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7話 巡美の悲願未達成


 巡美が師匠――ペスト・D・メイの『町』化をなかったことにする悲願を聞いたあと、巡美はそのままこの部屋の人たちについて説明する。


「ここにいる魔法使いは現在3名。他はその3人に魔法を教わっている魔法使い見習いよ」


 部外者の2人が現れても巡美がいるからなのか、魔法使い、および魔法使い見習いは興味を示していなかった。否、魔法使いになるために真摯に魔女の本(ヒヒイロアソビ)を血眼に読んでいたり、魔法使いによる演習を受けていたりしているので、ただただ眼中にないのかもしれない。

 ニオハは魔法使いたちに声が聞かせたくないのか、巡美に軽く跳躍して、肩に乗って静かに話しかける。


「ここにいる魔法使いはどんな魔法を使えるんだ?」


「基本的な一般魔法だと思ってくれればいいわ。火、水、地、風魔法が使える認識よ。普遍的な魔法の代わり、魔法使い見習いを育てるには適任の3人よ」


「なるほどな。別に魔法使いが誕生する『町』とはいえ、とんでもない魔法が使えるってわけでもないのか」


「ここにいる魔法使いはそうね。ただ、かつては私の師匠が特別な魔法を使えていたわ」


「師匠はなんの魔法を使っていたんだ?」


「陰魔法といえばいいのかしら。五感を奪ったり、隠密行動で暗殺者を逆に殺したりして、この町を守っていた。だけれど――」


 巡美にしては、どこか重苦しい雰囲気をまとっていたものの、表情はいつもどおり薄ら笑いを浮かべている。


「――師匠が『町』化して状況は一変した。暗殺者が有利な状況になって、魔法使いを殺すようになった。おかげで私たちはここで耐えしのいでいるのよ。ここは地下だから、たとえ魔法を使っても感知しづらいしね」


「なるほどな。ところで巡美、お前は魔法使いと仲がいいのか?」


「そうね。師匠のときのよしみで仲良くしているし、私はこの地下からでも地上を把握できるわ。だから魔法使いたちから重宝されているのよ」


 中空に浮かぶ球体を巡美は指さす。その仕草から、ニオハははっと気づく。


「なるほどな。球体で暗殺者たちの場所を把握する。さらには自身の居場所がばれたとしても、地下の移動手段を使えば暗殺者たちに遅れをとることはないのか」


「ええ、そうよ」


 一連の流れを聞き、ラルが本題を切り出す。


「それで、私たちは巡美にどういうふうに協力すればいいのかしら?」


「基本的には実験――仮説と実証の繰り返しになるわね。君たちは、この『町』にどのくらい滞在できるのかしら?」


「……譲歩できるのは10日間までよ。それ以上は滞在したらダメ(・・)……」


「ダメ……?」


 ラルの神妙な面持ちを巡美はいぶかしみ、心を読む。

 巡美はその理由を把握し、さすがの笑い顔も少し引きつった驚愕の表情に見えていた。


「……とんでもない縛りがあるのね。でも、10日間まで譲歩できるならありがたいわ。主にニオハに協力してもらうことになるけれど、よろしく頼むわね」


*********


 仮説と実証。夜見巡美は師匠メイを助けるために何度もトライアンドエラーをしてきた。

 今回、ニオハがいることで様々な仮説と、それに伴う実証が行える。

 魔法使いの知識を借りながら、ニオハの魔法を汎用化させる。それが巡美が考えていた『町』化解除のための策だった。


「まず魔女の本(ヒヒイロアソビ)をもとに、今回必要な魔法を教えるわ」


「それはなんだ?」


「簡単に言えば2つ。1つ目は変身魔法の一種――状態変化の操作。2つ目、デバフ魔法の一種――魔力量を減少させる魔法」


「変身は自分自身にはできるが、相手にする方法はわからんぞ……」


「それを魔女の本(ヒヒイロアソビ)をもとに教えるのよ。デバフ魔法も同様よ。君がこちらに来て、どうしてダイア(ソレ)が自分の名前になったのかはわからない。だけれど変身魔法なんて高度な魔法、普通はできないのに君はできる。だから是が非でも状態変化の操作、魔力量の減少魔法――その方法を叩きこむわ」


「わかった、それはいい。だがな巡美、お前がそこまで師匠に固執するのに、どうしてお前がその役目を担えないんだ? 魔法使いになることはできないのか?」


「魔法使いになる条件、君たちは知らないかもしれないけれど、茨の道なのよ?」


「どんな条件なんだ?」


魔女の石(ヒヒイロカネ)を一定以上摂取すること。そして1万時間以上の魔法の勉強と実践――魔女の本(ヒヒイロアソビ)、および実戦形式を交えること。主にこの2つで、身体に魔法が常駐化して、魔法を繰り出せる身体に作り替えられるわ」


 巡美は笑みを絶やさずいった。

 ニオハはその真意を少し測りかねていた。彼女は師匠とどの程度の時間を過ごして、何を学んでいたのか。魔法は学んではいなかったのか。時間が足りず魔法使いになれていないのか。師匠から魔法を使うなといわれていたのか。あるいはただの友人関係ともいえる師匠だったのか。彼には何もわからない。

