3話 情報交換
ラルが大見えを切って嘘をついたものの、金髪の少女にばれることはなく、なんならその嘘に騙されたことで、彼女のことを信じてしまった。否、信じるというにはもはや信じるかの判断材料をかなぐり捨てている。
つまり、少女はラルに妄信してしまった。
情報交換のため、少女は私室に案内した。
少女の部屋は個性のないミニマリストのような部屋だった。部屋から趣味らしい趣味もわからず、最低限の物がそろっているだけだ。
「親は2人ともお仕事のため、ラル様とタケル様が家にいても問題ありません。多分、2時間は帰ってこないと思います」
「ラル様なんて言わなくていいわよ……」
「ラル様のおかげで希望が見いだせたのです。慕うのは当然では?」
――話しにくいわね。
ラルは素直にそう思った。情報の交換であれば、フレンドリーな友好関係を築いたほうがよかったが、これでは友好関係というよりも主従関係だ。
「それではラル様。私の部屋まで来たということは密談をしたいということですよね?」
金髪赤目の少女はそういって、カーテンを閉じる。
「密談というと大げさだけれど、さっきも言った通り情報交換よ」
「私が『因果応報の町』について話し、ラル様が外の世界について話してくれるということで合ってますか?」
「ええ、そうよ」
「それではまず、『因果応報の町』についての情報共有をしましょう。ラル様は既にルール自体は把握していると見受けられます」
「ええ、この『町』に入る前に、ルール自体は門番からもらって、ルールも把握はしているわ」
ラルは門番からもらったルール用紙を取り出し、床に置く。
□因果応報の対象となる条件(悪行・善行の順)
・相手に負の感情を強く抱かせること。相手に正の感情を強く抱かせること。
・相手の物を奪う。相手に好きな物を与えること。
・相手に痛みを与えること。相手を治癒すること。
□因果応報の対象とならない条件
・嘘をつくこと。
・黙ること。
※ただし、「因果応報の対象となる条件」が満たされた場合は因果応報の対象となる。
「私がいまいち分かっていないのは、因果応報の対象となる条件の詳細ね。何を基準として『因果応報』になるのか、そして、悪事の場合はどの程度の『報い』を受けるのか。これが分かればひとまずは大丈夫かしらね」
正直に打ち明けると、金髪の少女は「そうですよね」と相槌を打ちながら答える。
「『因果応報』を受けた人を見てみないと、実際にどの状況が危険なのか分かりませんよね」
――本当は『因果応報』の善行は受けているのよね。
ラルの独白は表に出さない。話があまりにこじれるからだ。だからこそラルは別の切り口で話す。
「そうなのよ。実例を見たいわけではないけれど、貴方の発言通りなら、『因果応報』でも死ぬことがあるのでしょう?」
ラルが話したのは、この『因果応報の町』それ自体を否定した時の話だ。
金髪の少女は顎に人差し指を当てる。
「あれは禁忌の中の禁忌だからです。この『町』すべてを否定する言葉は、ここに住んでいる人たちすべてを否定しますからね。逆に言ってしまえば、それ以外だと死に至るほどの『因果応報』はないように思えます」
「それなら通常であれば、『因果応報』の対象になっても死ぬ可能性は限りなくゼロってことね」
「はい。先ほどと同じような発言をするなら別ですけど……」
「あれは、貴方を励ますためにしたのよ。何度も言うことではないわ」
「あっ、そうなんですね。ありがとうございます……!」
金髪少女は頬を赤目ながら口元を手で抑えた。
「とりあえず、即死することがほとんどないなら安心ね、タケル」
「ああ。これで思う存分、調査自体はできるな」
「調査、ですか?」
金髪少女は、可愛らしい顔にはてなマークを浮かべるように小首を傾げた。
「ああ、俺たちにとって大事な調査だ。といっても、これはこの『町』の誰かに聞くことになるんだが……お前さんにも聞いておきたい」
タケルのその言葉を聞き、少女は頭を下げる。
「お役に立てるのであれば是非……!」
はきはきとした声は、全力で質問に答える意思がありそうだった。
タケルはその意思をくみ取り、安心して質問する。
「産まれる前の記憶ってあるか?」
「へ?」
素っ頓狂な質問とばかりに、少女はぽかんとした表情をした。
しかしその質問の意味を考えようと、顎に手を当て、目をつむってうんうんとうなり始めた。
時間が経ち、金髪少女はいった。
「私はそんな記憶持っていませんね。そもそも、産まれる前の記憶って存在するのでしょうか?」
「……そうだよな。それでいい。念のため確認だが、友達にもそういうことを話している人間はいないってことだよな?」
「はい。私の知る限り、そのような人はいませんが……」
少女は困惑した表情をしつつ、しどろもどろしながら答えた。
「それがわかれば十分だ。礼をいう。名前は……まだ聞いてなかったな」
「ヘンリエッタ――ヘンリエッタ・L・ライです」
名前を聞くと、タケルはライを見ながら微笑む。
「ありがとう、ライ」
「ありがとう、ライちゃん」
「え!? いえいえ! タケル様とラル様から感謝の言葉をいただけるなんてありがたいっぷよ! ……あ」
少女は興奮のあまり、顔どころか耳まで赤くなっていた。しかしその流れで隠している語尾が出てしまったことに、少し肩が震えていた。
その震えを見ていたラルはゆったりとした言葉遣いで話す。
「ライちゃん。気にしなくていいわ。私たち2人にはその語尾に不快感も嫌悪感も感じないわ。過去に『因果応報』の対象になってしまったのかもしれないけれど、私たちの前では気にしなくていいわ」
少女は呼吸をゆっくりとし、落ち着きを取り戻す。
「すみません、おびえてしまいました。ラル様たちが気にしないのであれば非常にうれしいです。それに、ラル様に私の名前で呼んでいただけるなんて光栄です……!」
「正直、もう少しフランクに話してもいいわよ。貴方だって、そっちの方が楽でしょう?」
「いいん、ですか?」
少女は瞳を少しうるうるとしながら言った。
「もちろんよ。ライちゃんがいいなら敬語もなしで、貴方の口癖もそのままで、対等に話そう。もっと自分をアピールして、個性を出して、ありのままでいよう。私たち、友達でしょ?」
少女は涙をこぼした。そして明るく答えた。
「ありがとうっぷよ!」
「そっちのほうが、貴方らしさがあっていいわね」
「ああ、俺もそう思う」
旅人2人は本当に、心の底からそう思った。
少女は涙を手で拭うと、頭を下げて礼を言った。
「今まで、この個性は受け入れなくて、不安だったっぷけど、2人のおかげで不安がなくなったぷよ」
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友達となって、3人でいろんな会話で話が弾んだ。
ライはこの『町』での面白いことを話し、ラルたちは旅での数々の話をした。
『因果応報』があっても、青春は普通に謳歌できることをラルたちは聞けることができたし、ライは旅での楽しさも知れた。
ただ、お互いが楽しさとは別の、辛いこと、悲しいことも赤裸々に会話していた。
それは、お互いがお互いに情報交換をしたいために、なるべく真実を話したがゆえの結果だった。
だからこそ、その延長線上で、ライはいうのだった。
「旅で辛いことが多いのはわかったぷよ。ただ、私はそれでもこの『町』を出て旅をしたいっぷよ。それこそ、今すぐにでも」
「ライちゃん……何を言っているの?」
3人が後ろを振り向くと、そこには金髪赤目の女性がいた。
「お、お母さん……」
ライの母親だった。