4話 心を読むことができる人間
ラルは視線を動かし、あたりを見渡す。
暗い印象の部屋だ。ものは散乱しており、ガラクタのように見えるものから、使えそうな機械がありそうだと思えるもの。様々なものが乱立しているが、それ以上に異常に映っているのが、彼女の隣で浮遊していた球体だった。
だがラルは今、頭にぴよぴよと多くのひよこが中に舞うように混乱していた。情報量のキャパオーバーだった。
「能力? 地球人? それにその白い球体は何?」
脳がオーバーヒートしているのか、と焦点が合っていなかった。まるですべて忘れたかのように意識が朦朧としているように見えた。
それを見た彼女は、三白眼を細めながら小さく笑う。
「あら、混乱しているようね。一旦、落ち着きましょう」
「……ありがとう」
ラルは球体を浮遊させている彼女にお礼をいって、ゆっくり息を吸う。そして胸をゆっくりなでおろすように息を吐く。
ラルは、視界に映っているものを改めてみて、疑問に思うところは多々あったが、落ち着きはした。
それゆえに、ある異変に気づく。
「あれ?」
「どうかしたのかな?」
「私が連れてきた猫は?」
ニオハがいなかった。あの黒猫ならば、この滑り台なんて人間以上に簡単にすべり落ちるだろう。
巡美は少し悩むように口元に手を当て、答える。
「はぐれたんだろうね、きっと。何せ、いきなり暗闇に襲われたわけだから」
「そう、かもね」
ラルの鼓動が加速する。
情報戦が得意に見える相手にも関わらず、相方のニオハがいないこと。それによって、彼女はニオハのサポートを受けられず、巡美の流れに乗らされることを予期していた。
「そも、暗闇で襲われても死ななかったことが奇跡みたいなことなのよ。否否、殺されなかったのは君のアレのおかげでしょう?」
「何を言いたいのかしら?」
ラルのキョトンとした表情に、ケラケラと笑うように巡美は話す。
「だって君、能力を使ったでしょう?」
「のう……りょく……?」
「あらその反応、やっぱり知らないのね? 魔法は知っているわね?」
ラルは頷き、巡美はラルを見ず、球体をちらりと見る。中空に浮いていた球体が、ラルを見つめる。
数瞬後、巡美は「理解としてはそのくらいなのね」と、まるで球体と会話していた。
そしてラルの方を向いて話し出す。
「この世界には魔法とは別に、能力が存在するわ。例えば魔法を使えば魔力を感知されるのは知っているわよね」
「……ええ」
「そして能力は感知されないわ、君はもう知っているはずなんだけどね。『転移』は魔法使いに感知されないから重宝するでしょう?」
「ええ……え!? どうしてわかっているの!?」
巡美の言葉をうんうんと頷きかけたラルだったが、途端、我に返っていた。彼女は転移のことを何1つ話していない。
ラルは思わず口をぽかんと開けるほどの驚愕なリアクションをしてしまい、巡美はからかうような笑いで答える。
「だって、私の能力は読心術の上位互換――『心を読む』能力なんだもの」
「――!?」
ラルはまずいと思った。何がまずいかを言語化する前にとっさに転移を使って逃げる――はずだった。
しかしながら巡美は心を読んだのか、ラルが最も欲しい言葉を発する。
「私は敵ではないわ。それに、君はあの猫を助けたいのでしょう?」
「……ニオハを助けてくれるの?」
ラルが思考をした瞬間、割り込むように情報を追加する。
球体の瞳はラルをとらえ、それを巡美はちらりと横目で見つつ、眼前にラルがいる状態で話す。
「ええ、当然。それに君たちが欲しがっているであろう情報ももちろんあるわよ。何を思い浮かべたかしら? ああ、そうなるのね。私は当然、君が利になることを教えるわ。この世界の説明をはじめ、さらには私が知っている限りのこと。君たちはこの世界に来てからどのくらいかしら? ふーん、3か月くらいね。3か月の旅路はどうだった……って、何その転移現象、それは同類の私でも知らないわ……。……考察になってしまうけれど、とりあえずはニオハと合流したら教えてあげるわ。当然、危害は誰にも加えない。むしろ君たちを助ける。
