2話 金髪少女は外の世界と転移使いに憧れる
『因果応報の町』並みは、中世時代の西洋風景を彷彿させた。
ラルと短パン小僧のタケルは繁盛している商店街を歩いている。意識してないと2人ははぐれてしまいそうだった。
「大分混んでいるわね」
「そうだな。俺たちとしてはうれしい限りだな」
「ええ。だって今、無一文だもんね。私のマジックショーでどうにか稼がないとね」
ラルはどこからかマジックステッキを取り出して、タケルにウィンクする。
「……まあ、俺の意見としてはお前の荒い金遣いがなくなればいいんだけどな。この前の『町』でもよく分からない花なんて買いまくって――」
「――でも、そういったことがないと楽しく旅なんてできないじゃない!」
ラルはほっぺをぷにーっと膨らませる。姿不相応な、幼児がする仕草ではあったものの、タケルはその姿を見て、少し赤面していたようだった。
「……そうかもな。っと、あのあたりなら、ショーができるんじゃないか?」
いつの間にか商店街の中心辺りに来ていたようで、そこは噴水を中心にベンチや遊具がある――俗にいう公園のようなところだった。
「そうね。さて、いっちょやるわよ」
ラルは自身を鼓舞し、噴水手前まで歩いた。
噴水周りにはラルが始めようとしているマジックショーを始め、一発芸、お芝居、魔法で人々を魅了にする人たちがいた。
ラルは空いているスペースに行き、頭にかぶっていたとんがり帽子を置く。
ラルは噴水の正面までたどり着くと、くるっと半回転して、声をあげた。
「さて皆さん! 私のイリュージョンマジックをご賞味あれ!」
第一声はなるべく大きく。それだけで、他の観客たちの視線をこちらに向ける。中には観客としてラルの手前に集まっている。この『町』の人たちは、マジック等の娯楽に目がない人が多いらしい。
ラルはポケットに隠し持っていたマジックステッキを取り出す。
帽子を頭から外してとんがった部分を左手に持ちつつ、マジックステッキで帽子の裏地をトントンと観客に向けて叩く。
「まずは私の眼前にあるこのとんがり帽子を見てください。中には何も入っていないでしょう。どなたか覗きたい人はいますか?」
すっと手を挙げた金髪の少女がいた。
目にかかる髪の長さに、深紅の瞳。手を挙げてない片手はお腹に手を当て、顔の角度は少し俯いていた。それでも視線は、彼女の瞳はラルをじっと捉えていた。
ラルはその少女を見ながら小首を傾げながらも、あたりを見渡す。どうやら他に誰も手を挙げる雰囲気はなさそうだった。
「じゃあそこのお嬢さん。じっくりととんがり帽子の中をご覧ください」
「……何もないですね」
少女はぼそりとラルぎりぎり聞こえる声で答える。
ラルは少しいぶかしんだ。
――率先して手を挙げた割には酷く落ち込んでいるのかしら?
その内なる考えは一旦おいておくこととした。今はマジシャンとしてこの場を盛り上げるのが最優先だ。
ラルはにこりと笑顔を少女に向けて話す。
「そうです! 今はただの帽子です! ここからたくさんの鳩さんを出してみせましょう! お嬢さん、そこから少し離れてください」
金髪少女が離れたことを確認すると、ラルは「えいっ!」と言いながら、マジックステッキを振りかざす。
すると、とんがり帽子からは無数の鳩が溢れ出る。
観客は「わっ」と、突飛な光景に驚く。鳩たちはしばらくすると、帽子に戻っていった。
「さて、そこのお嬢さん! もう一度中身を見てください!」
「……さっきの鳩さん、いなくなってます!」
先ほどの少女は、驚いた声を上げた。
少女の驚いた表情を見て、ラルは胸をなでおろした。安堵の勢いのまま、心を落ち着かせつつ観衆に語りかける。
「これが私の得意なイリュージョンです。その場になかったものをぱっとその場に出してしまうのです! さて皆さん、今のこの場になくて、出してほしいものはありますか?」
その言葉に、噴水の広場全体がざわついた。
他の芸を見ていた人間も、ラルのもとに集まり始めてきた。魔法がある世界とはいえ、そんなマジックができる人間は中々いない。
「本当になんでも出せるんですか?」
先ほど、鳩が消えたことを確認した少女が食いついた。その距離、ガチ恋距離レベル。さすがのラルも背中を少しそらした。
