その4.嘘つきな王子様と悪役令嬢との駆け引き【前編】
そうして月日は静かに確実に流れて行って。
15歳のデビュタントを終える頃には、俺は品行方正な王太子に、リティカは権力を盾に嫌がらせをする悪女と囁かれるようになっていた。
そして、この頃の俺は秘密裏に母上に毒を盛り、腹の子を殺した真犯人を追っていた。
母上の毒殺未遂。実行犯はトカゲの尻尾切りのように殺され、一応終結しているソレ。
調査が打ち切られた原因は、神殿派による権利侵害の主張。
王族ですらやすやすと手が出せない不可侵領域。
ここに、誰かの悪意がある気がしてならなかった。
「ロア様、あまり無茶をなされないでください」
セザールが心配そうに紫暗の瞳を俺に向ける。
「気をつけるさ。それに、セザールだって、アリシアの死の真相が知りたいんだろ?」
俺の問いかけにセザールはゆっくり頷く。
「……母の墓まで暴きましたからね。これで根絶やしにできなかったら、母にもリティカにも向ける顔がありません」
「悪いな、巻き込んで」
俺の数少ない信頼できる協力者であるセザールに俺は薄く笑みを向ける。
「いえ、選んだのは俺自身ですから」
そう言ってセザールは小瓶に入った石を光に当てる。
「こんなモノをこの国にはおいておけません。母が命と引き換えに残したヒント。あなたのおかげで見つけられましたし」
呪いの可能性。
御伽話のようなそれを確かめるためにアリシアの墓を暴いた。
彼女は、本当に優秀な魔術師だった。呪いが効果を発揮するのは生きている人間に対してのみだ。効力の範囲に"自身の死後"は含まれない。
いつか墓を暴かれる事を想定して自分自身に保存魔法をかけたのだろう。
おかげで彼女を死に至らしめた呪いの欠片が死後10年以上経った今でも残っていた。
そして、その結果を持って俺はカーティスとセザールを味方につける事ができた。
「全部暴くぞ、セザール。そのために俺は"品行方正な王子様"なんてものをやってんだから」
正義感が強く、自信にあふれ、誰にでも優しい王子様。
それは裏を返せば、思い込みが激しく、自意識過剰で、誰でも信じやすいとも言える。つまり、隙ができやすく、操りやすい人間。
俺はずっとそう見えるように演じて来た。笑顔の仮面で陰謀を隠し、俺に近づく人間を返り討ちにするために。
「もう、絶対に何も奪わせない」
大事なヒトが笑っていられない国なら、いっそのこと滅んだ方がいい。
「リティカが悪女呼ばわりされるのもそろそろ我慢の限界だしな」
ワガママで傲慢な公爵令嬢、リティカ・メルティー。
まるで悪魔のような女だと、人々は囁く。
ある時は、とある令嬢主催のお茶会で出されたお茶が不味いとティーカップを叩き割り。
ある時は、招待された夜会で王太子の婚約者でありながら他の男を誘惑し。
ある時は、カジノで盛大に金を溶かした挙句経営者相手に難癖をつけて、業務停止に追いやった。
それらは確かに起きた事象で。
その場にリティカがいたのは間違いないのだが。
「どうしてもリティカを悪者に仕立てたい誰かがいるようですね。リティカを孤立させたい、誰かが」
まぁ、その辺リティカも分かってやってますからとセザールは俺と違い冷静だ。
「だとしても、だ。俺、そろそろブチギレそうなんだけど」
事実が歪曲され過ぎだろうがっ!! と俺は調査結果を投げつける。
「絶対やめてください。あなたが表立って動いたらリティカの悪評に拍車がかかりますので」
リティカの努力を踏み躙ったら潰しますよとセザールは俺を宥める。
セザールを敵に回すのは得策とは言えないので、結局俺は白旗をあげる。今の俺にできることはせいぜいリティカの足元が揺らがないようにフォローすることくらいだ。
「リティカもリティカだ。他にやりようがあるだろうが」
リティカの手が一番読めないと俺は盛大にため息をつく。
リティカの悋気は全て計算されたモノだ。だが、彼女自身がワガママで傲慢なのだと公言しているせいで、それがすっかり定着してしまった。
茶会でリティカがカップを叩き割ったのは、それに毒が入っていたから。派手に暴れてくれたおかげで茶会は中止。誰も毒を飲まずに済んだ。
夜会ではリティカ自身が襲われかけたのを自分で返り討ちにしただけで。
カジノはその裏側でやっていた非合理のオークションを潰すために動いたに過ぎない。
全部公爵令嬢のやる事ではないけれど、それらに気づいてしまった以上、リティカの性格的に見逃せなかったのだろう。
だけど、リティカは何を言われてもどれだけ後ろ指を差されても弁明一つせず、涼しい顔でそこに立ち続けていた。
それが余計、彼女の悪評に尾鰭をつけた。
「まぁ、リティカが派手に目立ってくれる方がこっちは動きやすいので、本人の自主性に任せましょう。そのためにセドリックも付けていますし」
リティカの行動に理由がある事が分かってから、セザールは彼女に対して随分寛容になったと思う。
リティカが変えたのだ。セザールの認識も、俺の事も。
「ま、とにもかくにも神殿を潰すには権力を取り上げられるだけの確固たる証拠がいる。やつらは何かを隠してる。とりあえず下部組織の教会からだな。どこかに綻びがあるはずだ」
どうにか潜り込める手段が欲しい。
そう、思っている時期だった。
俺がリティカによって彼女、ライラ・マーシェリー嬢と引き合わされたのは。