71.悪役令嬢は邂逅を果たす。
時間は少し巻き戻り、学園祭の日に遡る。
大神官の手に落ちた私は、深い、深い、眠りに落ちていった。
ああ、コレは夢ね。と私はその光景を見ながら自覚する。
夢の中での私はまだ子どもで、学園祭のメイド服ではなく、前世を思い出したあの日に着ていたドレスを纏っていた。
降り立った真っ暗な世界の中で、ぽっかりと目の前に浮かんでいるのは大きな液晶画面。
『私はあなたのことも救って差し上げたいのです!』
だから、絶対あきらめないと私に向かって手を伸ばす聖女様。
『頼んだ覚えなどないわ!』
伸ばされた手を掴む事なく、私は魔法を詠唱する。
『聖女の力など喰らい尽くしておしまい』
私の魔法に応えるように、地中から湧き出すモンスター。
『この国に混沌を! 聖女は闇に呑まれてしまいなさいっ!』
私の悪役ムーブは続く。
手を伸ばしても触れる事のできない画面の
向こう側で繰り広げられる光景を眺めながら、
「まさか、これが王子ルートのハッピーエンド一歩手前に発生するイベントストーリーだとは思わなかったわ」
私はそう苦笑する。
「誰も彼もすぐ私のポジションを奪いにくるのだから、本当油断も隙もないわ。この物語の"悪役"はリティカだと何度も申し上げているというのに」
私はイベント映像が上映されている画面に手を触れて、
「悪役は、私一人で十分なのよ!」
そうでしょう? とつぶやけば。
「全く、なんて無茶をするのかしら? ギャンブラーな所は父親似ね」
後ろからぎゅっと抱きしめられ、とても楽しそうな声でそう言われる。
「違いますわ。お父様はギャンブラーではなく勝負師なのですよ」
最後は必ず勝つように事を運びますから、と答えた私はすぐ側でその存在を感じながら白く長い腕を捕まえて、
「やっと、お会いできましたね。お母様」
ずっとずっと言いたかったその呼び名を口にした。
場面が切り替わり、ぱぁーっと光が差して辺りが一気に明るくなる。
そこは見慣れた我が家の温室だった。いや、でも植えてある花の種類が違う。
というか知らない種類の花が沢山。
「ふふ、ここは私の記憶を元に作ってあるから、現在の邸宅の温室とは違うかもしれないわね」
優しげに笑うお母様は、優雅に紅茶を口にする。
私は目の前に座る美女をじっと見つめて、
「ふぁぁぁ、お母様が綺麗過ぎる。お母様は妖精? 妖精さんなの!? お父様の面食い。私、絶対お父様似だわ」
映像記録水晶が手元にないことを深く後悔しながら、そう叫ぶ。
「あらあら、うれしいこと言ってくれるわね。心配しなくても、リティカの見た目は私に似ているから、数年後にはあなたも女神って言われるんじゃないかしら?」
なるほど、お母様は謙遜しないスタンスなんですね。
自分で"天才だから"とかいっちゃいそうな感じだ。
それにしてもと、私は不思議な心持ちでお母様と向き合う。
今まで幾度となく、ゲームや過去の夢を見たけれど、こんなふうにお母様と言葉を交わしたことなどない。
実際の今の私はもうすぐ16を迎えようかと言うのに、ここにいる私はどう見ても10に満たない容姿をしているし、お母様の淹れてくれた紅茶の味もしっかり感じられる。
とても夢とは思えない、現実味を伴った異空間。
「お母様は一体何者なのですか?」
「ただのしがない魔術師の一人よ。今の私は私の魔力を元にした残像に過ぎないわ」
そういったお母様は指先を持ち上げてくるくると宙に円を描く。
すると空中にキラキラと呪文が浮かび上がり、花びらと蝶が舞った。
「わぁぁ」
まるで、お兄様が精霊祭の日に会場で紡いだ魔法みたい。
キラキラしていて美しい魔法に見惚れていると、
「私が死ぬことは、変えようのない運命だった」
お母様は静かに言葉を紡ぎ始めた。
