幕間 『血税の町』→日記記載空間→『時の村』
『血税の町』の政策が変わることで多少の反感はあった。
巨人族の中では血の貸し借りはどうするべきなのかという意見が主だった。だがそれはこの『町』の象徴となっていた血の壁を使って血の不十分を賄う結論を導き出した。
巨人族以外は本当に平和な『町』になる画策などされるのかと不安が募っていたが、ライが『血税の町』を駆け巡って、1人1人に話しかけていき、その不安が払拭されていった。奴隷同然の扱いを受けていた者もその彼女の明るい雰囲気を見て元気をもらっていたようだった。
『町』の被害はそれほど大きくなかった。
中央闘技場が壊滅となっていたが、新しい政策に闘技場など不要という意見が多数で別の施設を作成することで話がまとまった。
『時の魔女』が現れたにも関わらず、ここまでの被害で抑えられたのははっきりいって奇跡といえた。
そんな中、とある3人は地下に場所を移していた。
紅の瞳を宿す彼女、ラル。
青年、タケル。
巨人、ランケル。
「どんな大きさでも入りそうな地下室ね」
地下への入口こそ、ランケルが身を捩ってギリギリ入れる大きさだったものの、地下は広く、ランケルが立ち上がっても天井に届かないくらいだだっぴろい一室だ。
ラルがそのことに感心していると、ランケルはニカリと笑う。
「そうだぜッ。オマケに防音対策も完璧で、俺様の大声でもほぼ響かねェ。英雄は1人にしたんだッ。なのに裏方のテメーらが話をしてー言ったんだ。このくらいしか場は用意できねーが、我慢しろ」
「十分だ、助かる。ランケルも話があるなら話してほしい」
「そんなもんは山ほどあるぜェ。ラルは『時の魔女』なのか。魔力を感じない魔法の正体はなんなのか。テメーらが『血税の町』に滞在するとまた『時の魔女』が復活する理由、いろいろある――」
悪態をつくように滔々と話すランケルだったが、一呼吸置いたあと、ラルとタケルをじっと見て話す。
「――だがァ、一番知りたいのはテメーら2人の関係性だッ。門番から聞いたぜ、テメーらは始め2人で『血税の町』に入らない意思を示したってな。それでもライと再会してこの『町』に入る決心をしたッ。結果、俺様の独裁政治を破壊した。
なのにだッ。『町』を変えていく大切な1年を過ごさず次の『町』に行くのは解せねェ。ラル、テメーが『時の魔女』になっちまうのはわかったが、それ以外にも何か制約でもあんのかッ?」
ラルとタケルはお互いに向き合い、こくりと頷く。
そしてタケルは語る。
「そのとおりだランケル。俺とラルはともに行動しないといけない制約がある」
「テメーらが勝手に作った制約かァ? きっとちげーんだろォ?」
「ああ、違う。この制約をかけた正体は……」
タケルはその名を口にすべきか逡巡する。それでも、すでにラルの許可はもらっている。何が起ころうとも覚悟できていた。
「恐らく、魔王ダイアだろう」
タケルは胸を撫でおろしながら安堵のため息を吐く。
――禁足事項ではなかったな。
冷や汗が数瞬で出たタケルだったが、ランケルは飄々と八重歯を見せながら笑う。
「……合点がいったぜェ。俺様が出会ったのは死んだはずの魔王かァ」
「出会ったのか……!?」
「『時の魔女』の魔法でな。ラル、テメーはわかってんじゃねえのかァ?」
顎でラルに話を促すと、ラルは人差し指を唇に当てながら、そのときの状況を思い出しながら話す。
「ええ。貴方が急に倒れたあとそんな独り言を吐いていたわね。ただ、貴方が魔王と会ったのは見れてないけれどね」
「テメーら、魔王がいることにびびらねぇのなァ。死んだと伝承された魔王が生きているとわかったら大事件だぜェ。魔王の恐ろしさを知っていれば自殺するくらい、いまだに魔王の恐怖は消えてねェってのに」
「まあ、俺たちは別の世界から来たからな。魔王の恐ろしさは口伝でしか知らない」
「テメーら異世界人って存在か」
「……その言葉を知っているのか?」
「ここじゃねえどこかからやってきた奴らだって聞いてるぜェ。ただテメーらがそうだとしたら、『時の魔女』になるのは余計意味わからねーけどなッ」
「……それについては1つ推測できている気がするのよね」
「ラル、それはホントか!?」
「ええ。ただ、タケルに1個確認したいのよね」
「なんだ?」
ラルの深紅の瞳はタケルの黒の瞳を捉える。
数秒、彼を見続けていて反応を伺うが、彼は何も反応しなかった。
「……ここにいる貴方はタケルでしかない。……貴方はこの『町』でしか生きられないの?」