「ええ。さすがに帽子から出すから、あまりにも大きすぎるのは難しいけれどね」
「私、この『町』にはないものを呼び寄せてほしいです……!」
金髪の少女は、声高にそういった。
キラキラと瞳を輝かせた少女の表情を見て、ラルは自然に頬を緩めながら聞いた。
「この『町』にないものよね。何か要望はあるかしら?」
「チューリップが見たいっぷよ!」
「っぷよ?」
思わず、ラルはその口調に反応してしまった。――が、それ以上の光景が周囲の異常さだった。
周囲の観客は一瞬にして、金髪少女のほうに集まった。その観客たちの視線はラルではなく、金髪少女に集中していた。
「――!?」
ラルは額に冷や汗をかく。誇張抜きに、ほぼ全員の視線が金髪少女に集まっていたのだ。
ラルとの距離がかなり近く、大声でしゃべったはずでもない。それなのに、聞こえた人間すべてが少女をとらえていた。睨みつけていたというわけではない。見ていたというより、その口調で全員が反射のように一瞬で少女を注目していた。
少女は再び俯くが、今度は瞳の色を失っていたのをラルは見ていた。
「あ、えっと。チューリップが見たいです」
少女が言葉を訂正すると、全員の視線は元に戻っていた。ラルのマジックを引き続き進行する。
「わかりました。チューリップを出しましょう」
ラルはステッキを振りかざす。
観客は先ほど鳩が現れた帽子を見たが、そこからチューリップは現れない。観客の視線は帽子からラルに移る。
ラルは手元にチューリップの花束を持っていた。そのまま少女の前まで歩みを進めた。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます!」
その一連の流れを見ていた観客たちは、大歓声がおきた。
「さて、他に出してほしいものがある人はいますか?」
ラルがそういうと、噴水広場はとてつもない熱気に包まれた。
「俺も出してほしいものがある!」
「俺も!」
「俺も!」
「私も!」
「私も!」
*****
大盛況だった。少女と同様に、この『町』にないものを出してほしい人から、マジックで私を驚かしてほしいなどなど。様々な要望があったが、ラルは概ね期待に応えた。
その成果で、チップはたんまり弾んだようで、チップ先として用意したとんがり帽子にはたんまりと通貨が入っていた。
ラルはその帽子に入っていた通貨をマジックのように消した。別に見られても、マジックで消したんだろうなと勝手に解釈してくれると思っているからだ。
だけど、これは種も仕掛けもないマジックだ。
転移で別の場所に移動しているだけだ。
ラルという転移使いは、マジック活動に勤しみ、観客の要望に応え続けて2時間は経っていた。その成果としては、2人であれば1か月は旅ができそうなくらいの金額を獲得していた。
「それにしても……これが『因果応報』なのね」
マジックで『因果応報』ルールのうち、2点は既に味わった。
・相手に好きなものを与える
・相手に正の感情を強く抱かせること。
彼女には喜び、楽しみ、感謝といった正の感情がどっとあふれていた。
口元は思わずにやけてしまいそうで、それでいて他者の願いをかなえたことからなのか、涙が出てしまいそうなほど多幸感にあふれていた。
「どうしたんだお前。そんなにやけ面していて。『町』のルールの効果か?」
「まあ、そんなところね。ふふっ」
駆け寄ってきた彼を見て、思わず笑みがこぼれていた。
「危ない客がいないか見張ってはいたが、やはりいなかったな。というか危ないのはお前になるんだろうな。幸せまみれで、この『町』にとどまり続けたいと思わなきゃいいんだが……」
「それはないわよ、タケル。目的はあくまで情報収集。いつかどこかしらに定住したいなら、それこそ誰もいない『町』にするってことは変わらないわよ」
「それがわかっているなら、いい」
短パン小僧はこくんと頭を上下に動かした。
「それにしても、この『町』はかなり生活水準が高いわね」
「きれいごとを実現している『町』だからこそ、このくらいの生活水準じゃないと『町』としては繁栄しない。きっと生活水準が高くなったところで『因果応報の町』になったんだろうな」
