6話 帰還方法と巡美の目的
「ダイアは魔王――魔女の王の名称だからよ。だからこの世界の住民からは畏怖の対象、あるいは殺される対象になるのよ。けれど私は地球人だから殺さない。なんなら私は、ダイア――君を探し求めていた」
その一言に、ラルとニオハ――否、ダイアは呆然とした。魔王がダイアだと、彼女はそういった。
ラルとニオハはこの世界について、ある程度の情報を持っていた。それでダイアという名称に何かしら忌み嫌われる理由があるのだろうと、2人はそう考えていた。まさか、ダイアが魔王の名称だとは思わなかった。
ラルはしばらく悩んだ末、猫の姿になっているダイアを見ながら巡美に問う。
「ダイア……は魔王なの? というか魔女の王で魔王ってどういう意味なのかしら?」
ラルは思わず、思ったことを口にした。
ダイアは戦闘態勢を取らない。あくまで、情報を開示してもらったかのような巡美に、真摯的な態度を取ろうと試みる。
「魔王が男なのか女なのかはこの際どうでもいい。それで、お前は魔王と名前が同じ俺を探して、何をしようとしていたんだ?」
「それは後で話すさ。まずは君たち2人からの質問責めを捌ききるわ」
巡美は微笑みながらもそう答えた。
ダイアは彼女の瞳をじっと見据えていく。その瞳は何を語ろうとしているのか、その深淵がなかなか見えない。ダイアは彼女が何を考えているのかをあきらめる。
「それなら次だ。お前とラル、2人は能力が発芽しているようだが、俺は自身の能力がいまだに分からない。俺の能力はなんなんだ?」
「私は『心を読む』能力だから、君がまったく知らない情報だと回答はできないわ。でもぉ――」
にっこりと、口角を上に歪めて彼女は答える。
「――君たちが欲しい情報はもっと持っているわ。浅く乱雑に君たちに質問するわ。なんとなくでいいから回答をイメージしてちょうだい」
巡美の近くに球体がもう1つ現れた。どこに隠し持っていたのかとラルはいぶかしむ。
球体2つは、1つがラル、もう片方はダイアを見据えていた。
巡美は2人をまじまじと見ながら、興味津々といった表情を浮かべ、楽しげに話し始める。
会話ではない。質問と回答とは少し別。巡美は一方通行なQAを眼前で行う。
「1つ目。君たちの目的は? ふーん、元の世界に帰りたい、ねぇ。
2つ目。元の世界は地球だと思うけれど……? へえ、地球かどうかは覚えていないと。
3つ目。記憶は失っているの? 失っている、その自覚はあるのね。
4つ目。地球での記憶はないのかしら? 断片的にある。
5つ目。例えば自分が地球で生活していた記憶は? その記憶はない。
6つ目。……例えばスマホは知っている? 知っている。
7つ目。スマホの使い方は? 知らない。こっちにきたのは3か月なのにそれはおかしいわね。記憶の欠如による弊害かしら。まあ、他も聞きましょう。
8つ目。ラル、君の能力『転移』について詳細を教えてもらえる? 転移空間の保持。モノ、人を範囲指定して転移。人の時は範囲を広めに設定するから失敗しやすい。そして『町』のルールを転移して無効化……………………は? さすがにこれは見過ごせないわ」
巡美の『心を読む』能力で、相手のアンサーを強制的に覗いて回答する理不尽な能力使用は、しかし、見過ごせない答えが返ってきたことによって中断した。
巡美の仮面の被ったかのような笑顔は消えた。巡美は三白眼をさらに細めて、ラルに訊く。
「『町』のルールを転移して無効化。……この『町』にもできるの?」
真剣に質問した仕草を見て、初めて巡美が人間らしく映ったと2人は思った。
飄々としていて、つかみどころがなさそうな彼女が、初めて、実直な感情をあらわにした。
ラルは顎に手を当て、以前の『因果応報』のルールを無効化したときのことを思い出しつつ答える。
「できるとは思うわよ。ただ、『暗中模索』の事象が発生しないと試せないし、『町』のルールの転移は1度しかやったことないわ」
「……君にはこの『町』でもそれができるか確かめてほしい。というか、初めて『暗中模索』発生したときにどうして試さなかったのよ」
「『町』ごとのルールを無効化って、『町』の特性を壊滅させるみたいで嫌いなのよね。前に訪れた『因果応報の町』では人の個性が壊滅していることが嫌いで、彼女に希望を魅せたかったのよ」
ラルはどこか遠くを見て、ここにいない第三者――金髪少女のライを憂うようにそういった。
「そう……。能力の拡大解釈ってそこまで異常なことができるのね」
「その能力の拡大解釈ってなんなのよ。さっきもいってた気がするわ」
「転移なんて、ふつうは固体に対してイメージして転移させるはず。君は液体や気体、挙句にはルール自体を転移するなんて……。異常なことをしているのよ、自覚ないのかしら?」
