【異世界ファンタジー小説】『白伯爵』は真っ黒〜そして私は全て葬る悪役令嬢になる〜
「何をしてるんだい?」
場にそぐわぬ、透き通るような美声が背後から聞こえた。
きっとあの時、もう絆されていたのだ。そもそも足音もなく近付いたくせ、声を掛けて来た時点で、警戒するべきだったはずだが。
彼女がその男に初めて会ったのは、どう考えてもーー凄惨な犯行現場だった。
「見てわからない? ぶっ飛ばしてた」
そう言いながら、手の甲で鼻血を拭う。
周りに転がる男たちを眺める。大人8人がボコボコになり、泡を吹いて気絶し倒れている。
厳つい顔つきや、筋肉のついた体、下卑た笑みを浮かべるその様は、完全にゴロツキといった様子だ。それが棍棒などの武器を持って襲って来たのだ。
だから全員、返り討ちにしてやった。
先に殴られたから、正当防衛だ。
私は悪くない。
「あんたも仲間なら、潰してあげるけど?」
「おお、怖い。それは遠慮したいね」
その時、初めてその男に目を向けた。
肩を上げながら、手を前にして、軽く上げる降参のポーズも、作ったようなセリフを無駄によく通る良い声で言う様も、演技以外の何物にも感じられない。
しかも、その見た目が……髪から爪先に至るまで、真っ白だ。
真っ白な髪、真っ白い肌、真っ白いコートに真っ白いベストに真っ白いスラックスに真っ白い……飽きた。
とにかく、白い。
発光してるのかというほど、白い。そして、なんだか全部良さそうなものを着ている。
白は全てが目立つ。
しかし彼の服には、張りがあり、シワひとつなく、シミだってひとつとなく。生地にある光沢感や、艶のある革靴には、一片の曇りもないところからも、その身分を感じさるには十分だった。
私のボロボロで、つぎはぎの服とは大違いだ。
唯一瞳だけは、赤々と濡れた血のように輝いている。
なんだこいつ、ウサギか?
それが感想である。
睨みつけていたら、真っ赤な赤が開いた。
「あれ、僕の見た目に感想はないのかな?」
「興味ない」
「おやまぁ、釣れない子だなぁ」
「どうでもいい」
「ははは、僕はこれでも領主様なんだけどね?」
そう言われて、マジマジと顔を見てみる。
ニヤついた顔はいけ好かないが……シルクのように艶のある髪、粉雪のように軽やかでそれでいて長いまつげ。
作り物のように白い陶器の肌には、美しい鼻筋。薄く開いた唇から覗く赤ーー。
まぁ、顔だけならイケメンだけど。
なんか全てが作り物っぽい。若いし。
そう、若すぎる。
彼の歳は、見た目的によく見積もって25、最悪18歳くらいに見える。何が何でも、領主を騙るには若すぎやしないだろうか。
「偽物か?」
「酷いなぁー。たしかに最近なったけれど」
「少なくともここは、領主様が一人歩きする場所じゃない」
近くには、馬車もない。
それはそうだ。ここは街の賑やかな繁華街からは外れた、薄暗い裏路地だ。人の気配もない。
そんなとこにノコノコくる、ゴロツキにとってはただのいいカモが、領主様でした! ……なーんてこと、あるわけがないだろう。
「女の子が、一人歩きする場所でもないだろう?」
そうにっこり微笑んで言う。その爽やかさは、この血生臭い場にそぐわない。この状況見て出てくる言葉がそれとは。
そうじゃなくても、殴りたくなる笑顔だというのに。
「私は女の子じゃない」
「いやいや、女の子だろう」
「なんだ、『領主様』は知らないのか」
彼女ははんっと見下す様に笑った。
コイツがどういう男かは知らないが、自称『領主様』は少なくとも世間知らずな坊ちゃん、という事はわかった。
「綺麗な世界しか見たことがないお貴族サマ。『赤い狼』には気を付けなよーー命を取られるらしいから」
片眉を上げて、嫌味ったらしく笑ってあげる。
あとはどうでもいいので、視線を真っ白な男からそらして、今日の戦利品ーーもとい襲って来た男達の身ぐるみを剥がす。
「おやおや……淑女がそんな事をしてはいけないよ」
「淑女に見えるなら目玉が腐ってる」
「そうかなぁ、僕には可愛い女の子に見えるんだけど」
そんな事言いながらも、別に直接止める訳でもない。ただ胡散臭い笑顔を浮かべて、そこに立って見ているだけ。こいつはなんなのだ?