「推測してくれるのはいいけれど、そこまで断定的に考える必要はないんじゃない?」
「これが俺の悪い癖であり、その推測が日記に書くときには活かせる。つまるところ、”この考えは飽くまで個人の意見です”ってことだ。この癖があるのはしばらく旅をしているお前なら知っているだろう?」
「……知ってるわよ。でも憶測すぎると何かこう、もやもやするのよね」
ラルの言葉をよそにし、タケルはとある一方をじっと見ていた。
「それより来訪者がきたようだぞ。さっきの嬢ちゃんだ」
「え?」
タケルは顎で少女がいる方向を指し示した。
建物の影に隠れ気味になっていた金髪の子は、ラルと目線があったかと思うと、こちらにてくてくと走ってきた。
少し緊張気味に顔を拒めた少女だったが、数瞬して言葉を発した。
「さっきはその、ありがとうございます。とても感動しました」
ぺこりと規則正しいお辞儀をする。
少女、齢としては8歳くらいだろうか。年齢の割に、礼儀正しすぎるなとラルは思ったが、ここは富が豊かな『町』だ。学びの施設が整っていて、礼儀作法を習っている可能性が高い。そう考えれば、この『町』では年相応の行動なのかもしれない。
「どういたしまして。マジック冥利に尽きるわ。ところで、それ以外にも話したいことがあるように見受けられるのだけれど、何か用かしら?」
「……そうですね。どうしてわかったんですか?」
少女は深紅の瞳を丸くさせた。
「マジックを披露して気づいたわよ。貴方、外の世界にあこがれをもっているでしょう?」
「その通りです。それでしたら、お話が早いです。もしよろしければ外の話についてお聞きしたいのです」
「ええ、もちろんいいわ」
ラルはあたりを見渡し、特に不可解な人物はいなそうだったものの、多くの人々が滞在している。自身の左手首に身につけている金色の鎖型ベルトが特徴的な銀の腕時計を見たあと、彼女の瞳を見て言葉を紡ぐ。
「ただ、私たちもこの『町』について知りたいわ。そこで提案なのだけれど、私は外の情報を話す。そして貴方は『因果応報の町』で聞きたいことを答えてもらえるかしら?」
「もちろん、構いません。私が知っている範囲であれば包み隠さずに教えます」
ぺこりと礼儀正しくお辞儀をする。
そんな少女の姿を見つつ、ラルは人差し指をぴんと立てる。
「そうね。ひとまず、聞きたいことは1つあるわね」
ラルは一拍おいてから、言った。
「この『町』はちょっとでも個性を見せたら『因果応報』の対象にでもなるのかしら?」
「…………」
少女はその場で何も言えなくなってしまった。焦燥感を覚えたように、汗が垂れ、何かにおびえていた。
ラルはその表情を見て、なだめるように言う。
「私は個性的な存在は数多く見てきた。マジックのときに思わず貴方が言ってしまった『っぷよ』という語尾には驚いたけど、私は不快感も何もない」
そのまま彼女は激昂したかのように、周辺に何十人もの人がいる場所にもかかわらず、『因果応報』の対象になるように言葉を放つ。
この『因果応報の町』で絶対に『因果応報』の対象となる言葉を発する。
「むしろ、私は個性を殺すルールになっているこの『町』そのものが許せないわ!」
「お姉さん……! それを言ったらルール違反で殺され――」
――る。と少女は言い切りたかったのだろう。
しかしながら、ラルは平然としている。
「どうして、死んでないの……?」
少女は先ほどの冷や汗とは違い、混乱、目の前の事象に頭が理解できていないかのように口をぽかんと開けてしまっている。
本来であれば『因果応報の町』で『因果応報』ソレ自体を批判することは死ぬほどの代償が与えられるルール違反だったのだろう。
しかしラルは死なない。それどころか、さらに自身を鼓舞するようにいう。
「私はマジックのプロフェッショナルよ! この程度の『因果応報』、マジックでどうとでもなるわ!」
マジックでどうにかなるなんて嘘である。ただし、嘘は時に人を希望に導く。
少女は目を疑っていた。
「貴方……何者なの?」
「だから言ったでしょう。私はマジックのプロフェッショナル。名前はラル・S・絵美里よ!」
彼女は胸に手を当てて、高らかにそういった。
少女は目を爛々と輝かせながら、彼女の姿を見つめていた。