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1話 『因果応報』で成り立つ仮初の平和が蔓延る『町』

 深い、深い、深い。息ができないほど暗く、光が届かない場所。

 そこで、ラルは眼前にいる誰かに語りかけるようにつぶやいた。


「私たちは何者なのかしら?」


*****


 ラルは意識が覚醒し、立ち姿のまま瞼を開けた。

 少しばかり土埃が舞う一本道があり、周辺はくるぶしを埋める程度の草木で生い茂っている。

 彼女はとんがり帽子、黒いローブ、革靴のロングブーツを身に纏っており、魔女を彷彿とさせる。

 彼女はなぜか自身の服装を紅の瞳で確認する。

 

 そして赤い長髪を靡かせ、ちらりと横を見た。


「あれ、いないの?」


「いるぞ」


 視線を少し下に向けると、少年がいた。

 少年はいかにも短パン小僧を彷彿とさせるような、体育の半そで半ズボンのジャージを身に着けていた。ラルは少年の姿をじっくり観察してから歩き出す。

 2人が目指している目的地は、ひとまず眼前に見えるレンガ調の外壁だ。


 この世界には外壁に覆われている『町』と呼ばれる集落がある。

 『町』それぞれには、特殊な魔法が宿っている。その魔法に影響して、文明、風習も変化していく。


「今回の『町』、どういう『町』かしらね?」


「さあな。ただ、外壁を見るにそこまで古臭い文化ではないと思うぞ。あくまで、外壁の情報のみだがな」


 2人はその外壁を目印に歩き出し、外壁に連なっている鉄門前にたどり着く。

 外壁の高さはどんなに長い槍があっても届かないくらい高かった。

 門前には、何人かの門番が鎧を着ており、そのうち1人がラルたちに話しかける。


「君たち、旅人かい?」


「ええ。この『町』に入りたいんですが、『許可証』を見せればいいかしら?」


 旅人が『町』に出入りするためには、『許可証』などの証明書を見せる必要がある。もちろん、『町』によって多種多様だ。


「私たちの『町』に入る際、そのようなルールは特にありませんよ」


「え?」


 ラルは思わず眉をひそめた。


「見たらわかると思いますけれど、私たちは貿易商人でもないただの旅人ですよ? 些細な審査も要らないんですか?」


 きめ細やかな手を広げ、自身は何も持ち物も持っていないことをアピールする。

 ただただふらっと立ち寄った旅人ですといわんばかりの動作をしたラルだったが、門番は淡々と答える。


「はい、要らないですよ。この『町』の名称ですが、『因果応報の町』です。何か悪さをすると自身に悪いことが返ってきます。当然逆もしかりで、良いことをすれば自身に良いことが返ってくる『町』です」


「……つまり、悪事を働けば『因果応報』で裁かれる。だから身元の証明が必要ないってことかしら?」


「そのとおりです。強いて審査というならば、今の話を聞かない者には『町』に入るべきではない、ということですね」


 内心、渋面を作りかけたラル。それもそうだ。『因果応報』ルールがどれほど有効なのかあとで確認する必要はあるものの、この『町』は『因果応報』に固執しすぎていることが見て取れた。