 だから、表面上の言葉にたいしてのみ回答する。


「1万時間か。途方もないな」


「私もそう思うわ。1日10時間でも3年かかる。ただ、それ以上のデメリットもあるわよ」


「俺らも関係あるのか?」


「最初から魔法が使える場合は知らないわよ」


 そう前置きしながら巡美はいう。


「魔法使いになったら、魔女の石(ヒヒイロカネ)は摂取し続けないと、魔法を使える器官が停止する。それと同時に心肺も停止する」


魔女の石(ヒヒイロカネ)を摂取し続けないといけないのか。俺もラルも取り込んだことがないな。しかも、魔法の勉強をせずに魔法が使えている。……魔法使いになる条件から乖離しすぎているな」


「イレギュラー、なんでしょうね。それだけで片付けてはいけない問題なんでしょうけれど」


 沈黙が場を満たす。

 ニオハをちらりと見た巡美は、ニオハからこれ以上内情を深堀すべきではないと思った。


「話を本筋に戻すわ。魔法使いはふとしたきっかけで魔女化――『町』化するわ。魔法を極めすぎたり、魔法を悪用しすぎたり、魔法に万能さを求めすぎていたり、ある程度の傾向はあるけれどね」


「なるほどな。魔法使いが『町』化するのは、何も兆候がないのか?」


「ええ、本当に前触れもなく魔女化する。ただ、すでに『町』化したところは魔女にはならないルールはあるわ。けれどそれだけ。他のパターンだと簡単に魔女化する。ゆえに魔法使いの寿命は本来の生きたであろう寿命の半分以下といわれている」


 ニオハはその前提を聞きつつ、自分たちにはそのデメリットがないであろうことに得心がいった。

 結果、ニオハは魔法の習得に力を入れ始めた。


 ラルはというと、ほぼ用はないと思ったので、いつの間にか魔法使い見習いとともに魔女の本(ヒヒイロアソビ)を読んでいた。


*****


 『暗中模索の町』に来てから3日目。

 巡美はニオハに話しかける。


「状態変化の操作は重畳ね。物質をもとに生物を作り出せたから、条件としてはほぼクリアしているわね」


 状態変化の操作。こちらは魔女の本(ヒヒイロアソビ)の記載も読み、過去にも変身魔法を使った慣れがあり、比較的簡単に条件が達成できた。さらには応用として物質から生物の変化まで成し遂げていた。試しにニオハが子猫を作ると、ラルは鼻息を死ぬほど荒くしてその猫と戯れ始めていた。

 だが、デバフ魔法――魔力量を減少させる魔法の習得は難航していた。


「ああ。だが、魔力量減少のほうは難しすぎるな。普通の魔法使いなら魔法を感知できるから、頑張れば習得できるかもしれないが、俺は魔法を感知自体できない。魔女の本(ヒヒイロアソビ)を読んで知識として習得したつもりだが、実戦となると厳しいようだ」


「1万時間の勉強がないから、魔法感覚が少なくて覚えにくいんでしょうね」


「だろうな。別の観点から考えた方がいいかもしれない。こういうとき、ラルなら基本なんとかなると思うが、魔法じゃなきゃダメなんだよな?」


 その真意を巡美は読み取り、渋面を作りかけるが、表面上は笑っていた。


「『転移』でどうにか補うつもり?」


「ああ」


「彼女にはルールの『転移』を依頼している。そのうえで、できるの?」


「できる、という意味では問題ない。『転移』は時の魔法より簡単に使える。本人いわく、”ぱっとイメージしたら使える”代物だ。本人の性格のせいか少しミスするときはあるけどな」


「……まあ、能力が魔法より扱いやすすぎるのは私自身も痛感しているわ。ただ――」


「ただ?」


「魔法で補える部分は魔法で補いたいわ。魔女を魔法使いに戻すのに、魔法ではなく能力で戻す部分が多くなると、その分揺らぎが大きくなるわ」


「……そうかもしれないな。努力はしてみるが、ラルのいったとおり10日までだ。それ以上は――」


「この『町』が滅ぶんでしょ。それは私としても嫌だわ」



*****



 2人がこの『町』に来てから、10日間経った。

 しかしながら、魔力量を減少させる魔法は習得できなかった。

 ニオハはラルに相談していた。


「事前に話したが魔力の一部を『転移』してほしい。魔法使いを実験体に行ったと聞いたが、そのときはできていたんだよな?」


「ええ。できたわよ! それで、今日が巡美の師匠を戻す決行日なのよね。わかっているわ!」


 自信満々な表情をしているラルを見つつ、ニオハは巡美に話しかける。


「魔力の転移、問題なくできていることは実証している。巡美、実証はできたからいいんだよな?」


「手法が能力ということ以外は問題ないわ。……地上に向かうよ」


 ラルとニオハ、2人に不安の目はない。

 ケラケラといつもなら笑っている巡美の表情が、今日はどこかぎこちなかった。


 3人は魔法使いたちがいた場所から部屋と部屋を、いつも使っている滑り台で移動、移動、移動していく。スムーズな移動は巡美がこの地下の移動を子細把握している。

 そしてかなり遠くまで移動している理由は、万が一師匠を魔法使いに戻せなかった場合に備えてだ。最悪、地下から移動して、『町』を脱出するルートを魔法使いたちには伝えている。具体的にはラル、ニオハ、巡美、この3人がいる方向とは真反対に逃げて、『暗中模索の町』の入口まで移動することを伝えている。世話になっている魔法使いたちには極力被害を出したくないと巡美が考えた結果の提案だった。


