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77.エンディングのその先で、悪役令嬢が望む事。

 断罪イベントからもうすぐで半年。

 クレティア王国から南下した位置にある貿易と観光が盛んな小さな国マリティー。

 アイリス商会発足の地としているとある小さな港町に現在私は一人で暮らしている。

 とはいえ、過保護なお父様がつけてくれた戦闘能力バリ高のハイスペックな使用人が少数精鋭で住み込んでいるので厳密には一人暮らしとは言えないのだけど。


「わぁ、綺麗な夕日」


 海を赤く染める光景を見ながら、私はほうと感嘆の声を上げる。

 屋敷からの眺めだけでほぼほぼ衝動買いした物件だったけれど、実際に住んでみていい買い物だったなと実感。紹介してくれたクロエに感謝する。


「リティカ、具合はどうだ」


 出張でマリティーまで来てくれている師匠が私の腕についている魔力制御のための魔道具の動作状態を確認する。


「魔力値は安定してますよ。まだ制御が上手くできませんけど」


 大神官との一件でお母様がかけた外部干渉の魔法が一気に解け、身体に負荷がかかり過ぎてしまった私は、あの後一時的な魔力の制御不能に陥った。

 本来なら幼少期から徐々に魔力や魔法に慣れ当たり前に制御できるようになるのだけど、そんな過程をすっとばして一気に高魔力を身体に宿してしまったため魔道具の力で身体的負荷をセーブしつつ徐々に慣らす必要があるのだそうだ。

 そんなわけで私は現在療養のため休学中。国内は大神官一行の残党狩りでまだ危ないという心配性のお父様に、ひた隠しにしていたマリティーの私の秘密基地を提案しここで暮らすことになったのだった。


「お兄様達や魔法省の様子はいかがです?」


「セザールが正式な宮廷魔術師になった以外は特に変わりねぇな。公爵が長官職に戻ってからは城内自体随分落ち着いてるし」


 やっぱり俺は長官なんて柄じゃねぇわ、とようやく重役から解放されて晴れ晴れとしている師匠は、あっという間に魔道具の調整をし終えると、


「負荷軽減一個外したけど、まだ無理すんじゃねぇぞ。お前が倒れるとうるさいのが何人もいるんだから」


 そう言って私の頭にポンと手を乗せる。


「ふふ、肝に銘じます」


 私は降参とばかりに両手を上げて、素直に返事をする。


「あんなに怒られるのも心配させるのも誰かを泣かせるのも、もう懲り懲りですし」


 と大神官とやり合った後の出来事を思い出し苦笑した。


**


 大神官とやり合った後、私が公爵家の屋敷に戻れたのは次の日の昼過ぎのことだった。

 ロア様に助けて頂いたけれど、結局あの後私は高熱を出して寝込んでしまった。多分、全部がキャパオーバーだったのだろう。


 屋敷に戻った私を出迎えてくれたのは、私のやり散らかした後片付けに追われているはずのお兄様。

 お兄様から感じる冷ややかな冷気にゾッとして私は思わず目を逸らす。あ、やばい。久しぶりに見た絶対零度のブリザード。めちゃくちゃ怒っていらっしゃる。

 助けを求めるようにセドに視線を戻せば、


『自業自得』


 と口パクが返ってきた。執事兼護衛であるセドのことを置いて行って単独行動をした件について根に持っているらしい。

 こんな時こそリティカ強火担を発揮して欲しいのに、薄情モノめ。

 なんて、そんな事を考えていたら、


「……リティカ」


 それはそれはこわばった冷たい声でお兄様から名前を呼ばれた。


「えーっと、ごめんなさい!!」


 ここは素直に謝るべし! 先手必勝とばかりに勢いよく謝った私に、


「このバカ! 2度とこんなことをするな」


 そう言って簡潔に叱ったお兄様は、


「本当に、無事でよかった」


心から安堵したようにそう漏らし、私の腕を引いて抱きしめた。

 そのお兄様の腕が僅かに震えていて、冗談では済まされないレベルで心配させてしまったのだと知る。


「……お兄様」


 私はお兄様の背中に手を回し、本当にごめんなさいと何度も何度も謝った。


 その後面会謝絶中の私がお兄様に頼んでこっそり連れて来てもらったクロエとライラちゃんにも沢山泣かれた。

 上手く魔力が安定せず、碌に魔法が使えないどころか、いつ暴発してもおかしくない状態の私に、


「リティカ様の事は私が治します!」


 躊躇うことなく抱きついて宣言したライラちゃんの申し出を、


「いらないわ」


 私は秒で断った。


「……どうしてですかぁ?」


 なんでダメなのとぐずぐずと泣くライラちゃんの青緑色の髪を撫でながら、


「ライラ、あなたは聖女になりたくないのでしょう?」


 私は静かにライラちゃんに問いかける。


「私のこの状態は通常のポーションでは治せない。私がこんな状態であることはすでに陛下の耳にまで入っているわ。"完全回復"なんて使ったら、あなたの能力、そして聖女であることも絶対に誤魔化せないわよ?」


