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9話 全住民が幸せになるための第一歩


「『鎖接続(チェーンリンク)』――『欠片達(フラグメンツ)』――『(ツヴァイ)逆巻き(さかまき)』」


 黒の靄に手を触れて、その場のみの時を遡っていく。

 靄が晴れていくとともに、巨人の姿に戻っていく。

 そして巨人は瞼を開け、空を見上げる。


「……俺様ァ、一体……?」


「貴方、黒い靄になって消滅しかけてたわよ。私が元の姿に戻したけれど」


 彼は仰向けから上半身を起こし、自身の身体をぐるりと見た。

 そして、この身体に戻した張本人、ラルに怒りを向けた。


「俺様ァ負けたんだッ! なのに、なんでテメーは俺様を復活させたッ!?」


 怒号。巨人の怒りはそれだけで大地を震わせていたが、ラルは臆さない。

 紅の瞳でランケルの(まなこ)を捉えて、胸に手を当てて訴えかける。


「貴方に罪を償ってもらうためよ」


「……テメー、罪を償う前にまた殺しあってもいいんだぜェ?」


「その前に話し合いをする約束、忘れてないわよね?」


 怒りのランケルに対して、彼女はにやりと笑って揚げ足を取る。

 その姿にランケルは髪をがしがし掻きながら、舌打ちした。


「ったく、その約束は覚えてるぜェ。話を聞けばいいんだなッ?」


「ええ。貴方は巨人以外の人たちを苦しめるっていう悪いことをしたわよね。だから苦しめた人たちにごめんなさいして、そして今度はその人たちを守るように動いて。

 簡単にいえば、これからは良いことをして、『血税の町』を良い『町』にする。いいわね?」


「テメーの思う良い『町』と、俺様が思う良い『町』、大分違うかもなッ! ガハハッ!!」


 その笑いはラルをあしらう笑いでしかなく、挑発の意図を含んでいることは傍からでも感じ取れた。

 それでもラルは怒るわけでもなく、悲しむわけでなく、淡々と言葉を紡ぐ。


「貴方との価値観はほとんど変わらないわよ。貴方はこの『町』の文化として、観光客から『血税』で『血税の町』独自の路線で外との交易関係を維持している。しかも巨人を贔屓(ひいき)しているように見えるのだって、住民の『血税』は巨人が多く賄っているからという道理がある。巨人以外だって助けたいと、本当は思っているのでしょう?」


「……テメー、どこで知ったッ?」


「『時の魔女』を通して共有されたのよ」


 その言葉が真実とわかるや否やランケルは唾を吐き捨てるように舌打ちを漏らす。


「けッ、テメーの性格なら、少し揺する言い方するだけであたふたしそうだったのにつまんねえなァ」


「だってここで私がしっかりしなきゃ、この先良い『町』は作れないでしょう?」


 彼女の訴えかけ続けた言葉、そして巨人を臆さず一度も目を離さない彼女の姿勢を見て、ランケルは考えた。


――確かに力での支配つっても限度がある。……『時の魔女』の忠告どおり、ここらが恐怖政治の潮時かッ。


 考えの整理がつくと髪をかじったあと、少し気怠そうに答えた。


「ったく、そのとおりだ。だからなァ、最低限の協力をしてもらうぜッ!」


「どんな協力かしら?」


 小首をかしげたラルに、巨人ランケルは協力内容を話す。


「テメーら旅人にはキツイかもしれないが、1年はこの『町』にいてもらう。革命の代償ってやつだ。ルールによって毎日血を吸い取られるが、俺様がテメーらの『血税』分は負担するぜェ。だが、そこまでだ。治安の維持、俺様たち巨人が多量の血を賄ってきた部分の解決策、『町』同士の外交、その他もろもろ。それらを担保するためにテメーらは1年ここにいろ」


 ラルは生唾をゴクリと飲み込んでしまい、瞳孔が開いていた。それはまるで何かに恐怖しているかのようだった。

 そんな彼女は発しようとした言葉さえ、喉の渇きで口にすることも一苦労したものの、恐怖の理由を話した。

 

「……『時の魔女』が再誕するから無理よ」


「あん、どういうことだァ?」


「時の魔法を使わない場合でも、12日の時が過ぎたら『時の魔女』に私はなってしまうのよ」


「つーことは、『時の魔女』と再戦できるっつーことだよなァ!?」


「そうだけれど、貴方は『時の魔女』との戦いに興味はあっても、それ以上に他の巨人たちを巻き込みたくないんでしょ?」


「『時の魔女』と戦ったときの会話を覚えてやがって……そのとおりだがなッ。っけどこれだと互いの言い分はずっと平行線だァ。こっちは譲歩してんだぜッ。1年って契約は短いはずだ。無理とはいわせねェ」


 ラルは自身の特性――『町』の滞在時間の制限に歯嚙みしていた。

 どうにもならない事象。ラルが一番わかっている。『時の魔女』を抑えようとイメージしても、一度死んでも、何をしても、12の時が刻まれたら『時の魔女』は復活する。


「私じゃダメっぷよか?」


 第三者が、ランケルとライの間に割り込んだ。

 『意思遣い』――ライだった。


「私ならこの『血税の町』で1年いることも可能っぷよ。私は多くの『町』に幸せであってほしいっぷよ。仮初で出来上がった『町』、恐怖で埋め尽くされた合理的な『町』、どんな状況でも私は『町』の人たちに希望をもってほしいっぷよ!