「ああ、そういうことなのね。私のイメージだと転移できると思えばそのままこの転移は使えたわ」
「……そう。ちなみにそこまでの拡大解釈をしての反動はあるのかしら? そう、ないのね」
ラルはじとっとした瞳で、巡美をとらえる。
「貴方、その癖やめたら? 会話が楽しくなくなっちゃうじゃない」
「私も難儀しているよ。でも相手が何をいうかわかっていると待つ時間がもったいないと思ってしまうの。気にはしているけれどね」
とはいいつつ、笑みを崩さないところを見るに、そこまで反省している様子はうかがえない。
それでもラルは彼女の言葉を信じたのか、一定の納得をしたようだった。
「ふーん。ほかにも質問ってあるのかしら?」
「ええ、次はダイアのほうね」
球体1つはラルをとらえず、球体2つがダイアをとらえた。
「1つ目。君の魔法は何ができると思っている? 縛解放、変身魔法ねえ。
2つ目。転移先――日記記載の空間ではどういう状態に? 日記の怪物になる、ね。まあ、私には理由はわからないわ。
3つ目。君もラルと同じくらいの記憶しかない? そうなのね。そして記憶定着するために日記を書くのね。
4つ目。日記を書かないと記憶の定着ができない理由はわかっている? わからない。
5つ目。どうして今は猫の姿なのかしら? あら、この『町』に来たときの初期設定なのね。
6つ目――」
へらへらとしていた口調をいったんピタリと止め、巡美は口にする。
「――縛解放以外の魔法は使えないと思っているのよね?」
一方的なQAは終わったような問いかけをしている。ダイアは会話しないと引き出せない情報もあるのだろうと思い、自身の魔法を思い返して話し始める。
「ああ、縛解放しかできないと思っていた。実際、縛解放は身体の一部だけでも変化できて便利だし、不便だと思わなかった。だがお前は、それとは別にとんでもない魔法を習得させたいんだよな?」
「その通りよ。私は、私の悲願を達成するために、君に頼みたいことがある」
「その前に、だ。質問責めにされたのは俺たちだ。俺らの質問じゃなくて、お前の疑問を解消することになっている。ちゃんと質問ぐらいさせろよ」
巡美は再び飄々と、ケラケラと世界をあざけわらうように表情を変貌させる。
「あら、そうだったわね。じゃあ、まずは能力と魔法の違いを話してあげようかしら」
球体から読み取れた情報を元に、ダイアの思考を読んで巡美は話し出す。
「魔法は魔法使いに探知されるけれど、能力は探知されないわ。ざっくりとした違いはそれだけよ」
そして、さらにケタケタとシニカルな笑みを浮かべて、煽るようにいった。
「そして次に、君たちが一番知りたがっている元の世界に帰る可能性について教えてあげるわ」
「本当か!?」
「戻れるのね!?」
ラルは傍観していたが、さすがにそのワードにはピクリと反応した。
巡美は「ええ」と首肯して話を進める。
「魔王なら、なにかしらの魔法を使って日本に現れたことがあるわ」
「日本ってどこだ?」
「地球のとある大きな島国、といえばいいのかしら。君たちの出身地のはず。この世界は日本語標準で、君たちは不思議からず日本語を喋っているから、間違いないはずよ。ただ――」
「ただ?」
「君たちはどうしてそこまで奇抜なのかしら? ふつうは私と同じように黒髪黒目なのよ。ファッションは置いといて」
そこでラル自分の奇抜なファッションになっていることを思い出し、赤面する。
「このゴシックファッションツインテールになったのはダイアと同じで初期設定なのよ! 仕方ないじゃない! 私だって隙があれば転移空間からオキニの服を取り出して着たいんだからね!」
「ファッションは置いといてといっているわ。君は赤髪赤目となっている。日本人で、そんな人間はいないわよ。まあ、本題はそこではないわね」
巡美は2人を見据えて、言葉を紡ぐ。
「本題は魔王がどうやって地球に現れたのかを解明すること、よね。顕現方法が再現できれば地球に戻れてハッピーエンド。君たちはそう考えているのでしょう?」
「ああ。今の話を聞く限り、転移で地球に移動するのがいいと思っているんだが。ただ……ラルの転移は能力なわけで、魔王と違う可能性がある。そういいたいんだろ?」
「そうよ。どのように地球に転移したのかはわからないけれど、魔王と勇者はそこで戦って死んだといわれているわ。その転移方法に、何を使ったのかわからない。何せ、魔王の魔法はなんでもできる魔法だからね」
「「なんでもできる魔法!?」」
ぶっとんでおり、あまりにも規格外の魔法に、思わず2人は目が点になった。