 3人は久しぶりに地上に出たものの、快晴とはほぼ無縁のこの『町』だ。地上だろうが地下だろうが空気も臭いも、さほど変わらない。陰鬱臭いと思ってしまう雰囲気だった。


「すぐに『暗中模索』の暗闇が発生するのよね?」


 ラルの確認に、巡美はゆっくりと首を縦に振って首肯する。


「ええ、今までの傾向からその可能性が高いわ。暗闇が発生したら手筈どおり、『暗中模索』のルールを一部『転移』。その後、ニオハの魔法が使い終わった合図とともに魔力量の『転移』。お願いするわね」


「うん――」


 と、ラルがそう言い切る前に、『暗中模索』のルール、暗闇が発生する。

 暗闇はランダムといわれているが、巡美は『町』の中でどこに暗闇が発生するかを経験から予測できる。球体を『町』全体に配置できるほどの視界を有している彼女だからこそ蓄積できた経験だ。

 だからこそ、この場で暗闇が発生することを予期していた。


 暗闇に飲まれると、以下のルールが発生する。

 1.視覚の消失(夜目も意味なし) ※暗闇消失後、視覚は戻る。

 2.触覚の消失          ※暗闇消失後、触覚は戻る。


 そのルールを帯びた暗闇がラルたちを襲う。

 暗闇の中では自分が立っているのか、あるいは無意識に歩いているのではないか、あるいは座っているのではないか、あるいは実は落下しているのではないか。

 触覚が失われていて、視覚が失われて、自分という存在が曖昧模糊となってしまいそうだった。

 その曖昧を振り払うようにラルは暗闇ルール、それ自体を『転移』させる。

 道そのものを覆っていた暗闇は一瞬にして『転移』した――一部を除いては。


「ニオハ! 目の前だけ暗闇残したわよ!」


「ありがとう。ラルにしては十全だ!」


 ラルは「私にしてはって何よ!」とほっぺを膨らませてむすっとする。

 とはいえ、ニオハの目の前にのみ、ちっぽけな暗闇を残した功績は大きい。

 ニオハは魔法をイメージする――状態変化の操作だ。


 暗闇を人の形に、とある魔法使いをイメージする。


 巡美の師匠――彼女の特徴を再現する。


 長身でグラマーなスタイル。黒髪の長髪で、丁寧に髪型を整えており、見た人々全員が美人だと思って振り返ってしまう印象。衣服は革製のゴシックファッション――クロップトップを着ている。革製にも関わらず、豊満な胸は存在感を放っており、さらにはへそがちらりと見えている。短めのレザースカートを履いていて、魅力的な細長い足が映える姿。それが巡美の師匠の姿だ。


 暗闇から、巡美の師匠が誕生しかける。形は巡美から伝えられていたイメージにできたものの、色は影の状態のままで、色彩は黒一色だ。

 『町』化された魔女を人型になるほど圧縮された結果なのか、『町』が震撼し始める。地震といってもいいのだろう。恐怖で『町』を、住民を支配しようとしているようだった。震源地は、多大な魔力を放っている目の前の影だ。魔力が放出されただけでこの『町』が揺れていた。


「ラル、あとは頼む」


「ええ!」


 ラルの赤い瞳に恐怖は宿っていない。

 イメージする。眼前の影の人、その異常な魔力量を『転移』させる。

 『町』化していたほどの魔力量。その魔力は尋常ではない。魔法使いが100人いようがたどり着かない極地といっていい。

 その異常でおびただしい魔力を『転移』――別の場所に移動し続ける。眼前の影の姿から魔力が少し減ったように見える。

 『転移』で魔力量を減らす。

 『転移』で魔力量を減らす。

 『転移』で魔力量を減らす。

 『転移』で魔力量を減らす。

 『転移』で魔力量を減らす。


 『転移』で魔力減らし続ける。

 そして魔法使い程度の魔力になったと思ったところで、ラルは『転移』を止めた。


 影の姿から色を取り戻し、彼女はこの『町』に顕現する。

 碧眼の瞳が3人をとらえていた。その瞳はどこか遠くを見ているようだった。


 巡美は中空に浮いている球体をちらりと見て、がたがたと震え始める。その震えは寒さからきた震えではなく、恐怖から発生した震え。

 ケラケラと笑っていたいつもの彼女の面影はない。

 巡美は声をうわずりながらも、師匠の姿を指さしながら発言する。


「私たちを殺そうとしている! コレ(・・)はまだ師匠じゃない!!」


 その巡美の言葉に、ラルとニオハは戦闘態勢に入った。


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