5話 ニオハ救出作戦
巡美は空洞に飛び込んだ先、そこは四方に塞がれつつも高速で移動していた――滑り台の高速版というべきだろうか。滑ることに最適化されており本人たちはウォータースライダー、否、ジェットコースターほどの爽快感を覚えている。しかし周りは暗く、速度は把握しづらい。だからこそちょっぴりとスリルがあった。
巡美は小型の機械をポケットから取り出した。長方形、片手で持てる程度の端末だった。
その端末は彼女の指に反応するのか、タタッと叩くと、進行ルートにある道の方からガチャリと音がした。
「最速の進行ルートならこっちのはず。あとは道なり」
巡美は思考を凝らし、ニオハの居場所まで最短でたどり着くルートを弾き出していた。
「快適な移動ねー」
真剣な巡美に対し、ニオハを助けたいと話していたラルはなぜか吞気にこの乗り物の感想を述べた。
移動はあっという間だった。先ほどと同じような部屋にたどりつく。
「よし、着いた」
巡美が着地したあと、ラルも無事に部屋にたどりつく。
20畳ほどの部屋。先ほどと同様、機械のようなモノ、ごみのようなモノが散乱している。
「さっきと似たような部屋ね」
「似ていた方が初見だと迷子になりやすくて、隠れ蓑にしやすいの。さあ、早く君のパートナーを助けるよ」
「ええ」
巡美は天井を見上げる。そこには漆黒の天板しか見えないようになっている。
巡美は少しばかり大きな脚立を持ってきて、バコリと天板の一部を外す。その先にはラダーのようになっていた。
「このラダー先――地上にあの猫はいるけれど、君の能力が必要だよ。転移で猫を自分の手元に持ってきて、この部屋に戻ってきてほしい」
「……ニオハは転移できないわ。暗殺者ならできるでしょうけれど」
「そう。それじゃあ、暗殺者を転移して、それから猫を救いましょう」
「ええ」
その回答を聞いた巡美は、部屋にとどまる。
ラルはラダーに手を掴み、上っていく。ラダーの先――地上に続く天板へたどり着き、ゆっくりと地面に続く板を外して、地上に出る。
路地裏だった。見える先の景色は、荒廃した印象を受ける。メインストリート通りで、あの廃れようだ。小道に入れば道路はまったくといっていいほど整備されておらず、砂埃が舞っているのがわかる。
ラルがのぞいた路地裏の先から、暗めのビル、廃れかけている家が見える。その風景の中に、暗殺者2人とニオハが見えた。
暗殺者2人は素性を隠すためか黒いコートを着ており、フードで素顔も見えなかった。
そのうちの1人が、シニカルに話し始める。
「この猫、喋ったんだよ。なんか男っぽいような声だが、しゃべる猫は希少価値がある。賢く逃げ回ったうえに人間の言葉を話す猫だ。愛猫家には喉から手が出るほど欲しいだろうな」
「…………」
ニオハは逃げていなかった。否、逃げられない。すでに片足に致命傷を受けている。クナイのようなものが刺さっており、走り出すと血が噴き出すくらい深い。
この状況で暗殺者2人から逃げるのは土台無理だ。
ニオハの息が荒いかはわからないが、すくなくとも1歩も動けない状況なのだとラルは判断した。
ラルは自身のほっぺたをぺちんと掌で叩く。
「助けるわよ、ニオハ」
ラルは自身を鼓舞する。そして手を暗殺者2人に向ける。
転移を発動する。
そして転移の能力を受けた暗殺者2人は――フードだけが外れた。
「は? なんだこれ?」
フードのみが突如として消えた。衣服は着ているので変質者の烙印は押されずにすんでいるが、素顔はニオハには知られてしまった。
「あ……ミスっちゃった……」
ラルは自身の失敗を口にするとともに、冷や汗をかく。
暗殺者は当然、これが第三者の仕業だと気づいた。
「どこかにこいつを助けようとする魔法使いがいるな。魔法使いの暗殺者を呼ぶか?」
魔法を探知するには魔法使いに依頼する。そういった文化は暗殺者もあるらしく、もう1人の仲間にそう問う。もっとも、ラルが使ったのは能力のため魔法使いを派遣しても栓ない話だった。
しかしながら、もう1人の暗殺者は鼻を鳴らして答える。
「はんっ、その必要はない。この猫が殺されたくなければすぐに姿を晒せ。こいつを人質に交渉を有利に進め――」
「え!? 殺すの!? ダメに決まっているじゃない!!」
ラルは大声で反応するという大失態を晒す。
さらにはそのまま暗殺者の前に姿を晒すオマケ付きだ。
「……まぬけすぎないか?」
「……よく言われるわ。けれど、彼を殺せと言われて現れない私じゃないわ!」
ラルが啖呵を切った瞬間、右足――ふくらはぎに激痛が走った。
「うっ!?」
ラルが右足を見るとそこにはクナイが刺さっていた。刺さりどころが悪いのか動かすことさえ難しく、逃げることは不可能だった。
ラルは死闘が始まっているのだと確信し、金色のチェーンをガチリと外した。
――魔法使いとばれるのは仕方ないわ……! それよりも、今は彼を助けることが先決!
