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万聖節の夜に

作者: 長藤 玲

ハロウィンにちなんだお話しです。

あの人にもう一度会いたくて、あの人と最後の夜を過ごしたこの塔へやってきた。


隣国との戦に指揮官として赴くあの人。


君と君と僕の子を守るために行くんだ。必ず帰ってくると約束して、私たちはお互いの髪の一房を交換した。それか


ら私は編んだあの人の髪をブローチに入れ、肌身離さずこの身につけ続けた。


あの人が無事に帰ってくるように、毎日毎日祈り続けた。



戦には勝利した。


指揮官のあの人は英雄になった。


けれど帰ってきたのはあの人が身につけていた私の髪が入ったペンダントだけだった。


あの人は戦神のようだったのだと言う。敵陣を縦横無尽に駆け回り、多くの将兵を倒し、彼の国の兵士たちを恐れさ


せたのだと言う。勝利したのはあの人のおかげだと皆が言う。


けれどあの人は帰ってきてくれなかった。


あの人がいなくなったことを聞いて、形見になってしまったペンダントを受け取った後の記憶は曖昧で、どうやって


過ごしてきたのか私にはわからない。



ふと気がつくと私はこの塔の前に佇んでいた。


今日は万聖節。死者の霊が戻ってくる日。あの人はきっと来てくれる。この塔で私のことを待っていてくれる。


あの人に会うために私は、塔の最上階にやってきたのだ。



あの人の元に嫁いだ時、身にまとっていた白いドレス。あの人の瞳の色の石のついたネックレスとイヤリング。あの


人の髪の入ったブローチ。それらを身につけて。


嫁いだ日、あの人は私を見て綺麗だと言ってくれた。


今日も綺麗だと言ってくれるだろうか?


 

塔の窓から外を見る。今日もあの日のように月が綺麗だ。あの人は来てくれるだろうか。



どれくらいたったのだろう、気がつくとパタパタと階段を駆け上ってくる足音がする。


子供だろうか、話し声もする。



「おじいさま、早く早く!」


「ちょっとお待ち。そんなに早く行くと危ないよ!ここは古い建物なのだから。足元も見えないだろう。」



誰だろう?この塔には我が家の家族以外は入れないはず。


小さな子供など我が家にはいない。いないはず…。そう、いないはずなのに…。何だろう、私は何かを忘れているよう


な…。私は窓から離れそっと身を隠した。



「おじいさま!てっぺんに着きましたよ!!あぁ!!!」


「どうした!?大丈夫か?」


「おじいさま、灯りが消えてしまいました。何も見えません。」


「今日は満月だから塔の上は大丈夫だろう。火種は持ってきたから帰りは火をつけられる。


 ここはいつもそうなんだ。毎年最上階に着くと灯りが消えてしまう。不思議だね。」


「そうなんですね。あぁ綺麗な満月ですね。」



誰だろう?背が高く、体格の良い白髪の老紳士と8歳ほどであろうか、可愛らしい少年。祖父と孫なのであろう。手を


繋いだ二人は窓から月を見ている。


明るい月の光に照らされてあの子の髪と瞳が煌めいている。あの子の瞳も髪の色もまるであの人のよう。


誰?どこかで見たような二人。



「おじいさまは毎年ここに登ってきていたのですか?」


「そうだよ、私の母、お前のひいおばあさまと一緒にね。ここは私の両親、ひいおばあさまとひいおじいさまの思い


出の場所なんだそうだ。万聖節の夜にはひいおじいさまが帰ってきて会えるのではないかと思って、ひいおじいさま


が亡くなってから毎年ここにきていたそうだ。」


「ひいおじいさまは先の大戦の英雄ですよね。学校で習いました。この町の公園に立派な像もありますよね。僕も会


ってみたいなぁ。おじいさまは会えたのですか?」


「いいや、私も母も一度も会うことができなかったよ。いつも母は前の日からソワソワして、とびっきりのオシャレ


をして、ここにきたものだ。まるで若い娘が恋人に会いに来るようだったよ。お前は年取ったひいおばあさましか知


らないだろうが、昔のあの人は随分と美しい人でね、娘の頃は求婚者が絶えなかったそうだ。ひいおじいさまが亡く


なった後も妻にと望む人が多かったのだよ。」


「そうなんですね。僕にはとっても優しいおばあさまでした。いつも頭を撫でていただきました。」


「私もだが、お前はひいおじいさまと髪と瞳の色が同じだからね。ひいおじいさまの姿をお前の中に見ていたのかも


しれないね。会えないで塔から帰る時は本当につらそうだった。それでも毎年登ってきていたのだから、ずっと一途


に愛していたのだろう。」


「僕にはまだよくわからないけれど、なんだか素敵な気がします。」



まって、まって何の話をしているの?彼らは誰?



