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幕間 日記記載空間

 深い、深い、深い。息ができないほど暗く、光が届かない場所。

 そこで目を覚ましたのは2人――否、片方は人間ではなく猫だった。

 1人、ラルと呼ばれる彼女。瞳、長髪ともに紅を宿している。すらりとした両足を左右に折り曲げてお姉さん座りをしている。なぜか全身素肌を晒して裸になっているラルだが、この暗い空間ゆえに1つの存在を除いて、誰にも見られることはない。だからだろうか。ラルは素肌を隠すことはせず、呆然と正面を見ていた。

 ラルの眼前に1匹、ニオハと呼ばれた猫がいた。黒い毛並みは綺麗に整っていた。しかしながら、それらの綺麗な毛並はこの暗い空間に現れたときに、すぐに崩れ、壊れ、再構築され、とめどなく変化し始める。

 べこりぼこり、そんな異音がラルの耳をつんざく。ラルは耳を塞ぎながら異音の元凶に顔をしかめる。


「相も変わらずの、この異音……。怖い音だし、その姿も怖い……」


 猫だった存在は、その音をでたらめにかき鳴らしかき回しかき乱して異形へと変化していく。

 比喩ではなく、字義通りで顔部分が本そのもの。魔法でも記されているかのような古典的な分厚い本でありながら、日記帳の役割を持つ。そしてそんな本の外見をぶち壊すようにギザ歯の口が現れ、幽霊のように分厚い舌が飛び出している。身体は木の幹のような形と色だが、うねうねと動きこの世の生命ではないように思えてしまう。

 しかし彼は日記生命体。異常にして異形にして異界の存在だが、生きていることに変わりない。動いて喋って思考する意思があるのだから。


「せっかく帰還しやすいって情報得られたってのによぉ!? なんて辛気くさい顔してんだぁラル!?」


 唾が飛ぶほど元気な日記生命体に対し、虚ろな瞳を宿すラルはジト目で呆れるようにいう。


「帰還できる可能性は一番高いってだけで、それ以外の忠告を巡美から受けたでしょ。……辛気くさいは余計よ」


 巡美の忠告。端的に言えば、君たち2人は誰かに操られていない? というものだ。

 その忠告を思い出すかのように、日記帳は「そうだったなぁ!?」とハイテンションに答える。そのまま矢継ぎ早に何か話そうとしていたが、ラルが精気の瞳は失いながらも言葉を被せて優先すべき事項を口にする。


「それよりも、早く日記書かないと……。今回、情報量多すぎるから」


「ん? ああ! そうだなぁ!!」


 ラルの淡白な反応に小首をかしげた日記生命体だったが、ラルの意見を純粋に受け止め、顔を開く――日記を開く。

 右手人差し指の先端を、別の指を使っていつものように切り落とす。

 人外で、化け物染みている姿をしているが血の色は人間のような赤い血だった。

 その血をインク代わりにして、『町』での出来事を日記帳に刻んでいく。傍から見ると自身の顔に血を塗りたくっている悍ましい姿だが、ラルは悲鳴を上げることもなく、ただただ虚ろ気味の表情で彼を見ていた。

 黙っていたラルをよそに、日記生命体は日記記載しながら話しかける。


「しっかしなぁ、今回の『町』では情報が手に入りすぎたよなあ!? 確かに巡美の予想どおり誰かのレールの上からも知れねえなぁ!?」


 彼は極力否定することがない。もっとも、それは日記であればある程度事実を記載するからかもしれない。誇張された日記はあれど、嘘だらけの日記など、なかなかない。

 ラルはぼそりとつぶやく。


「誰かの目的のために、私たちは活かされている可能性が高い。確かに能力、魔法は頭おかしいくらいに強いわ。一度くらい死んでも、時を巻き戻して生き返るほどにはね」


 ラルのつぶやきはもっともだ。それこそ、チートだといわれても何も文句はいえない。魔女化しても文句がいえないほどの時の魔法の数々。否、時の魔女とさして変わりない魔法の数々だ。能力転移の方が使い勝手が良すぎるものの、生き返るためにはやはり時の魔法が必要不可欠だ。

 だからこそ、ラルは疑問に思っていることがある。


「そんな時の魔女は、どうして死んだといわれているんでしょうね。『時の村』っていう存在があるなら、時の魔女は生きているはずなのにね……」


 ラルはぽつぽつと話す。それに対して日記に『町』の出来事を記載しながらも日記生命体――ダイアは快活に答える。


「俺様の意見だけどな、時の魔女は魔王とコンビを組んでんじゃないかと思うぜ!?」


「コンビ……それって――」


 ラルはその先の言葉を口にはできなかった。その言葉を口にしたら、ホントに誰かに敷かれたレールの上を歩いているのではないかと、錯覚してしまうからだ。

 しかしながら、その言葉を簡単に発するダイアがそこにいた。


「今の俺様たちのようだよなあ!?」


 それはラルにとっては現実から背けたいほど衝撃な事実で、耳を使えなくしても聞きたくないほどの考察だった。

 ダイアはラルに熱血的な司会者のように、大声で話を続ける。


「これが誰のいたずらなのか!? 化け物か!? 神か!? 超越者なのか!? わからねえけどよぉ!! 俺様たちがそいつらの想定を超えちまえばいいってことだよなぁ!? そんで元の世界――日本に戻ってハッピーエンド!! 俺様たちならやれるだろぉ!?」