どう? いい条件だと思わない?」
再び情報量のキャパオーバーになってしまったラルだったが、今度は要点を抑えるように、自身の脳内をうまく処理しようとする。そのうえで、情報を選定した。
結果として、ニオハと合流するまでは協力関係である担保が取れているとラルは思った。それと同時に、彼女異常性――『心を読む』という異常性を再認識する。
ゆえに、ラルは指に手を当て、瞳を閉じる。数瞬して、目を細めに開けて答える。
「んぅ……、いい条件だと思うけれど、貴方、私たちを殺さないのかしら? ここは王国『メソッド』のルールは適用されてない『町』よ?」
「殺さないわよ。というか、『心を読む』程度の能力で君の『転移』に勝てるわけないでしょう。それに全員が全員、そんな野蛮人ならこの『町』に人は存在しなくなるわよ」
「……そうかもね。とりあえず、貴方の話をもう少し聞こうと思うわ」
彼女の言葉に、ラルは「うぬぬぬ」と悩みながら、次の発言を聞こうとする。
三白眼の瞳はラルをまっすぐ見つめて答える。
「とりあえず、君だけでは交渉もへったくれもないでしょう?」
「……そうね。私だけじゃなくて、あの猫もいないと話し合いをする場は設けたくないわ。貴方、賢そうなうえに心を読む能力なんでしょ?」
「ええ、読めるわよ。それにしても、君ほど淡々とした反応は中々いないわよ? 普通、私の能力は忌々しいものだといわれる。良くて無視、悪くて殺されかけるわ」
「あら、それじゃあ私も似たようなものね。死にかけるわよ、どこの『町』に居てもね」
明るく答えてみせるラル。
巡美は球体を見て、数瞬止まっていたようだった。ラルの顔を驚きの表情で見る。笑い顔は維持しているもののその表情は少し固まっていた。
巡美は自身の表情をほぐすためか、その話題から本筋に戻す。
「それでどうするの。君のパートナー、探すのかな?」
その巡美の一言で、ラルは「ええ」と答えたあとにいう。
「彼がいないと貴方と、それにこの世界の謎が共有できないもの。是非、お願いしたいけれど巡美、貴方はいいのかしら?」
「もちろん。あの猫探すからちょっと待ってて」
巡美は自身の瞼を閉じ、『心を読む』能力の真価を発揮する。
「目多開――索敵」
ラルは不思議がるように小首をかしげる。
「何をしているのかしら? 何もしていないように見えるのだけれど」
「能力使用して私の球体を総動員して、地上にいるはずの君のパートナーを探しているわ」
「貴方の能力は『心を読む』能力じゃないのかしら?」
「そうよ。ただ、能力の拡張で『心を読む』球体を複製してその球体の眼を私に共有しているわ。君だって、転移の拡大解釈をしていると思うのだけれど。集中するから喋らないで」
ラルは「あ、ごめんね」というと、しばらく黙っていた。
巡美はこめかみに手を当てて、何か悩んでいるような仕草をしている格好になった。きっとその状態が、索敵とやらをしやすいのだろうとラルは考えていた。
5分後、ラルが巡美に「大丈夫?」と声をかけようとしたところで、彼女は閉じていた瞼を見開いた。
「いた……。すぐに移動して救った方がいいわ……」
「え? どういうこと?」
「暗殺者に狙われている」
そういうと巡美は20畳程度の部屋にあるうちのとある壁まで移動する。
巡美が壁に対して何度か指先でタッチすると、壁の1平方メートル――人間がしゃがめばすっと入るほどの空洞が発生した。
「さあ、早く行かないとあの猫が危ないわ。さっきの滑り台と同じような構造だから、私のあとについてきて」
そのまま、巡美は焦燥感を胸に抱えながらその空洞に飛び込んだ。ラルもその指示に従って、その空洞に飛び込む。