11話 地球への帰還者零人
感動の再会を迎えた2人――巡美とメイは互いに積もりに積もった話を尽くす。
それは今までの巡美の努力だったり、メイが何を思って『町』化してしまったりと、様々なことを語って語って語り尽くす。その中で巡美がとある情報を話すと、メイは驚きの顔をしながら、ラルとニオハを地下の部屋に連れて行った。
能力者が2人。
魔法使いが2人。
異常な組み合わせだが、その異常性はメイにしてみたら好奇心が抑えられなかったものだった。
いつもの地下の部屋の中で、メイが端末をいじると、ぽコリとゴシックなテーブルと椅子が地面から生えるように現れ、3人はその椅子に座った。ニオハは椅子に座ってもテーブルの上に顔が出せないため、行儀が悪いかもしれないなと思いつつテーブルの上に座る。
「さて、唯たち、まずはあたしを助けてくれてありがとう。礼を言わせてほしい」
深々とお辞儀をするメイ。姿にそぐわず礼儀正しいなとニオハは思ったが、そこはスルーする。
「巡美からあらかた情報を聞いたよ。唯たちは元の世界に帰る方法を知りたいんだね?」
「ああ。なんでもできる魔法で帰還する――そんなざっくりな話まではしたが、それ以上の話はできていなくてな。できれば具体的な方法を知るきっかけにしたり、他の方法を模索したりしたい」
ラルがこういう頭を使う作業が苦手なことを知っているから、代わりにニオハが首肯しつつ答える。
メイは自身の胸に手を当てながら答える。
「試行錯誤が研究者の常。探求することが研究への近道だと、いつものあたしなら腰を据えながら長々と話すが、あまり時間がないと聞いているから今回は割愛だ。2人はこちらに来たときの記憶がないようだが、巡美はこちらに来たときは何で来た?」
師匠に話が振られないと思っていた巡美はぽけっとしながら髪の毛先を弄んでいたがその手を止める。メイの瞳を見つつ彼女は記憶を掘り起こすように顎に手をあてて、そしてそっと口を開く。
「……電車、だったと思う。現世の最後、私は電車で移動していたわ」
「電車の中……」
その一言にピクリと反応したのはニオハだった。
彼は毛並を逆立てるようにみえるほど、何かにいら立っているように見えた。
「まさか……駅の名前はきさらぎ駅だとでも?」
その表情を見ていたラルが躊躇いもなく訊く。
「ニオハ、きさらぎ駅ってなんなの?」
「異界へと続く駅。人里離れた路線に忽然と現れる謎の無人駅。オカルト好きな人間が生み出した産物だ」
ニオハの言葉を聞き、巡美はきょとんした表情をとった。
「私は山手線に乗ってたから無人駅はあり得ないわよ?」
「山手線、確か東京にある線路だったわよね。貴方、都会っ子だと思ったけれど、すごい場所に住んでいるのね?」
ラルの場違いな感想は、周りを和やかにする。
現に、巡美は少し恥ずかしがったように髪をくるくる弄りながら目線をそらす。
「別に、東京に住んでいるからすごいってわけじゃないわよ。というより、私がこの世界に来たのがきさらぎ駅だという可能性は、肯定できないわよ。私、無人駅に乗ったことなんて一度もないし、奇怪な現象に襲われた記憶はないわよ?」
巡美の反論はもっともだ。たとえ、きさらぎ駅のインターネットミームが汎用化されようが、山手線のとある駅から乗るのをきさらぎ駅と置換するのはあり得ない。
そのはずなのだが、メイが待ったをかけるようにいう。
「無人駅じゃなくてもいいんじゃない、巡美。例えばだけど、魔王がきさらぎ駅の仮定をなんでもできる魔法で歪化させて、異世界人が来やすい状態になっていると愚考したい」
「根拠はなんだ?」
突拍子な発言に思わずニオハは訝しんだ。
メイは「根拠はね」と前置きしつつ答える。
「異世界人なんてあたしは今まで見たことがなかった。けれど最近、巡美を始めとして異世界人は増えている。それが王国『メソッド』の確かな機関から発表された情報だよ」
「その情報は信用していいのか?」
「信用していい。王国『メソッド』が発表する情報は、各『町』の内容を包み隠さず公平に反映している。唯たちのように隠して旅する異世界人もいると数には含まれないが、異世界人と赤裸々に語れば機関に登録される。……唯たちはイレギュラーすぎるから、隠し続けるべきだけどね」
「じゃあ信用する。信用するが……帰還できている事例はあるのか?」
ニオハは思わずそう問いかける。
ニオハとラル、2人の目的は日本への帰還だ。この異常な性質を持ってしまった2人は元の世界に戻ることを目的に旅をして情報収集している。日記記載の空間でそれが確かな目的だと結論付けたことだ。だからこそ、帰還事例があるのであれば聞きたかった。
メイはその希望を宿した瞳を打ち砕くように、静かに真実を話す。
