいと思うが。それよりラル、なんか目の焦点が合ってないように見えるぞ。大丈夫か?」
「もち大丈夫よ、ニオハ」
「……なんか、目が怖いぞ……」
「そんなことないわよ、ニオハ。貴方はこれから私と一緒に、いいえ、ずっとニオハのまま旅をするの」
顔を赤らめ、息が荒く、その息はニオハにかかるほどだ。
「……てい」
「いて♡ 肉球、いいわね」
猫パンチをおでこに食らっても笑顔のまま、彼女は猫を見つめていた。
黒猫はため息を吐くと、ラルを見つめて話しかける。
「目を覚ませラル。俺は猫の姿をしているが、いつも通りの俺だ。それに目的を見失うな。あの『町』の実態はわからんが、早く『町』にいって情報を収集したほうが、今後の役にも立つ。俺の姿がいつも通り変わっても、気を動転せず冷静に『町』から情報を集めるんだ」
「もちろんわかっているわよ。貴方と旅をすることでいっぱいの猫を集めて猫々天国、作るわよ!!」
「…………」
沈黙が正しい答えだというのはとある有名な言葉だったなとニオハは思っていたが、このときばかりは正しくないんだろうなと肌で感じた。何も言わなければラルは1人で暴走を超えた大暴走で猫好きの限りを尽くしてニオハを満喫するだろう。
これだけ暴走しているラルは珍しい。いつも暴走はしかけるが、彼の助言で暴走しない。今はその彼の助言を聞かずに暴走している初めてのシチュエーションだった。
黒猫は思考を巡らせる。あたりを見渡すため、遠くまで見ようとラルの肩に乗る。
ラルは声にならない声をあげながら、その後「ああ!♡ 黒猫様ぁ!!♡♡」と歓喜する。
スタリ、と静かに地面に着地する姿は猫そのものとしかいえない。彼はラル以外がいないことを把握して、姿を変える。
「縛解放――タケル」
黒猫がぼこりぼこりと膨れあがっていく。もはや猫の体積以上に身体を膨れ上がらせていく。猫だったものがラルの肩ぐらいまで膨れ上がっていく。
その後、べこりべこりと形と色を整えていく。
あっという間に短パン小僧だったタケルになった。
「あ……、ああ……」
ラルは絶望の声を上げる。あまりの絶望で、膝から崩れ落ちて地面に顔を伏せてしまう。
「縛解放は時間制限付きで、時間切れ前には人が見えない場所に隠れないといけない欠点はある。だが、盲目的になりすぎている今のラルを鑑みれば、こっちのほうが情報収集もはかどる。お前がそこまで喜悦の声をあげるなら、さすがに支障が出る。……って、そんな崩れ落ちなくてもいいんじゃないか?」
「だ、だってーあの可愛い黒猫ちゃんが貴方で、それで抱っこしても反抗してこなくて、そのまま気持ちよくもふもふできて、そのままずっといられると思ったのにぃ……! いじわるー!」
ラルが顔を上げると、割とガチ泣きしていた。赤き瞳からは涙が溢れ、頬にまで垂れている。
彼は頭をがしがしと掻くと、ため息をついていった。
「あのな、俺もいじわるをしたいわけじゃない。猫に戻ってもいいが、さっきみたいに目的をすべて忘れるんじゃないぞ」
「もちろんよ! 私の目を見て信じて!!」
涙は一瞬にして転移されたのかと疑うほどに消え、キラキラした目を彼に向ける。
あまりの近さに彼は少し顔を赤らめつついう。
「縛」
タケルだった姿は、べこりべこりと形を変え、ぼこりぼこりと小さくなっていく。そして黒猫の姿に戻る。
黒猫は跳躍して、彼女の隣に乗る。
「『町』の中ではこのままの姿にするが、支障をきたしすぎることをしたら、今度こそこの姿は封印するからな」
「うん! うん!! 猫ちゃんといれば私は百人力だから!!!!」
ラルは力強くうなずくと眼前にある『町』の門に向かった。