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9話 アーチカの悲願達成

 『鎖接続(チェーンリンク)――欠片達(フラグメンツ)――逆巻き』


 どこからか、機械的な音声が流れる。その音声はラルがよく詠唱している時の魔法だ。


 ラルだった存在が散らばった血だまりに、巨大な銀の時計盤が現れる。


 血だまりの池が、風も吹いていないのに動き始める。

 シュルシュルと竜巻のように血が巻き上がっていく。血でほとんど見えなかった肉片も、骨も、その他身体を作り上げるのに必要な要素が合成されていく。血が立体化し、粉砕された骨が集まり骨格を形成し、人間の骨だとわかるまでに変貌する。肉片がくっつき、皮膚が形成され、衣服も形成され、ラル・S・絵美里が中空で復活し竜巻に似た現象は止まる。


 ラル自身は復活したことに驚くもないように、すたりと着地する。そしてただただ身体機能が十全か確かめるために掌を動かし、足も動かし、何も問題ない旨を確認する。

 アーチカはその異様すぎる復活に目を見開いていた。


「化け物すぎではー? しかも時の魔法さえ時の魔女と瓜2つですしー、アンタは時の魔女の弟子ですかー?」


「弟子ではないし会ったこともないわよ」


 軽口をたたきながら、ラルは時計盤範囲内の巡美に触れ、逆巻きの効果を与える。


 精神が汚染され、呼吸さえもままならなかった巡美は、精まるで時が遡ったように元通りになる。

 どっと噴き出ていた脂汗も、痛みと恐怖で死にたいと思っていた精神も、ガクブルと痙攣していた身体も、それらの異常さがさっぱりと消えていた。

 巡美は自身の喉を抑え、心臓も抑え、先ほどまでの苦しさが幻覚ではないのかと疑ってしまうほど困惑していた。

 そして手で触れただけで苦しみから解放された彼女の姿をじっと見ていた。


「ラル、君は魔女なの?」


「わからないわよ」


 巡美は周辺にいた白い球体とともにラルを見つめていた。しかしながら、結果がわかるとなると笑みを浮かべながらも呆れるようにいう。


「本当に何も知らないのね……」


 ラルはこくりとうなずきつつ、アーチカに視線を合わせる。

 殺された相手にも臆さず、真剣な眼差しでラルは問う。


「貴方、時の魔女を知っているの? そこまで有名ではないはずなのだけれど」


「アーチカは『町』化した魔女の情報は知ってやがるんですから、有名でない魔女も大方知っているんですわー。けーどー」


 アーチカは神妙な顔つきをし、独白するような疑問を吐く。


「『時の村』はまだ存在してやがるのが、意味わかんねーですのー」


「『時の村』?」


 『時の町』ではなく、『時の村』といった。『町』を転移で巡っていくラルたちにとっては、理解ができなかった。


「『町』じゃなくて『村』なんて行ったことないわ。『市』とか、『県』とかもあるのかしら?」


「はぁー、クソ萎えてるときに説明するわけねーじゃねーですか。アーチカの力を持ってしても復活する奴に吐露する気にはなれんですのー。馬鹿じゃねーですか?」


「ばっ……馬鹿じゃないもん!」


 ほっぺを膨らますように反抗するラル。

 アーチカはにやりとほくそ笑む。


「ありゃ、殺すより言葉責めの方が効きやすい奴でしたかー」


 ラルを言葉責めで遊んでやろうかとアーチカが考えていたところ、第三者勢力の声が聞こえる。


「――いたぞ! 殺人を犯した『暗中模索』の魔女だ!!」


 ラルたちは声のする方を向く。

 そこにいたのはウォッチメン。この『町』の平和を維持する機関の人間。

 さらには暗殺者たちも見える。きっと伏兵として潜伏している暗殺者もいるだろう。総勢何人いるかは連携を取っている暗殺者しか理解できないだろう。


「あー、潮時ですかねー。ってか、これはアーチカが還った方が面白そーですねー」


 悪辣な笑みを浮かべたアーチカの発言を聞き、ラルとニオハはまずいと思った。

 巡美の師匠と同じ格好をしているものの眼前の魂はアーチカだ。だが他者から見たら巡美の師匠――メイが暴れているようにしか見えない。この短時間で外部の人間の誤解を晴らすすべがない。