「あたしが知っている限り、帰還した異世界人はいない……あたしが魔女化する前までそのはず。今はどうなのか、巡美は知ってる?」
「いないと思うわよ。でも――」
巡美のその瞳は呆れるような笑いを宿していた。
「――君たちが一番帰れる可能性高いわよ。自覚ないの?」
「私たちが? どうして?」
ラルは疑問符を浮かべていたが、ニオハは質問されると一定の理解を示したのか「まあ、そうだよな」と納得していた。
巡美はラルに優しく伝えるように話す。
「魔王の力で法則を歪めて帰還できる状態に変化させてしまえば、帰還できるでしょうね。何かあっても能力の転移でカバーできるでしょうし。
帰還の手段はなんでもいいでしょうけれど、例えば異世界を結びやすい環境に転移するのとなんでもできる魔法――それを組み合わせてきさらぎ駅を生み出す偉業さえ、魔王の魔法ならできるんでしょうね。今のニオハには骨が折れるけれどね」
「確かにそうね」
巡美の仮説を聞くと、ラルは納得して瞳を輝かして希望を宿していた。
「巡美。お前、憶測ごとを隠しているだろ?」
一方で、ニオハは疑う目で巡美をとらえていた。
巡美は話すことをためらっていたのか、あるいは何かを考えていたのか、ニオハに視線を合わせていた。それは巡美の回りにいる球体もそうで、球体すべてがニオハをとらえていた。
しばらくして、巡美はぽつぽつと話し出す。
「……そうね。君たちが希望ばかり見ているからこそ、私は絶望の可能性があることを忠告するわ」
「絶望の可能性?」
ラルの純粋な疑問符に、巡美は語る。
「ええ。主に君たちの特性に係ることよ。言葉に出すと殺されるかもしれないって話だから、君たちの特性は一切合切話さない。けれどね、それだけの異常な制約、異質な契約ともいえるほどの特性。他の異世界人は誰1人として持っていないと断言できるわ。そして、それにも関わらず強大な能力、魔法を有している。莫大なチカラの代わりに、強大な制約がある。否、制約を何者かがかけている――」
巡美は一呼吸して、告げる。
「――まるでチートを貰ってあらかじめ敷かれたレールを歩いている。神か何かの存在によってね」
「「……」」
その最後の一言は、ラルとニオハを黙らせるには下手な脅しよりも効果的だった。
頭脳担当のニオハだって、心の奥底では脳裏によぎっていたのかもしれない。しかしながら、当事者だ。客観視できないこともあった。
誰かの掌に転がされているのではないか。ラルとニオハはお互いに顔を向けることはできずとも、その事実が恐怖に染め上げるには十分だと肌で実感していた。
その反応を理解していたからだろうか。巡美は陰鬱臭い雰囲気を晴らすように、鼻を鳴らすようにはっと笑う。
「まっ、この憶測を話したらこんな雰囲気になるのはわかっていたわよ。そのうえで、しっかりと考えながら旅をした方がいいと私は忠告する。師匠を助けてくれたお礼に忠告なんて酷いと思うでしょうけれど、それくらい、私は心配なの」
「そう……だな。知らないことよりも、知っていた方が対処できる。巡美、感謝する」
猫の姿にも関わらず、ペコリとお辞儀をすると、巡美はふふふと笑う。
「ありがとう。ニオハの素直に聞き入れるところ、私のタイプで大好きよ」
「それはひょっとしてギャグでいっているのか?」
ニオハは真意を図りかねていたが、巡美は「さあ、どうかしらね」といってどちらとも取れない反応をして、からかっているようだった。
「さて、一段落ついたね。これから唯たちはどうするの?」
メイは旅人2人に質問すると、ニオハが答える。
「また、次の『町』に行くさ」
「そっか。じゃあ、次の『町』に行ってくれ。あまり長居すると辺り一面が破壊され尽くされるんだろ?」
物騒な言葉が出たものの、この場の誰もがそれを理解しているのか、驚きを露わにする人はいなかった。
ラルは椅子からたちあがり、笑顔でニオハに手を差し伸べるようにして誘う。
「そうね。行きましょうか、ニオハ。巡美、この『町』、なんだかんだで良かったわ! ありがとね!」
がこん、と音がする。メイが端末を操作して地上へ続く天板を外したようだった。
「2人とも!」
巡美はにこりと、笑顔を浮かべる。それは、今までのからかいだったり、はったりでの笑みとは違う純粋な笑顔だった。
「ありがとう。私、君たちの力になれたかはわからないけれど、師匠が戻ってきたのは君たちのおかげ! ありがとう!」
ニオハはあまりに素直すぎる彼女に面食らったが、ラルはその反応を見ると笑顔で返した。
「巡美が笑顔で私も嬉しい。じゃあね!」
「ええ」
その後、天板を外して地上に出る。
『暗中模索の町』だった場所を出て、しばらく歩く。
そして、誰にも見られていない場所まで移動すると、2人はいつの間にか消えて――否、どこかに転移されたのだった。