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6話 時の魔女、復活


 骨格構造をラルを狩るために特化した巨人は、ただただ(はや)かった。


「はや――」


 速い、とラルがいい切る前に、鋭利な牙でラルの身体が噛み砕かれる。

 バケツをひっくり返したように、地面に血がまき散られる。

 そんな血を気にせず、巨人はぐしゃりばしゃりと彼女の骨を容易く砕き、強靭な歯牙で咀嚼する。

 そして骨を、血を、ごくりと飲み込んだ。


 巨人(ギガント)再生者(リジェネーター)に注目が集まり、歓声が上がった。


 巨人の長は口についていたラルの血をなめ切ると咆哮を上げた。

 彼は完全に相手を倒したと認識すると、再生(リジェネート)でかみ砕くことしかできなかった牙を捨て、人語が喋れる人間の歯を生やす。

 彼は嘆息して独りごちた。


「……他愛もなかったなッ」


 だが、彼にはすぐに別の異常が発生した。


「があッ!?」


 身体の内側から鋼鉄の槍が、剣が、矢が、斧が――鋼鉄の武器が彼の皮膚を突き破っていく。


 王国『メソッド』のルール。


 『メソッド』の効力が及ぶ『町』で殺人を行った場合、殺人犯は自壊する。皮膚の内側から武器が生え、武器は意思を持ったように皮膚を突き破る。

 たとえ皮膚が強固だったとしても、内側から破壊し尽くせば大抵の魔法使いは死ぬ。

 だが彼は再生者(リジェネーター)。抗うことができる。


「……ふーッ! がーッ! 俺様がァ、こんなんで死ぬわけがねぇだろうがァ!!」


 道理(ルール)に従いされて破壊されるが、道理(ルール)に背いて再生する。

 破壊。破壊。破壊。

 再生。再生。再生。


 身体内側から創生され突き破っていく武器による殺戮染みた攻撃。そのダメージを異常な再生力で補っていく。抉れ貫かれた皮膚からあふれる血を抑える素振りも見せず、意識を身体中に駆け巡らせ、再生に集中する。

 そしてついに、破壊を上回る勢いで再生を繰り返して、破壊は止まった。

 

 彼は王国『メソッド』が各『町』に付与したルールを超越した。


「俺様はァ……! 最強だッ!」


 巨人たちの歓声が中央闘技場(コロッセオ)を轟かせる。奴隷同然の困窮した人間はその最強を見て顔面を蒼白に染める。

 ラルが巨人最強を倒すという一縷の望みが砕かれ、再び絶望で俯いていた。


 しかし。


 ピクリと、地面に撒き地られていた血が動く。

 血と同時に、先ほどから展開されている虚構の巨大時計の針もカチッカチッと動く。

 その針は一度加速し、長針と短針がある数字の上で(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)止まった後、急速に逆回転を始めた。


欠片達(フラグメンツ)――逆巻き』


 アルト寄りの女性の声がぽつりと発される。不完全な声なのか、機械音が含まれていた。

 詠唱されたあと、血が竜巻を起こすようにぐるぐると螺旋を描く。

 そこに足りなかったはずの血がどこからか補充されていく。

 そこになかったはずの骨が生み出されていく。

 そこになかったはずの心臓が創生されていく。

 血の竜巻は徐々に速度を落として人を形成していく。衣服さえも形成していく。


 赤の長髪。深紅の瞳。魔女の帽子を左手で押さえつつ被り、眼前の巨人に言葉を告げる。


『メソッド』のルール(アレ)の制裁を受けても生きてるだなんて……化物……!」


「テメーこそ化物だろッ!」


 お互い、相手を化物と認識するほど埒外な決闘であることを認めていた。それが観戦者にも伝わっているのか、ただ応援するなどという人間はいなかった。ごくりと生唾を飲んで、この結末を片時も目を瞑らず結末を見守っている。


 ラルはびちゃりとした汗が髪を濡らしていることを自覚する。鼓動も耳に響いているのではないかと錯覚する。

 このままでは巨人の長ランケルに蹂躙され続けることを肌で実感し始めている。

 身体全身から、警鐘が鳴らされていながらランケルを見つめる。


「出し惜しみはできないわ……!」


 彼女の手を巨人にかざす。

 転移。

 巨人の胴体を転移させる。


「その技はッ……! もう喰らい飽きたぜッ!」


 胴体が凄まじい勢いで再生される。

 いくら再生といえど魔力という限度があるはずだとラルは考えていたものの、これほどの修復速度。

 ラルは口元を震わせ、精いっぱいに相手の情報を探る。


「魔力は尽きないのかしら?」


「俺様の魔力量なめんなよォ!! ……ッつかよォ――」


 ランケルは一呼吸置き、ラルをギラリと睨みつける。


「その魔法はなんだァ? 魔力を感じねェ。どんなカラクリだァ?」


「……貴方にこのカラクリは教えないわ。これはマジックショーのとっておき――商売用のネタは隠さなきゃね」


 あまりにも苦し紛れながらも不敵に笑みを浮かべる。ラルの精いっぱいの嘘だが、見る人が見たらバレバレの嘘。それでも、魔力を感じない正体を理解しなければ問題はない。

 巨人は彼女の顔を見て、ニカリと笑う。


「まッ、ここでテメーに勝てりゃあ、それでいい。たとえ『時の魔女』でなかろうと、テメーは時使いであることに変わりねぇ。いたぶって殺し尽くして俺様が最強であり続けることを証明してやるぜッ!!」