「それは、神託に従わなかったから?」
私の言葉を聞いて、口元に綺麗な弧を描いたお母様は、
「ここまで辿り着けたリティカなら、もう分かっているでしょう? あの男にそんな力などはなく、加護石自体とっくの昔に消滅してしまっている、と」
様々な記録から点と点をつなぎ導き出した私の結論と同じ内容を口にする。
どこから話しましょうか、と私と同じ空色の瞳を瞬かせたお母様は、
「私はかつて隣国アルカラントからここクレティア王国に亡命しているの。まぁ表向きは不敬罪による追放で貴族籍からも抹消されているみたい」
少し寂しそうに過去を明かす。
私はお母様を見ながら静かに頷く。
私のお母様はアルカラントの出身だ、と気づいたのは自分の珍しい髪色からだった。
私のコスモスピンクの髪はここクレティア王国ではまず見ない。
お母様が発展させた我が国の魔法文化を探っていくうちに、それまでクレティア王国で主流だった精霊契約と言われる魔法の使い方とは全く異なる方法である事とお母様の提唱した方法がこの国に馴染むたびに"精霊信仰"が徐々に人々の心から離れていったという事を知った。
見た事も聞いた事もない存在にお伺いを立てる複雑な術式よりも、明確で簡単な術式の方が普段の生活において使い勝手が良かったのだ。
それが暮らしを豊かで便利にするのなら、尚更。
クレティア王国は三国と接している国で、現在は比較的どの国とも良好。
その中でよりお母様の提唱した魔法が最も馴染まなそうな国。そこがお母様の出身国だと推察した私は、そこから先はアルカラントにクロエを留学させて探ってもらうことにした。
私が託した情報を元に辿り着いたお母様の生家。お母様を他国に逃し、知らぬ存ぜぬで通せるのならそれなりに力のある家柄だろうとは踏んでいたけれど、まさか3代前の王弟殿下の家系だとは思わなかった。
一代限りの大公家。その子どもは伯爵位を継ぐことになるアルカラント。
お母様はとある伯爵家から名前を消されていた。
「それにしても失礼だと思わない? 私が望んで出て行ったのに"追放"だなんて。やりたい放題やってたし、やらかした痕跡消し忘れちゃったからしかたないんだけど」
ぷぅと子どもみたいに頬を膨らませるお母様。以前ロア様に"大胆な手を講じるくせに素直で少し抜けてる"なんて言われたけれど、その通りかもしれないとお母様との共通点を見つけて私は苦笑する。
「でも、私には分からなかったのです。確かにお母様の提唱する魔法は保守的で精霊信仰が深く生活に根付いているアルカラントでは馴染まなかったかもしれません。ですが、お母様が本当にただのしがない魔術師で一貴族令嬢なのだとしたら、家門の力を使ってまでお母様を逃亡させる必要はなかったでしょう」
魔術師として提唱した新しい魔法が国に受け入れられなかった。
それだけならば、隣国に渡るにしてもお母様が家との繋がりを絶ってまで国から逃亡する必要はなかったはずだ。
クロエの調査や私が確認した魔法省や公爵家の記録でも、その理由には残念ながらたどり着くことが出来なかった。
だから私は足りないパーツを得るために最後の手段に出た。
『"また、夢で会いましょう。アリシアより愛を込めて"』
私に残された手紙に綴られた謎のメッセージ。もし、あれ自体がお母様の紡いだ魔法なのだとしたら、私がここ一番のピンチに陥れば発動するかもしれない。
そうして私の読み通り、大神官の手に落ち昏睡した私の夢にお母様は現れた。
私的に一番の謎。
『どうしてエタラブの悪役令嬢でしかない私に、課金ルートも含めた様々なストーリーを観ることができるのか?』
その答えを確かめたくて、私は今こうしてここにいる。
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