1話 『因果応報の町』
ぐにゃりぐにゃりと列車が歪んでいき、景色が変わっていく。
窓は見えなくなり、外の景色は『時の村』でさえかどうかもわからない。
列車内の形がこねくりまわされているはずなのに、彼女たちがいる空間はただただ広がるばかり。
その広がりは列車内の広がりとしては異常で、部屋にいるよりも広く、家にいるよりも広く、公園にいるよりも広く、村にいるよりも広い。まるで『町』にいるように広かった。否、『町』そのものが具現化されていく。
様々な建物が形成されていく。様々な人が形成されていく。
様々な常識が、考えが、物が、『町』にあるべき存在が精工に素早く展開されていた。
その『町』を青葉と瑠璃美は知っていた。
「『因果応報の町』!?」
「概念改変能力で再現したな……」
中世時代の西洋風景を彷彿させる風景。噴水が湧き出て人々が一発芸、お芝居、魔法で人々を魅了にしている人たちがいた。まさしく、青葉と瑠璃美が『因果応報の町』で訪れたときと同じ景色。
だが、異変が1つあった。
噴水の前に、黒い靄がいたことだ。
その靄はぐじゅりぐにゃりと、気体から液体に。液体から固体に変化する。
べこりべこりと自身の存在を形成していく。その姿は日記記載空間で出会った姿。顔が日記帳、肢体は枝で立っているという歪すぎるスタイル。
べろりと舌を出して唾を飛ばしながら快活に答える。
「そのとおりだぜっ!! けどなあ、本領はこれからだぜ!! 俺様の思い通りに『因果応報』のルールを付与するぜ!!」
「なっ!?」
「どういうこと?」
「説明してやったらどうだぁ!? 俺様の器野郎!!」
身体をくねらせ狂人にしか見えない仕草で日記帳の化物になり果てた魔王紛いは彼を挑発する。
彼は控えめな声で瑠璃美に伝える。
「……『因果応報』のルールは善行・悪行の基準が相手の判断による部分が多い。魔王紛いを相手に指定されると、あいつが悪行だと思えば俺たちに罰が与えられる。逆もしかりだが、それをする可能性は皆無だろうな……」
「……卑怯じゃない?」
「卑怯じゃねぇぜ!? それをいっちまったら、お前らは2人で俺様は1人にも満たねー存在だぜぇ!?」
「ああいえばこういう。だが、この程度は魔法……アーチカでもできていたはずだが?」
青葉の問いかけに、ベロをさらに出しながら、悪辣な笑みを浮かべる。
「ここまでならそうかもなぁ!? だが忘れちゃならねえぜ? ここは『因果応報の町』さえ再現してるってことをなぁ!!」
魔王紛いは、その場から消える。
それと入れ替えるかのように、とある少女が現れた。
「「――!?」」
2人は目の前に現れた少女を知っている。
少女は誰よりも勇敢で、獰猛ともいえるほどの気高き目標を掲げて『町』を飛び回っていたであろう彼女の、少女時代の姿。
金髪の紅の瞳を宿す少女――ヘンリエッタ・L・ライだった。
「2人は私に嘘の名前をいったんですか?」
ライから発された言葉に、瑠璃美も青葉もあっけにとられた顔をしていた。
『因果応報の町』で出会った少女の姿をそのままかたどっていた。8歳程度の少女で、自己主張のない丁寧な語り口。少女の特性を皆無された『町』の弊害で、少女はどこか不安げに、絶望した表情のままそういった。
「嘘の名前……?」
「ラルでもタケルでもないと聞きました。2人とも嘘をついていたのか、聞きたいんです」
語尾を変えず、ただ幼子のように素朴な疑問をこぼしていた。
瑠璃美はしばし困っていたが、意を決したように話し出す。
「嘘は結果的についてしまったけれど、それはあのとき記憶を失っていたからよ。それじゃダメだったのかしら?」
「貴方はそうかもしれません。タケル、貴方は?」