「君は世間知らずと言ったけれど、君だって世間知らずなのではないかい? 領主を知らないのは、些か問題というものだよ」
「それで腹は膨れるのか?」
お貴族様の顔なんて、普通の村人が知るわけがない。そんな事より農作業だろう。
まぁ私はしない……いや、出来ないけど。
そう思い口では答えながらも、手を動かすのは止めない。視線はそのままだ。
連中が巻いた腰布を結んで、小刀や指輪などの装飾品、金目の物を全部包む。ガラクタばっかりだとしても、ないよりマシだった。
「膨れるよ……僕の手をとればね?」
爽やかに笑うその顔で、白い手袋をはめた手をこちらに差し出してくる。
その手袋に覆われた長い指はスラリと美しい。しかし比較的中性的にも見えた顔からすると、男性だと分かる大きさの手だ。
「胡散臭」
「なっ⁉︎」
ガーーーン、という音が聞こえそうなほど、形よく崩れ去る。膝をついて、四つん這いになる古典的な倒れ方だ。これは服が汚れたな。
当たり前だが手をとらずに、半眼でそう返したところショックを受けられた。というか、何故断られないと思った? 見るからに胡散臭いだろう。 自覚ないのか? もしくは馬鹿なのか? うん、馬鹿なんだろうな。
「次は『赤い狼』を覚えてからおいでよ、『領主様』」
足元に沈むその白い男を見つめながら、荷物を背中に縛る。まぁこんなお坊ちゃまが、裏路地に迷い込むような機会は、今生ではもうないだろうけどね。
「……こんな屈辱を受けたのは、君が初めてだよ……」
「そりゃどうも」
「このイケメンの僕を、そんな風に扱うなんて……!」
「どうでもいいね、花より団子だ」
「お金持ちだよ?」
「金だけ置いてけ」
「くーっ! 冷たい‼︎ ツレない‼︎ だがそれが良いっっ‼︎」
ガバッと顔を上げたその男は、弾ける笑顔だ。何が良いんだ。頭のネジが飛んでいる……あぁそうか、分かったコイツは変態だ。顔は良いのに残念だな。人は見た目じゃ分からないものだ。
「うわコイツ変態だ……」
「おい、声に出てるぞ‼︎」
「わざとだ」
「わざとじゃしょうがない……ってそんな訳あるかいっ!」
うん、元気そうだ。ほっとこう。
坊ちゃんには、先ほどの惨状は刺激的すぎたのかもしれない。まぁもう二度と会わないし、いいやと思って踵を返し歩き始める。もちろん、白い塊からは反対側へ。
「あれ、そっちは壁だけれど」
正気に戻ったのだろうか。
声を掛けられたので、チラリと振り向く。
いつの間にか立ち上がったらしい、にやにや顔の白い男は懲りずに話しかけてくる。まだ真っ白だ。あの砂埃だらけの地面に倒れて、よく汚れなかったな……なんて、この時気付けば良かったけれど、私は気付かない。
「何言ってるのーー『赤い狼』に、壁なんて関係ある訳ないじゃん」
そう言って壁へ向かって、地面を一蹴りすると……石のレンガで出来た壁を軽々、むしろその遥か上に飛び上がる。
「さようなら『領主様』、次はないよ」
「そりゃ残念だ……でも僕は変態だから、諦めないよ……『シリル』ちゃん?」
思わず目を見開く。
なんで知ってるんだ……私の名前を。
誰も知らないはずの、呼ばないはずのーー捨てられた名前。
体勢が崩れたので、ひとまずシュタッと壁上に降り立つ。この変態のおかしな発言せいで、動揺したからだ。
「なんで知ってるかって? そりゃ、調べたからさ」
「うわコイツマジで変態だ……」
ドン引きだ。この世界に個人情報保護法がないのが悔やまれる。あったら訴えていたのに。しかしそれにしたって、誰の目から見てもドン引きだ。
「しかし僕は悲しいよ、僕の名前は知られてないなんて」
「私を変態と一緒にするな」
「僕変態じゃないのになぁー」