「鎖接続――欠片達!」
チェーンはラルの心臓にがっちりとくっつき、もう片方のチェーン先は地面に接続する。
地面に巨大な銀色の時計盤が姿を現す。
銀の時計盤の針は止まっているが、ラルが詠唱することで、動き出す。
「――逆巻き!」
針は時が戻るように逆向きに進む。
ラルとニオハの傷が癒えていく――否、時が戻ったかのように怪我の痕跡がない状態に戻る。
時計盤は消え、時計は手首に戻る。千切れたチェーンも元に戻る。
ラルが頭のみを後ろに向ける。
先ほどのクナイは後ろの方から飛んできた。だから後ろを振り向いたのだが、その数は3人。
「暗殺者、何人いるのよ……」
「魔法使いだ……! お前ら、絶対に殺せ!」
魔法が使える暗殺者の1人がいたらしい。彼が高らかに宣言すると、俊敏な移動で暗殺者たちはラルの前から姿が消えたと錯覚するほどの速さで近づく。
ラルは後ろにいた暗殺者3人を転移させるイメージをした――はずだった。
「やばっ……!」
血の気が引いたのか、ラルは青ざめた表情をした。
「お、おいっ! こいつ……!」
正面にいた暗殺者は愕然と震えだす。
暗殺者3人は忽然と姿が消えた――だけではなかった。その後ろにあった3階建ての建物を、果てはその先にあった『暗中模索の町』の壁の一部を転移させてしまった。
「あ、えーと……ご、ごめんなさい!」
ぺこりとラルが頭を下げて謝ると、『暗中模索の町』の壁の一部、3階建ての建物は復活したように戻ってきた。
それと同時に3人の暗殺者も戻ってきた。3人の暗殺者は地面に埋まっていたが。
「な……なんだこれ……!?」
暗殺者3人は足部分が地面に突然埋められ、抜け出せず困惑していた。
だが正面で見ていた暗殺者2人はあまりの異常な光景に腰を抜かしてその場でこける。わなわなと小刻みに震え、冷や汗をかきながらラルに罵倒を浴びせる。
「化け物め……!」
「そういうふうに映るわよね……」
ラルは自身を自虐しつつも、ニオハを抱える。
ニオハは小さくラルに耳打ちする。
「……暗殺者全員の標的になったぞ。この『町』から早急に出るぞ」
「それなんだけれど、良い情報を持っていそうな人がいたの。一度、合流させて」
ラルはそのまま、巡美の地下の部屋に戻ろうと、路地裏に駆けていく。
転移空間より、閃光手榴弾のようなものを取り出す。他の暗殺者がいた場合の目くらましとして、使用する。一度はその気配を察知して目くらましから逃れても、ラルの転移空間にある閃光手榴弾は無数に近い。さらにはラルの近くだけでなく、いたるところで閃光手榴弾が弾け、暗殺者全員はラルを見失う。
ラルはそのまま巡美の秘密基地に続く板をガコリと開け、ラダーをくだっていき、巡美のもとにたどり着く。
「あら、無事に合流できたのね。あいつらが入ってこないようにするわ」
巡美は小型の機械――先ほどと同じ端末を取り出し、指でその端末を操作する。
ゴゴゴと音がなり、大地が――部屋が振動しだした。
「この音は……?」
「天板の入口を封鎖したわ。それよりも――」
巡美は瞳を猫に向け、口の端を上げ、にやりと笑いながらいう。
「それがニオハなのね。……いいえ、ダイアといえばいいのかしら?」
「俺をダイアだと認識してるのか!?」
ニオハは敵意をむき出しにし、今にも巡美に襲い掛かるように威嚇する。ラルはそれをなだめるようにいう。
「ニオハ、落ち着いて。彼女は『心を読む』能力を持っていて、それでいて私たちの知りたい情報をいっぱい持っているの。彼女がいる前で偽名は必要ないから、ダイアって呼ぶわね」
しん、と沈黙が続いた空間。数秒経ち、ニオハは戦闘態勢を解く。
「……なるほどな。『心を読む』、そんなチカラがあればいろんな情報を持っているか」
「ええ、なんでもあるわ。君たちが知りたがっている情報を教えてあげる。何から知りたい?」
ダイアは少し考え事をしているのか目を瞑る。
そして、瞑った目を開けて質問する。
「じゃあまずは、ダイアと呼ばれると殺される理由が知りたい」
巡美の隣にいる球体は、ダイアを見つめていた。
巡美は数瞬後、にっこりと笑みを浮かべる。
巡美は恍惚な表情を見せる。
巡美は口の端を上げる。
「ダイアは魔王――魔女の王の名称だからよ。だからこの世界の住民からは畏怖の対象、あるいは殺される対象になるのよ。けれど私は地球人だから殺さない。なんなら私は、ダイア――君を探し求めていた」