72.悪役令嬢の真実。
「"千里眼"って、分かるかしら?」
「千里眼?」
聞き返した私に、お母様は静かに頷く。
「アルカラントの王族の血を引くモノに稀に現れるギフト。それは時空さえ超えて"夢"という形で様々な出来事を映し出す。残念ながら私はソレを引いてしまった」
お母様の言葉に腑に落ちたように私は自分の指先に視線を落とす。
『リティカ・メルティー公爵令嬢。今この時を以ってお前との婚約を破棄する』
それは、私が初めて見た未来の"白昼夢"。
「リティカになら分かるでしょう。こんな力で自由を奪われて王族の継承権争いに巻き込まれるなんてごめんだわ。だから私は逃亡することにしたの」
単に前世を思い出しただけなのだと思っていた"夢"の話。
誰にも話してはいけない、と思ったけれど、私の直感は正しかったようだ。こんな利用価値の高い能力なんてバレたらどんな扱いを受けるか分かったもんじゃない。
「さっきも言ったけれど、私の"死"に関しては避けようのないものだったの。有体に言えば寿命というやつね。避けても、避けてもその前後で必ず死ぬ」
「見たの……ですか?」
「見たわ。全ての世界線軸に存在するあらゆるパターン全部、ね」
自分の死に方をいくつも見て、しかも絶対に覆らないだなんて、それはどれほど怖いことなんだろう。
きゅっと唇を噛んだ私に苦笑したお母様は、立ち上がって私の側にくると、
「だから、私は自分の死に方を選んだし、それ以外の未来が変わる事を期待したの」
そっと私の方に手を伸ばし髪を撫でる。
「……それ以外の、未来?」
首を傾げた私に小さく頷くお母様は、
「"バタフライエフェクト"。それが起こることを期待したの」
賭け事は強い方よと楽しそうに笑う。
ひらりと光を帯びた蝶が、私の目の前で小さく羽ばたく。
「……バタフライエフェクト」
それは、私が恐れていたもの。
私の不用意な発言や行動で、大きくシナリオが変わってしまったら、と。
「死んでいく私にできることはほんの小さなきっかけを与える事だけなのかもしれない。それでも、私は私の愛したモノを残すために抗いたかった」
ほんの小さな綻びが、未確定である未来を大きく変えてくれたなら。
それは、文字通り命を賭けた最期の悪あがき。
「私に、何をしたのですか?」
「リティカを産んですぐ、誰にも邪魔されないうちにあなたに"外部干渉"の魔法をかけたの」
「……外部干渉」
それは、お兄様がロア様の魔障の症状を抑えるために定期的にかけている高度な魔法。
「外部干渉は、他者の能力に干渉する魔法。魔力制御だけじゃなくて、一部の能力を一時的に譲渡、付与することもできるわ」
これも訓練がいるんだけどねとお母様は得意げに笑う。
「それを使って千里眼と千里眼を保護するために他の魔法の干渉無効化をあなたの身体に植え付けた。その影響で本来のリティカの魔力も能力も制限してしまっているから魔法生成が上手くいかなくなっているんだけど」
つまり、私が初歩的なポーションすらまともに作れなかったのはお母様のせいらしい。
「スイは? あの子もお母様の仕込みですか?」
「あの子はリティカの魔力と私の魔法が混ざり合って偶発的に生まれたのよ」
あなたが覚醒した時、今よりももっと不安定だったからとお母様はとても興味深げに話す。
もしこの場にスイがいたら瞬く間に研究対象にされそうだ。
「結果としてスイにも千里眼が一部取り込まれ、リティカの夢見をサポートしてくれるようになったみたいね」
これからもきっと力になってくれるから、可愛がってあげてねとお母様はスイの秘密を教えてくれた。
「辛い思いをさせてしまってごめんなさい」
お母様は神妙な面持ちで、謝罪の言葉を口にする。
「私はリティカの身に起こる事を知っていた」
きっとお母様は私が生まれたあと辿るであろうエタラブの内容を見たのだろう。
誰からも愛されず、悪役令嬢として孤立して、裏ボスに利用され、婚約破棄され、追放される私の運命というものを。
「だけど、それがどんなに過酷な人生であったとしても、リティカには自分で望んだ未来を掴みに行って欲しかった。結果、リティカに嫌な役回りを押し付ける形になったとしても」
確かに辛い思いをした事もある。何度泣いたか分からない。
悪役令嬢なんかでなければと、嘆いた事もあったけれど。
「……私は結構自分の役柄を気に入っておりますわ」
悪役令嬢であったから、推し達の一番近くでスチル回収できた。
悪役令嬢だから攻略対象とは結ばれないし、最終的にはこの国から出ていくことになるけれど。
それでも沢山の分岐点を、悩みながら選んで来たのは紛れもなく私自身だ。
「だから、心配はいらないのですよ。私は、私の役柄を全力で全うしますから!」
ふふっと楽しげに、そして悪役令嬢らしく私は笑って見せた。
「あら、さすが私の娘ね! じゃあ、悪役らしく好きなだけ暴れなさい? 仮に国ごと崩壊させても責任は全部カーティスが取ってくれるから」
ぐっと親指を立てた絶世の美女は、さらっと恐ろしい事を口にする。
国の崩壊って、お母様はお父様の事信じ過ぎではないでしょうか?
