その5.嘘つきな王子様と悪役令嬢との駆け引き【後編】
俺がソレを知っているのは、偶然彼女のノートを見てしまったからだった。
その日は城内に来ているはずのリティカの姿が見えず、彼女の姿を探していた。
案の定、リティカはお気に入りの東屋にいたけれど、俺が見つけた時、彼女の空色の瞳は閉じられてすやすやと気持ち良さそうに寝息を立てていた。
「リティカ、またこんなところで昼寝して」
いくら部外者が立ち入れないエリアで目眩しの魔法がかかっているとはいえ、公爵令嬢が東屋で昼寝なんて、と思ったけれど。
そっと彼女の柔らかな髪を撫でれば、無防備に微笑んで猫のように擦り寄ってきた。
「…………はぁ、もう。俺の婚約者可愛い過ぎる」
ヒトの気持ちも知らないで、とやや恨めしくも思いながら、リティカの柔らかな頬に触れる。
歳を重ねて想いが募れば、子どもの頃のように無邪気に触れ合う事はできないけれど。
「結婚するまであと3年と少し。早く、リティカの花嫁姿みたいな」
デビュタントの時も瞬きするのすら惜しくなるほど彼女は綺麗だった。まぁ俺がリティカを褒めるよりも、リティカからびっくりするぐらいの長台詞で褒め称えられたけども。
その時の事を思い出して、俺はクスッと笑う。
真っ直ぐ忖度せず好意を伝えてくれるリティカの側はホッとする。
「リティカ、愛してる」
まだ起きているリティカには言えないセリフを口にして、俺は寝ているリティカを起こさないように、そっと彼女の額にキスを落とす。
ここは、常に様々な思惑が飛び交う戦場だ。
そんな場所にリティカが踏み入るようになるまであと3年。
それまでに、彼女が危険に晒されないように環境を整えなくては。
こんなふうに、いつも無防備なまま彼女が過ごせるように。
「それにしても、全然起きない」
確かにリティカは寝つきがかなりいいけども。
ちょっと心配になって彼女の手を握る。
「魔力の流れ的には問題なし、か。あ、でも目の下うっすらクマできてる」
あまり夜更かしできるタイプではないのに、何か夜更かししなくてはいけない案件でもあったのか、寝ているリティカは答えない。
髪を軽く引いても髪に指を絡めても起きない。
「リティー、あんまり起きないと襲うよ?」
冗談交じりにそういうと、
「きゅゅーゆゆゆ!!!」
どこからかぴょこんと水色の物体が飛び出してきて猛抗議をはじめた。
「……何、おまえいたの?」
「きゅーきゅ!!」
リティカのペットは、リティカに触んなとばかりに俺に攻撃を仕掛けてくる。
「なるほど、おまえが見張ってるからリティカは無防備に寝てるわけね。ただ護衛を気取るならもう少し早く出て来なきゃダメじゃないか?」
しゅわしゅわと、気泡の混ざる身体。多分どこかで魔力を取り込んでいたのだろう。
俺のダメ出しに、
「きゅーう」
しゅんっと力なくスイは鳴く。
「まぁ、ここら辺一帯は鍵持ってる俺か母上くらいしか立ち入れないからそんなに凹まなくてもいいんだけど」
俺はスイを抱き上げ、その透き通った身体を見る。
何度見ても不思議な生き物だ。
リティカの魔力とそれに近しい誰かの魔力が混じっている。
「それにしても、おまえ随分魔法式を蓄えたな」
捕獲したついでにじっとその身体を覗き見る。
俺は生まれつき高い魔力のおかげで、様々な魔法が鑑定できた。
リティカは気づいていないが、スイが蓄えているのはどれもこれもこの国には現存しない希少な魔法ばかりだ。
「マッドなサイエンティストの集団には捕まるなよ? 解析にかけられて刻まれるぞ」
「きゅゆ!?」
「まぁ、黙っていればバレないさ。俺も貴重な情報源をバラす気ないし」
スイの魔法を鑑定し、読み取って使えるようになるまで随分鍛錬が必要だった。
魔力量が振り切っている俺ですらこうなのだから、スイの特異性に気づいたところでどうにかできる人間は多分いない。
「リティカを守ってくれればそれでいい」
グリグリと水色のスライムを雑に撫でて、
「リティカを頼むよ。俺の婚約者殿はすぐフラフラどこかに行ってしまうから」
頼りにしてると笑うとスイは誇らしげに鳴いた。
このスライムとは割と気が合う。共通の話題があるからだろう。
「仕方ない。お茶会は中止にして公爵家に送るか」
「きゅーきゅ」
そう鳴くとスイの身体はぱぁぁーっと光り、ストンと俺の手にノートが現れた。
これは、昔リティカが侯爵夫人を返り討ちにするために計画を立てていたノート。
「また、リティカの事を誰かが傷つけているのか!?」
悪いと思ったが、再びあんな事があっては困る。
俺はリティカのノートをそっとめくった。
「……悪役……令嬢?」
俺はその単語に眉を顰める。
『最高の悪役令嬢に私はなる!』
そう書かれていた目標とこれから先のストーリー。
「……嘘、だ」
『……私、ロア様を幸せにしたいです』
ずっと昔、秋の討伐前にここで泣いていたリティカは何かを決意したようにそう言った。
そう言ってくれたリティカが綴っていたのは、俺の隣からいなくなるための計画。
「どう、して?」
信じられなかった。
否、信じたくなかった。
『私、ロア様が大好きですよ』
そう言ってくれた、リティカはこれから先もずっと隣にいるのだと思っていたのに。
「……ライラ・マーシェリー」
リティカがいないのなら、その"幸せ"には意味がない。
リティカのノートでは、彼女が何者なのかは分からなかった。
だから、リティカがいうところのヒロインとやらに出会ってみる事にした。
リティカが望んだタイミングで。
リティカが望んだシナリオ通りに。
リティカが描いたストーリーを崩すために。