 このままでは、魔法使いの味方VSそれ以外の勢力で、全面的な戦いをする可能性がある。

 まして、ラルは暗殺者から魔法使い認定されている。アーチカからメイに戻ったとして、メイを守るのは至難の業だろうと危惧すると、脂汗が垂れるくらいに2人は焦っていた。


 だが、ただ1人、実直に思考を凝らしていた人物がいた。

 周囲に浮かぶ瞳ありの球体が、アーチカをじっと見据えていた。操作している本人、巡美はいつものようににやりと笑いながら話しかける。


「今還るなら、君という1つの魂で1つの身体を宿すチャンスを逃すことになるわよ?」


「は?」


 その言葉にアーチカは時が止まったように硬直する。

 巡美は畳みかけるように言葉を紡ぎ続ける。


「君は多重人格だからこそ、身体1つに複数の魂がある。それを君自身嫌っている。さらには主人格が『町』のルールを支配するために行動自体を大幅に束縛されている。だけれどルールの穴をついて久方ぶりに現れることができた。そして、目の前に君の願いを掴み取るチャンスが偶然あるというのに見逃すの?」


 これまでの悪役のようにすべてを敵に回し、悪辣さを周囲にまき散らしてきた姿からは想像もつかないほど、アーチカはその驚きを隠せずにいた。


「”アーチカ”だけを1つの身体に取り込む方法、知ってやがるんですかー!?」


「知っていて、なんならできるわ。隣にいるラルがキーよ」


「へ?」


 巡美は隣にいるラルを指さすが、何も知らないラルは状況についていけず呆然としてしまう。

 アーチカは半ば呆れそうになりながらも問う。


「当の本人は知らなそうな雰囲気漂わせてやがりますがー、そこのところはー?」


「本人はほぼ万能なチカラを持っているくせして自覚がないわ。汎用的な使い方をしないから、思いつかないだけ。私は思いついているわ」


「そーですか。で、本当にできるんですかー? できないなら、アーチカの精神をアンタの師匠に一瞬で引き継ぎますがー」


 脅しともとれるように巡美の思考をかき乱す発言をするアーチカだが、巡美は臆することなくにやりと笑う。


「転移で魂を交換するわ。アーチカだけの魂と、ここにいる誰かの魂を入れ替える。アーチカ、君は間違いなく1つの魂に1つの身体を所有する。悪くない条件でしょう?」


「き、禁忌にもほどがありますがー、確かにできやがりますねー」


 異常な提案にさすがのアーチカも顔は引きつっていたものの、疑問に思うことがあった。


「ただ、交換相手は誰にするんですのー?」


 至極当然の疑問に、話を聞いていたラルは怒るように話し始める。


「誰にも魂の交換なんてさせないわよ! 誰も望んでないもの!!」


「あら、私は望んでいるわよ?」


 飄々と、まるで当たり前だといわんばかりに瞬時に回答した巡美。

 ラルは戸惑いが隠せない。巡美の表情を子細に見つめつつ、本心で言っているのかと思ってしまっているラルは驚きを露わにする。


「巡美、貴方本当にそう思っているの!?」


「へー、師匠との感動の再会はいいんですかー?」


 思わずアーチカも突っ込んでしまうほど、巡美の提案は異常だろう。

 巡美は師匠の再会を望んでいた。ラルとニオハはそう聞いている。そしてアーチカ自身も、メイの記憶を通じて再会を待ち望んでいることを理解しているのだろう。

 そんな様々な考えなんてどうでもいいと嘲り笑うように彼女はいう。


「師匠が生き返るなら、私の命なんていらない。師匠との再会なんて二の次なのよ。その代わり、今そこらへんにいるウォッチメン、暗殺者を“殺さずに”退散させるようにしてよ。私の魂、ただで交換できるほど安いもんじゃないんだから」


 “殺さず”に多くの人間を退散させる。この目的は巡美の本懐ではなくてラルの本懐だ。

 ラルは根底の感覚が日本人なのだ。だからこそ、人殺しは禁忌すぎると今でなお思っている。この世界でそれは甘すぎると巡美は理解しているが、同じ日本人。ラルの気持ちも理解できる。だから、自身の魂を交換するにしても、人殺しをしないための担保はアーチカから聞く必要があった。


