5話 暗殺者との邂逅
「ちぃ……! いつの間にばれたんだ?」
フードで顔が見えない男は、舌打ちをしながら、疑問を口にする。
「もちろん、最初からよ!」
ラルは堂々と嘘を言い放った。
フードの男はラルをじぃっと見て、フッと鼻で笑う。
「嘘をついているのが分かりやすすぎるね、君は。さっきまで、あれほど慌てて走り回っていたように見えた姿は、幻影だったとでもいいたいのかね?」
「う、うぐぅ……」
黒衣の男に矛盾を指摘され、反論ができず子どもみたいな鳴き声を上げたラルだった。
男は論破しても、さらに責め立てることはなく、淡々といい続ける。
「調子は狂うが、君、魔法使いだろ? 『魔女の石』をオレに渡せ。そうすれば何もしない」
「『魔女の石』? “私”は所持してないわよ?」
「はぁ? 『魔女の石』が持ってない者が魔法使いにはなれないだろ?」
黒衣のフードで被って表情が見えずとも、男の声は困惑というよりも、呆れたように疑問を口にした。
それに対し、ラルは胸を張って答える。
「普通はそうかもね。だけれど、“私”は特別なのよ。知りたいなら、戦う? あまり戦いたくはないのだけれど……」
「オレとしても戦いは好まないな。だが、君は特異すぎる魔法を持っている。『町』のルールを凌駕する魔法なんて、普通の魔法使いは持ってない」
「……見ていたのね」
「当然だ。『因果応報』のチカラでお前は死んでもおかしくなった瞬間、何かしらの魔法を使ったと推察する。もっとも、なんの魔法を使ったかは遠すぎて見えなかったが……」
「……それは見えないでしょう。私のそれは――」
「――ラル、それ以上は失言の限度を超えるぞ」
タケルの警告に、ラルははっとして口に手を当てた。
「え、ええ。……タケル。忠告ありがとう」
「どうも。俺はお前のサポート役だからこのくらいは当然だ。ただ、これ以上、奴の会話に付き合う必要はない。情報がダダ漏れになってややこしくなる」
タケルの言葉が聞こえていたのか、フード男は口角を上げる。
「だよな。イレギュラーな魔法すぎる。魔法使いが感知できない魔法なんて、オレは聞いたことない。
だからこそ、オレは帰るぜ。オレ1人じゃお前らは殺せないだろうからな」
クルっと180度回転し、ラルのもとを去っていくフード男は、別に足取りを重くするわけでも軽くするわけでもなく、淡々と帰っていく。
「後ろから狙われることは考えていないのかしら?」
ラルの言葉がフードの男に届いたのか、彼は顔だけくるりと振り向き、ラルを捉える。
彼はにやりと笑いながらいう。
「君、そういうの苦手だろ? 長年奇襲してきたから、奇襲してこない奴の特徴くらい感覚でわかるのさ」
「わかるのね。それならさっさと帰ってよね」
「ああ、そうさせてもらうさ――」
ラルは胸をなでおろした。
だが、フード男はそのまま言葉を紡ぐ。
「――本当に『魔女の石』がないか、それを確かめてからな」
「え?」
フードの男の問いに、思わず、ラルは小首を傾げかけた。
数瞬、前方からナイフが3本現れ、飛んできた。
ラルに2本。タケルに1本襲い掛かる。
「……嘘つき」
ラルは舌打ちし、そのまま飛んできたナイフに視線を合わせる。
ナイフ3本は転移し、一瞬にして脅威は去った。
「え?」
ラルがフード男から視線を外したうちに、フード男は消えていた。
ラルが呆けていた姿を見て、タケルは「落ち着け、ラル」とぼそりという。
「霧のようになって奴は消えた。霧で消えたなら、奴の魔法は水、及び温度調整の兼ね合いで火を使ったんだろう。異質な魔法ではないし、お前のソレを魔法でコピーしたわけでもない」
タケルは「ただ」と付け加え、神妙な顔つきでいう。
「ナイフを投げるそぶりがなかったのに、ナイフが飛んできた。考えられるのは、奴がそういった魔法を持っているのか、あるいは――」
「もう1人敵がいるのね。分かったわ!」
ラルは自信満々になり、そのままガチリと、腕時計のチェーン型ベルトを外す。
「鎖接続――欠片達――『Ⅰ:過去視界』」
ラルの赤き瞳が光る。