「わ……俺はダイアかもしれなかった。だからその名を告げれば殺されたかもしれなくて、嘘をついてしまった。それじゃダメだったのか?」
「ダメ、ではないかもしれませんが……」
少女はその先の言葉を噤むように、視線を地面に落とした。
「負の部分を取り除いて、個性を表現しやすく、自我を強く表現してもいい『因果応報の町』にしたい。そのためには嘘をいわなくてもいい『町』だと考えてます。……私としては友達が嘘をついた以上に、貴方たちが嘘をついたことが衝撃だったんです。だから教えてほしいんです。貴方たち2人は嘘をつき続けたことにどう折り合いをつけたんですか……? 罪悪感はなかったんですか……?」
少女は貯めた涙を結界させて、ぽたりぽたりと地面を濡らす。
瑠璃美は少女の肩を両手で優しく触れる。
俯いた顔を上げる少女。そこには穏やかに、少女を慰めるように涙を拭きとった瑠璃美がいた。
「罪悪感はあったわよ」
「そ、それなら――」
「私たちの幸せな未来のために、必要な罪だったのよ。ライちゃんは『町』を変えたいために強い力を――魔法使いになろうとしているんじゃないかしら?」
彼女の問いに、少女は度肝を抜かれたかのように目を見開いた。
願いを叶えるために、自身に強大な力が欲しかった。そのために、魔法使いになろうとしていた――否、再び会ったときには魔法使いになっていた。
魔法使いになるには異常な努力、そして危険が伴う。
1万時間以上の学習。 魔法を宿す『魔女の石』を取り込む必要がある。魔女の薬で魔法を使える身体にする。まさしく薬漬けの生涯になるだろう。さらには魔女になって『町』化する可能性もある。結果、普通の人間より平均寿命がガクリと落ちる。
それを自覚できているのか、歯切れ悪く答える。
「そ、それは魔法使いにでもならないと『因果応報の町』を本当の意味で幸せな『町』にできないから――」
「――そこに罪悪感はないといえる? お母さんか、お父さんか、あるいは友達。誰かに魔法使いになることをいったかしら?」
「話してない……っぷよ」
「ライちゃんは魔法使いになってでも、『因果応報の町』を変えたいと思っている。それが貴方の思うハッピーエンドだから。そして、幸せになるための第一歩として魔法使いになる。そのことはお母さんたちにも、私たちにも心配されたくなくて黙ってたんでしょう?」
「…………」
少女はこくりと頷いた。
瑠璃美は柔和な笑みを浮かべて、ゆっくりと話す。
「私たちも似たようなものなのよ。ハッピーエンドにしたいなら、相手に黙ったり嘘をついてしまうときもあるのよ」
「……そうっぷよね。深く考えすぎてたみたいっぷよ」
少女は納得したようで、瑠璃美に笑顔をニコリと見せた。
瑠璃美はその様子に安堵して、優しく言葉を紡ぐ。
「ライちゃんなら、『因果応報の町』を幸せな『町』にできるわよ! 頑張ってね!」
彼女がそう告げると、『因果応報の町』並がぐにゃりと歪む。
「これは……」
「次の『町』に移るの、か……?」
『因果応報の町』並だけでなく人物も歪んでいく。当然、ライもその場の景色と同様にドロリと崩れ去って行き、別の『町』並が形成され始める。
「ねえ、魔王紛いは何を狙っているの?」
「感情を揺さぶっているんだろうな。揺さぶられたところを殺そうとしているのかはわからないが気を強く持つことだろうな。ルリ、さっきはよくライを説得できたな」
「う、うん。今度も気を強く持ちたいけれど、どうしたら魔王紛いを倒す方法も探さないとね」
魔王紛いはこの場に現れない。それでも背景はぐにゃりぐにゃりと絵の具を混ぜ合うようにぐるぐると意味不明な背景が現れ、消え、現れ、消えていく。
そして形成し終わったところで、次の『町』がどこなのか、理解した。




