その6.嘘つきな王子様が見つけた本当の幸せ。
ライラ・マーシェリー。
希少な光魔法の使い手。
将来の聖女候補である聖乙女。
リティカのお気に入り。
そして、俺の人生で初めて、俺の地位を脅かす存在。
つまり彼女は俺にとって運命の相手などではなく。
「なぁ、セザール。何が悲しくて俺は最愛の婚約者から婚約者の関心を奪うライバルと縁結びされなきゃならないんだろうか?」
俺はそう言ってため息を漏らす。
精霊祭でのエスコート以降、リティカは何を思ったのか意図的に彼女と一緒にいる時間を作らざるを得ないように仕向けて来た。
そして時々映像記録水晶を片手に覗いているのも知っている。
「ロア様、文句は俺じゃなくてリティカ本人に言ってください」
俺の嘆きをセザールはばっさりと切り捨てる。
「……可愛い枠は俺だけのモノだったのに」
俺はライラの髪に留まる花の形をした髪飾りを思い出す。
リティカの色の宝石が散りばめられた、リティカからの贈り物。
「リティカの浮気モノ」
俺だってリティカの色にちなんだ贈り物は貰った事がないのに。
ライラが羨ましくて、妬ましくて、ため息が出る。
「と、俺に言われましても」
様々な噂と思惑が交差する中で、ライラを調べ上げ、彼女は使えると判断した俺は彼女をビジネスパートナーとして引き入れた。
リティカに学園生活で多々助けられ、すっかりリティカの事を慕っているライラはリティカのためならと二つ返事で了承してくれた。
それから俺は神殿派の尻尾を掴むためにずっとライラと行動を共にしている。
が、断じて世間で言われているような関係ではない。
別に2人きりでいるわけではないし、やましい事は一つもない。
ない、のだけれど。
「ライラ嬢と行動を共にするようになってから、ロア様体調がすごくいいですね」
セザールが淡々と事実を述べる。
「これなら、今月も外部干渉をかけずに済みそうですね」
ライラの浄化と治癒魔法は、俺の魔障に対して有効な改善策だった。
ライラが隣にいるだけで、強過ぎる魔力が一切澱まない。
魔道具の力や外部干渉の魔法をかけなくても、痛みも苦痛も一切なく過ごせ、俺本来の魔力を制約なしで使えて嘘みたいに高度な魔法が編めた。
こんな事は初めてだった。
「ロア様にとって必要な相手はリティカではなくライラ嬢かもしれませんね」
「何言って」
言い返そうとした俺にセザールは静かに微笑む。
「ずっと、俺はあなたの側で、あなたがその症状で苦しむのを見てきました。失礼ながら、あなたの事はリティカ同様家族のように思っています」
セザールは魔法省に魔術師見習いとして足を踏み入れた時から、ずっと俺の魔障を抑え続けている。
何年も、苦しんだ俺を一番側で。
「解放される手段があるのなら、手を伸ばしてもいいのではないかと思います」
淡々と。
だが、セザールははっきり告げる。
「悪評付きまとうリティカより、ライラ嬢の方が世間の受け入れも良さそうですし。リティカが甲斐甲斐しく教育を施しているおかげで、平民とは思えないほどマナーも教養も身につきはじめましたし」
身分違いの恋物語。
それは、大衆が好むストーリー。
「それに、囲っておいた方がいいと思うんですよね。ライラ嬢、利用価値かなり高いので」
「……ライラにだって、選ぶ権利があるだろうが」
「一緒にいれば、情も湧きますし、それが恋だの愛だのに変わることもあるでしょう」
ヒトの心は移ろいやすいのですからとセザールはなおライラを勧めてくる。
「正直、あれほどロア様向きの令嬢はいないと思うんです。リティカが悪評を立てられている今なら、尚更婚約の解消も容易いですし」
ライラはいい子だと思う。
素直で明るくて真っ直ぐで。
人から好かれる、人を惹きつける才もあって。
聖女になるかもしれない、という稀有な能力にも恵まれている。
その上彼女を隣に置けば俺は魔障から解放される。
一体、リティカはどこからあんな人材を掘り起こして来たのかと思って、思考が子どもの頃に巻き戻る。
『……私、ロア様を幸せにしたいです』
もしかしたら、リティカはあの時にはもう知っていたのかもしれない。
俺の魔障という体質も。
それを根本的に解決できる方法も。
セドリックを連れてくることで、秋の討伐にイーシスを行かせないようにしたみたいに。
「……嬉しくない」
「ロア様?」
「腹立つ」
もしあの時リティカのノートを盗み見ていなければ。
リティカの思惑に気づかなければ。
俺は易々と流されて、楽な道を選んだかもしれない。
だけど。
「絶対、婚約破棄なんかしてやらない」
リティカを犠牲にした上での"幸せ"なんて、俺は欲しくない。
「俺は運命なんて信じない」
努力だけで埋められない事はこの世に数え切れないくらいある。
だが、それは俺が努力しない理由にはならない。
魔障、だってただの体質だ。
元々俺の魔力なのだから、制御だってできるはず。
「全部覆す。生憎と"嘘つき"は俺の十八番なんでね」
どっちが物語の支配者になれるか、勝負しようか? リティカ。
そうして俺はライラを側に置く事でフルに使えるようになった"鑑定眼"を活用し、嘘つきだらけのこの世界の嘘を見破る事を選んだのだった。
******
ゆっくり意識が浮上する。
まだ眠たい目を開ければ映像記録水晶を構える空色の瞳と目が合った。
「……リティー? 何やってるの?」
「あ〜ぁ、起こしちゃった」
イタズラでもバレたかのような顔でそう言ったリティカは、
「珍しくお寝坊さんなロア様が可愛くて」
スチル回収しなくちゃと思いましてと楽しげに笑う。
結婚して何年経ってもリティカはリティカのままで。
そんなリティカにとって俺は今だに"可愛い枠"のままらしい。
俺はリティカに手を伸ばし、ベッドに引きずり込んでぎゅっと彼女を抱きしめる。
「ふわぁ!? ロア様?」
「じゃあ、一緒にお寝坊さんしよっか。今日は休日だし」
コツンと額を合わせると、真っ赤な顔をしたリティカが小さく頷いて抱きしめ返してくれる。
「寝顔スチル回収しそびれちゃった」
俺の腕の中でクスクス笑うリティカが、
「何かいい夢でも見ていたのですか?」
とても優しい顔で笑っていたのと尋ねる。
「……昔の夢、かな」
リティカのコスモスピンクの髪を撫でながら俺は澄んだ空色の瞳をじっと見る。
この目には確かに俺が映っていて、嘘偽りなく愛情をくれる。
「昔?」
きょとんと首を傾げる可愛い最愛の人。俺の事を幸せにしたいといってくれた彼女に笑う。
嘘つきだらけのこの世界で、俺も彼女もこれから先の人生で嘘を紡ぐことがあったとしても。
きっと、この腕の中にある温もりも幸せだと思った気持ちもなくならない。
「そう、泣き虫で努力家で嘘つきな誰かさんに焦がれてた頃の夢」
そう言って俺は驚いた顔をするリティカを覗き込み、
「ちなみに今も恋してる」
確かに俺を幸せにしてくれた、かつての悪役令嬢にキスを落としたのだった。