お父様知らないところで責任押し付けられてますよと、教えてあげたいがお母様のお願いならなんでも聞いてしまいそうなので、心の中に留めておく事にした。
まぁ、崩壊させる予定もないしね。
「さて、そろそろ時間ね」
異空間の魔法が解け始めるのを感じながら、
「それにしても、こんな魔法が使えるなら私よりお父様に遺した方が良かったのでは?」
会えて良かったと微笑むお母様に尋ねる。
確かに直接説明してくれたほうがありがたかったけれど、こんなすごい魔法が遺せるなら手紙よりずっと喜んだのでは? と思ってしまう。
そんな私を見ながら目を細めたお母様は、
「これはただの私のワガママ。一度だけでいい。どうしても可愛い娘を抱きしめて、言葉を交わして見たかったの」
口元に綺麗な笑みを浮かべて静かな口調でそう言った。
『愛しているの』
誰に反対されても、私を産む事を諦めなかったお母様。
「愛しているの。リティカ、あなたの事を。カーティスやセザールと同様にね」
愛している。
その言葉をお母様から直接言われたのは初めてで。
きっと、もう二度と聞く機会はないのだろう。
「あらあら、リティカ。泣かないで」
ポタリ、ポタリと頬を涙が伝う。
『1年あれば、もしかしたらママって呼んでもらえるかもしれない』
以前、夢の中でお母様が言っていたセリフを思い出す。
「……ママ」
私は、つぶやくようにその言葉を口にする。
「なぁに、私の可愛いリティカ」
「私も、ママの事を愛してる。私を産んでくれて、ありがとう」
どうしても伝えたかった言葉をやっと私は口にする。
これが最期だと思うと子どもみたいにわんわん泣いてしまった私を、
「ふふ、私の娘は泣き虫さんね。ここまで本当によく頑張ったわね」
お母様は咎める事なく抱きしめてくれた。
キラキラと崩壊していく異空間の中で、
「リティカ、お別れは笑顔がいいわ」
ねぇ、笑ってと長い指が涙を拭い、視線を合わせて私の頬を両手で掴むお母様。
「はい」
目を瞬かせ呼吸を落ち着かせた私は、お母様の空色の瞳を覗きながら、ふわりと笑う。
「さようなら、お母様」
「会えなくても、見守っているから」
とても綺麗な笑顔でお母様がそういうと、辺りが光に包まれて真っ白に変わり、何も見えなくなっていった。
私はゴシゴシと目を擦り、パチンと軽く頬を叩く。
「この物語の"悪役"はリティカよ」
私は悪役令嬢らしく口角をあげる。
大神官にだって負けたりしない。
この物語を裏側から支配するのは私なのだから。
「生憎と、嘘と駆け引きは得意分野よ」
さぁ、終焉に向けた舞台の幕開けといきましょうか?
そして私は目を覚ます。
悪役令嬢、リティカ・メルティーとして。
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