1話 『時の村』の唯一の住民
「……うっ……」
ラルは頭を抑える。
地面に横たわっていたと、遅れて認識していく。
正面を見ると、古風な一面が広がっていた。ひび割れて乾燥している地面に、かろうじて草が生えている。さらに顔を上げると、『時の村』と書かれた古びた壊れかけの看板が、木材の門とともにラルを見下ろしていた。
木材の門は蔦が絡みすぎていて、しばらく開いていないことが見て取れた。
「『時の村』、たどり着けたわね」
ほっと安堵のため息を吐き出しながら、ラルは立ち上がる。汚れを落とそうと衣服を見るといつものように服装が変わっていた。
ボリュームアウター――少し厚めの落ち着いた赤と黒の二色が混ざり合ったニットアウター。白黒のトップス。ワイドパンツの先はスニーカーを履いていた。
「この服装、えらく落ち着くわね」
ラルは服に落ち着いた印象を受けたのは、初めての体験といえた。
「ラル……なのか……」
ふと、その声の主に吸い付くようにそちらを向く。
スタイリッシュかつ、シンプルな服装だった。
無地の青色Tシャツにデニム色のスキニパンツ。黒色のランニングシューズ。
そして彼の姿は日記帳でも、タケルでも、当然ニオハの姿でもない。
彼は黒髪黒目を基調にしているが、肌は白く陶磁のように透き通っているように見える。背丈はラルよりも大きく、ほっそりとした印象を受けた。
いつもどおり隣にいる人物だと思いを馳せれば、その相手の名前は自然と声から漏れる。
「貴方……ダイア……?」
「その名前は使うなと忠告したはずだ。散々な目にあったはずだし、さっきだって本物のダイ――」
彼はそこから先の言葉を話そうとしたが、まるでその意思をかき消すように言葉は止まり、行動さえも止まっている。まるで何かいいたかったが、躊躇って何も口にはしなかったように見て取れた。
ラルはその状況を見て、手を叩いて納得したようにつぶやく。
「禁足事項。私はなかったけれど、貴方はあったのね」
「ああ、お前のおかげで助かった。しかも場所も『時の村』の場所まで飛べたようだ。ただ――」
「ただ?」
「お前、ラルなのか?」
「へ?」
ラルは自身の姿を再度確認した。
髪は長いものの、赤ではなく黒。背丈に変化はほぼないものの手足はラル自身とは別だという違和感があった。
「どういうこと!?」
「それは俺も聞きたいが……。憶測でもいいなら、『時の魔女』の身体的特徴を解除できたんじゃないか?」
「お主、『時の魔女』といったか?」
「「――!?」」
いつの間にかそこに現れるように、その人物は2人の話を聞いていた。
老婆だった。
皺が刻み込まれた皮膚。年季ある右手は杖を掴んでいる。
腰が曲がっており、こつんと衝撃を当ててしまえば倒れてしまいそうに見えるが、足がよろよろとしている雰囲気はなかった。
そんな老婆だが、ここは『時の村』。最強の魔女の一角の『村』なのだ。2人は老婆を危険視する対象とみなし、戦闘態勢を取る。
「戦闘態勢を取る必要はないわい。わたしゃ『時の村』唯一の住民、ゆえに村長じゃ。戦闘能力は外見通りからっきしじゃし、敵でもないわい」
「なら、いきなり現れた味方だとでも? そんな都合のいい話があるのか、婆さん?」
「味方でもない。誰に対しても平等じゃよ。『時の村』に訪問できた存在には誰にでも、平等なんじゃ。例えダイアと呼ばれる存在がたどり着いても変わらんよ」
少し虚ろ気味に見える濁った瞳はしかし、2人をしっかりととらえて真摯に理由を説いていた。
ダイアが目を細めて鋭く問う。
「ならどうして『時の魔女』に反応したんだ。『時の村』――『時の魔女』の成れ果てがこの場所だろ?」
「『町』、であれば『時の魔女』の成れ果てじゃろうな。じゃがここは『町』ではなく『村』なんじゃよ。魔女は『町』化するとその場にとどまり、顕現することも叶わない。多少の例外――魔女の残滓が一時的に現れたり、精神が蘇ったりあるが、基本は『町』内に留まる」
老婆は2人の聞き入った反応を見ると言葉を紡ぎ続ける。
「じゃが、『村』なら当の魔女は自由に移動できる。魔法の一部は『村』には滞在するものの、魔女本人は自由に行き来できるのじゃ。……まさか『時の魔女』に取り残されたわたしゃあが、『時の魔女』と出会った人物がいるとなると驚いてな」
「出会ったし、なぜか『時の魔女』に憑りつかれて時の魔法を使えたわよ。貴方、『時の村』の住民なら何か知っているわよね?」
ラルの問いかけに、老婆は彼女を上から下まで、舐めるようにい見定める。
そして、老婆はゆっくりと重く、口を開く。
「…………今は、使えないように見えるがの?」
「そんなことないわ、よ……あれ?」
ラルはそういって腕時計のチェーン型ベルトを外そうとしたが、そこに腕時計はなかった。
「そこに、『時の魔女』が封印されていたんじゃろうな。ふむ……そこも含めて、お主たちを案内しよう。ようこそ、『時の村』へ」
老婆がそういうと『時の村』の門が動き始める。
長年伸びていた蔦はばらばらと崩れ落ち、ぎぃぃぃと古い木材が軋んだ音を上げながらラルたちを迎えていた。
「……ダイア、入る?」
ダイアは顎に手を当て、瞼をゆっくり閉じる。
思考し、目を見開く。
「1個だけ確認だ。転移は使えるか? 婆さんには見えんようにな」
ラルは崩れ落ちていった蔦の一部を転移した。
「できるわ」
「最悪、転移で逃げる。『時の村』なんて未知数だからな」
「入らないのか、お主ら?」
「今、入る」
老婆の問いかけにダイアは答え、2人は『時の村』に足を踏み入れた。