「……そうだ」
沈黙が場を支配する。
彼と彼女はお互いの瞳を捉えていて、それ以外は何も見えていない。
それほどの集中力。
まるでテレパシーで何を伝えているかのように。
まるで目だけですべてを知ってほしいと訴えかけるように。
まるで世界はすべて貴方だけで成り立っているかのように。
見続ける。
見合い続ける。
見合い愛続ける。
どれほど2人は集中していただろうか。
さすがにランケルが沈黙を破る。
「テメーら、何を考えていやがる?」
ラルはランケルを見やる。その眼は酷使しすぎていたのか、目が充血し、涙まで流していた。
彼女は一礼する。
「ランケル、ごめんね。もう、私たち『移動』するけれどいいかしら?」
彼女の真意をランケルはくみ取れなかったものの、純粋に頷く。
「そのためにライがこの『町』で頑張るっつったんだ。問題はねェ」
「ありがとう」
2人は『血税の町』から外に行き、そして転移した。
******
深い、深い、深い。息ができないほど暗く、光が届かない場所。
そこで目を覚ましたのは2人。
1人、ラルと呼ばれる少女。赤き瞳はそのままで長髪の赤もそのままではあるが、この暗く光が届かないような場所には色になんの意味も見いだせない。衣服もなぜか剥がされている彼女は、死んだ瞳をしながらも言葉を口にする。
「やっぱり……この心の病みよう……、私は彼女の影響を受けているのね……」
彼女がぽつりとつぶやく傍ら、人間という生物から化物に変化し始める存在がいた。
青年から、色が変色し、形が奇形になっていき、いつもの日記帳の姿へと変貌する。
彼はいつもどおり、この日記記載空間の彼らしい口調で話しかける。
「ハッハア!! ラルぁ!! なんていったんだぁ!?」
「……指、借りるわ……」
ラルはタケルが日記帳になるや否や、日記帳の長い指の1本を切り落す。
血が滴り、その血で彼女は日記に『血税の町』の記録を羅列する。
「うお、急になんだぁ!?」
急な出来事にミミックのような舌を出しながら驚き、ダイアは多少暴れていた。
そんな中、ラルは『血税の町』での出来事を記録した。
そして日記帳を見る。
瞳は存在しない。
「貴方は、この空間だと貴方じゃない。そうよね、魔王ダイア……」
「面白い冗談いうなあ、ラルぁ!? 確かに名前は同じだが一緒に旅してきた仲だぜえ!? そんな結論になるとは冗談でも驚くぜ!!」
「……冗談じゃない。貴方はこの日記記載空間だと記録はあっても情緒も、考え方も違う……。私もだけれど、いつもと違う感覚……」
ラルは、一息おいて話す。
「『時の魔女』みたいな気怠さな発言も、……この空間だけすごい影響しているのよ。魔王の口調なんてなんでもできる魔法でどうにもなる。その魔法で魔王ではないダイアを幽閉しているのでしょう……?」
「素っ頓狂すぎる発言だなぁラルぁ!!」
「……私にそんな言葉をかけるのは、貴方じゃない。やっぱり魔王ね……。……どんな制約で喋れないか知らなけれど、直接聞くわ……」
日記記載空間でも存在している腕時計、そのチェーン型ベルトを気怠さを押し殺してがちりと外した。
「鎖接続――」
チェーンはいつもは地面に固定していたが、このときばかりは違った。
「なぁ!?」
日記帳に鎖を固定した。
ラルの心臓。日記帳の顔。
この接続の中、ラルは死んだ瞳のまま口端を上げる。
「魔王――」
日記帳の真後ろに時計盤が現れ、この日記記載空間が揺れる。
水泡が現れる。
暗い空間が震撼していく。
暗い中、光が届かない中、それでも彼と彼女同士が視認できるのは超常の存在で、2人がずっと認識できる存在だから。
認識される中、暗闇以上に気泡が多くなっていく。とめどなくあふれる浮かび上がり、暴れる泡。
その中で過去に見たあちら側の世界の1つ『時の村』が見えた。
ラルは息も吸えないような状況下で宣言する。
「Ⅻ:次元移動――『時の村』」
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・移動内容:東日本に存在する海の底 → 『時の村』
・時間変更:2011/3/11 21:14 → ????/??/?? ??:??
・情報開示:日記記載空間 = 東日本に存在する海の底
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死線の暗闇――死線の海から彼女たちは、再び転移した。