その時私のすぐ横から私の名を呼びながら私の手を取る人が現れた。


「会いたかったよ愛しい人。」


それはずっとずっと会いたかった人。私も会いたかったわ。愛しいあなた。どうして今まで会いにきてくださらなか


ったの?


「甘えん坊のお前はすぐに一緒に連れて行けと言いそうだったからね。お前と子供を守るために行ったのだ、すぐに


迎えになんてきてあげられるものか。」


私はあなたを70年も待ってもう90歳のお婆さんになってしまったわ。あなたはまだ別れた時のままなのに。こんな


お婆さんではあなたの隣に立てないわ。


「ばかだなぁ。見てごらん愛しい人。君は別れた時の姿のままだよ。」あの人が私の顔を覗き込む。


ああ確かに、私の手も足も肌もあなたの瞳に映る私の顔も別れた頃の姿のままだった。


嬉しい。愛しているわあなた。やっと迎えにきてくれたのね。微笑みながらあの人が言う。


「ありがとう。私の子供を産んで、立派に育ててくれて。私の家を守ってくれて。」


そうだった、思い出した。あの人を待って待って待っているうちに年をとって、私はついこの間儚くなったのだっ


た。そして昨日が私のお葬式だったのだ。


そして、あそこにいるのは私たちの息子。私の愛し子。


あの子はあなたの後を継いで軍を率いる立派な騎士になったのよ。あなたにずっと会いたがっていたのに、会いにき


てくださらないのですもの。


もう一人、あそこにいる可愛い子供は私たちのひ孫。いい子なのよ。


「ああずっと見ていたよ。本当に頑張ったね。」


ええ、ええ私頑張ったのよ。あなたに褒めてもらいたくて、本当に頑張ったの。褒めてくださる?


「褒めるに決まってるじゃないか。苦労をかけたね。これからはずっと一緒だ。他の誰にも渡さない、お前は私の愛


しい妻だ。」


ぎゅっと抱きしめられて、もう何も言えなくなる。涙がとめどなく溢れ流れる。


待っていてよかった。頑張ってよかった。愛してるわあなた。



その時カツン、カツンと何かが落ちる音がする。


窓から月を見ていた二人もこちらを振り返る。


「おじいさま、何か落ちたような音が。」


「これは…。」


それは二人で送り合った髪の入ったブローチとペンダント。


「母上の棺に入れたはずなのに、どうしてここに。」


「おじいさま、あそこに白いなにか人のようなものが!」


「お母さま、それにあれは父上か?」



「幼きもの、お前は怖がらないのだね、さすが私たちの子孫だ。」



「ひいおじいさまなのですか?お目にかかれて嬉しいです。おじいさまもずっとお目にかかりたいと言っていまし


た。ねっおじいさま。」


「父上、幼い頃からずっと、ずっとお会いしたかった。今年は母上を迎えにいらしたのですね。」


「ああ、早く迎えに来なくては、他の誰かに先を越されてはかなわないからな。昔も今もこの人の手を取りたい男だ


らけだからな。」


「ははは、確かに、葬儀の後墓の前で涙に暮れるご老人が何人かいらっしゃいましたよ。」



まあ、この二人は何を言っているのでしょう。私はあなた一筋だと言うのに。



「昔からこの人はそう言う方面には疎いお姫様だったからね。ふふふ。さて、そろそろ時間だ。出かけるよ愛しい


人。」


ええあなた。どこへでも参りますわ。


子供達、お別れです。愛しているわ。元気で過ごしてね。いつまでも見守っているわ。


「来年もお目にかかれますか?ひいおじいさま」


「そうだな、来年も来てみることだな。運が良ければ会えるだろう。」


「わかりました。絶対きます!おじいさまも来るでしょ?」


「ああもちろん、父上、母上、私もきっと参ります。」



二人は互いを愛しそうに見つめ合い、手を取り合うとふわりと浮き上がった。そして月の光に向かって飛んでいき、


光の中に溶けるように消えていった。



「母上、お母様、70年分です、存分に父上に甘えてくださいね。今まで私のことを愛情いっぱいに育ててくださって


亜りがとうございました。父上ずっと見守ってくださってありがとうございます。これからも私たち家族をお守りく


ださい。」


「おじいさま、泣いていらっしゃるのですか?悲しいのですか?」


「いいや、ちがう、違うのだ、嬉しいのだよ。母上の、お母さまの長年の願いが叶って。涙が出るほど嬉しいの


だ。」


それにしてもやっぱり万聖節の夜は不思議なことが起こるものなんですね。ペンダントもブローチも消えてしまいま


したし。早く帰って父上と母上にこの話を教えなくては。父上なんてくればよかったって悔しがりますよ。」


「そうだな、すっかり遅くなってしまった。きっと皆心配しているだろう。早く帰ろう。」



月は天心に輝き、屋敷に帰る二人をいつまでも照らしていた。

初投稿です。宜しくお願いします。

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