「じゃあ何だよ」
「そうだなぁ……人は僕のことをこう呼ぶよ」
三日月型に歪む唇、薄く閉じられた赤い瞳は爛々として……明らかに悪いーー黒い笑み。
その口から紡がれる言葉は。
「『白伯爵』ってね?」
真っ黒な嘘だ。
こんな胡散臭いヤツが、白いだって? そいつは頭がどうかしている。後で証明されるこの発言は、今でも思う。嘘付き選手権、ぶっちぎり1位獲得ものだって。
***
『赤い狼』は忌子である。
魔力が無いと生きていけない世界で、唯一これっぽっちも魔力を持たない存在。
この世界の全てのものは、なんらかの魔法が関わっている。人は魔力を使って生活するのが当たり前。そんな中で、産まれる赤い髪の子供はーー当然、捨てられる。それは決まって、貧しい民に産まれ出でるのだから、余計に。
ただし『赤い狼』は魔力の代わりに、言い伝えによれば、成長すると星を半分に出来ると言われるほどのーー腕力を手にする。
それは魔力でもなんでもない、純粋な力。
村の人々はその強大な力に、「野蛮だ」「能無しだ」「恐ろしい」と言って、遠巻きにして来た。いや、正確には違う。何度も殺そうとしてきたのだ。
しかし『赤い狼』の生命力は、信じられないほど高い。
1ヶ月飲まず食わずでも、生きている。それもまた、人々には化物の様に感じられた。村の人々の忌避感を募らせるのであった。呪われているのだ、と。
しかし、『赤い狼』は幼いうちは分からない。その特徴の、鮮やかに炎のような赤い髪は、10歳くらいから現れる。最初は黒かった髪が、だんだんと燃える様に赤くなっていく……だから小さいうちから、殺されるような事はないのだ。判断が付かないから。
昨日まで可愛がっていた我が子が、『赤い狼』である……それに気付いた親は、泣きながら、叫びながら、絶望して、それによる自分達への迫害を恐れて、森に子供を捨てるのだ。
その頃には子供はもう、1人でも食べるものさえ選ばなければ、生きていける。その強い生命力は、猛毒を食べても死ぬことは無いほどになる。
しかし呪われている、と言われる『赤い狼』は、魔力を持たない、そもそもの数が少ないというその希少性や、他にはない鮮やかな髪の色から、時に闇のコレクターに狙われる。
その力は強力だが、彼らは魔法が使えないので、手錠などの魔法でしか壊せぬ魔道具で、力を封じ込めれば、大して脅威にはならない。赤子の手を捻るようなものである。
力は強い彼らも、無害化されれば怖くはない。珍しい動物なんかよりも、よほど高値で取り引きされるのだ。それによって彼らは、時に危険に晒される。
しかし『赤い狼』も捕まりさえしなければ、弱くなどないので、返り討ちにする事が多い。その結果、「血に飢えて人を襲う」だとか「会ったら殺される?」というような、悪名高い噂がばら撒かれるのであった。
まぁ、間違ってはない。だって近づいてくるやつは、大抵敵だし。
転生しない異世界もの書こうかなと思った時期があったんですよね。ダークファンタジー書こうとして挫折したやつかな。
なんだろうねこれは。キャラがしっくりきませんでした。白伯爵のキャラは好きなんだけどね。
一応内容としては、最終的に白伯爵と女の子が手を組んで、いろんな悪党倒していく話。女の子は白伯爵のメイドになって暗躍する予定だった(メイドが?)
いや伯爵はお金持ちで、なんか探偵みたいなことしてる人になる予定だったんですよね。謎を食うドラキュラもどきみたいな。裏社会に潜む人って感じ。
自分の見た目もあるから他者にも偏見なくて、世界を改革したいけどでも腕力が非力なのね。(魔力はある)そこを補うのが女の子だったんだよなぁ。