地面に現れた半透明の時計盤は20メートルを超えうる。短針、長針がⅠを指し、その後、クルクルと針は逆回り――加速していく。
そして、ラルは怒りを露にする。
「こんな子どもを戦いに参加させるのは、私としては非常に許せないわ」
ラルはクルリと後ろを振り向いて、その手を取った。
この場にはいなかっただろう相手が、いつの間にかラルたちの懐にいた。
おかっぱ頭の少年だった。その瞳に光はなく、全てが黒で見えているのかと思いはせるほど、何も期待していないような瞳だった。やせ細った手、頬がこけており、来ている服はボロボロだった。
少年はいう。
「『魔力探知』……。ん、ああ。そういう……。魔力はあるけど、確かに『魔女の石』はないね」
少年はやせ細っていても絶望の瞳を持っていても、何も何事もなかったかのように淡々といい続ける。
「『魔女の石』はアナタの身体を通じて、どこからかはわからないけど共有している。キョウヤさん。この人、本当に『魔女の石』ないよ」
ラルの正面に、人の形をとった霧が現れ、そこからフード男が再度姿を晒した。
「名前は呼ぶなといっているだろ。暗殺者として失格だ。だが、その情報は上出来だ。この世界にはイレギュラーがそこそこ多い。君もその1人だと納得して去るとするか」
「私がおいそれと見逃すと思っているかしら?」
時計盤はいまだに展開されており、ラルはフード男を捉え続けている。
「ん? 戦いたくないのにオレを殺したいのか?」
「そうじゃないわ!」と、ラルは怒号を放つ。
「この少年は貴方の息子でしょう!? なんで戦闘の場で最前線に立たせて、暗殺じゃなくて魔力探知だけさせたの!?」
フード男は初めて、ラルの瞳を見ていた。あまりの衝撃で目が点になり、数秒は経っていた。
「お、おいおい。さすがにそこまでの情報が一瞬でわかっちまうのは聞いてないぜ……。何があったらそこまでわかるんだ?」
「私はなぜ息子さんに危険な目に合わせようと問いただしているのよ!? 下手したら貴方の息子は死んでたわよ!?」
「オレは君のその異常な魔法について最低限の情報収集をだな――」
論点がずれたため話を戻そうとしたフード男だったが、ラルの怒りに満ちた瞳を見て、肩をすくめた。
「……そりゃあ、可愛い子には経験させよ、だ。しかも、君、人は絶対に殺さない意思をもっているだろ?」
「ええ。“私”が人殺しをすることはないわ」
「だから演習にはうってつけだったんだよ。……あとな、息子はみずからオレに憧れて暗殺者に入りたがってんだ。変な勘違いはするな」
「へ?」
ラルは肩透かしをくらったかのように、変な声が出てしまっていた。
わなわなと身振り手振りしながら話し始める。
「い、いや、だって、だってね、貴方の息子さんは身だしなみが小汚くなってしまっていて、瞳もなんかぼうっとしていて、だから、てっきり虐待を受けながらも貴方に同行しているんじゃないの?」
「どうしてそんな見方をするんだ……。子どもが小汚いほうがなんの教育も受けてないように見えるし、瞳だってわざとそういう瞳にするように訓練してんだよ。相手をだますには見た目からだしな」
「え? 私とんでもない勘違いしてた?」
ラルはぽかんとした表情をしていた。フード男の息子がラルの袖を引っ張りながら話し出す。
「お姉さん、父さんのいう通りだよ。ボクは弱い。だからこそ、そういうだましが必要って教えてもらってる。勘違いしてもらえているのは今回の経験で十二分に理解したから次回以降にもうまく使えそうだけどね」
「……マジなのね」
ラルはフード男の息子が精気を取り戻した瞳になったのを確認し、今までが演技だったのだと驚いた。
「じゃあ、このお父さんは虐待も何もしなくて、今回の実践は安全だと判断して息子さんに実践させたのね。それならもう戦わないわ。それでいいわよね、タケル?」
「俺は別にいいが、それを何回もするといつか自分の首が締まるからな。それでもいいなら、お互いが納得して、解散だな。お前さんたちは『魔女の石』がこの場にないことわかったから別にいいだろ?」
