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妖精と男児と探偵

作者: 獅堂平

この作品は、第10回『NOVEL DAYS 課題文学賞 』に投稿したものです。

「知ってる? 大人になると、妖精って見えないんだよ」

 目の前の幼児が無邪気に言った。年の頃は五歳くらいの男児で、受け答えはしっかりしている。幼稚園あるいは保育園では皆をまとめるリーダー的存在だろう。

 彼の後ろには保護者らしき女性が立っており、ハラハラしながら見守っている。

「もう一度、お話を聞かせてもらっていいかな? このお兄さんに教えてね」

 田中刑事が男児に私を紹介した。

 私の名前は五百田孝太郎いおたこうたろう。独身の三十五歳で、都内で探偵稼業を営んでいる。

 私は、ある事件の容疑者である畠山幸三はたやまこうぞうを警察と共に探していた。行方はようとして知れない状態だったのだが、ついに発見に至る。この児童公園で、畠山が倒れていた。

「うん。いいよ。最初から同じことを話すよ」

 男児は首肯し、流暢に喋る。


「ぼくが、滑り台で遊んでいると妖精が見えたんだ。羽をブーンと鳴らして、ふよふよ浮いていたの」

 男児は滑り台から五メートルほど離れた花壇を指差すと、両手をはためかせる。

「それでね。その妖精さんが、近くにいたおじさんにぶつかって、おじさんが倒れた。ぼくが近づいた時、妖精さんはいなくなっていた。お花の中に隠れたのかも」

 男の子は目を輝かせ、好奇心にあふれた顔だ。

「そう。ありがとう。そのおじさんは血を流していて、怖くなかった?」

 私が聞くと、彼は眉をひそめる。

「ちょっと怖かったけど、なにかあったら大変だと思って」

「そう。凄いね。じゃあ、他になにか気になることがなかった? 周りのことでもいいし、そのおじさんのことでもいいよ」

 私の質問に、しばし男児は無言で首を捻った。

「うーん。わかんない、けど」

「けど?」

「そのおじさんが倒れた後に、別のおじさんが来て、花壇で何かしていたよ」

 男児の発言に、私は田中刑事と顔を見合わせた。さきほどはなかった証言のようだ。

「どんなおじさんだった?」

「えっとね。帽子を被って、眼鏡とマスクをしていて、大きい鞄を持っていたよ」

「田中刑事」

 子供の証言を聞き、私は田中刑事に言う。

「その男が犯人とみて間違いないと思います。おそらく、凶器をつけたドローンを使い殺害し、花壇に着陸させ、回収したと思われます」

「なるほど。子供のみた妖精とは、ドローンのことですか」

「ええ。お願いします。眼鏡とマスクをして大きい鞄を持った人物が、この近辺の防犯カメラに写っているはずです」

 田中刑事はスマートフォンをポケットから取り出し、誰かに連絡をとった。おそらく上司か同僚だろう。

「色々と教えてくれてありがとう」

 私はしゃがみ込み、男児の目線に合わせる。

「ありがとうございました。もう帰っても問題ないと思います」

 私は男児の背後に立つ保護者の女性にも礼を言った。

「はい。それでは、失礼します」

 女性は会釈をし、子供と手を繋いで、その場を離れていった。男児は何度も振り返り、無邪気に私へ手を振っている。


 翌日。急展開が訪れる。


 *


 *


 *


「犯人は、眼鏡とマスクの男ではなく、目撃者だと思われていた男児の母親・木佐貫裕子きさぬきゆうこでした」

 田中刑事はゲンナリとしていた。こってりと上司に叱られたようだ。容疑者である木佐貫は目下逃走中で、男児は児童相談所に保護されている。

「まさか、男の子の証言が、母親が作ったオリジナル絵本の内容だとは、気づきませんでした」

 私は詫びた。眼鏡とマスクの男などは存在せず、木佐貫が何度も読み聞かせた絵本の内容を男児が答えていたのである。

 男児は畠山幸三が認知していない息子だという。木佐貫が女手一つで育てきたが、一ヶ月前から公園でこっそりと男児と接触しようと試みていたようだ。

 その状況を憂い、木佐貫は畠山を殺そうと決意した。公園でしかチャンスがないが、そこで決行すると男児に目撃されると思い、木佐貫は計画をたてる。オリジナル絵本を何度も読み聞かせて偽証するように仕向けたという。

 犯行当日、子供のすぐ近くで切っ先は見えないように刺殺した。通り過ぎるように自然に刺したので、気づいた人間はいないだろうとのこと。

「絵本のお話、警察の方も聞きたいはずよ」

 と男児に耳打ちすると、思惑通りに彼は目撃証言ではなく絵本を語ってくれた。


 *


 *


 *


 私は事務所に戻った。疲労困憊だ。ソファーに寝っ転がる。

 ソファー横のテーブルに茶飲みが置かれた。

「おかえりなさい」

「ただいま」

「緑茶です」

 彼女はにこやかに言う。

「うまくいきましたか?」

「ああ。問題ないよ。警察も疑ってないようだ」

 私は警察の無能さをせせら笑った。

「ありがとう」

「なに、私たちは運命共同体だ。君の息子も、タイミングをみて、私が預かるよ」

 私は木佐貫裕子を優しく見つめた。


いつもありがとうございます。

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