そして今までのダイアという名称を恐れている者がたくさんいたことに合点がいった。それもそうだ。なんでもできる魔法――それが魔王の魔法。そんな持ち主が眼前にいると思われたら畏怖と恐怖に支配されるだろう。とある『町』でダイアとばれた際に逃げる者、あるいはすぐに殺そうとしてきた人間にも得心がいった。
驚愕している表情を見て巡美はいたずらに笑う。まるで、その表情が大好物だと言わんばかりに舌なめずりもしているように倒錯するほどだ。
「ええ。だから君は変身できる程度の魔法だと思っているけれど、魔王ならなんでもできる魔法を持っているのよ。そしてクソみたいなこの世界の『町』ルールも捻じ曲げられる」
最後の言葉はどこか私怨で満ち満ちていたが、ダイアはそれよりも気になっていた点があった。
「そうなると魔王は既に死んでいるのか? 俺は転生したとでも?」
「転生かどうかはわからないけれど、魔王は死んでいるわ。西暦に変換すると10年以上前にすでに死んでいるといわれているわ。私が転移したのは約2年前の2023年。もっとも、私が知っている1日の意味がこの世界でも同じなら、という仮定だけれどね」
「まあ、帰還方法の目星がついただけでも重畳だ。帰還するには、俺がなんでもできる魔法をマスターできれば地球に転移できるといいたいんだな?」
巡美に問いかけるダイアだが、ラルは反射的に問いかける。
「ダイア、私は話についていけなかったのだけれど、私の転移で元の場所には戻れないのかしら?」
「限りなく低いと俺は思っている。なぜなら、……俺含む2人の転移はラルの任意じゃなくて『町』を出ると強制的に始まるからな。……………これは大丈夫なのか」
いつの間にか何かしらの賭けをしていたようで、ダイアは焦燥感を抱き、呼吸が乱れていた。
巡美はその呼吸の粗さが気になり、心を読んだ。
「これは大丈夫? ふーん、誰かに見られると2人は次の『町』に強制転移できないのね。だから私にいうのは禁足事項の可能性があったと。禁足事項なんて、それこそファンタジーのこの世界ならではねえ」
「かもな。だが、まあ。これで一旦はいい。あとは都度都度聞くかもしれんが、有益な情報をもらったよ。ラルから他に質問あるか?」
ダイアはそれ以上、質問事項はな、ちらりとラルの仕草をとらえる。ラルは首を振っていて、質問はもうないのだと把握した。
ダイアは碧眼の瞳を巡美に向けて問う。
「さて巡美、お前が話したいことを話していいぞ。お前の悲願とは、なんだ?」
「悲願は、私の師匠を助けることよ。着いてきて」
「師匠?」
ラルが疑問符を頭に思い浮かべるが、巡美はその言葉に取り合わない。
巡美はひょいと、軽くステップを踏み出して軽やかに壁に向かって歩き出し、先ほども使用した長方形の端末を操作して人1人分の入口スペースが現れる。
そこに巡美は飛び込んでいく。ラルも先ほどの覚えがあるので抵抗なく飛び込む。
先ほどと同じ、ジェットコースターといえるほどのスピード感。それでいておそらく安全性もあるのだろう。巡美が何度も行き来しているのだろうから、そのあたりは全幅の信頼を置いていた。ラルはダイア――黒猫を抱きながら移動する。瞳はハートマークといっても過言ではない。本能にある程度従い猫の頭を撫でていた。
ダイアは許容範囲だと思ったのか、従順に撫でられた。
そうこうしている間に、終着点にたどり着く。
降りた先は、先ほどの10倍以上の広さだった。地下ライブができる広さ。壁にランタンが飾られ、灯りはついているものの薄暗い印象を受ける。
そして、先ほどと打って変わって人がいた。軽く見渡すだけで数十人以上はいた。
「散らかっているが、これらはまさか……」
ダイアは夜目を見開く。食料等、人間として必要最低限なもの以外のモノに、強烈な違和感を覚えた。
無造作に本が散らばっている。分厚い本で、それを一生懸命読んでいる少年少女たちがいる。
一か所に大小様々な石が集まっていた。様々な色で光り輝いている。
一か所に巨大な透明箱が何箱かあり、そこにカプセル型の薬、液体、粉末状、様々な薬が内包されているのがうかがえる。
「君の思っているとおり魔法使いになるために必要な要素だよ。魔女の書物、魔女の石、魔女の薬。ここにいるのは魔法使いと魔法使いの見習い。そして魔法が使えない私。私はとある事情のため、魔法使いたちと連携を取っているわ」
「魔法使いたちと連携を取っているのは、お前の悲願を叶えるためか?」
巡美はじっとダイアとラルを見つめて「ええ」と答える。
「『暗中模索の町』となった魔女――私の師匠、ペスト・D・メイ。彼女の『町』化をなかったことにする。それが私の悲願よ」