 急発進、急停止、急回転。

 ラルを翻弄して、転移の範囲を絞らないように攪乱する。彼女が目で追えないと見極めて、巨大な手でラルを吹っ飛ばす。


 ラルは再び壁にめり込むように吹っ飛ばされた――と同時に巨体全身を瞳でとらえた。

 苦悶な表情を浮かべながら深紅の瞳は巨人の長ランケルを捉えている。


欠片達(フラグメンツ)――(アフト)禁足世界(■・■■■■)


 彼女だけのモノクロ世界へと塗り替わる。


 彼女はそのまま掌を巨人に向ける。


「転移範囲はランケルのすべてよ! これで終わらせるっ!」


 すでに鎖接続(チェーンリンク)で心臓を接続し続けて、計23の時――23の時の欠片が使われていた。

 それゆえか、ラルの脳裏からささやき声が聞こえた。


『あと1の欠片だけで私は復活する。貴方はハッピーエンドが好きだけれど、私はバットエンドが好き。どうかしら、たまにはバットエンドになってもいいんじゃない?』


 彼女だけの世界に割り込んだ存在はくすくすと笑う。

 ラルは声を荒らげ、灼熱の気持ちを彼女にぶつける。


「嫌だ! 私はもう過去の『町』であった大災害なんて起こさない! この『町』で貧困してる人たちを助けるの! ランケルには悪いけれど、この『町』から出て行ってもらうわ!!」


 静止世界だからこそ、絶対回避不可能の転移攻撃。

 範囲は巨人の長ランケルの全体。それだけじゃ飽き足らず中央闘技場(コロッセオ)の壁ごと転移させる徹底っぷりだ。


 時は動き出す。

 セピア色から鮮明な色たちが溢れた世界に、巨人族の長――ランケルはいなかった。


「はぁ……やった、わ」


 ランケルを転移できた安心感で、汗がどっと噴き出、ラルはその汗を腕で拭う。

 チカチカと視界が明滅していて貧血のような症状を起こしていた。

 くらりと倒れかけるが、足に力を入れてなんとか転ばなかった。

 視点は地面から正面に。


 眼前にランケルが立っていた。


「な、なんで……!!」


「なんでってつってもよォ、タネも仕掛けもねぇぜ。テメーしか動けない時の中で、俺様もなぜか(﹅﹅﹅)動けた。そんだけだッ」


「まさか――貴方のせい!?」


 ラルは後ろを振り向いて問うが、いると思った本人はいなかった。

 その瞬間巨人の平手を喰らい、トラックに吹っ飛ばされるように、三度(みたび)壁にぶつかる。


「ぐは゛っ――」


 吐血。頭から血もこぼれる。

 声を出そうとしても口から血がこぼれ出る。

 女性ではあるが低い声の持ち主が、ラルの目の前に半透明上の姿で現れる。


 『……そう、私のせいよ。そして貴方の疑問――24の時を刻まなくても私が時を弄れるようになったカラクリを話すね。逆巻きは(ツヴァイ)に値する。すでに24の時は刻まれている』


 ラルはがんがんと痛みに支配されて何も思考できなくなり始めるが、唯一、1つの希望を想い、転移で彼に声を届ける。


「タケル……逃げて……。『時の魔女』が、復活するわ……!」


 その一言を告げ、ラルは気絶した。


 虚像の巨大時計が実像の巨大時計に変化する。地面に配置されていた巨大時計はぐにょんと自在に動き、ラルを一飲みする。

 そして、とある彼女のとある詠唱が時計を中心に響く。


 『完全(オールフォータイム)』――『還魂(ディストピアルフラン)時の魔女(タイムウィッチ)』。


「なんだあの時計ッ!?」


 ランケルといえど、ありえない事象を目の当たりにして呆然と立ち尽くし、その行く末を見届けていた。

 巨大時計はラルを媒体として変化していく。時計の姿が変化していく。

 銀時計の色はそのまま残して、人型に。

 銀色の人型はあたりにへばりついていたラルの血を取り込み、人間の皮膚じみた――肌色の皮膚に変化する。

 赤髪が生成され、顔が生成され、胴体が生成され、肢体が生成される。

 衣服も生成される。


 浮かび上がって、巨人ランケルと同じ目線に立つ。

 妖艶な笑みを浮かべ、深紅の瞳が黒く輝く。

 とんがり帽子、黒いローブ、革靴のロングブーツを身に纏っており、魔女を彷彿とさせる――否、完全に魔女と呼べる存在だ。


「久しぶりのシャバ……楽しまなきゃね。私は『時の魔女』――ラル・S(ソウル)・エンド。この『町』に終焉をもたらす魔女よ」


 ラル・S(ソウル)絵美里(えみり)から変化したラル・S(ソウル)・エンドは死んだ瞳のまま中央闘技場(コロッセオ)でそう宣言した。


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