「ああ、オレはそれでいいぜ。わざわざ死線を追加するほど死に急いではないからな」
そうすると、暗殺者2人は茂みの中を歩いて行った。
振り返ることもなく、途端に攻撃することももうなく、ラルたちの視覚からは見えなくなっていた。
ラルとタケルは一本道を歩いていき、誰にも見られず、勝手に『転移』した。
暗殺者2人は、あの旅人2人と距離を十分に離した。その距離は、『因果応報の町』が見えないほど距離だ。そこで、小声で会話し始める。
「それにしても、息子よ。あれはどう考えても、時の魔法だったよな? 『因果応報の町』のイレギュラーな魔法は、どう考えても時の魔法には見えなかったが、さっきの戦闘ではおもいっきり時の魔法を出した。オレら魔法使いに見つかったからだと思うが、それだと『因果応報』を無効化するのは別のイレギュラーな魔法はわからず仕舞いだ。まあ、ナイフを消したのはイレギュラーな魔法の一種だとは思うが……」
「そうだね父さん。ただ、彼女のイレギュラーな魔法はそこまで気にしなくていいと思う。むしろ気にするべきは父さんのいう通り時の魔法のほう。……消えた『時の魔女』が再誕したことになるよ」
「ああ。『町』化せず、自由に移動できる凶悪な魔女の1女。あの少女がそうなるのは困っちまうが、阻止する方法も施策もない。まあ、今後見かけても無視でいいだろうな。骨が折れるどころか、オレの命が消えるからな」
フード男の息子は「そうかもね」と正直な感想を言った後、神妙な顔つきをする。
「むしろ、気を付けるのは彼のほう……」
少年に冷や汗が垂れる。
「彼? あいつもイレギュラーな魔法があるのか?」
「それはわからない。『魔力探知』はイレギュラーな魔法には効果を発揮しない。つまり『魔力探知』しても無そのもので、魔力を何も感じない。だけど、彼には魔力があった。それなのに……それなのに……、なぜなのか……なんの魔法が使えるのかわからなかった」
少年は奥歯をがたがたと、震わせるように、いう。
「だからこそ、彼の魔法の正体がわかった……」
意味不明にとれる言葉に、フード男は小首をかしげる。
「……どういうことだ。お前の『魔力探知』で分からない魔法はないはずだ。知りうる限りの魔法使いに『魔法探知』して十中八九相手がどんな魔法を使うかわかっていたはずだ。イレギュラーな魔法以外で、『魔力探知』してわからない魔法なんてあるはずがないだろう?」
「1つだけあるでしょう? 魔法とも呼べるか危うい、最悪の魔法。この世界で最も危険視されたけど、最近は脅威が去ったとされる最悪の魔法と最悪の存在」
静寂が訪れる。まるで、そこから先、言ってしまってはいけない言葉を発してしまうようだった。
時がゆっくりと進む。まるで、禁忌な言葉を発してしまう前振りだった。
少年の固まっていた口が、ゆっくりと開くように、いった。
「なんでもできる魔法。魔王の魔法だ」
フード男は目を丸くする。普段は感情を殺せと教えている側が、今日はこんなにも気が動転しまくっていた。
それでも、冷静に、フード男は思考を回転させていう。
「……魔王は死んだはずだ。勇者と道連れで見知らぬ場所でお互い死んだことになっているはずだ」
「でも『魔力探知』結果は、わからない、だったんだ……。わからないほどに、汎用的で、日常的で、オールマイティで、どんな代替品にもなりうる魔法……。もう……それ……、それは、魔王のなんでもできる魔法でしかない」
体ががくがくと震えて、呼吸もがたがたと身震いしてしまい、今にも貧血で倒れそうになった息子を、彼は着ていたフードをかぶせた。
「もうしゃべらなくていい。むしろ、あの場でよく気が動転もせず、表情をそのままにしてくれた。さすが、オレの息子だ。誇れ。その情報はオレのほうで共有する。裏方の人間だけでなく、生き物すべてを通じて伝え、再び魔王を倒す」
フードを脱いだ男はカッコイイ顔を息子に見せた。
1章はあと幕間があって終わりです。
幕間でようやくタイトルの意味が分かるようになる予定です。