「お安いごようですわー」


 アーチカは自身の願いを迷いもなく叶えるために、自身の最大限の魔法を再度披露する。


「『オブジェクト:町々』――『メソッド』――『町々すべて! アーチカ様のチカラ!』ですわ!」






 それは一瞬の出来事だった。






 ラルたちの目の前にいたはずが、一瞬にして移動する。

 転移でもなんでもない、『距離の町』でアトランダムに距離が伸縮する特性を活かしただけだ。自身のみアトランダムではなく、イメージ描いたとおりに瞬時に移動できる。

 『感覚助長の町』から、五感の感覚を研ぎ澄まし引き伸ばし、魔女に敵対化するであろう人間を把握する。状況も把握する相手の心臓音、相手の息の荒さ、相手の表情から、誰が敵対者なのか判断を下す。

 総勢87名。暗殺者61名。ウォッチメンが26名。

 あまりの多さにアーチカは舌打ちを漏らすが、自身の悲願のために頭の回転を加速させる。結果、次のような結論を導いた。


「全員の認識を変えるのが手っ取り早いでしょーね。多少簡単なだけでめんどくせーことに変わりねーですが」


 『認識齟齬の町』から、相手――暗殺者やウォッチメンの齟齬を発生させるのが楽だと結論付けた。

 暗殺者にはこの『町』に魔法使いがいないという考えを植え付ける。その考えに至るプロセスとして例えば、この『町』のは崩壊しかけており、魔女化――『町』化も再発する可能性がある。それであれば魔法使いたちは魔女になることを恐れてもう退散しているに違いない。そんな認識齟齬を全暗殺者に直接触れて『認識齟齬』を付与する。

 ウォッチメンには“今死骸はないから、誰も殺していない”という意識を植え付ける。人間は死んだら死ぬのだ。生き返るわけがない。その根底を植え付けることでアーチカが殺したという認識に書き換えた。


 暗殺者、ウォッチメン、該当する人間全員にその『認識齟齬』を発生させる。

 発生条件が触れることのため、『距離の町』の特性を何回も何十回も発動したが、全員触れるという偉業を、彼女は難なく達成した。






 一瞬の出来事は終わった。






「いっちょ出来上がり、ですわー!」


 先ほどまで暗殺者たちは魔法使いを殺す瞳を宿していたが、途端に人殺しをする意欲がなくなったようにどこかに散らばっていく。

 ウォッチメンも人殺しは何も起きてない状況を眼前で確認が取れると、内部と連携をとって引き上げた。


「本当に……お安い御用だったわね」


 ラルは困惑と驚愕の声を出していた。


「これでアーチカの願いは叶う。それで合ってるんですかー?」


 ぎらりと巡美を見るアーチカ。それほどまで、アーチカが渇望していた願いなのだろう。1つの魂に1つの身体。他者から見たら当たり前の事象が、アーチカにとっては当たり前ではない。

 巡美は心を読んでより理解しているのか、相手を挑発するように笑いかける。


「当たり前。早くこっちに来てよ」


「もちろんですわー。さー転移使い、早くやりやがれーですわー」


「本当にアーチカの身体に幽閉されてもいいの、巡美!? 師匠に会えないのよ――」


「さっきからそうだと話しているわ。早くして、ラル!」


 巡美の怒号にも聞こえる声にラルは反射的に彼女の言葉に従っていく。それほど巡美の瞳は真剣そのものだった。


 ラルは巡美の迫真の表情に気圧され、魂を交換することを実行する。

 さすがに魂の交換をするため、ラルも視線だけで魂の転移はできない。アーチカに右の掌を向け、巡美に左の掌を向ける。

 手を握りしめ、魂を掴むイメージをする。そして、その魂を交換するように腕をクロスして、手を開く。

 巡美の魂をアーチカに、アーチカの魂を巡美に、交換という形で転移することに成功した。


 巡美の身体に入りこんだアーチカの魂はにっこりと、まるで世界で一番幸せなのではないかというほどの、恍惚な笑みを浮かべた。

 アーチカの悲願は、今まさに達成された。


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