その3.嘘つきな王子様と悪役令嬢のお茶会。
リティカと約束したお茶会の誘いが来たのは、秋になったばかりのことだった。
「じゃじゃーん! というわけで。王道のアールグレイにしてみました」
テーブルに用意されていたのは、ダージリンベースのアールグレイ。ベルガモットの香りがしっかり感じられ、上質な品だと分かる。
ロア様はアールグレイが一番お好きだと聞いたので、と彼女は茶葉の入った缶を俺に差し出した。
「いい香りだね。雑味もなくてすごく美味しい」
「ですよね! 実はコレ、メアリー様と一緒に選んだお茶なんです」
実際お店に行って選んできましたと嬉しそうに話すリティカ。
なるほど。嬉々としてリティカと出かける母上の姿が目に浮かぶ。
母上はリティカを気に入っているし、将来リティカが王城で暮らすようになった時の事を考えても2人の仲がいいのはいい事だ。
なんだけど。
「アールグレイって沢山種類あるんですね。びっくりでした」
いっぱい試飲させてもらいましたと楽しげに笑うリティカを見ながら思う。
ヒトが不在時に自分だけリティカと遊ぶなんてズルい。誘ってくれたら絶対予定合わせたのに、母上めぇ。
なんて、言えるわけもなく。
「まぁ、アールグレイは代表的なフレーバーティーだしね。ベースの茶葉で香りも味も全然違ってくるし。物によってはミルクティー向きとか適した飲み方も変わってくるし」
全然関係ない言葉が口をつく。
「フレーバーティー?」
大きな空色の瞳を瞬かせ、リティカが不思議そうに口にする。
「そう。アールグレイはフレーバーティーで茶葉の名前じゃないよ。ちなみにこれはダージリンベース」
「そうなのですね、全然知りませんでした」
しまった。せっかくリティカが頑張って選んできてくれたのに、知識不足を指摘した上に知識をひけらかすような事を言ってしまった。
気分を悪くさせただろうかと彼女を見れば、
「ロア様はメアリー様みたいにお茶がお好きなのですね! こんなにお詳しいなんて知りませんでしたわ」
一つ賢くなりました、とリティカはパチンと両手を叩き目を輝かせて褒めてくれる。
「この前メアリー様に頂いた工芸茶もとっても素敵で。知らない事を知るのって楽しいですわね」
少し前のリティカならヒトからの指摘にあからさまに不貞腐れていたけれど、今の彼女には気分を害した様子はなく、フレーバーティー面白いと興味深々だ。
短期間でどんどん変わっていく彼女は魅力的で、目が離せなくなる。
「どうしました? ロア様」
「ふふ、アップルジンジャーのアールグレイなんてリティー好みかなって、思って」
そんなリティカを見ながら用意されたお茶をゆっくりストレートで味わって。
「ダージリンだとオータムナムも私は好きかなぁ。ミルクティーにしてもオススメだよ」
今度お礼にリティカにプレゼントするねと約束する。
「プレゼント。……私に?」
「うん、約束」
リティカの事を避けていたくせに、どうしても次の機会が欲しくなって、そんな提案をしてみる。
「リティーがびっくりするくらいとびっきり美味しいの、淹れてあげる」
母上仕込みだよと笑いかければ、
「ふわぁぁーー。ロア様の天使の微笑みプライスレス!! 可愛い。博識な上に笑顔が尊いっ。かわゆ過ぎてつらい。はぁ、やっぱり美少年からしか摂取できない栄養素がありますわねぇ」
何故か唐突に拝まれた。
「ロア様、お願いがっ!!」
急に立ち上がって距離を詰めて来たリティカは、この間侯爵夫人を追い詰めた魔道具を取り出して。
「お写真一枚よろしくて?」
それはそれは真剣な顔で頼み込んできた。
「いい、けど」
あまりの熱量と勢いに押されてそう答えたけれど、一枚ではすまなかった。
この日以降、俺は映像記録水晶をこよなく愛する彼女の被写体になった。
それは別にいいんだけど。
「はぁぁぁ。私、本当にロア様の婚約者で良かったですわぁ」
可愛く撮れたと今日も満足気なリティカ。
できたら本人が目の前にいるのだから、写真より本人を見てほしい。
「可愛い、もう可愛いしか出てこない。女の子に見間違えるほどの可愛い顔立ちなのに手は大きくて男の子って感じですし。今日の衣装もカッコ可愛くて、可愛いの選手権があったら間違いなく優勝ですわ」
あと可愛い可愛い連呼し過ぎだと思う。一応俺にも男としてのプライドはある。
大好きだと言ってくれる割には、リティカから男として見られている感が全くないのが不満だった。
どれだけ一緒にいてもリティカの好きには恋情が見えず、下手したら弟くらいに思われているのでは? と思う時がある。
いずれ結婚する事が決まっているとはいえ、果たしてこのままでいいんだろうか。
「悩んでいる顔すら可愛いっ」
そんな彼女の魔道具を一旦取り上げて、
「リティー。セザールとかイーシスとかは撮らないの?」
そう尋ねる。
「ん? 勿論、撮ってますよ。ただまぁ一番撮りがいがあるのはロア様ですわね」
「そうなの?」
驚く俺にコクンと頷くリティカは、
「私の周り基本的にカッコいいイケメンがインフレ起こしてますので。可愛い枠でいけばロア様ぶっちぎりで一番ですよ」
癒されると拳を握りしめて屈託なくリティカが笑う。
どう見ても可愛いのはリティカの方なんだけど。
リティカは鏡を見てないんだろうか。
「……男としてはカッコいい方が良くない?」
確かに背も低く成長の遅い俺はかっこいいとは言えないかもしれないけど。
移り気な彼女に目移りされたら嫌だなぁと危惧してしまう。
「え? だってロア様放っておいてもどうせ年頃になったらカッコよくなるじゃないですか」
空色の瞳は確信しているかのようにそういうと、
「今だってロア様は女の子にモッテもてなくらい、かっこいいですよ? でもまぁ婚約者としてはもう少しの間だけ"可愛い私だけの王子様"でいて欲しいわけですよ」
可愛い方がいいと言って写真を撫でる。
「かっこいい王子様、じゃなくて?」
「だって、みんなに頼られる"かっこいい王子様"は私のモノじゃないですから」
リティカが当たり前のように言ったその言葉に息を呑む。
王太子になり、いずれ王位を継げば確かに国のため、ひいては国民のために生きるようになるのだろうし、側妃を娶ればきっとリティカだけを優先する事はできない。
『陛下をいくら愛していても、私だけのモノにはできないの。陛下は、みんなのモノだから』
そう言って静かに笑い、それでも父上の元を去らず支える事を選んだ母上。
俺はリティカに、母上と同じ思いをさせるのか?
「……じゃあ私は"可愛い"ままでいることにするよ」
そんなの、絶対嫌だ。
「? ロア様は今でも十分可愛いですよ?」
そう言ったリティカに手を伸ばし、そっとその髪を撫でる。
いつか大人になったとしても、リティカの前でだけは、リティカに、独占してもらえるように"可愛い"と思ってもらえる自分でいたい。
そのためには。
「楽しみにしててね」
法律を変えようと思う。
彼女とだけ、ずっと一緒にいられるように。