 ラルは人差し指をピンと立てる。


「1点質問したいけれどいいかしら?」


「遠慮せず、何でも聞いていいですよ」


「この『町』が定義している『因果応報』の詳細を知りたいわ。例えば、相手に有益な情報があるにもかかわらず黙っていた場合、それは悪事と判断されるのかしら?」


 門番は事務的な動作で、後ろの木材テーブルに置いてあった紙をラルに渡した。


「それは悪事にはなりませんよ。ルールが気になるのであれば、このルール表を読むといいですよ。『因果応報』となる条件、ならない条件をリスト化しています」


 彼女が少ししゃがみ、隣の短パン小僧と一緒に、ルール表に目を通す。


□因果応報の対象となる条件【悪行・善行の順】

 ・相手に負の感情を強く抱かせること。相手に正の感情を強く抱かせること。

 ・相手の物を奪う。相手が好きな物を与えること。

 ・相手に痛みを与えること。相手を治癒すること。

□因果応報の対象とならない条件

 ・嘘をつくこと。

 ・黙ること。

  ※ただし、『□因果応報の対象となる条件』が満たされた場合は因果応報の対象となる。


 ラルは渡されたルール表を一読しただけで、思わず顔が引きつっていた。


「す、すごいですね。これらのルールであればこの『町』はとっても平和よね……」


 顔が引きつり、笑顔がぎこちないまま答えるラル。

 それを横目に見ていた短パン小僧は、門番に問う。


「住民は皆、この条件を把握していて、それでいてこの『町』に住んでいるのか?」


「ええ、基本的にはそうですね。子どもたちは親の意向があるので例外だとは思いますが……」


「そうか。じゃあ、このルールで良いと思った住民がこの『町』に住み続けているのが道理か」


「道理も何も、それって他の『町』でもいえませんか?」


 門番の至極当然な疑問に、少年は少年らしからぬような言葉遣いで疑問をはく。


「疑問に疑問を返すようで悪いんだが、門番。お前はこのルール、そこまでおかしいとは思っていないだろ?」


「まあ、私はこの『町』の住民ですからね。この『町』で生まれて、この『町』で育ってきました。だから、ルールをそこまでおかしいと思ったことはないです」


「門番の仕事に就くまでは――とはならないのか?」


 その言葉に、淡々と質問に答えてきた門番に、しばしの沈黙が続く。

 門番は少しうつむくようにしていたが、やがて眼を旅人2人に合わせて話し出す。


「……どうでしょう。今でもこの『町』は心地がいいとは思います。旅人や商人にはこの『町』があまりにも平和ボケしすぎているとよくいわれます。ですが、この『町』にいる限り、平和ボケしていても問題ないと思っています。君が聞きたかったことも、そのあたりのことでしょう?」


「概ねそのとおりだ。そして答えも聞けたから、一旦はいい。だけど、もう少し門番の仕事を通じて、外側にいる本当の声に耳を傾けるのもいいんじゃないか。他の『町』はここよりも表面上は残酷かもしれないが、いいところも多くある。まあ、判断するのはお前次第だけどな」


「忠告ありがとう。その言葉だけで十分だ」


 門番はにこやかに答える。事務的なのか、自然と出た笑顔なのかは判然としない。

 少年はじっと、門番の表情を見てから口を開く。


「伝わっていればそれでいい。……結構責めた言葉遣いをしてしまったな。会話に付き合ってくれてありがとう。『町』に入ってもいいか?」


「ええ。思い出の『町』になることを祈っています」


 ラルは会話に聞き入っており気づかなかったが、別の門番が鉄の門を開けていたようだった。


 2人は門を通り、そして『因果応報の町』の中へと足を踏み入れる。

 途中、ラルはきょろきょろと辺りを見渡して人影がないことを確認してから、少年に問う。


「言葉遣い、さすがに大人びすぎてるよ。えっと名前は――」


「佐藤タケル、これでいいと思う。言葉遣いは極力気を付ける」


「わかった。タケルって呼ぶね」


「ああ。それにしても門番の話を聞く限り本当にそんな『町』があるのかと疑ったな。お前も、穏やかな心情には見えなかったが、何か思うところがあったのか?」


 ラルは再度きょろきょろしながら、口元を隠した。


「タケルと同じ意見よ。仮初の平和が成り立つ世界を無理くり体現させた『町』……よね。絶対、何かを犠牲にして平和が成り立つ仕組みになっている気がするわ……」


「同感だ。だが、とりあえずは実態がわからないと何もいえないな。これ以上ここにいても門番に声をかけられるから、『町』に入ろう」


「ええ」


 そして2人は『因果応報の町』の門を通り抜けた。


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