「……でも」


 きゅっと唇を噛むライラちゃんの翡翠色の瞳を真っ直ぐ覗き込む。


「例えばあなたが"聖女"であったなら、私は正式に治癒を依頼したかもしれない。だけど、今のあなたはそうではない」


 これは、私にできるヒロイン育成計画の最後のレッスンだ。


「私は何かを受け取るならその"能力"に見合った対価が支払うべきだと思っている。あなたの力は決して軽んじていいものではない。後ろ盾もなく、安易にその力を使ったなら、絶対誰かに悪用されるわよ」


 残念ながらこの世界の住人すべてが善人ではない。

 例えば、大神官のような人間だって存在する。


「大きな"権力"ならあなたを悪意から守ってくれるでしょうね。ただし、権力を行使するには"義務"も付きまとうけれど」


 聖女であれば、国が保護する対象になる。

 もしロア様の隣にいることを選ぶならライラちゃんの力が悪用されることもないだろう。


「ライラには唯一無二の力がある。あなたが望もうが望まなかろうが、それは変わらない。力には責任が伴う。それを忘れずに自分で選びなさい。どうありたいのか、を」


 覚悟が決まらないうちはライラに治癒を頼むつもりがないのだとはっきりと告げる。


「それに、私にはいずれ何らかの処罰が下るでしょう」


「処罰?」


 聞き返すライラちゃんに私は静かに頷く。

 大神官の指示で様々な悪事を行った。そして私は他の人達とは違い"幻惑石"で操られてなどいなかった、と証言している。

 術者が倒れたことで皆正気に戻ったようだし、操られている間の事は朧げな記憶しかなかったようだが、私は違う。

 それは、自分の意思で罪を犯したのと同義だ。


「どんな人間であれ、罪は償わなくてはならないわ。そこにどんな理由があったとしても。元々私は素行も悪く、悪評塗れ。貴族としての身分剥奪もありえるわ」


 悪役令嬢の宿命なのか、私は敵を作りやすい。そして、王太子の婚約者とは常に多くの人間から隙あらばいつでも成り替わろうと狙われている。

 お父様が私をこの家から出すことに決めたのは、そんな悪意から私を守るためでもある。


「ま、そんなわけだから。私、海外に逃亡するわ」


 素直に処罰されて晒し者になるなんて癪だし、と私は悪びれる事なく肩をすくめた。


「そんな……じゃあ、ロア様は!? リティカ様は王子様の婚約者ではありませんか!?」


「婚約もいずれ破棄されるでしょうね。今の私は王太子の婚約者に相応しくない」


 身体もこんな状態だしと私は手首につけられている拘束具をさして淡々と事実を告げる。


「私はただ家柄で選ばれただけ。代わりはいくらでもいるのよ、ライラ」


 相応しい人間がいれば宛てがう、それだけだ。


「そ……んな」


 悲しい色に染まる翡翠の瞳。

 婚約破棄による王太子妃のポジションが空けば大抵の人間は喜ぶというのに、ライラちゃんは駆け引きなくただ私を案じてくれているのが分かる。

 だから、私は笑って嘘を吐く。


「そう悲観しないで。ちょっと清々しているの。だって、私コレでようやくお役御免。晴れて自由の身だもの」


「自由の身?」


「私、王太子妃になりたいと思った事などありませんの」


 驚きの表情を浮かべるヒロインを前に、私は笑顔の仮面を貼り付けて、


「ロア様の事はお兄様やセド同様、おそれ多くも家族のような親愛は抱いておりますが、私は男性として彼を愛していない」

 

 心にもない事を口にする。

 本当は、ロア様が助けに来てくれて嬉しかった。叶うなら、彼のそばにいたいと思った。だけど、私ではダメなのだ。

 悪役令嬢であることを選んだ私は、彼の隣に立つには少々悪事を重ね過ぎた。

 何より、私ではロア様の魔障を取り除いてあげられないから。


「政略結婚なんて今時流行らないわ。結婚するなら心から好きになった相手を選びたいじゃない?」


 愛しているから、私は離れる事を選ぶ。ハッピーエンドに悪役令嬢はいらないから。

 嘘と本当を織り交ぜて、そう語った私は。


「だから、私に遠慮をする必要も義理立てる必要もありません」


 目を逸らすことなく、真っ直ぐにヒロインを見つめる。


「ライラ。今のあなたなら、憧れているヒトの一番側でその力を使う方法だって選べるのよ。チャンスがあるなら、迷わずその手を取りなさい」


 私はそう言ってヒロインの背を押す。憧れている人の役に立ちたい、と言ったヒロインがゲーム通りロア様と結ばれる事を願って。


 そうして私は公爵家からも母国であるクレティア王国からも離れた。

 湿っぽいのは嫌なのと言って、見送りは誰にも頼まなかった。

 私はもう、国に戻るつもりはない。事実上の国外追放。クレティア王国の情報が遮断された状態で静かに日々を過ごしている。

 国を出て以来ロア様に会う事はなく、手紙の一通も送らず、送られる事もない関係。

 元々王家と公爵家が結んだ私達の婚約を白紙にするのに、当人同士は必要ない。

 悪役令嬢が去った後、迎えた恋物語の結末を私は知らないけれど、2人を阻むものはもうないのだから、きっとそれはゲームみたいに誰もが羨むハッピーエンドなんだろう。

 ……なんて、直視する勇気もないくせにと我ながら呆れてしまうけど。

 それでも希望通り追放を選んだ私は祈るのだ。

 別れた道の先で、あなたが幸せでありますように、と。

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