「……その自信は一体どこから来ているのかしら。『町』にいるときの貴方と、ここにいる貴方、やっぱり別者よ。『町』にいるときのダイアはそんなおかしくないもの」


「おかしいって言い方は今の俺様がかわいそうだぜぇ!? でもまあ、それくらい豹変している自覚はあるけどなぁ!?」


 確かに豹変しすぎなのだ、彼の場合は特に。ラルもラルで落ち込んでいる度合い、心配性の面が日記記載空間では多くなっている特性があるにはあるが、ダイアはあまりにも極端すぎる。

 彼は先端を斬られた右手人差しで日記を記載しきった。


「っと、日記記載できたぜラルぁ!! 確認してくれぃ!!」


「……うん」


 ラルはすっと立ち上がって、日記に触れ、さっき記載されたページを読み始める。

 ぺらぺらとラルが真剣に読み解いてページをめくっている間は、相手を尊重してか日記生命体は黙っていた。

 要点としてまとめれば、今回の『町』での情報収集結果は以下となるとラルは解釈した。


<情報収集結果>

 ・『暗中模索の町』の性質。

 ・同じ世界にいた人間、月夜見(つくよみ)巡美(めぐみ)のこと。

 ・巡美はスマホの使い方を知っているが、ラルは使い方が知らないこと。 ※記憶喪失による弊害の可能性あり。

 ・魔法使いになる本来の条件と方法。

 ・特定の条件下を達成すれば、『町』化した魔女を魔法使いに戻せる方法。

 ・『時の村』の存在。

 ・アーチカが日記生命体に「アンタは絶対に魔王」と放った発言。

 ・巡美の師匠メイが考察した帰還方法”きさらぎ駅の歪化による帰還”について。


「最重要は帰還方法よね。……けれど、それ以上に不気味な情報は『時の村』よね。アーチカに聞きそびれたけれど、どうして『町』ではなくて『村』なのかしらね?」


「さあな? さすがの俺様もわからねえぜ!? けどなあ、『町』化するのが魔女限定なら『村』化するのは魔女限定かつ他の特別な要素が必要なんじゃないか!?」


「そう……よね。『村』になるには特別な要素が必要よね。実際に『時の村』に行かないとわからない話だけれど――」


 ラルがそう言い切りかけたところで、途端、暗闇の空間から小石程度の小さい泡が浮き上がってきた。


「何……これ……!?」


「なんだぁ!?」


 泡は下から上へと上がっていく。始めはぽつぽつと沸騰しきる前の気泡のような量だったが、数瞬で沸騰したときの量に変化している。

 2者はその気泡で互いを視認がしづらくなっていた。互いが互いを見つめようとしているうちに、気泡以外の変化に気が付く。


「……!」


 真っ暗な空間は黒だけの色ではなくなった。

 古びた風景が眼前に映りだしたのだ。

 木製のアーチ状の看板だが、それはボロボロだった。さらには奥に家も見えるが、廃墟のように蔦が絡み合っており、ドアは存在しているのかもわからない。気泡に邪魔されているが、それくらいには古びた風景だった。

 その中で、アーチ状の看板には『時の村』と書かれていた。


「『時の村』……さっそく行けるのね……!」


 ラルはあまりの突然さに目をまんまるにして驚いていた。

 しかし刹那にして、無限ともいえた気泡の量は一瞬にして消え、『時の村』も見えなくなっていた。

 『時の村』の情景が消えたことで、ラルはぽかんとしながらつぶやく。


「え? 『時の村』に行けるんじゃ?」


「ラルぁ!! さっきのは『時の村』だったよなぁ!?」


 日記生命体のうるさい声に反応はするものの、ラルの声はたどたどしかった。


「え、ええ。間違いなく、看板にそう書いてあったけれど、転移しなかった。今までは、見えた『町』があってそこに勝手に転移されたけれど、『時の村』は違うのかしら……? 転移もできないなら、もう情報収集も何もできないじゃない……」


「まだあきらめるのは早いぜラル!! いつも転移する状況を思い出してみろ!!」


 日記生命体の発言のもと、ラルは顎に手をあてて考える。

 そして解にたどり着く。


「転移する状況……泡ではなくて、ノイズが走っているわよね……。……って、それだと結局は『時の村』にはいけないじゃない」


「そうかもしれないけどなぁ!? けど、それこそ魔法である程度歪めちまえば――」


 日記生命体が発しかけていたアイデアは、途端に走った白黒のノイズで音ごとかき消える。

 どこかをノイズと判断して、どこかを正常と判断するクリアとした――正と否が2者に襲いかかる。

 結果、2者はこれ以上の対話は不可能となる。

 ノイズは速く、(はや)く、暗い空間を駆け巡る。流れ星が1つだけではなく流星群のように、多々にノイズが走る。

 その中でラルはかろうじて次の『町』が見えた。

 『町』の範囲を決めるように壁がいつものようにあった。しかし、その壁は赤で染まっているという、異常な情景が映し出されていた。


「……ははっ」


 乾いた笑い声はラルにしか聞こえない。そのくらい、その壁の赤が異常だとラルは理解していた。

 そう。壁の赤は、血で塗り染められていたのだ。


「……血の壁じゃない……」


 ラルと日記生命体は転移した。


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