 ランケル、私だけじゃ心もとないっぷよか?」


 胸に手を当て、ランケルを見つめる彼女の瞳は、希望を見据えているように瞳がきらめいて見えた。

 ランケルはその姿ににやりと笑った。


「及第点だッ。そのやる気なら1人でも十分だッ!」


*****



 崩壊した中央闘技場(コロッセオ)

 巨人たち、それ以外の住民も含め、ばらばらに破壊され尽くされた中央闘技場(コロッセオ)前に召集された。

 ランケルは中央闘技場(コロッセオ)のかろうじて残っていた観戦席の上に立ち、拡声器もなしに声を張り上げ『町』全体に伝える。


「テメーら、耳の穴かっぱじってよーく聞きやがれッ! 一度しかいわねーからなッ!!」


 その声はあまりにも大きく、誰かを支配する声にしか聞こえなかった。

 彼の声を聞き、反射的に耳を塞ぐ普通の人間たちもいれば、すべてに興味を失せていて焦点を合わせない人間たちもいた。

 そんな中で、彼は声を張り上げて事実を伝える。


「俺様はなァ、この場所で負けた!!」


 ざわりと、空気が一変した。

 1人の巨人がぽつりとつぶやくように問いかける。


「何かの間違いじゃ……」


「間違いじゃねェ、事実だッ!!」


 巨人たちの間でどよめきが広がっていく。

 やがて、冷や汗を垂らしながら巨人たちはリーダーに問う。


「あ、あり得ねえ」

「リーダー、嘘だよな?」

「卑怯な手を使われたんだよな、リーダー」


「テメーら、黙ってろ」


 ランケルの低く、低い声が中央闘技場(コロッセオ)全体に広がりしんとした雰囲気に支配されていく。

 それを確認したランケルは口を大きく開け伝える。


「俺様を倒した奴を紹介するッ! ライ――ヘンリエッタ・L(リゼ)・ライだッ!!」


 ランケルの紹介とともにライは登壇する。

 彼女は巨人ではない、普通の人間だ。

 遠目で見てしまえば、ほとんど見えず、米粒のようなちっぽけな存在。そんな彼女が一礼をした。


「ご紹介にあずかりました、ヘンリエッタ・L(リゼ)・ライです」


 静かで、透き通る声が『血税の町』の住民に響く。

 ラルと出会った少女時代から時が経ち、大人の井出立ちをしてはいるものの、存在感は巨人より数百段劣る。

 しかしながら反論の声も肯定の声も一切なく、小さき人の話を聞き入れようとしている住民たち。


 ライは深く息を吸い、不安を吐き出していく。

 そして『血税の町』の民をしっかりと見て、語る。


「私の出身は『因果応報の町』です。良いことをすれば良いことが、悪いことをすれば悪いことが相手に跳ね返ってくる『町』ですが――その実情は、良いこと悪いことが『町』の住民の感性で決まってしまいます。事実、私は口調自体に個性があり、その個性は『因果応報の町』にとっては悪いことでした」


 滔々(とうとう)と語る彼女の声に耳を傾けるものの、話の内容は『血税の町』の住民には関係のない、独り言にもとらえられてしまう話。

 雰囲気が緩み始めたところで、「だけど、私は!」と彼女は声を大にする。


「『因果応報の町』が好きです。『因果応報の町』で過ごした家族が、『因果応報の町』でともに切磋琢磨した同級生が、『町』の人々が、大好きです! 『血税の町』もそうであってほしい! そのために私はここに立っているっぷよ!!

 巨人族には反感があるかもしれないけど、私は皆が幸せな『町』になるようにしたいっぷよ! 私にどうか託してください、支配がなくたって上手く『町』として成り立つように、頑張るっぷよ!

 そして、『血税の町』の人たちが幸せになる『町』を目指すっぷよ!!」


 彼女は演説を終えると、静かに一礼した。

 その姿を最後まで見ていたランケルは声を大にしていう。


「以上だッ。文句は受け付けるが、俺様はライの意見にはすでに賛同している。テメーら、新しく変わっていく『血税の町』に協力してくれッ!!」


 支配者にしかなりえなかった初めてのランケルの一礼に、全住民が驚いているのか、呆然としていた。

 それでも、ライ、そしてランケルの意思は伝わった。

 『血税の町』は少しずつ復興に向かって歩みだしていくだろう。


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